090_1450 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅩⅤ ~Bad Romance~
(これは……?)
十路と樹里が立ち去った後、床に仰向けに倒れた蘇金烏は生体コンピュータで己のパラメータを注目していた。
ブラフは所詮ブラフ。全身の細胞が壊死して死を迎える結末は訪れない。《ヘミテオス》の不死性は、その傷も完治させてしまった。
だが動けない。
安堵と不安がない混ぜになり、それでいて胸に穴が空いたような空虚感を併せて覚えているために。
(心が折れた……という感覚か?)
あの程度でなぜ、という疑問が真っ先に思い浮かぶ。
しかし蘇金烏の体が、動くことを拒む。
たとえて言うなら、自分ではない自分――蘇金烏の根本、オリジナルの精神が壊れた感覚とでも言おうか。
消失感に動けぬまま、ぼんやり上を見上げていると、金属と樹脂がカタカタ動く音に気づく。
自爆した《コシュタバワー》のスクラップが辺りに散らばっている。その中の、機体備え付けの蒼い空間制御コンテナが動いている。
やがて《魔法》の光を放って勝手に開き、圧縮空間から手が出てきた。
「よいしょっ……ふぅ~」
狭い穴からずりずりと出てくるように、上半身、次いで下半身が出てくる。
空間制御コンテナに入っていたのは、長久手つばめだった。
ただしその姿は、学院でのレディーススーツ姿でも、自室でのだらけた姿とも違い、普通ではない。
皮膚は鱗と模様が表れるヘビ皮に、足はフクロウの鉤爪に。オオカミの毛皮とサソリの外骨格のアクセサリーで作られた、暗色のドレスに身を包む。ただでさえ童顔で若い印象なのに、より幼く少女のような印象を抱かせる魔人。
サタンの花嫁。悪魔たちの母。夜の魔女。
これが《リリス》としての長久手つばめか。
「結局ぜーんぶあのコたちに任せることになっちゃったね」
「燕……」
立ち上がり、ハイヒールを鳴らして近づくと、彼女は倒れる蘇金烏を見下ろす。
「どう? 『娘』がもう二度と戻らない……いや、もういないってわかった?」
「あぁ……」
消失感の正体を、言われて理解し納得した。
厳密に言えば娘だけではない。蘇金烏はなにも手に入れていない。
そう。なにも手に入れていない。世界を牛耳るほどの影響力を持っても、彼が望むものはなにも手に入れていない。
それを改めて突きつけられた。つばめから何度も言われ、わかりきった、それだけの話――であるはずなのに。
「……これから君はどうする?」
「オリジナルたちの考えは尊重するけど、コピーはわたしの考えで動く。これまでどおりに、これからも、ね」
積極的に世界や人類を救い導きはしない。かといって無関係と見捨てもしない。気まぐれな『神』の立場を貫く。
「やはり、それが一番なのか……」
「さぁね。わたしはモアベターだと思ってるけど、これがベストとも思ってない。でも神サマじゃないから、これ以上の正解はわからないし」
どこかスッキリした様子で呟く蘇金烏に、つばめは眉根を寄せた後、迷い選んだ言葉を紡ぐ。
「……それがわかったなら、もういいんじゃない?」
「…………」
つばめが濁した言葉は、蘇金烏にも伝わった。
未来の時空にいるオリジナルの夫婦と、時空の壁を超えてデータが送られた蘇金烏とつばめは、同じでも違う。
それでもなにかした、人間関係を引き継ぐべきではないか。仲良くとまではいかずとも、もう少し近づけ合えるのではないか。そんなことを言いたいのであろう。
「こういう時、普通の男だったら、どうするんだろうか……?」
「さぁ……わたしが知る男どもは、全然普通じゃないからわかんない」
悲しげに眉を寄せる彼女の表情から察するに、返す足りない言葉の真意も伝わった様子だ。
今更そのようなこと無理、許されないと。
ちゃんと伝わったからこそ、彼女はそれ以上なにも言わない。
代わりタービンの駆動音が近づき、飛び込んでくる。
透明な素材でできた戦闘機――《ガラス瓶の中の化け物》モード・ハルファスに変身したゲイブルズ木次悠亜だ。
ジェットの駆動音を響かせて空中静止すると、その背に乗っていた人影が飛び降りる。
肌は赤銅色に染まり、要所は牡牛と牡山羊の毛皮で覆われ、更には竜の鱗でできた鎧を身に着けた、《アスモデウス》を発動し魔人となったリヒト・ゲイブルズだった。
「急いで日本に帰ッてきたが……終わッちまッたか」
「キミたちが《塔》の制御を奪取してくれたおかげでね」
戦闘機は変身を解除する。余分な細胞が塵となって崩れ落ち、その中に裸身の女性が取り残される。
「地球上にある全二〇基の《塔》をつばめが奪取して、蘇金烏から切り離し、権能の影響力を削ぐ。ずっと前から計画はあったけど、実行面で問題あったし、私たちも手一杯になる。それを子供たちの蜂起に合わせるなんてね」
「所詮わたしたち《ヘミテオス》は、《塔》から切り離されたらなにもできない。《塔》はわたしたちに必須の道具であり、命綱でもあるんだから」
言うなれば、出来損ないの神もまた、神によって生かされている身分でしかない。それが神を名乗り、振る舞うなど、烏滸がましい。
だから彼女たちはずっと蘇金烏とは道を違えてきた。
「ユーアちゃん」
つばめが差し出す手に応じ、悠亜が体内の圧縮空間から拳銃を取り出してに手渡す。変態銃使いならば変な銃を渡しそうな偏見もあるが、さすがに今そんな物を渡さなかった。
受け取ったコンパクトで女性にも扱いやすい拳銃・S&W M&P9 シールドの銃口を、つばめは蘇金烏の頭に突きつける。スイッチ式安全装置のないこの銃は、引金を引くだけですぐ撃てる。
「これだけは、大人たちでやらないとね」
《魔法》でも、未来の技術でもない。
この時代の、現代の人間たちが作った武器で――殺す。
オリジナル《ヘミテオス》と言えど、脳を破壊されれば、死ぬ。
「――再見、老公(バイバイ、あなた)」
つばめは引金を引いた。




