090_1500 間違った戦争の正しい終わらせ方
空が白みはじめ、もうすぐ夜明けを迎える人工島にて。
「Bullshit! I can't hear you!(大声を出せ!)」
「「Yes! young lady!(はい! わかりました!)」」
「Then wipe that disgusting grin off your face!(気色悪い笑みを消せ!)」
「「Yes! young lady!(はい! わかりました!)」」
「Well, any fucking time, sweetheart!(早く顔面に伝えろ!)」
「「Yes! young lady!(はい! わかりました!)」」
ただの綱引きではない。舫い綱に繋がれた海兵隊員たちが、仁王立ちする堤南十星の罵声で強襲揚陸艦を必死に引っ張っている。
ちなみにアメリカ軍では慣習的に女性の上官をMa'amと呼ぶが、Madamの短縮形なので一般的には既婚女性に対する呼びかけだ。一〇代半ばの乙女に気を遣っているらしい。
作業を終えて、《バーゲスト》を押して歩きながら合流地点に向かっていた堤十路は、思わず足を止めて南十星に声をかける。
「おい。そこのちみっ娘軍曹。二一世紀と思えない光景が繰り広げられてるのはなんだ?」
「艦に乗って帰りたきゃ、自分らで管理しろっつーだけの話。でないと流されたり、他のにぶつかるかもしれねーし」
「ちゃんと係留してやれよ……引きずられて海に落ちたら、また面倒なことになるぞ?」
「ジエータイの成人式じゃ、戦車を綱引きするんしょ? あれ何トンを何人?」
「新成人だけだと無理で、結局参加者全員で引っ張るから……人数はここにいる海兵隊員より少ないな。重さは戦車によるけど、四〇から五〇トンってトコ」
「艦の重さは?」
「俺もよく知らんけど、五万トンくらいに思っときゃ倍半分も違わないだろ?」
「海と陸じゃジョーケン違うとはいえ、一〇〇〇倍か……世界最強のアメリカ海兵隊なら、なんとかするっしょ」
「いくらなんでも過剰要求だろ……」
でも十路は止めない。日本語の会話を理解してるっぽい隊員が、屈強さ全消失なチワワのような目で助けを求めてきたが、無視して歩き去る。
「そろそろ締める?」
「他の連中次第だけどな」
南十星も放置して追いかけてきた。作戦開始まで仮眠していたとはいえ、完全徹夜した疲れは、彼女の顔色や足取りには見られない。
ポートライナー北埠頭駅前の路上にて、もう集合している者がいた。いや『集合』と呼ぶのはかなり違うか。
そもそも戦車ではなくカノン砲を備えた装甲車だが、戦車跨乗と呼ぶには無様すぎる。コゼット・ドゥ・シャロンジェが物干し竿の布団みたいに脱力して砲身に引っかかっていた。
「部長。生きてます?」
「死んでますわ……割とガチに」
顔を上げないまま、彼女は本気の泣きが入った声を上げる。
「もぉぉぉぉヤダ……! 二度とやらない……! こんな後始末狂う……!」
「二度目があったら困るんですけど」
部活の後始末を彼女が全てやるのは今に始まったことではないが、今回は狂気の領域だったろうことは想像つく。
戦場の破壊痕を復旧させただけではない。撃墜した戦闘機も、航行不能にした艦も、全て完成直後のように復元したのだから。いくら事前に地形データを取り、兵器の設計図があるとはいえ、物量が違いすぎる。
「それにしてもまぁ、よくパズルみたいに詰め込みましたね……」
薄闇に浮かぶ光景に十路は呆れる。
中古車展示場や自動車運搬船で、隣の車と接触ギリギリの神業駐車が注目されるが、高さがある分、それよりも職人芸を感じる。
撤去というか回収する際、何度も接触事故が起こりそうだ。誰がやるのか知らないが、せいぜい頑張っていただきたい。
疲れたコゼットと話すのもどうかと思ったが、もうひとりの野依崎も疲れている態度全開だ。とはいえなにも聞かないわけにもいかないので話しかける。
「フォー。どうだ? 締めいけるか?」
「疲れたので、編集なんてしていられないであります……もうそのままをライブ配信で行くであります」
地面に直置きしたノートパソコンの前で寝転がる野依崎雫が、そちらを見ることなく海を指さす。
「ちょうど撮影要員も来たみたいでありますし。あとはそっちに任せるであります」
岸壁に無理矢理接岸された艦の隙間を塗って、モーターボートが近づてくる。
はしごをかけて何人か昇ってくると、船の人員と協力して様々な機材を陸揚げする。
その間に、ひとりの女性が上陸し、近づいてくる。彼女は周囲を見渡し、支援部員を見つけると近づいてくる。
ざっくりした恰好にも肩口でバッサリ切った髪にもボーイッシュらしさが漂う女性は、十路にも見覚えが一応ある。
