090_1440 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅩⅤ ~ベストパートナー~
《塔》内部で。
「《使い魔》《バーゲスト》の全制限を解除せよ!」
「《使い魔》《コシュタバワー》の全制限を解除!」
左腕だけの十路はまだしも、全身の自由が利かない樹里であれば、《使い魔》には乗れない。だから《バーゲスト》と《コシュタバワー》は自律行動に任せて遊撃させる。
そして十路は、生体コンピュータに送られてくるランダムな変化を見極めて。
「ぐぇっ!?」
首根っこ掴んだ樹里を振り回した。
イルカの尾びれに変化した足で、蘇金烏を思いきっり張り飛ばす。
「いきなりなんですか!?」
「いや。これが一番手っ取り早いし」
十路は、樹里を武器として扱うことに頓着見せない。
人外のものとなった左腕の腕力で、少女の体重を上に放り投げて手を空ける。そして右手の追加収納ケースから消火器を取り出し、持ち変える。
ヘミテオス管理システムとLilith形式プログラムが暴走状態であろうとも、無秩序な肉体変形をしている樹里ほどではなく、空間制御コンテナの操作もできる。蘇金烏の介入に差があるのか。つばめのバックアップのせいか。疑問が過ぎるものの、有利になるなら問題ないと十路は考えない。
取り出したのは改造消火器、ワイヤーを編んだ網を発射するネットシューターだ。一度切断された容器底が吹き飛び、広がった金属のネットが、蘇金烏に絡みつく。
そこに、一台のAIが操る二台の《使い魔》が回り込み、同時の浴びせ蹴りで吹き飛ばす。
完全に交通事故の有様で蘇金烏が床を転がる。半不死の《ヘミテオス》ならば即死級の打撃でも意味をなさないのは折り込み済みだ。
転がった蘇金烏は受け身を取り、止まるとワイヤーのネットをまとわり着けたまま、上体を起こして膝を突く。
そのまま全身に《魔法》の光を発光させたが、十路は言葉と共に蹴りで止める。
「不用意に変身したら、サイコロステーキになるぞ」
Lilith形式プログラムを発動させて、純戦闘生命体に変身しようとしたのだろうが、十路も今回の戦闘で最も警戒した点だ。短時間で人工島から住民を追い出す忙しい最中でも、その準備は怠らなかった。
そのひとつがワイヤーで編んだネットだ。衣服とは比較にならない強度を持つ鋼線にまとわりつかれたまま巨大化すれば、引き千切るはるか以前に肉体が細切れになる。
「……それで。どうやって倒そうというのかね?」
全身の発光が止んだら、今度はネットに《魔法回路》が灯る。バラバラになった鋼線を、立ち上がった蘇金烏は|叩《はた いて落とす。
彼の言うとおり。十路の戦術は蘇金烏の戦い方のひとつを一時的に抑制するに過ぎない。勝つための一手にはなりうるが、勝利の切り札にはなりえない。
だが十路は獰猛な野良犬の笑顔で応じる。
「アンタを殺す必要なんてないし、殺すつもりもない」
「ぐえっ!?」
そしてまた、樹里の首根っこを掴み上げ、振りかぶる。
「ふんっ!」
「ふぇ!?」
今度は人外の腕力で思いっきりぶん投げた。
縦に回転する彼女は、チーターの右足で蘇金烏の肩に爪を立てる。それだけでは勢いを殺せなかったので、目のないウツボを首に絡みつかせたが、それでも止まらない。首を起点に投げ飛ばしながら、樹里も床に転がることになる。
「さっきから私の扱いヒドすぎません!?」
「『立ってる者は親でも使え。座っていても立たせて使え』が堤家の家訓だ」
「だからって武器として使うとか!?」
武器の文句はやはりスルーする。
状況に応じて戦い方を変えるのは、武器交換術を普段から使う十路の本領だ。なので樹里に任せて合わせるよりも、リンクで彼女のパラメータを見ながら自分でペースを作ったほうがやりやすいので。
