090_1110 彼女らはそれでも青春を確かに見たⅡ ~SEVEN DAYS WAR~
十路はまた原付に跨り、ポートアイランドに引き返す。
道中、放たれている偵察ドローンの視界に入っているのを察知したが、気づいていない体で通り過ぎる。
ただし停車し、切断した神戸大橋の袂に建つ、神戸水上警察署に入る際には、さすがに見られないよう気をつける。
照明は点けず、窓のブラインドカーテンが閉じられているので、中は暗いが、十路の目には役所や銀行のような受付待合スペースが確認できる。
ちなみに『水上』と名がついても、他の警察署と大幅に違うわけではない。犯罪の相談受付も、自動車運転免許更新手続きも普通に行っている。一般人にわかる違いは、近くに艀があり、パトカーの他に警備艇も配備されているくらいだ。
「なんだ。兄貴か」
侵入者に警戒していたようだが、十路とわかると暗がりの中から、拍子抜けした南十星が姿を現す。
「まだいたのか。そろそろ出発したかと思ったんだが」
「あー……うん。そうだけど、ちょっちどーしよっかなーって感じで」
不得要領に頬を指先でかくと、南十星は踵を返し暗がりの奥へと歩き去る。
意味がわからないが、付いていけばいいかと、十路は一般人があまり入ることない警察署の廊下を歩く。
「それにしても、思ったより早く決着つきそーじゃん。七日は覚悟してたのに」
「なんで一週間?」
「大人に反発して、チューガクセーが廃工場に立てこもるのと一緒のシチュエーションじゃん。こうなりゃ角川六一式戦車も用意しようぜ」
「ああ、あれな。でも高校生で、立てこもるの炭坑じゃなかったか? 戦車なんて出てきたか?」
「それ最近のアニメ版設定。あたしが言ってるのは昔の実写版」
青春ドラマの金字塔と言われる小説原作の古い邦画とは違い、十路たちが行うのは本当の戦争だ。一〇代の主張では済まない命のやり取りを行う。
「大丈夫なのかよ……」
「昼寝はしたけど?」
「九時寝スタイルもそうだけど、そうじゃなくて。なとせの身も、やり過ぎも、どっちも不安なんだが」
だから十路は心配する。
「壊しゃいいだけだし、あたしの担当はラクなモンさ」
「お前がもう少し普通の《魔法使い》なら、安心できるんだがな……」
近接戦闘特化の自爆拳法使いという、《魔法使い》の常識に喧嘩売ってる南十星から、いくら気楽に言われたところで不安しかない。
「しかも《ヘミテオス》が出てきたら、お前、絶対に戦り合うだろ」
「それは相手次第かな?」
はぐらかされたが、十路はほぼ確信している。一緒に暮らした時間は短くても、妹の性格は把握している。
そうこうしているうちに南十星の足が止まり、『仮眠室』のプレートが掲げられた部屋に入る。
作戦中、部員たちは交代で休んでいるが、寝る場所はその都度違う。一般のご家庭に侵入して誰かの寝床を勝手に使ったり、ホテルに無断宿泊したりとマチマチだ。南十星は出発までここで仮眠していたのだろう。
「んでさぁ。ナージャ姉こんなだけど、どーする?」
安っぽいベッドがあるだけの部屋に、丸まって親指の爪をガジガジ噛んでるナージャがいた。暗い中では確認できないが、瞳孔は開ききって色を失っているだろう。
「……真っ暗ならこうなるよな」
「さすがに今日は明かりマズいじゃん? んでこうなった」
ここまで深刻なのは久しぶりな気がするが、暗所恐怖症がキマっている。
「なら《魔法使いの杖》起動させて暗視……あー」
「用心だけど、それもギリまで避けてる」
「俺は気にしてないけど、ナージャは隠れる必要あるか……」
「つーかナージャ姉の暗所恐怖症って、よくわかんねーんだけど。暗くても平気な顔してる時もあるし」
「カギは明るさよりも見える範囲っぽい。ロウソクくらいの明かりでも部屋の中なら普通にしてるし、《魔法》で暗視すれば動けてるし。でも夜中に懐中電灯ひとつで学校入った時、縋りつかれて締め落とされそうになった」
「暗さっつーか、影がダメなん?」
「じゃないかと思ってる。だから星明かりだけでも、だだっ広い場所なら平気かもしれん」
兄妹でナージャを見下ろしていたが、不意に南十星が意味ありげな視線で見上げてきた。
「兄貴。やっぱここはナージャ姉に熱いキスを」
「は?」
「前にそうやって正気に戻したんしょ?」
「あぁ。ナージャがトチ狂った時か」
ナージャ絡みの部活でのこと。二重スパイをやっていた彼女と芝居で戦っていた際、夜闇とプレッシャーで正気を失い、彼女は想定外の戦闘能力を発揮した。なのでヤケクソで鼻血味のキスをプレゼントした。
「いや。別にキスじゃなくても」
あれはオートバイの車上で、銃剣と刀で白兵戦を行っている最中に、思いつく正気に戻す手段が首を動かす方法しかなかったから。
「要は外部からの刺激があればいいわけで。ナージャの胸でも揉んでみたらどうだ?」
「兄貴が自分でやりゃいーじゃん」
「そういう関係でもない男がやったら犯罪だろうが」
南十星が背後に回り、ナージャの胸を鷲掴む。さすがバスト九〇オーバーFカップ。南十星の手では収まりきらない。
「…………」
「…………」
「…………」
無言でナージャのおっぱいがモミモミされる緊迫の時間が過ぎる。固唾を呑んで見守る中、ナージャの瞳に色が戻った……気がする。
そして前触れなく拳が繰り出された。触れれば切れると誤解する一撃をギリギリ回避し、十路は冷や汗を流す。
