090_1370 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅧ ~覚悟の秋~
蘇金烏と向かい合っていた樹里は、立ち上がる。
どう話すべきか。いや、まず話すべきか否かも迷った。なにも言わずに対話を終わらせ、この場を離れることができればいいが、彼の権能を考えると、済まない可能性も充分考えられる。
「……時間を渡ったオリジナル《ヘミテオス》が、この世界とどう関わっていくか……牛耳ってでも良いようにしたいのか、最低限の関わりで済ませるのか。意見の違いで争うことになったのは、まぁ仕方ないとしましょう」
それはきっと、樹里も関わらなければならない話であろう。どこまで、どのようにかは、想像すらできない。
ただ、樹里が関わるとすればつばめの側になるだろう。どのような形であれ支配したいとは思わない。
どうあっても彼と関わる未来は、敵以外になかろう。父娘は当然、味方として交わることもありえまい。
「だけど、それに加えて、娘さんを取り戻したいあなたの事情を交えて私に……いえ、私たちに向けられるのは迷惑です」
秋休み以降に起きた戦闘は、その趣が強い。
ガラス玉のような感情のない瞳を向けたまま、蘇金烏も立ち上がる。
「戦いたくなくても戦わないとならない時もあるのは理解してます……でも、そんなことのために戦わされるのは、うんざりです」
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ラプンツェルが、杖の柄でククリナイフを押さえながら低く呟く。
「わたくしは……下らない歴史と宗教観のせいで、国と家族を捨てますわ」
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靴履き猫は、篭手に覆われた拳を突き出すと共に、誰とはなしに宣言する。
「あたしは、全てを捨ててでも、兄貴を守る」
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シンデレラが、師より授かった刃を振るいながら、師に問う。
「わたしは、わたしらしく生きるために、祖国と組織を捨てました」
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ピノキオが、頭の中で《妖精》たちに命令しながら、口では決意を露にする。
「自分は、人であるために、全てを捨ててでも戦う」
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千匹皮が、決別する。
「私は、現在を生きる人間です。未来が邪魔するなら――」
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「だから、これ以上わたくしに、なにかを捨てさせないでくださいな……奪うなら、戦ってやりますわよ」
《付与術死》として。
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「だから、あたしの邪魔をするなら……殺すよ?」
《狂戦士》として。
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「だから、これ以外の生き方を強いられるなら、抵抗させてもらいます」
《暗殺者》として。
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「だから、自分の邪魔をするのであれば……兵器としてお前を倒すであります」
《妖精の女王》として。
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「――全てを捨てる覚悟で戦います」
《治癒術死》として、出来損ないの神として。
自分では確認できないが、可能な限り出さないよう抑えているが、感情的になったせいで、瞳の色が変わっているような気がする。
獣になりかけの瞳で蘇金烏を見据え、樹里は反応を待つ。
沈黙が流れた。
迷っているのか。だとすれば言葉か態度か。なにも伝わらない時間の後、彼はゆっくりと口を動かした。
「――《バアル》」
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「――!?」
鷹のようなロジェの無表情が崩れる。
「がっ……!」
同時にコゼットの体に軽い衝撃と熱が奔る。
ロジェが着るメイド服の肩がはじけ飛び、翼のようなものが飛び出していた。羽根というか矢と呼ぶべきか。そこから放たれた棘が、コゼットの体にいくつも突き刺さった。
(失敗った……! 《サリエル》……!)
学院では《使い魔》が割って入って防いでくれたが、彼女が存在せず、数も段違いの今回は喰らってしまった。
重要器官を傷つけられなかったのが幸いに、身体制御は継続、新たに痛覚を遮断し、無理矢理動かす。抜いた際の出血もあるが、それより時間的猶予で刺さった短矢は抜く間もない。
新たに外から攻撃が加えられるのは予想ついたから。
ロジェを巻き込むのも厭わない、それとも彼女が避けると信頼しているからか。メイドの退避を待つことなく、石壁と塹壕が赤熱した。直後に土砂がプラズマ化した衝撃波が、狭い塹壕の中を吹き荒れる。
「がはっ!?」
逃れられるタイミングではなかったから、コゼットの肌も髪も焼かれるはずだった。
しかし突き刺さった棘が爆発したため、その衝撃で吹っ飛び、高熱の範囲からも離脱できた。
「……! ……! なんのつもり……!」
彼女の生成物である以上、爆破はロジェの仕業としか思えない。
だが『敵なのに助けた』とは言い難い。外からの攻撃に比べたらマシとはいえ、突き刺さった状態で爆発されたのだから、破片がより深く食い込み血肉が弾け飛んだ。痛覚を遮断したはずなのに、自然と悲鳴が飛び出た。
『最後通告ですわ』
無線というより壁の向こう側から、クロエの声が言外に応える。直接か命令したのか不明だが、ロジェの棘を爆破してコゼットを一時的に救ったのは彼女の仕業と。
『降参なさい』
そして壁は溶解し、塹壕が抉ったのも、クロエの仕業と。
コゼットは体を動かすことなく、遠距離の観測用術式を実行すると、その姿が脳裏に描かれる。
指揮装甲車の上部ハッチから上体を出すクロエは、顔半分が異形と化している。
(さすが邪眼……!)
