090_1430 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅩⅣ ~銀色の妖精~
浮遊に水素が使われておらず、ほぼ電気化されて化石燃料もないので、爆発炎上するようなことはない。
(これはもう…………諦めるしかないでありますね)
とはいえ、《男爵》と可潜戦艦》の猛攻に曝され、飛行戦艦はあちこち破損している。
内部で炎上し、機器が破損。無線操縦でのダメージコントロールは不可能になり、墜落・撃沈は時間の問題となった。
(どうせなら、侵入している連中がなんとかしてくれればいいのに……)
侵入してきた特殊部隊に、やはり《魔法使い》はいないらしい。ならば常人にとっては、戦闘中の空中で艦内に突入する行為自体が決死の作戦であろうが、足を引っ張るなら首突っ込んでくるなというのが《魔法使い》の弁だ。
ともあれ、艦内にいる人員も守るしかない。《魔法使い》の搭乗を前提としたこの艦に、まともな脱出装置などないのだから。
そのために、本気を出す。
野依崎の脳内で圧縮保存されている術式は、基本アルファベット一文字の、素っ気ないファイル名で管理されている。
「《MCPQ.mcpq》production start.(《Military Control Program of Queendom/女王の軍事統制プログラム》 生産立ち上げ)」
だがこれだけは違う。拡張子そのものがファイル名となっている、この《魔法》だけは。
王族とは国家の象徴。
妖精の郷とは、隠されているもの。
《妖精の女王》の根幹は、理想の国を創り、外敵から護ること。
それをやりたければ最初からその数を用意しておけばいい。
それだけの数は多すぎ、ちょうどいい数を理解していない。
強大な彼女の僕を、無敵の軍勢へと生まれ変わらせる、戦略的には無駄としか言いようがない『出来損ない』の《魔法》を発動する。
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煙を上げて高度を下げていた飛行戦艦、その中枢ゴンドラが《魔法》の青白い光に包まれる。
すれば世界一巨大な飛行物体が分解される。中枢ゴンドラが消し飛び、艦を支えていた骨格が虫食いになってバラバラになり、固定が外された武装ゴンドラと電磁投射砲ゴンドラが宙に投げ出され、海に落下する。
夜の海に壮絶な水柱がいくつも立ち上る。自沈とするべきか、轟沈と観測するべきか、壮絶な光景が作られる。
しかし違う。中継となる艦載コンピュータと、無数の光点が宙に残る。
生みの親とその妻が前もってバッテリーを抜き、その代わりに挿入したマザーボードユニットが光の源だ。近衛兵たる本物の一六基には及ばぬ性能だが、一般兵たる簡易的な《妖精》たちを量産した。
「は、はは……Seriously? (ウソだろ?)」
その数が尋常ではない。《男爵》の口から乾いた驚きがこぼれるほどに。
ただでさえ《魔法使い》は《魔法使いの杖》を一基扱うのが基本だ。普段から一七基も使っている野依崎はその時点で異常だというのに、本領となれば最早狂気の領域だ。
『《PIXY》from No.0000 to No.FFFF, Link completed.(《ピクシィ》0番から65535番まで接続完了)』
百では足りない。
千でも届かぬ。
万数えてようやく達する。
《男爵》も大量の死霊を操っているが、野依崎はそれを遥かに上回る《妖精》を操ってみせた。
即席で新たに作られた下僕たる《妖精》たちは、大軍団となって周囲を埋め尽くしている。いくつかのユニットが艦内部にいた特殊部隊員たちを重力制御で支えて、ゆっくりと安全地帯まで移動させる。
「《L》irradiation. (《自由電子レーザー発振器》照射)
《妖精》一六基一ユニットで、仮想の自由電子レーザー発振器を形成し、照射する。
ただし数百本の収束されたエネルギーの奔流だ。《魔法使い》の脳には、戦場に雨霰と降り注ぐ光線の群れを観測できる。
それらが第七艦隊所属艦艇と航空戦力を、安全に破壊する。爆発させることなく砲やミサイル部の機関部を溶接し、レーダーは完全破壊し、駆動部を破壊まで至らぬ異常を起こさせる。
「がっ!?」
可潜戦艦も同様に無力化し、多数の棺桶を破壊した。更に生物のものに変化した《男爵》の両腕を、熱線で切断してしまう。断面は炭化したため、容易な再生を阻んでしまう。
たったひとりで、一度の攻撃で、戦況をひっくり返した。しかも手加減する余裕まである。
『だからお前とは、本気で競いたくなかったであります……』
多大な脳への負荷に毛細血管が破裂し、野依崎は血涙と鼻血を流しているが、それを気にせぬ風情で呟く。
侮辱と言っていいセリフだが、彼女の顔は悲しげで苦々しげに歪んでいる。勝ち誇るのとは真逆の感情で出てきたと知れる。
『Brethren. Don't be conceited. (同胞よ。自惚れるな)』
無制限で本気を出せば、彼女が勝ってしまうと、わかりきっていたから。
『I am a initial 《Sorcerer》s' daughter, as well as a his masterpiece.(自分は『初源の《魔法使い》』の娘にして、最高傑作)』
この誇りをさらけ出すことは、彼女の矜持が許さなかったから。
ピノキオは、特別なのだ。
ゼペット爺さんが丹精込めて作り上げた、一点ものの芸術作品なのだ。
他人が容易に真似するどころか、上回るものを作れるわけがない。
(これが《妖精の女王》……!?)
自明の理とも言える。
《墓場の男爵》とは、ヴードゥー教における死神の別名。
《妖精の女王》とは、シェイクスピアが戯曲に登場させた存在。
名づけに意図はないに違いないが、ふたりのコードネームが既に差を証明している。
男爵は何人も存在しうる。しかも一般的な五爵位では最下級だ。
対し女王は、ひとつの国に唯一、そして絶対。
同じ特別な生まれであろうとも、隔絶した差がある。
「…………!」
棺桶は全て破壊されてしまったが、燕尾服で制御できる、少なくなってしまった死霊に指示を与えて突撃させる。
しかし抵抗にもならない。《女王》を守る《妖精》たちが、死霊を凍らせ、爆散させる。
圧倒的な実力差を見せつけられる。
――攻撃力。制圧力だね。
蘇金烏に問われ答えた回答を思い出す。
(なんで……! ボクじゃなくて《女王》が……!)
『お前が人であることを、殺戮で否定し続けるならば――』
《妖精》たちが配置を変えて、《男爵》を三六〇度全周取り囲む。《魔法回路》で連結し、更に《魔法回路》を発生させる様は、超大規模な戦略『魔法』の発動準備であろう。
『――それを止めるのが、同胞たる自分の役目であります』
《魔法回路》の輝きが増す。チェレンコフ放射とは違う原理の光だが、破滅を予感させる。
『《N》――(《核融合反応炉》)』
《男爵》はカチカチと硬いものがぶつかる振動を遅れて自覚する。本能的な恐怖に、歯の根が合わず体が震える。
レーザー爆縮による核融合反応が起こるか不明だが、全周から放たれる高強度レーザーは回避も防御も不可能。《男爵》の死は確定した。
『――SOP(工程開始)』