「いきなりなんですか!?」
「俺のセリフだ!? 殴る相手が違うだろうが!?」
立ち上がり、腕で胸をかばうナージャに、負けじと十路も怒鳴り返す。きっと反射的な行動で、真正面に立っていた十路を真っ先に認識したからだとわかっていても。
ジオラマなどに組みこむ麦球と電源を組み合わせたものを取り出し、南十星を確かめたナージャは大きく息を吐く。LEDや炎よりも暗い、今の状況に合致しそうな明かりを作っていたらしい。
「状況は?」
「大きな変化はない。だけどもうすぐだと思う。さっき部長とフォーは出発した」
「なら、わたしたちもそろそろ出発したほうがいいですね」
寝 (?)過ごしたと思ったか、ナージャは手早く身支度を整える。
南十星はいつでも出れる状態のため、放り出していたフード付きマントを羽織るだけで終わる。
「別に無茶する必要ないからな? 出てきた兵力をモグラ叩きにしてもいいわけだし」
「でも戦力の半分以上を麻痺させられます。皆さんの安全にも関わってきますから、やる価値は充分あります」
同じフード付きマントを羽織り、これまでナージャが持っていなかった空間制御コンテナを手にすると、小さく拳を握り締めて気合を入れる。
なんでも飄々とこなすイメージがある彼女だが、今回はさすがに勝手が違うらしい。
「それよりそっちこそ、身代わりをお願いしますよ? 本格的な作戦開始前にバレたら、わたしたち死ねます」
「直接やってるのはイクセスだけどな」
夜の闇に乗じて、有線で繋げて設置しているので、《バーゲスト》はビルの屋上から動かせない。ドローンによる監視の目を気にしながらも自由にさせている理由でもある。
覚悟を決めたふたりが部屋を出たので、十路もそれについて行く。
「そういえば」
道中、振り返らないままナージャが、思い出したように切り出してくる。
「十路くんは、わたしたちを《ヘミテオス》にって、考えなかったんですか?」
「……あぁ。そういう方法もあったな」
十路と樹里以外の部員も《ヘミテオス》化させる。確かに戦力増強策として、考慮の余地はあるかもしれない。敵にも《ヘミテオス》がいるのだから、対抗策としては妥当と言えるだろう。しかし。
「だけどコイツは不安定で、むしろ弱くなるかもしれない。急場しのぎでこれ以上のギャンブル要素は御免だ」
十路は自身の左手を見ながら切り捨てる。
管理者たちも把握しきれていない代物だ。急に準管理者化させたところで、戦力増強になるかわからない。
それに、道具は最新が常に最良とは限らない。特に軍事ではその手のアップデートは慎重で、驚くほど旧式の技術が現役など珍しくもない。
使い慣れたモノが一番ポテンシャルを発揮できるのだ。特に自分の体ともなれば。ならば不用意に変えるべきではない。
「というか、そんなに人外になりたいのかよ?」
「いやぁ……今はいいですけど、一〇年後には真面目に考えるでしょうね。師匠は最盛期に若返ってましたし、理事長先生とか木次さんのお姉さんは外見年齢を止めてますよね?」
「見た目の若さのために人外になるって、どうなんだ?」
「女性だけでなく男性も求めるものです。ファウスト博士もメフィストフェレスに魂売り渡したほどですよ?」
そうこうしているうちに広さの分、気持ち明るさが違う警察署のロビーにたどり着き、ふたりは足を止める。
「じゃ、気をつけて」
「そっちこそ」
言うなりナージャが振り返り、無拍子で間合いを詰めてきた。遅れているが十路の腕が反射的に動こうとしたが、それも上から押さえられた。
そういう真似ができるところが、ナージャが兵士ではなく武術家と、十路が思うことができたのは、距離が完全にゼロ、バニラの匂いを残して唇同士が触れた後だ。
なんでもないような態度を彼女は取っていたが、できる限り顔を見せようとはせず、触れた腕は小さく震えていた。自衛以上の戦いには積極的ではなく、暗闇を恐れるナージャにとって、感じる負担が隠しきれていない。
十路とキスしてなにかの足しになるとは思えないが、験担ぎか気休み程度になるならと、特に触れない。下手に触れるほうが厄介な予感がする。
「ならあたしも」
「ぐっ!?」
南十星も求めてきたから、それどころではなくなった。
『首に手を回して抱きつく』と説明すれば色気もあろうもの、実際には十路の肩に手をかけて懸垂してきた。咄嗟に背筋力で前のめりになるのを耐えた一瞬に、背伸びでは届かない身長差を突破して唇を重ねてきた。飛びかかって歯をぶつけられるよりはマシかもしれないとはいえ。
「お前なぁ……?」
「だって兄貴、なかなかさせてくんないじゃん」
隙を見せたらキスしてくる妹に、苦言しても意味がない。義妹で従妹だから厳密には違うが、日頃から近親相姦バッチ来いな開けっぴろげであるし。
今のキスのように、男女間の色気よりも兄妹の気安さが上回るので、そんな気配は微塵も起こらないが。
ともあれふたりはフードを被り、警察署のロビーを出る。
神戸大橋は安全と景観のため、夜間ライトアップされていたが、陸路を破壊した際に照明も破壊されている。
「それじゃあまず、鉄骨渡りと行きましょうか」
「随分な勇者たちの道なこって」
「傾斜はありますけど、電流も突風もありませんから、ざわつきませんよ?」
体から発せられる赤外線を遮蔽するマントで隠した彼女たちは、アーチだけが繋がる暗い橋へと歩き去る。




