090_1380 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅨ ~怒りの拳骨スマッシャーUNZAN~
「く……!」
樹里の脳内で駆動しているヘミテオス管理システムにエラーが走る。体細胞を動物のコピーにするプロトコルが無秩序に起動する。
以前は《千匹皮》の異常起動を是正し続け、肉体を暴走させないよう耐えていたが、今回あえてそれを行わない。生理的反応として処理される不快感に耐えて待つ。
服の袖を引き裂きながら、右手が目のないオオカミへと変貌する。
服を突き破り、背中からやはり目のない大蛇が飛び出す。
靴を履いていない左足が、鳥のものになる。ちょっとしたナイフほどもある爪が形成される。
おあつらえ向きな変化がなった。
それが彼の、オリジナルから存在する性質か、コピーの蘇金烏が持つことになった性質かはわからない。
だが、自分の意にそぐわないことがあれば、無理矢理にでも従わせるようなやり方に、樹里は全く躊躇しない。
人間を蹴り殺すこともあるヒクイドリの足で、数ある足技の中で最速の前蹴りを、跳んで蘇金烏に放った。
物理法則を《魔法》で上書きした上に、身体構造が人間とは根本的に異なる状態で放つ蹴りだ。爪が皮膚を破いて深く突き刺さるだけに留まらず、事前のシミュレーション上では頭蓋ごと脳を破壊するはずだった。
しかし樹里の蹴りは止められた。蘇金烏は足首を掴み取った。
「!?」
しかも彼は体を入れ替える。振りかぶった状態にし、怪力で樹里を床に叩きつける準備と察した。
咄嗟に右足が変化したミズダコの触手を伸ばし、吸盤で床に貼りつく。左腕が変化したアンデスコンドルの翼を羽ばたかせて空中で転がり、掴まれた手を無理矢理引きはがす。
空中で投げ出される形となったが、樹里は突き破って生えた背中の大蛇と、コモドオトカゲの尻尾を床に叩きつけてクッションを取る。
(やりにくいけど……戦うならこれしかない!)
床を転がり距離を取った樹里は、立ち上がることなく姿勢を低くしたまま、油断なく蘇金烏を見据える。
自分の意思で肉体を動物のものに変化させて、戦闘した経験はある。
しかし今は介入されたため、樹里の意思ではどうにもならない。
ならば、ランダムな肉体変化をその都度、利用するしかない。
幸いにして生物の変化は多様であれど、大雑把な分類では限られている。生物の能力は捕食・防衛・繁殖のどれかに関係し、物理法則の枠内でしか進化しないから、活かすのは難しくない。
絶えずランダム変化しているので、立つこともできない。四つん這いのまま都合のよい変化が来るのを待ち、片足なれどトノサマガエルの脚になった瞬間、樹里は飛びかかる。
右腕が巨大なトビズムカデになったのを幸いに、空中で伸ばし、一足先に蘇金烏の体を捉える。曳航肢で腕を挟んで捕らえ、顎肢で肩を刺し、引き寄せる近づく。
《ヘミテオス》を仕留めるならば、一撃で脳を破壊するしかない。
時にライオンをも殺すキリンの脚で蹴り砕くか、生物界最強の咬合力とされるイリエワニの右手で噛み砕くか。
半分虫に変化したハチの複眼と金瞳で見据え、なんの感情を浮かべていない蘇金烏に殺意を降り降ろそうとした。
「ふんっ!」
「ごへ!?」
しかしその前に衝撃が頭上から降ってきた。目算が外れた樹里は突進の勢いそのままに、蘇金烏とすれ違い、ゴロゴロと床を転がる。
蘇金烏の仕業であるはずがない。彼も面食らったように動きを止めている。
「ったく……なにやってんだ」
一体どこから落ちてきたのか。
『悪魔』の左腕を生やした十路の仕業だった。
△▼△▼△▼△▼
蘇金烏の向こう側まで飛んでいってしまった樹里は、一瞬なにが起きたか理解できない様子で、キョトンとしていた。
「――痛ぁぁぁぁっ!?」
だが遅れて頭を抱えてのたうち始める。
《ベーレンホイター》が勝手に起動して変化した半金属の左腕と、樹里の頭部が半ば変化した昆虫の外骨格越しでは、力加減が全然わからなかった。声をかける余裕なく止める必要があったかとはいえ、脳挫傷くらいは起こりえたと考えると、冷や汗が流れる。
「あのなぁ……?」
多少の申し訳なさを感じながら、しかし十路は謝ることなく樹里に近づく。
なれば蘇金烏とすれ違うことになる。横目に見る程度には警戒するが、彼も不思議そうに十路を見るだけで、なにかしてくる様子はない。
何事もなくすれ違い、頭を抱える樹里の元まで辿り着けた。
「先輩……」
半分は人間のままだが、半分は虫に変化した顔で、彼女は見上げてくる。学生服の下は絶えず蠢き、変化が繰り返されているのはわかる。
彼女が自嘲する、化け物の姿。