空間制御コンテナから改造消火器を取り出し、駆け寄りながら発射する。更には即座に消火器の残骸を捨てて手を空け、腰に巻いていた捕獲紐を投げ放つ。
「イクセス!」
その結果を見届ける前に《使い魔》を呼び寄せ、止まることなく《バーゲスト》に飛び乗る。
「木次!」
短い言葉で樹里にも《使い魔》に乗るよう指示する。彼女も戸惑うことなく文句も言わず、トノサマガエルの足で跳躍し、着地地点に割り込む《コシュタバワー》にしがみつく。
「俺が言うのも自分でどうかと思うが……アンタ、友達とかいないだろ? ビジネス以上の関係もなさそうだし」
自衛官時代、それも羽須美が死んだ後の十路からしてみれば、信じられない。
《使い魔》と綿密な連携ができるだけでない。他人に背中を預けられ、以心伝心できるほどの信頼を結べたことに。
《魔法》で分解しながらネットを振り払う蘇金烏の脇をすり抜ける。交錯するその瞬間、大型バイクは後輪を滑らせて足を払い、同時に十路は足を突き出して後ろ回し蹴りを当てる。
更に《コシュタバワー》も続き、床に足の着いていない彼に正面から突進し、投げ出される樹里はウマの蹄が生えた足でかかと落としを振り落とす。
顔面が陥没するほどのすさまじい衝撃に、倒れた男の体が床に跳ねる。その後で二台のオートバイが急停止するスキール音が、広い空間に響き渡る。
△▼△▼△▼△▼
(ふざけた真似を……!)
傷は《ヘミテオス》の特性がすぐさま再生させる。並みの致命傷では死にはしない。
だから十路の行為は全く全く無意味だ。せいぜいが時間稼ぎに過ぎない。
幾度もふたりの《ヘミテオス》と《使い魔》に打ちのめされながら、蘇金烏は徐々に苛立っていく。
オートバイに乗って走る十路から錘を付けたワイヤーが投げ放たれ、腕に絡みつき、猛烈な勢いで引かれる。ねじられ肩が脱臼する前に《魔法》でワイヤーを分解するが、すれ違い様の蹴りを避けられなかった。
「アンタは兵士じゃない。だから前線に出てくるのは間違ってる。俺たちに敵うとか本気で思ってるなら笑うぞ」
動きながら、余計な講釈を垂れる余裕まで彼にはある。
蘇金烏の強さは常人の兵士相手ならば充分かもしれないが、本物の、しかも最強とまで謳われた《魔法使い》には通用しない。
だから一方的に手玉に取れてしまう。
「指揮官としてもどうだか。理事長はその辺、いい具合にバランス取ってる」
戦略目的が不明確なまま戦争を起こすなど言語道断だというのに、彼の目的はハッキリしない。
あるいは多すぎる。世界の命運。《ヘミテオス》同士の確執。宇宙にある《塔》の制御権。そして『娘』のこと。大目標・小目標と目的達成のステップとして存在するのであればまだしも、そんな雰囲気はない。
攻めの姿勢はさほど必要としない力関係もあるが、目的に対しての姿勢つばめのほうが優れている。可能な限りの便宜を計ってくれてはいるが、支援部員も目的達成の駒としか思っていない。当事者の立場では思うところあるが、蘇金烏よりも貫いている。
「たとえ破滅の未来が待っていたとしても、この時代の問題はアンタなんだろう。アンタが世界を牛耳れば、間違いなく人類は停滞する」
学生たちの攻めが止まった。樹里も会話させるためか、服の下で異形がうごめく以外に動きを止める。
「このままではそう遠くない未来、人類が滅ぶとしても、わたしを止めると?」
「その時代の問題は、その時代の人間が片づけることだろ」
「今ならばその問題を回避することもできるというのに?」
「少なくとも未来人風情が神サマ面してしゃしゃり出る問題じゃない」
その難問を回避したところで、別の難問に直面するに決まっている。それは未来人が知る未来ではないから、解決策を持っていないかもしれない。
「これまでの歴史で、人間はそうやってきた。これからもそうやって行くに決まっている」
