090_1240 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅴ ~移動手段はバイクです~
『十路くん! 木次さんがなにかに食べられました!』
「は?」
ナージャからの無線に、攻撃用の術式を実行しながら、十路は眉を寄せた。
すれば音声だけでなく、画像データも送られてきた。まだ建っている建物の上か、瓦礫に上っているのだろう。島の上からナージャが見下ろしている図だ。
長杖を脇に挟み、大型オートバイで凍った氷原を駆ける少女が、急ブレーキをかけて止まった。
「……え?」
すれば彼女を中心に氷が割れて、巨大ななにかが海面下から伸び上がり、樹里を《コシュタバワー》、氷が引き込まれた。ちょうどザトウクジラが浮上しながらエサを一気に食べる、バブルネットフィーディングのような有様だ。
丸呑みにした巨大ななにかはすぐ再び潜ってしまったため、一切の痕跡を残していない。
その続きは、映像ではなく現実で発生した。離れた南西の海上で巨大な稲妻が立ち上り、海面が荒々しく蹴散らされる。
闇を透かして望遠すれば、幾多の生物の特徴を兼ね備えた雷獣と、海面下のなにかが、絡み合いながら暴れていた。
「木次! どうした!」
『わかんないです! なにかに引きずり込まれ――』
変身した雷獣が暴れながら無線を返してきたが、不自然に途切れた。
同時に再び海面下に引きずりこまれ、今度こそ海面が鎮まってしまう。
「おいおい……」
前にも、しかも二度も世間の目に触れさせられたとはいえ、《ヘミテオス》同士が本領を発揮し、今回もまた怪獣大決戦が行われるとは。
そう。《ヘミテオス》同士。
巨大ななにかならば《ゴーレム》と考えることもできるはずだが、十路はあれが変身した《ヘミテオス》だと理由もないのに確信した。
【淡路島に向かっています……?】
目に付く上陸部隊を片付けたタイミングで、イクセスが空気を読んで《バーゲスト》は停車している。
戦闘中の海上は明るいとはいえ、暗視ではハッキリしないが、海面近くを移動する細波が立ち、そのようにも見える。
(なら今の謎生物……蘇金烏、か?)
またも確証はないが、その可能性は充分考えられる。
そして樹里が死んだとは思わない。捕らわれたと考える。
「ナージャ。なとせ。ここ任せた」
『へ? どこ行く気?』
返事を待たず、一方的に指示だけすると、十路は氷の上でアクセルターンを決める。
固体窒素の榴弾を放ち、上陸部隊の侵攻を牽制しつつ、人工島から脱出するために、砲撃痕や瓦礫でオフロードになった道をひた走る。
度重なる砲撃・爆撃で破損しているが通行可能な、ポートアイランド西側臨港道路を走りって高架道路の坂を登ると、すぐにアーチを描いて橋を吊り下げて支える、櫛型の鋼材二本が目に入る。
道路部分が切断された神戸大橋の向こう側、新港第四突堤からも、ライトをつけたオートバイが近づいてくる。ライダーはヘルメットを被り直しているが、誰なのかすぐにわかる。十路が知る由もないが、ようやく六甲山から降りて追いかけてきたらしい。
ナージャたちが戻ってきた時と同じように、神戸大橋の上反り弓状ダブルデッキアーチを、十路は《バーゲスト》で登る。
向こう側から《真神》に乗った和真も、逆側のアーチを昇る。
そして頂点ですれ違う。
【つれないですね。無視ですか?】
【変態AIに付き合う義理がどこに?】
《真神》に搭載されたコミュニケーションシステム・カームが声をかけてきたが、イクセスは薄い嫌悪混じりの冷たい返答のみ。
『どこ行くんだ?』
「野暮用」
和真の問いには、十路は素っ気なく、けれどもクラスメイトである時と変わらぬ声を交わす。
それ以上はなく、二人と二台は島の外と島の中へとそれぞれ降り立ち、走り去った。
△▼△▼△▼△▼
ところ変わって紀伊水道。
原子力空母の制圧は、基本封じ込めだった。膨大な浸水にも耐えられるハッチを溶接し、新たに《魔法》で通路を作れば、侵攻には問題なかった。
艦載コンピュータから詳細な図面データをコピーし、ウェスティングハウス・エレクトリック社製A4W加圧水型原子炉の核分裂反応を停止させ、非常用炉心冷却装置を作動させた。補助電源系統も破壊したので、偉大なる伝達者と呼ばれた大統領の名を冠した艦は、その機能を停止させた。
