020_2520 抗う獣たちは銘々の所以にてⅢ~Zero-day attack -Gundog Puppy-~
ロイヤルスウィートルームもわずかに揺れた。
近くの建物で爆弾が爆発したにも関わらず、コゼットは姉に装飾杖を突きつけたまま、クロエは妹を見据えたまま、微動だにしなかった。
「……コゼット? 人にそんなものを向けて頼むとは、ふざけた態度ですね?」
「誰も頼んでいませんわよ? わたくしは貴女を脅迫していますのよ?」
鼻白むクロエの言葉に、コゼットは余裕の笑みで応じる。
「コゼットの要求を拒んだ場合は?」
「とりあえずクロエは即刻八つ裂き、それから母国の軍を壊滅させて、公宮もブッ壊すとでも言っておきましょうか?」
「ずいぶん気軽に言ってくれますわね?」
「だって簡単ですもの。わたくしは、クロエが言うところの、悪魔ですから」
開き直ったようにコゼットが明るく物騒な言葉を並べる様を、何も知らない者が見れば、冗談を語っているとしか思えないだろう。
しかしクロエに向けているのは、杖の形をした最強の兵器であり、戯言を実現させる能力を持っているのだから、全く笑えない。
それをクロエも理解しているはずだが、彼女は恐れる様子はない。
「コゼットの要求は、国も、家族も、身分も、全て捨てるってことですね?」
「えぇ。そうですわよ?」
「貴女にとって、公国はどうでもいいと?」
「税金で育った立場で言ってはいけないでしょうけど、愛国心なんて持ってませんもの」
「貴女を守ろうとしなかった父様と母様を、憎んでいます?」
「いいえ。お立場を考えれば、仕方ないと理解しますわ。ただ、わたくしから歩み寄り、父母として抱きしめたいとは考えませんわね」
「公女という身分については?」
「留学してからは奨学金で生活してるわけで、高貴な義務なんてねーですし、だったらそんな看板、いつ捨ても構いませんわよ」
クロエの質問は、十路が配慮して訊かなかったことだった。それを彼女は真っ直ぐに問い、コゼットは自分がどう思っているか伝える。
「貴女は《魔法使い》であることを、どう思ってます?」
クロエが、それに言及した。
「クソ食らえ、ですわ」
コゼットは、吐き捨てた。
「わたくしはこんな力なんて欲しくなかった。捨てられるものなら捨てたいですわよ」
「しかし貴女、ここに来るまでに《魔法》を使ってますよね?」
「えぇ、殺されたくないですもの。でも捨てても惜しくない。そうすればわたくしが殺される理由も、《魔法》を使わないとならない理由も消えますもの」
現実には《魔法使い》は普通の人間になれない。語っても仕方のない『もしも』の話でしかない。
だからコゼットはその続きを語らずに、大きく息を吸って吐き出す。
「――《魔法使い》を、わたくしを、悪魔と呼ぶなら、それでいいですわ。だったら人間ごときが関わろうとすんじゃねーですわよ」
母国も。家族も。
これまで彼女を形作っていたルーツと、完全に決別するつもりの台詞を。
「…………」
コゼットが口を閉ざし、クロエは考え込むように何も言わなかったので、豪華な部屋に無言が流れる。
「……ふふっ」
しかしすぐにクロエの小さな破顔で、緊迫した沈黙は消えた。
「なんですのよ?」
「いいえ……」
姉はどこか満足そうな笑顔を怪訝な妹に見せたが、すぐに真剣なものへと改める。
「公にはコゼットは『王女様』です。そんな人物を追放するとなると、混乱は避けられません」
「だから、要求を呑めないと?」
コゼットが装飾杖を、更にクロエの顔に近づける。脅迫してるのが理解できないのかという意味を込めて。
「だから――」
突きつけられた兵器から、クロエは視線を逸らして窓の外を見た。
普段ならばその窓から、神戸の夜景が海側から見えるだろう。今でもその光景は見えることは見えるのだが、様相は少々異なる。
「外の戦闘の行く末で、貴女の要求を呑むかどうか、決めましょう」
地上で発生する銃火器の発砲炎と、《魔法回路》の光が瞬いて、このホテルの周囲で戦闘が繰り広げられているのを、窺い知ることができる。
「いくら《魔法使い》といえど、うちの者たち相手に、簡単には勝てないでしょう」
クロエの言葉に、コゼットはふと疑問が浮かぶ。
なぜ《魔法使い》を嫌うクロエの側に、《魔法使い》のロジェがいたのかと。
しかし、すぐさまその疑問は捨てた。知っても詮ないことだから。
「……支援部の部員は、強いですわよ」
ただ、高校生ふたりの勝利を信じた。
△▼△▼△▼△▼
いくら十路でも、消火器で作った即席爆弾の威力など知らない。衝撃が広がらず収束したり、破片がほとんど飛散しないことも、逆に過度に作られることも考えられる。
つまり、ロジェが《魔法使い》であることも考慮すると、無傷の可能性も、殺してしまった可能性も、どちらもある。
(やりすぎたか……?)