――……不完全さ。転じて、可能性だろうか。
以前蘇金烏自身が問うて答えた回答を思い出す。
「だからこの時代の問題は、俺たちがなんとかする。少なくとも解決の筋道を敷く程度は、な」
より良き道を求めて。小さな一歩を積み重ねて。
悪政に対し市民が蜂起するような革命がなくても、なにかが着実に変わっている。妥協の産物かもしれないが、人類はそうやって歴史を積み重ねている。
「なにせ『魔法使い』なんて呼ばれてるからな。神サマに押し付けられた望んでもいない役目だけだけど……ピンチの時の救済役くらい、やる必要あるだろ」
おとぎ話の『魔法使い』は、そういう存在だ。
邪術士と呼ばれる存在が、日本では同時にそういう風に呼ばれるのは、皮肉かと笑ってしまうが。
だから『管理者No.003』のLilith形式プログラムは、グリム童話の名が与えられているのだろうか。
「……ならばわたしは、どうするべきだったと?」
未来から過去に強制的に送られた哀れな漂流者が問う。
「見守るだけでよかったんです。それこそ神サマみたいに」
同じく漂流者であり、更に己をも失った欠片の少女が答える。
「《ヘミテオス》は救世主になっちゃいけないと思います」
救世主の役目を帯びて未来から送り込まれたコピーの分際で、根本から否定する。
「でなければ、《ヘミテオス》は『悪魔』になります」
聖書において神は、悪徳と退廃の都を硫黄の火で焼き、海を割ってエジプトから逃れる信者の追手を溺死させ、一族と動物の番たちを除いて大洪水で沈めた。他にも指導者に不平を言った者が死に、預言者を嘲笑した子供たちが死に、政策が悪い王の代わりに市民が神の不況を買って死に、と枚挙に遑がない。一説によればハッキリしているだけで二〇〇万人、不明な者まで含めると推定二五〇〇万人も神によって死んでいるという。
人の命をはじめとする全てが神のものであるのが、一神教の価値観なので、他宗教論者から奇異に見えるという理由もある。
だが、一神教が土着の神々を悪魔へと貶めたように。
出しゃばった出来損ないの神が、悪魔と呼ばれない理由にはならない。
《塔》によって自動決定されるLilith形式プログラムが、悪魔の名を冠するのは、そういう理屈なのだろうか。
「せいぜい必要な時に手助けする程度でよかったんじゃないです?」
それこそ、冒険する主人公にヒントを与える、賢者や『魔法使い』に甘んじておくべきだったと。
「今更それができると思うか?」
「無理でしょうね」
十路からまた錘つきのワイヤーが放たれ、腕に絡みついた。
樹里からはナゲナワグモの出糸腺から、粘液球がついた糸が投げ放たれ、肩に貼りつく。
そして異なる方向へ二台のオートバイが動くと、蘇金烏は回転させられる。
《魔法》で分解しようとし、高分子のクモ糸は千切れたが、ワイヤーは火花が散って分解できない。アルミホイルが巻かれていたため、《マナ》に指令を送る電波が散らされて効果を得ない。
マックスターンで回転する《バーゲスト》を中心に振り回され、更にアフリカゾウの鼻で打ち据えられ、床に叩き落される。
皮膚は弾けたが傷はすぐに修復される、しかし流血までは消えない。血みどろの顔で蘇金烏は、即席で組み立てているとは思えないコンボに歯噛みする。
――《生命之樹网路伺服器、連結分離(セフィロトサーバー、リンク切り離し)》
「!?」
突如、脳内OSに表れたシステムメッセージに蘇金烏は驚愕する。
WWWと同じく、地球上にある二〇基ある《塔》から相互に結びつき、どれかからバックアップを受けるはず。
その全てから接続を断たれる想定はないわけではなかった。なにせ長久手つばめは複数存在するのだから。同時に全ての《塔》に攻撃を受け、支配権を奪われる可能性は想定できた。