しかし乗組員全員を戦闘不能にさせたわけではないので、いずれガストーチなどで封鎖を破壊し出てくるであろう。
なので用事が終わった艦から早々に離れるために、コゼットは甲板上に再び出てきた。
同時に凄まじい激突音が鳴り響いた。艦首が盛大にへこんだ巨大な原子力潜水艦が、甲板から滑り落ちて海に落下したのには、さすがの彼女もビビッてドン引きした。
「……原子炉搭載してんですから、もちっと丁寧に扱いなさいな」
「面倒であります」
それで潜水艦を吹っ飛ばしたのだろう。『ロケットブースターが埋め込まれた鉄筋コンクリートの柱』としか呼べない物体を放った野依崎は、コゼットの苦言をいつもの言葉でスルーして、巨大な機械腕を背面に格納する。
「これ。艦のデータですわ」
腰の後ろに十字結びで提げていた本を手渡すと、野依崎は目を光らせて《魔法回路》を形成して、すぐにコゼットへ返した。データを吸出し、修交館学院のサーバーに送ったのだろう。
かと思いきや、背中の空間制御コンテナから交代で、熱力学推進専用のデバイスが解凍展開された。
「どうしましたの?」
「さすがに《ヘーゼルナッツ》単独では無理みたいなので、行ってくるであります」
「わたくしも行ったほうがいいです?」
「否。部長は他の現場を頼むであります」
長距離高速移動の準備をして、一方的に言い残した野依崎は、液体燃料不用のジェットエンジンを稼動させて飛び立った。
「さて、と……」
甲板には前衛的な姿勢で拘束された、潜水艦の乗組員たちが多数転がっている。野依崎の仕業に違いあるまい。
強制的にヨガをさせられている者たちは無視し、コゼットは頭の中で飛び交う無線を吟味しながら、次の行動を考えた。ひとまず彼女がやらなければならないことは終わったので、どこへ行って誰を手伝うべきか、状況を把握し優先順位をつける。
その最中、波間を蹴立てて迫り来る船団を捉えた。
(パワーボート……?)
水の抵抗で、船はどうしても陸上・空中の乗り物よりも遅い。だというのにパワーボートは、ものによっては時速二〇〇キロ以上を出す。
接近してくるのはモーターボートに近い形状の、Vクラスタイプと分類されるものに思えた。
パワーボートは競技用船舶だが、軍用に改造されて、河川や沿岸の警備に使われている例もある。だがこの場面で出てくるにしては、望遠して見える機体はレジャー用よりもシンプルだった。
(……ま。なんにせよ、わたくしの相手っつーことですわね)
先陣は数隻のパワーボートだが、遅れてもっと大きな影が続いている。|エアクッション型揚陸艇《LCAC》――軍用のホバークラフトだった。
その甲板に、凄まじい騒音が鳴り響いているだろうが、顔色ひとつ変えず無表情を浮かべているメイドがいた。
彼女がいるなら一緒に誰が乗ってるか、コゼットにわからないはずない。
「Chloe. je vais me battre, alors viens.(相手して差し上げますから、着いて来なさい)」
空母の甲板から飛び降りながら杖に横座りし、飛んで離れると、向こうも捕捉していたようで進路を変えた。
やろうと思えば引き離すこともできるが、コゼットは様子見することにした。すればパワーボート船団は間合いを詰めて甲板を開き、内部から機関砲がせり出してきた。
(スパイ映画みたいなボートですわね……)
一定割合で混じっている曳光弾で、射線は見てわかる。それを避けながら飛行し、偏差射撃でボートの未来位置へ衝撃波の砲弾を撃ち込む。双方高速で移動しながらの狙いの甘さで、半分以上は虚しく水柱を立てただけだが、残り半分はボートの舳先に潜り込んだ。普通ありえない速度で走る船なのだから、煽られてひっくり返る。そのままでは船体がバラバラになるまで、回転しながら何度も海面に叩きつけられるだろうから、流体制御術式《ニンフおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Nymph》で局所的な津波で飲み込んで、柔らかく受け止めた。
(めんどっちぃですわねぇ……!)