「部長。お客さんですよ」
放送部部長、仁川紗耶香だ。今作戦に際し、協力を持ちかけたコゼットが、のろのろと身を起こす。
「よくもまぁ、コキ使ってくれたものね……大変だったわよ」
「そのぶん再生数・イイね・チャンネル登録者数・知名度他いろいろ稼げたでしょうが……発表先なんとかすりゃぁ、ピュリッツァー賞も夢じゃねーですわよ」
王女の仮面で取り繕う余裕もないが、紗耶香は『あぁ……やっぱこれが地なのね』と呟くに留めた。
今回の戦闘は、各人見聞きしたものをそのまま、インターネットを通じて全世界にライブ放送を行った。
とはいえ電波を飛ばす以上に、その管理を行う暇など、戦闘を行う部員たちにあろうはずがない。
そのため、それが可能な権限や設備を持つ放送部に、コゼットが協力を求めた。
「それで? ライブは途中で途切れたけど、最後の放送を行うの?」
「えぇ……途切れたままでハイさよならすると、面倒になるの確実ですもの」
ちょうど遠くから、ハロウィン用と思われるラバーマスクを被らされた一団がやって来た。手錠をかけた上、複数人を数珠つなぎにしている。
そのザイルの端をナージャ・クニッペルが引っ張っている。こちらは徹夜の疲れは見えず、いつもの高いテンションのままだ。
「はーい。記念撮影しますから、《魔法使い》の皆さんはこちらに並んで座ってくださーい。顔は隠したままでいいので、みじめっぽく『生きててゴメンナサイ』って全力アピールしてくださーい」
「泣くぞ!?」
「無茶言うな!?」
パンダマスクを被らされたボロボロのライダースーツの男と、大仏マスクを被らされた燕尾服の少年が声を上げるが、ナージャは聞く耳持たない。
「ってゆーかナージャさん!? 俺なんで生きてるの!?」
「《治癒術士》の治療を受けられるまで、時間を停止させたに決まってるじゃないですか」
パンダマスクに続き、大仏マスクも声を上げる。
「《女王》……なんで殺さなかった」
こちらはノロノロと起きて近づいた野依崎が対応する。
「ぶごっ!」
「奥歯ガタガタ鳴らして漏らしながら気絶するほどの負けっぷりを見せたお前は、自分に黙って従えばいいであります」
小さなコンバットブーツで、バチ当たりにも大仏マスクの顔面を踏みつけて。
「殺せば手っ取り早いのは確かでありますが、面倒くさいことに、お前も殺してしまうのは、今作戦の目的から離れてしまうでありますし」
「また殺すかもしれないぞ……」
「ハッ。その時には自分がボコるだけであります」
早々に大人しく指示通り座って見ていたゾンビマスクとスケルトンマスクが、傍に立つ男を見上げる。
「あなたも戦場で死にたかった性質ですかしら」
「あ゛~、そんな感じザマスね」
「否定はせぬがな……」
「ま、後のこと誰かに押し付けて楽になれるのは、魅力的ザマスけどね……」
他の者は後ろ手なのに、なぜか腕組み状態で前で拘束された某大統領マスクが隠れた苦笑を浮かべる。
「ンなの許すわけねーじゃん……うぉ。鼻の穴まで真っ黒」
「顔は隠してやるんですから、自分が起こした不始末くらい自分でつけやがれ……うぉ。耳ン穴まで真っ黒」
鼻をほじる南十星が煤で黒くなった鼻クソを丸めて飛ばし、耳の穴に指を突っ込むコゼットが息を吹きかける。
十路がそんな、いつも通りな彼女たちを眺めていると、長杖を携えた木次樹里が近づいてきた。
「そっちも終わったのか? どうだった?」
「治療は完了。点呼はまぁ……ちょっと手間かかりましたけど、全員確認できました」
「よし。なら、締めよう」
樹里の報告を受けて、十路は部員たちと放送部員たちに近づき、指示を出す。
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ある動画投稿サイトに、伝説とまで呼ばれたチャンネルが存在する。
チャンネル名は『修交館学院放送部』。
アーカイブを遡れば、よくある学校の部活動動画でしかない。学校紹介をしたり、学校行事や他の部活動の様子を撮影したり。閲覧数もお察しといったいった内容だ。
しかしある動画シリーズだけは、世界的に見られないとありえない、記録的な数字を叩き出している。
その中で最も閲覧数が多い動画は、『無血の決戦(編集版)』というタイトルだ。
動画を再生すると、薄暗い屋外に、六名のまだ若い、薄汚れた男女が映る。一台の装甲車にもたれかかったり、屋根に昇って座ったりと、思い思いの恰好でカメラを見つめている。
『俺たちは日本にある学校、修交館学院の部活動、総合生活支援部の部員……正式名称よりも、神戸で事件を起こした《魔法使い》たちって言ったほうが早いだろうな』