だが十路は構わずにしゃがみ、化け物のようになった左腕で、人と変わらぬ扱いをする。
「確かこの作戦、誰か殺すかもしれないから、その覚悟しろとは言った。だけど積極的に殺しにかかれなんて誰が言・い・ま・し・た・か?」
「痛いたいたいたいたいたい!」
区切る言葉と共に、軽くだが樹里の頭にゲンコツを連続で落とす。
彼女も腹立たしいが、それ以上に十路自身に腹立たしさを覚える。
今後については変わってくるが、蘇金烏を殺しても、今現在 《《セフィロト》》の外で行われている戦いは変わらない。筋書きは彼が書いたものだとしても、戦っている動機はそれぞれの組織と兵士個人の意思だ。彼はあくまで裏の存在で、表立っての指揮命令系統が存在するわけではないから、潰したところで戦いは終わらない。
そんな理屈を樹里が思いつかなくても不思議はない。思慮の浅さという意味よりかは、そもそもそっちに思考が行かなくても、という意味で。
(木次が殺す気で戦おうとしたのは、本当の意味で終わらせるためか……)
根本となる《ヘミテオス》同士の不和。それを終わらせるのは、《ヘミテオス》――樹里の仕事を考えても、なんら不思議はなかった。
そこに思い至らず、彼女にそこまでの覚悟を決めさせてしまった、十路自身が腹立たしい。
「そういう血生臭い真似は俺がやる……って言ったら、木次はまた機嫌悪くなるよな」
握った左手を開いて、ミディアムボブに乗せる。
すれば樹里は肩どころか全身をビクッと震わせ、涙目になっている獣の金眼で見てくる。
これまでもそうだった。化け物を気取ろうとも、所詮子犬の本質までは変わらない。
そして彼女はそのままでいて欲しいのが、十路の望みだ。
「なら、とっとと終わらせるぞ」
体組織が絶えずランダムな変化しているため、樹里が立つのを嫌っているのは察せられた。
「ぐえっ!?」
「文句は後で受け付ける。あとリンクしてくれ」
だから樹里の襟首を掴んで引き上げて、腰を抱えてもたれかからせ、無理矢理に立たせる。脳機能接続をすると、彼女のメチャクチャなパラメータが見ることができる。
「イクセス。来てくれ」
【アクロバティックな真似させないでくださいよ……】
十路が声をかけると、青い鋼鉄の巨躯が、赤黒のオートバイを抱えて降ってきた。高機動モードの《コシュタバワー》は体を深く曲げて衝撃に耐えると、《バーゲスト》を床に下ろす。
イクセスの制御に従い、《コシュタバワー》はオートバイに変形し、《バーゲスト》と共に駆け寄ってくる。
「放置して悪かったな」
二台の《使い魔》を背後に従え、十路は樹里を抱えたまま、蘇金烏に振り返る。
眼鏡の奥の瞳に、やはり感情は覗けない。
想像だが、『父親』ならば『娘』が男と堂々とくっついていたら、なにか思うところあるのではなかろうか。
そういった感情がまるで見られない蘇金烏は、父親ではなく、樹里を娘と思っていないと判断する。
「堤十路。なぜここに?」
「今更だな……理事長のお節介だ」
《マナ》放出孔から侵入し、つばめのナビゲーションに従って《塔》内部に潜入し、樹里と蘇金烏がいるこのフロアを見つけたはいいが、突入タイミングを図る必要があった。
そこで樹里が蘇金烏を殺そうとしたので、十路が単身飛び込み、今の図がある。
「俺になんか言うことないのか?」
「なにがある?」
「ないなら別にいい」
十路は娘たちの消滅に関わっている。直接手に掛けたこともある。
蘇金烏がどういう風に聞いているのか知らないが、やはり『管理者No.003』たちが娘という感覚は、彼の中にもうないのだろう。だからこそ探し求めると想像できるが。
「先々の可能性だけど……『娘さんをください』とか言わなきゃならない相手でないなら、どうしようが問題ないって思っただけだ」
抱えた樹里がすごい勢いで首を動かし、顔を見上げてきたが、そこはあえて無視する。
「俺たちは民間緊急即応部隊、総合生活支援部だ」
枷はひとつを除いて、ない。
そしてその枷は、いつもと同じ。
ならば、いつもと同じことをすればいい。
「内乱罪とか騒乱罪辺りはどうなるのか知らんが……未成年誘拐と逮捕・監禁は当てはまるだろうから、現行犯逮捕するぞ」
蘇金烏が表情を変えないまま鼻白む。
「どれだけ無謀なことを言ってるのか、理解しているのか?」
「そんなセリフが出てくる時点で、アンタは絶対に勝てない」
小銃を飲み込み、合金の鱗と銃剣の蹴爪が生えた腕を伸ばし突きつけて、十路は獣の笑みを浮かべてみせる。
「奇襲・闇討ち・罠ハメ上等の《騎士》と、出来損ないの半神半人。しかもそれぞれの《使い魔》まで。これだけ戦力が揃ってて、できない理由がどこにある?」