十路は破壊されたフロアに降り立ち、ザイルを外して自由になり、短剣と追加収納ケースを構えて警戒する。
一分前は区切られたオフィスだったのだろう。デスクやパーテーションが爆風で転がり、風通しがよくなった室内を、夜目を利かせて物陰を確認していくが、長身のメイドを確認できない。
(……アレ使うか? いや、使えるのか、わからないけど)
十路がそんなことを考えた時、わずかな風切音が耳に届いた。
「――っ!?」
咄嗟に体を捻ったがわずかに遅く、鋭い衝撃が右腕に奔った。
矢が二の腕を貫いていた。必殺を狙って上半身を狙ったのだろうが、十路が体を動かしたために腕に刺さった。
しかし彼は構わない。むしろただの矢でよかったと安堵し、突き刺したまま薄い壁が破壊された屋内を駆ける。
無色無音の殺害に失敗したからには、《魔法》の輝きを灯らせても構わないと、十路がまだ確認していなかった部屋の隅でロジェが動いたから。
放たれたのは、《魔法》によって電磁加速された直後に、物質形状操作でシャフトを細かく分断された散弾だった。
「くっ!」
広がる破片を全て避けることはできず、いくつかを左半身に受けながらも、さして広くない階段に飛び込んだ。即席爆弾もさすがにコンクリートの壁を破壊する威力はなく、一応は彼女の射線から逃れることに成功する。
しかしロジェの攻撃は終わらない。轟音と共に壁が向こう側から粉砕れて、建物を削っていく。
電磁加速された矢を連射し、遮蔽物越しに十路を貫こうとしているのだろう。
(ヤベ……! 本気で怒らせた……!)
間合いを詰めるどころではない。このままでは建物の崩壊に巻き込まれる可能性もある。十路は全力疾走で階段を駆け上がる。
その間も矢は連射され続け、床を、天井を、壁を、やたら滅法に粉砕し、建物を穴あきチーズのように変えていく。狙いは正確ではないところから、彼女が十路の位置を察知しているとは思えないから、建物ごと崩壊させても構わない気で攻撃している。
(無茶苦茶だな……!)
焦ってはいるが混乱はしていない。頭の隅は冷静に、アクション映画で爆発する敵基地から脱出する主人公の気分を味わいながら、十路は屋上への扉を蹴り開ける。
「ぶはっ……!」
そこでようやく腕の矢を引き抜きいた。しかし他に刺さったままの破片を摘出することも、応急処置をする暇もない。
(さぁて、これからどう戦う――?)