『We are Shu-kou-kan Comprehensive school Students, and Lethal Weapon《Sorcerers》』
『Nous sommes des étudiants de l'école polyvalente de Shu-kou-kan, et des sorciers de l'Arme Fatale』
『Мы - ученики общеобразовательной школы Shu-kou-kan, и "Смертельное оружие" - "Колдуны"』
『Somos estudiantes de la escuela integral Shu-kou-kan y hechiceros de armas letales』
『我们是修交馆综合学校的学生,也是致命武器《魔法师》』
唯一の男性である、学生服の上から軍用装備を着けた高校生と思しき青年が語ると、他の女子学生たちが次々と違う言語で同じ内容を語る。
擦り切れたジャンパースカートの少女は英語で。唯一学生服姿ではない金髪の女性はフランス語で。白に近い金髪の女子高生はロシア語で。セーラーワンピースの少女はスペイン語で。新品のように全く汚れていないブレザーを着る黒髪の女子高生は中国語で。
憲章が規定する国連公用語全てを、この動画は編集とは関係なく網羅していた。
元はライブ配信だったのであろう動画の中で、少女たちの翻訳を待ち、男子学生が再び語りだす。
『この動画を配信している目的は、兵庫県神戸市にある人工島ポートアイランドを占拠した事件は、ここに収束を宣言するためだ。俺たちは退去し、捕虜と鹵獲した兵器に限らず、全てを行政と住民、所有者に返却する』
同じ言葉を少女たちがまたも外国語で話すのを待ち、続ける。
『これを録画した時点じゃ確かめようがないだろうが、アーカイブで見れる時には発表されてるだろうから、先に言っておく』
青年が嗤う。野良犬みたいな狂暴な笑みだった。
応じるように少女たちも嗤う。それぞれ印象が異なるが、どれも牙を覗かせた肉食獣の不敵さを感じる。
しかし決してテロリストのような、狂気めいたものは感じられない。どこかいたずら好きの子供のような笑い方だった。
そこでちょうど太陽が顔を出した。薄闇が晴れて、戦場となった神戸ポートアイランドが照らされる。
『俺たちは、誰を殺した?』
ライブ動画そのままではなく、編集が行われた動画なので、場面が切り替わる。
少なくとも体に異常は感じられない様子で、舫綱を必死に引っ張る海兵隊員たち。
不思議なことに通気口しかない石室の中で、『それしかやることない』と言わんばかりに軍用糧食を食べている特殊部隊員たち。
どうやって入り込んだのか。木々が繁る森の中でロケット砲や迫撃砲を道路まで出すために、チェンソーを準備している陸自隊員たち。
休憩時間みたいな装いで停泊中の艦甲板でだらけて、カメラに気づき手を振る海軍軍人たち。
きっと愛機なのだろう、街中の道路に着陸中の戦闘機をどうするか頭を悩ませている様子の、空自隊員たち。
そしてハロウィンのようにマスクで顔を隠されているが、最新の重火器ではなく古めかしい武器を持つから正体がわかる、《魔法使い》たち。
後に『神戸事変』と呼ばれるこの公式報告によると、投入された戦力は合計四万人にもなる。
そして犠牲者は、いない。
重軽傷者は計算されている。ただし自他による申告の計上でしかない。《魔法》による治療で強制的に健康体にさせられたので、客観的な確認では負傷者は存在しない扱いになってしまう。
『PTSDになった犠牲者がいる』『実は死者はいる』などと騒ぐ者もいたが、ごく少数の声に過ぎず無視された。
支援部員たちにその気であれば、全てを死亡者にカウントすることもできた。手加減された上、《魔法》で治療したから、この結果がある。
その事実を理解して尚、糾弾するなど、危機管理能力が皆無でなければできない。
『俺たちは、なにを壊した?』
ドローンからであろう、空撮映像に切り替わる。
人工島の街並みに不似合いな兵器群が並んでいる。普通の道路に戦闘機がパズルみたいに詰め込まれている、笑うを誘うような光景だった。
海岸の映像にも切り替わる。水深は充分なのであろうが本来停泊できない人工島周辺に、船がすし詰めにされ、ヨットハーバーや漁港よりも混雑していた。しかもいずれの艦も戦闘艦であるため大きい。まともな港や行事では見られない光景だ。
戦闘前に収集したデータどおりに、三次元物質操作をフル活用して、ハーバーランドと空港島は完璧に復興した。