具体的な方法はわからないが、クロエはなんらかの方法で壁の向こうを見通し、高エネルギー砲撃を発射してきたのだろう。それも目から。
《ヘミテオス》の力を解放したクロエならば、コゼットを確実に殺せる。
『趣味の悪い女ですわねぇ……』
それを今更のように披露され、コゼットは歯を食いしばり、体を動かす。
『そもそもンなところで人外披露すんじゃねーですわよ……!』
『好きで曝すわけないでしょうが……!』
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「!」
南十星の直感が最大警報を発した。
なんら根拠はなく、もし勘が囁くなら既に最大で警告していそうな戦闘の最中だが、彼女は逆らうことなく従い、和真との間合いを全力で広げる。
直後に空気が何度も切り裂かれた。完全には逃れきれず、防弾繊維のジャンパースーツと、その下に着たソフトスキンアーマーも斬られた。骨を半ばまで断ち、内臓まで届く傷だったが、あまりにも鮮やかな切り味のため、自己修復プロトコルを持つ南十星には軽傷にも入らない。
余波でコンクリートやコンテナが細切れになる。短時間とはいえミキサーにでもかけられたかのような様相だった。
「くっそ……! また勝手に……!」
和真が着るライダースーツを突き破り、鎌のような曲刃が体から飛び出している。素材不明の、長いものなら二メートルほどもあるものがいくつも。
そう認識した瞬間には、死神の刃たちは体内に引っ込んだ。ライダースーツに空いた、穴というか切れ込みしか痕跡を見出せない。
「やっべ……間合いに飛び込めねーじゃん」
警戒対象が槍と《魔法回路》だけに留まらなくなった。ただで手に余る相手だったのに、近接格闘を主とする南十星にとっては不利にも過ぎる相手となった。
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「む……!」
震えが足元から伝わった。動きを止めたオルグが立つコンクリートに罅が走り、剥がれていくつも浮遊する。
これを好機と、銃撃される合間にナージャは飛び込み、コンクリート片に囲まれるオルグへと黒刃を振るう。
しかし鉄をも切り裂く刃が阻まれた。火花こそ散らないものの、なにかを削る耳障りな音と共に止められ、単分子剣が進入しない。
『勝手なことを……』
以前、オルグと戦った際にも同じことが起きた。鎧を微振動させ、力点をぶれさせることで、刃の侵入を阻止された。
あの時彼が装着していたのは、《魔法使い》でなくても《魔法》を使えるパワードスーツだった。
石を材料にした当世具足を身にまとうオルグも、同じ防御を披露した。
効かないとわかれば、無駄なことをしない。ナージャは正眼に構えたまま下がり、射撃される銃弾を剣先のわずかな動きで逸らしながら、ぼやく。
「……わたしが守りを疎かにしてるからって、師匠が固めますか?」
『そのようなつもりはない……』
ただでさえ手の内が知られている。しかも人外の速度を纏っても対応してくる相手だ。
「一応訊いておきたいんですけど。《魔法》使えます?」
『使おうと思えば使えるぞ』
「前の、《使い魔》任せとは違うと思うんですけど?」
『そういえば、《使い魔》とパワードスーツを使って、相手したことがあったか?』
「八月の部活が最初で最後ですね」
更なる戦力となる《魔法回路》を発生されたら、ため息を吐きたくなる。
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《男爵》からの猛攻が一時止んだ――と思った瞬間、なにかが駆け抜けて、野依崎の後方へと飛び去った。同時に《ヘーゼルナッツ》の警告が脳内に届く。
彼が着ている燕尾服も、野依崎が着る強化服同様、簡易的なパワードスーツだろう。
ならば特に四肢部分が破損した際、切り離しできるようなっている。
両肩の接合部分から袖が引き千切られ、《男爵》の腕が膨れ上がっている。
そして右手は魚の原正尾に。左手は古代サメを思わせる頭部へと変貌している。
《ラハブ》の頭部がメキメキと音を立てて大きく口を開き、口内を塞ぐ舌のようなものを覗かせる。
砲声を立て、エラ部分から煙を幾筋も噴出し、それが発射される。
野依崎が使い捨てた超高速砲と比べれば遅いが、それでも既存の砲弾よりも速い。《ピクシィ》たちの迎撃をすり抜けてしまい、《ヘーゼルナッツ》の武器ゴンドラから侵入し気嚢部に突き抜けた。
幸いにも爆発するような性質の弾ではなく、《ヘーゼルナッツ》が空を浮くのに水素は使っていない。搭載された兵器も損壊したが、安全装置が働いている。ものの見事に穴が空いただけで済んだ。
(生体で液体炸薬砲? しかも自己鍛造弾? ハイパーゴリック推進剤やライナーはどうやって?)
一撃での撃墜を免れたのを安堵し、考えてもわからない分析をしながら、野依崎はありのままの事実を無線で皮肉る。
『《ムーンチャイルド》が人間でないと主張するのは自由でありますが……だからといって完全人外になるのはどうかと思うであります』
『No Way!(好きでこうなるか!)』