しかし現実問題、不可能という結論を出したのだから。複数の国家レベルまでおよぶ蘇金烏と、社会に深入りせず所詮一個人にすぎない彼女ととでは、動かせる人員――ひいては攻撃力・防御力が違いすぎる。
それがなぜ。
いくら戦力と蘇金烏自身が、神戸市に集中しているからといって。
ともあれ今の彼は、独立運用になった。
《マナ》との通信は攪乱されておらず、脳内に圧縮保存された術式展開に問題はない。しかし外部からの電力供給を受けることができない。
「先輩!」
《バアル》の権能から逃れたことを樹里も気づく。
なのに彼女は《コシュタバワー》のシートを蹴り、《バーゲスト》に飛び移り、伸ばされた十路の手を掴む。
「《魔法使い》は兵器だ」
「《ヘミテオス》は化け物です」
体細胞操作が彼女の意思で操作できるようになったため、リンクを通じて十路が的確な指示を出しているのだろう。
オートバイに跨ったまま、ふたりはペアでダンスでも踊るように、ダイナミックに樹里を振り回し、動物に部分変異した個所で攻撃してくる。
「「だけど俺たちは人間です」」
人外の力で蘇金烏を滅多打ちにしながら、裏腹にふたりはそう主張する。
それ以上と見なされたくないし、それ以下として扱われたくない。周囲と同列と考え、そう扱われろと。
「イクセス!」
十路の指示と共に、無人で様子を伺っていた青い大型オートバイが、スキール音を鳴らして真っすぐ突っ込む。
「ぐっ!」
そして《コシュタバワー》が自爆した。鹵獲防止や機密保持を目的とした機能のため、殺傷を目的とした兵器ほど派手ではないが、それでも爆炎が広がり蘇金烏の視界を隠す。
視界をつぶすだけが目的ではなかった。その衝撃で脳内センサーの反応を見逃させるのが目的だったに違いない。
巨大な合成獣に跨る《騎士》が、爆炎を突き破って突進してきた。
雷獣の、鼻先での突進をまともに受けて、吹き飛ばされる。
しかもそれだけでは済まない。電磁加速で巨躯に似合わぬ素早さで再度、空中コンボのごとく何度もうち据えられる。
最後に、雷獣の背に跨っていた、半欠けの鎧に身を包んだ『出来損ないの《騎士》』が飛び出し、床へ叩き落す。馬乗りになった彼は、左手の針のような剣を振りかざす。
「なぜその術式を……」
「《ヘミテオス》殺しだからだ」
「それは『麻美の欠片』にしか効果がないはず……」
機械的性質を併せ持ち、半不死性を保障する《ヘミテオス》の医療用ナノマシン含全能性無幹細胞にウィルスプログラムを注入し、壊死を起こさせる。
それが《鎧》――『管理者No.003』専用の《ヘミテオス》殺し、《禁じられた救済》の効果のはず。
「は? なに言ってんだ?」
だが本気で蘇金烏の言葉が理解できない十路に、狼狽えてしまう。
つばめとリヒトが言っていた。今回戦う、部員たちそれぞれに確執がある者たち。そのLilith形式プログラムについて、あまり知らない理由。
ならば十路が使う術式も、蘇金烏たちは詳細までは知らない可能性がある。
しかも彼に、ビジネスの上で見極める目は持っていても、こんな命を賭けた場面でブラフを見破る目は養われていない。
故に十路の左腕から伸びる頼りない細剣に、恐怖が芽生えてしまう。
「殺しはしない。アンタは生きるってことをもう少し考えろ」
十路の腕が突き出される。手首から生える細剣が肩を貫く。
結果を見届けることなく、彼は離れて踵を返す。
「俺は木次を取り戻しに来ただけだ」
十路は乗り捨てて停車していた《バーゲスト》に跨る。
不要部分を塵にし、人間に戻った樹里はというと、じっと蘇金烏
「拜拜……爸爸。(バイバイ、パパ)」
中国語の『さようなら』で一般的な再見ではないのは、二度と会うつもりはない意思表明か。
それとも『父親ではない』と言い切ったが、思うところを込めた言葉なのか。
その真意を明かすことなく、彼女も赤黒のオートバイに跨り、《塔》を出ていった。