判断する暇もない。一際盛大に屋上の床が下から破壊された。
そうして出来た穴から、メイドが跳躍して飛び出してきた。宙に体がある状態で、既に引き絞られていた弦を手離す。
弓には矢が番えられておらず、代わりに太い氷柱が存在していた。発射直後に破裂し、小さく分散する。
今度の《魔法》は空気成分を固体化させた、氷片を含んだ猛吹雪だった。
△▼△▼△▼△▼
【EC-program 《Surface-science Grenade-discharger》 decompress.(術式《表面化学擲弾発射筒》解凍)】
「発射!」
建物の陰から飛び出したと同時に、発射桿のブレーキレバーを引くと、路上に落ちていたのを取り込んだ鉄片が、偽装の消音器から発射された。
それは《魔法》によって空中で細分化されて、数百発の針の雨となる。原理的にはロジェが使った矢の散弾と同じだ。実際の対人用砲弾にも大量の子弾を撒くフレシェット弾なるものがあるが、これにはそこまでの破壊力を持たせていない。
《バーゲスト》の砲撃で、銃を向ける右手の小隊を攻撃しつつ、樹里は片手で構えた長杖を左へと向ける。
「《雷火》実行!」
アーク放電電流の束が、長杖の先端から放出され、左手の一団を無造作に薙ぎ払った。もちろん感電死しない程度に手加減した上でのことだ。
ついでに樹里は、榴弾を放った一団へも電流の鞭を向け、そちらの兵力も無力化しておく。
「ふぅ……」
眼下の光景と、《マナ》を通じた空間情報の反応に、樹里はため息をついて緊張を解く。彼女はオートバイに跨ったまま、地面と水平に立っていた。
「これでひとまず終わり……だね?」
欧州陸軍連合戦闘団の者たちは、やや不安げに呟く女子高生に、成すすべなく全滅させたれた。
彼らは本物の軍隊なのだ。弱いわけはない。装備が貧弱なわけでもない。
ただ、相手が悪すぎる。
駆動音を響かせて接近するオートバイは、路地から飛び出すと想定していたに違いない。人間の常識として無意識にそう考える。
壁を走って登場し、頭上から攻撃されて、咄嗟に対応できるはずもない。
だから次世代軍事学において、《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらないとされている。
ヘリとは比較にならない小サイズで、重力を無視して擬似三次元機動を行い、縦横無尽に街並みを駆ける相手との戦闘など、想定していても人間の常識に囚われて後れを取る。
【本当にひとまず、ですけどね】
イクセスの言う通り、負傷はさせたが多くは感電させただけなので、時間が経てば復活する。
早々に拘束しておきたいところだが、樹里はその暇も惜しむ。長杖を脇に挟んでハンドルを切り、旋回して建物の壁面を駆け上がる。
「堤先輩、大丈夫かな……?」
十路が作った即席爆弾の爆音は、樹里の耳にも届いていた。その後に発生した破壊音から、戦闘がまだ終わっていないことも察している。
【トージが簡単に死ぬとは思えませんけど……】
イクセスの答える声も、到底明るいものではない。
今回の戦闘は状況が悪い。というよりも支援部が行う戦闘は、相手に制限がないのに、常に制限が課せられる。
手負いでもない。戦闘空間が閉鎖されていない。不利になれば建物から飛び出せば、そのまま十路は一方的に攻撃される。
だから彼は、なんとか屋内戦に持ち込む策を練っていた。そこまでは狙い通りに進んだが、そこから先は不十分だった。
ひとりと一台は不安を抱えたまま、建物屋上へ上りつく。
十路とロジェがどこで戦闘を行っているか、探すまでもなかった。戦闘で破壊された建物は他にもあるが、崩壊寸前までボロボロになった建物など、ひとつしかない。
大穴が空いた屋上で、ふたつの人影が見える。
ひとつは負傷しているらしく膝を突き、もうひとつがその頭に武器を向けていた。
樹里の《魔法》による望遠視覚と、イクセスの眼なら、それが十路のピンチだとすぐにわかる。
「先輩……!?」
思わず《魔法》の無線で呼びかけるが、反応はない。




