090_1260 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅶ ~ハサミトギを追いかけて~
ポートアイランドを飛び出した十路は、無人の神戸市内を《バーゲスト》で駆り、封鎖を突破し明石大橋を渡っていた。
「理事長。聞こえますか?」
『聞こえてるよ。ついでに状況も把握してる』
どこにいるのかわからない、つばめ相手に呼びかけると、無線電波ではなく擬似先進波通信で返答があった。
『蘇金烏がLilith形式プログラムを起動させて、樹里ちゃんを確保して、淡路島に向かってる。どうやら海底を移動して、作業坑から《塔》に侵入するみたい』
十路が推察したとおりの事態が、改めてつばめから正解発表される。
「なにに変身したんですか?」
『バアルがエジプト神話のセト神と習合してるって、コゼットちゃんが話してたの覚えてる?』
「言ってましたね」
『で。セトは『全ての束縛がなく自由な神』ってことで、かなりおかしい伝わり方がされるんだよ。エジプト神話の神は基本的に獣頭人身で、セトもツチブタの男として描かれるけど、植物まで融合してる合成獣のこともあるんだよ。しかもギリシャ神話のテュポーンとか、キリスト教のリヴァイアサン、ヒンドゥー教ともシヴァとも同一視されてる』
「破壊神ってくくりだと同じでも、巨人と大海蛇まで同じ扱いって……」
『具体的な描写は後世の付け加えだよ。バアルが出てくるウガリット神話は粘土板の楔形文字、セトのエジプト神話はヒエログリフ。現代語みたいな書き方じゃないから、『強大な神』くらいにしか書かれていない』
「とりあえず蘇金烏が、なんかよくわからん化け物になった、と」
獣の女郎蜘蛛。狼狩人。肉の巨人。謎の怪物。氷の老婆。糸車。死霊。石の機動要塞――そして雷獣。
これまで見てきた、悪魔の名を冠した純戦闘生命体たちの戦闘能力を思い出し、十路は顔をしかめる。
無人島化された上、先日の戦闘で荒れた淡路島に上陸して、しばらくした頃合に、新たなに無線が割り込む。
『《騎士》くん。ちょっと止まって』
舗装が剥がれかけた道路上で停車すると、海岸から接近してくる。常人よりも背が高い、けれども頭部と片腕が欠けた、異形の人影が。
「《コシュタバワー》……というか、悠亜さん?」
樹里が乗っていた《使い魔》の、高機動モードだ。異様に長い腕には、樹里の長杖を持っている。
『やー。海の中に捨てられてたから、遠隔で回収したんだけど』
『管理者No.003』としての悠亜は、《使い魔》に関する制限解除権限を持っている。通常ありえない距離で脳機能接続し、機体をもうひとつの肉体であるかのうような扱い方もできる。
『そっちはそっちで大変みたいだけど、私は私で忙しいから、《コシュ》はそっちで世話してもらおうかと思って』
「いまどこにいるんですか?」
『ゴビ砂漠。つばめに頼まれて、こっちの《塔》を攻略してる』
神戸で支援部が戦うのを陽動に、大人たちも秘密裏の戦いを行っている。
《塔》や《魔法》といった半端な未来技術について詳しくは知らないが、それは必要なことなのだろう。
しかし同時に、大人たちの手を借りることはできず、学生たちだけでこの局面を乗り越えないとならない。
『ということで、《コシュ》に関する権限を、イクセスに渡すから』
【うぇぇ……《使い魔》二台を同時に操作ってことですよね? しかも人型なんていうクソ面倒で不条理な仕様を】
『気合いでなんとかしなさい』
【機械相手に精神論を持ち出さないでくださいよ……】
文句を言いながらもイクセスがなにかしたのか、悠亜が権限を渡す前に最後に操作したのか。《コシュタバワー》が関節を折りたたんで縮み、スーパースポーツタイプの大型オートバイへと変形する。曲がりなりにも超科学の軍用車輌、海に水没しても動作は変わらない。
『樹里ちゃんのこと、任せたわよ。十路くん』
「……了解」
いつも仇名で呼ぶ悠亜から、名前で呼ばれたことに小さく驚いたため、反応が遅れた。返事した時には無線が切れている。
『トージくん。ナビするから、《塔》に行って』
「了解」
替わってつばめの呼びかけに、《バーゲスト》を発進させる。すれば無人のまま《コシュタバワー》も追走してくる。
【ストリートファイターとスーパースポーツに山登らせるって、狂ってます】
「実際登ってるオンロードバイクがなにホザく」
先日の戦闘で植物のほとんどが死滅し 半欠けになって山体崩壊すら起こりそうな、淡路島中央の先山を、《使い魔》のパワーで力任せに登る。
すればいつでも変わらぬ円柱が出迎える。
以前、秋休みにこの場に来た時は、《塔》の壁面が一部消え失せたように、出入り口が現れた。
だが十路の意思で空けたことはないので、どうしたものか。オートバイに跨ったまま左手のグローブを外して壁面に触れてみたが、なにも反応しない。
『見学者用通路は開かないよ』
「いや、見学者用って……」
つばめの言葉になんとも言えない気持ちになる。前に入った入り口が、そんな目的だったとは。
《塔》に入ったのは一度だけなので、内部構造などよく知らない。とはいえ《ヘミテオス》以外はは入れないオーバーテクノロジーに、なぜ見学者用通路があるのか。
『とはいえ、正規の入り口は、蘇金烏が許可してないからね。ちょっと裏技使うよ』
『《塔》のシステム、理事長たちもあんまり把握してないみたいなこと言ってませんでした?』
『あんまり把握してない。つまりゼロじゃない。そんなわけで、上に上がって』
思わず夜空の遙か高みまでそびえ立つ《塔》の威容を振り仰ぐ。前に十路自身が設置した航空障害灯の点滅光も見える。
「上?」
『換気口やら点検孔からの侵入って、セオリーでしょ?』
秋休みに訪れた時、《塔》の頂上まで登ってみたが、そんな穴など存在しなかった。
とはいえ、《ヘミテオス》が出入りできる以上、なにかあるのだろう。《塔》が《マナ》を放出しているのだし。
「イクセス。道のない山を登るのが狂ってるなら、壁を登るのはオンロード車的にどうなんだ?」
【《使い魔以外に不可能ですから、どうもこうもないですよ】
《バーゲスト》と《コシュタバワー》の二台分、《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》を実行し、高度一万メートル目指して垂直の壁面を登る。