全てが元通りではなかった。有機物はかなり制限があるので、再生できない場合も多い。芝生の広場はパッチワークのように無残に土を覗かせ、街路樹はない。無傷に見える兵器類も、炸薬や燃料は空だ。
なによりも時間。戦争を行うために占拠し、都市機能と経済活動を一時麻痺させたのは事実だ。
この点も批難が出た。個人・企業を問わず、損害賠償請求する動きもあった。
だが『なら全部消し飛ばされたほうがよかったのか?』という疑問の前に、大半は口を閉ざさざるをえない。
なので自然災害で一時経済活動が止まったのと同じくらいに考える者が多かった。しかも社会生活を営むための設備は無傷。多少の混乱や損害はあったにせよ、復興の必要なく元の生活に戻ったのだから。
『俺たちは学生。やったのは部活動。殺さなきゃいけない立場でなければ、戦争する義務もない』
所詮は詭弁に過ぎない。
《魔法使い》は考えるだけで人を殺し、破壊する、史上最強の生体万能戦略兵器。
そんな彼らが集う、能力行使に必須の装備を持ち、自らの意思で兵器としての能力を使える、超法規的準軍事組織。
だが彼らは、偽善を貫ききった。
優秀であるが故に平均化できない、メリットも大きいがデメリットも大きい、標準的な《魔法使い》に当てはめられない『出来損ない』たちが。
間違いなく法を犯したが、その被害が物理的になくなっていたら、どう罰すればいいのか、簡単には判断できない。
『俺たちがなぜ戦ったのか……本当の理由は多分明かされないだろう。俺たちが語る気はないし、どこかから公表されるとしても、何年後にどこまでかはわからない』
そして挑戦であり、脅迫でもある、楔が打ち込まれた。
《ヘミテオス》に関連した真相は、とても大衆に明かせるものではない。ある種わかりやすい、巨大宇宙船に乗って宇宙人が来訪したとしたほうが、大衆にも受け容れやすいだろう。
証拠もある。彼ら自身が証拠なのだから。これを繰り出せば大混乱は間違いない。
切り札をいつでも繰り出せる状態にして、あえて伏せる。相手からすれば一番心理的に嫌な状況だ。ブラフかどうかの判断を強いられるだけでなく、心理的なプレッシャーを感じてしまう。
SDGsや人権・公正を声高に叫ぶ国家や組織が、公に『危険かもしれない』という理由で支援部を批難したら、なにかが崩れる。『それはそれ。これはこれ』をやろうとしたら公平性が崩れる。その国家に所属する《魔法使い》が手の平返しを疑えば安全が崩れる。開き直ったら信頼が崩れてヤベェ奴扱いされる。SNSがバカ発見器と揶揄されるのと同じ状況にした。
『だけどこれだけは言っておく。《魔法使い》は兵器であり、人間でもある。その証明のために俺たちは戦った』
更に釘が刺された。世界中の、ごく普通の人たちに向けて。
『今の社会システムの中で、人間同士だって完璧に制御できないのに、《魔法使い》を完璧に制御してる気になるな。どんなに考えて工夫しても、ただの人間が《魔法使い》に強制するシステムなんて絶対どこかで破綻する。その時に国が残ってればいいな?』
今の穏やかで平和な日常は、誰かの犠牲を礎に築かれている。それは少数の《魔法使い》の選択と行動次第で、大多数の一般人が命運を分かつ、とても危ういもの。
その時が起これば、誰も止めることはできない。
両手で数えられる人数で土地を占領し、大国と軍事的に渡り合える侵略的超軍事国家などという、人類共通にして最悪の敵が生まれる可能性を見せたのだから、見て見ぬふりなどさせない。
『それから《魔法使い》どももいい気になるなよ。お前も、俺も、所詮はただの人間だ。《魔法》なんてのは、《杖》とバッテリーがなければにもできない、ちょっとした特技に過ぎない。だからなにか壊せる程度でイキるなよ』
《魔法使い》たちにも釘が刺された。
人間は弱い。力を持てば容易に溺れてしまう。
しかし破壊するだけで進化した人類を気取るなら、『戦争の概念を壊す』くらいしてみるがいい。実例を作ったのだから不可能とは言わせない。できないのであれば大言は慎め。
『これから先、どうなるか、俺たちにもわからない。だけど世界が良い方向へ向かうと信じて……ついでに俺たちも普通に生きてると信じて、改めて宣言する』
彼らは己が『魔法使い』だと定義させた。
礼儀正しく接すれば奇跡で助けるため、神通力を持つ者と見なされる。
自覚なく無礼を働ければ悪意を返すため、魔女・邪術師と呼ばれる。
日常とは隔絶する壁の向こうに居る、けれどもすぐ隣に存在する非日常の者たち。
それが『魔法使い』なのだと。
『総合生活支援部部活動、これにて終了!』
『『お疲れ様でした!』』
戦争と《魔法使い》編はこれにて終了ですが、作品全体の統括として、もう一話だけ存在します。