戦闘機の格闘戦のような様相で、海面近くを飛んでいると、やがて島周辺が盛大に凍る人工島が目に入る。
「空港島、誰かいます?」
『あたしいねー』
『わたしも本島です』
無線で呼びかけると、南十星とナージャの返答はあったが、初期受け持ちでいるはずの十路と樹里の返答はない。離れた海上にいたため、巨大生物に飲み込まれて、それを追いかけて当初の持ち場を離れたなど、コゼットは知らない。
「だったら空港島丸ごと、わたくしが使いますわよ」
その追求は今しなければならないことではないので、コゼットは端的に必要なことだけを一方的に伝えて、そのまま一気に島へ突っ込む。
十路が相手していた水陸両用兵員輸送車では上陸は不可能だったが、パワーボートはスピードに任せて、氷の縁をジャンプ台に飛び、映画みたいなダイナミックさで氷上を滑った。
遅れて|エアクッション型揚陸艇《LCAC》も上陸する。法的な扱いは船舶だが、仕組みは航空機に近い、猛烈な勢いで空気を叩きつけて浮上する乗り物だ。海面が凍った氷だからほとんど段差がないため、止まらずに上陸してくる。
砲撃で崩壊した神戸空港ターミナルビルの瓦礫に隠れ、コゼットは上陸部隊の様子を伺う。
(懐かしいのが出てきましたわねぇ……半年も経ってませんけど)
甲板に積載されていた装輪装甲車たちが、滑走路に降り立つ。主力級戦車の登場もありえたが、さすがになかった。|エアクッション型揚陸艇《LCAC》の積載量の都合だろうか。
以前、十路と共にポートアイランドで追い回された、九〇ミリカノン砲を備えたERC 90F4装甲車だった。
一台だけは明らかに違う。非戦闘型のVBMR装甲車は指揮通信車――移動司令部だろう。
随伴歩兵も素早く行動する。その中には場違いにも洋弓を携えたメイドがいる。
そしてほんのわずかだけ指揮通信車から顔を出し、メイドと言葉を交わすのは、コゼットとよく似た顔の女性だった。
「クソ女。聞こえてやがるなら返事しやがれ」
使われている無線周波数帯を探って合わせて呼びかける。上陸部隊員の国籍がまるでわからないので、きっと一番理解できないであろうし、一番気持ちが乗せられる日本語で。
『――あーら。ご挨拶ザマスね』
ややあって返事が脳内に響く。
士官学校の卒業生であろうとも、軍属ではないのだから本来ありえない。部隊は正規部隊ではないか、超法規的な取引があったであろう。
「出世したみてーですわね」
『ハ? 出世?』
「特殊な趣味にハマりすぎて世間様に顔向けできないのかと思いきや、戦闘部隊を預けられる立場になってますもの」
『そんなことでわたくしを怒らせようって算段?』
「いえ。素の疑問ですわ」
『……わたくしが言うことじゃないですけど、他に訊くことあるでしょう?』
腐女子趣味話は軽く流されたが、ただの軽口なので、どうでもいい。
「テメェと戦う以上、他に訊くこたぁねーですわよ」
言いたいことはこれだけ。
部隊を率いるのは姉であるクロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェ。
姉妹喧嘩などとのん気なことは言えない戦闘が開始される。




