090_0860 招かざる来訪者は二日目来たるⅩⅣ ~青春脱出速度~
強制的な脳内OSへの電子的介入が止まったのは、つばめの仕業に違いあるまい。
だから蘇金烏は、なにか言いたげに彼女を見たが、結局なにも言わずに首を巡らす。
彼が感情のない視線を向けたのは、意外にも十路だった。
「《ダアト》のアクセス権限を渡してもらおうか」
「結局それが目的かよ……」
全世界に二〇本ある《塔》は、大気中への《マナ》放出を主機能とし、《魔法使いの杖》主要部品の工場や、サーバーとしての機能を持っている。十路たちが見たのは淡路島のものだったが、きっと他の《塔》も同じような機能だろう。
しかしそれが全てではない。宇宙空間にある二一番目の《ダアト》は、違う機能を持っている、という話だ。
五月の部活で、そこから一時的にダウンロードした術式を使ったが、禁止兵器に類するだろう危険な理論と効果を持った《魔法》だった。
なので《ダアト》は、安易に使ってはならないものを詰めた、重要な火薬庫の役割を担っていると思われる。
アクセス権限は、かつては羽須美が所有し、今はつばめによってイクセスに委譲されている。
具体的に《ダアト》の中になにが入っているのか十路は知らないが、この世界を牛耳ろうとしている蘇金烏の立場ならば手に入れたく、敵対する支援部サイドにあるのは看過できまい。
そしてそれがあれば、つばめや支援部などどうとでもなると考えているのだろう。
「譲渡の方法なんて知らないし、知ってても渡すと思うか?」
なんにせよ、彼が十路が《ダアト》の管理権限を持ってると誤解しているなら好都合だし、どうであれ敵対関係から変わることはあるまい。
『こっち、クソ女どもから仕掛けられて、社会的な意味でちょいピンチってますわ』
『オルグのおっちゃん、やっぱ人間じゃなくなってる。こっちは誰もいないから暴れられっけど、どーする?』
『元・和真くんも同様です。目立っちゃってるのでどうしましょう?』
『《男爵》も同様。なにをするか不明で、即ブッコロ体勢を維持せざるをえないであります』
耳につけたままの無線機から、連絡がなかった部員たちから報告が次々と入る。端的で具体的にはわからずとも、民間人の前で臨戦態勢を取っているであろうことは想像できる。
(これがコイツの狙いか……?)
支援部員は、ヒツジの群にまぎれているオオカミだ。
戦うところを見られるのは初めてではないが、これまで支援部員たちは街を守るために戦った風に装っていた。特撮ヒーローなどと同一視されるのも御免だが、悪役と見なされるよりはまだマシと。
しかしこのところ、民間人目線では不可解な《魔法使い》絡みの事件を起こし、支援部員たちが悪し様に言われる情報戦が仕掛けられている。
その最中、牙を剥いた人間兵器の姿を目の当たりにしたら、支援部に悪感情が向けられるのは避けようがない。
すれば世間が――世界が敵になる。人間は、放し飼いの猛獣を許容できるほど強くはない。ただ怯えるだけを善しとしない。だから必ず声を上げて排斥に動く。
曲がりなりにも社会実験チームの看板と、正当防衛の主張で誤魔化していた、支援部の弱点を曝された。
(どうすればいい?)
どういう意図であれ、蘇金烏は服従させようとした。つまり敵対行為を行った。
ここで戦うことはできる。装備の入った空間制御コンテナを持ち込んでいる。
だが学院祭が終了したばかりで、普段以上に民間人がいる学院内での戦闘は、さすがに十路も迷う。既に他の部員たちに戦闘行為を民間人を垣間見られたからといって、『じゃあ』と割り切って本格的に戦うのとは、別の話だ。しかも蘇金烏のOS強制介入により自滅させられる可能性も考えられる。
「…………仕方ないか」
十路が判断に迷っていると、つばめが深々とため息を吐いて、一転。
「トージくん。ジュリちゃん。覚悟して」
初めてと思えるくらい、彼女らしくない真剣さで見せた。
言葉の意味を考える間もなく、ずっと聞こえていたヘリの駆動音が急接近する。
窓からその姿を確かめることができた。地面効果で難易度が高いはずなのに、急降下着陸する勢いで高度を下げ、危なげなく枯池の上に停まっている。
それは民生品の改造と思われる、十路も見たことがない形だったが、武装を搭載した攻撃ヘリコプターだった。
「伏せろ!」
側にいる樹里のジャケットを掴み、十路は飛び退いて床に倒れる。つばめも同様に絨毯に顔を埋めた。
直後、搭載された外装機関銃が火を吹いた。
発射前に射線から退いた支援部サイドとは異なり、蘇金烏は《魔法》により、二〇ミリ機関砲を受け止められるほど分厚く地面を隆起させた。理事長室のインテリアは当然、床材もその下の基礎が削れて飛び散るも、貫通はしない。
ロケット弾まで撃ち込まれたら、十路たちもまとめて吹き飛ばされていたが、幸いにも追撃はなかった。ひと通り弾丸をばら撒くと戦闘ヘリは上昇して離脱した。
だがそれで終わりではない。窓の外にザイルが垂れ下ろされ、素早く懸垂降下で人影が降り立った。同時に扉が乱暴に蹴破られた。
軍用だが統一性のない装備を身につけ、銃を携えた者たちが理事長室に突入してきた。意図的に隠しているのでなければ迷彩服のカラーとパターンで、どこの武装組織か、少なくともどのような環境での活動を想定しているかわかる。だがこの集団はわからない。
武装集団は、蘇金烏を取り囲み、銃を向ける。短機関銃や騎兵銃、個人防衛火器と、やはり統一性がない。それぞれ長所短所があるので、部隊内で役割分担するようにバランスよく持つのは理想であるため、これはいい。だが屋内戦には不利となる機関銃まで持ち込んでいるのが謎だ。
「待たせるんじゃないわよ。『わたし』」
「簡単に言うんじゃないよ。『わたし』」
突入要員のひとりが、wz.2005ヘルメットの縁を上げて、つばめに声をかけると、彼女も立ち上がりながら答える。その声はふたりとも全く同じだ。
髪が隠れる分、ヘルメットありなしで印象は違うが、彼女たちの人相は同じにしか見えない。
転がる空間制御コンテナを引き寄せ、十路が立ち上がりながら確かめると、銃を構える他の突入隊員たちも皆女性、しかも同じ身長、同じ体格だ。ヘルメットや装備で隠された横顔や後ろ姿なので断言はできかねるが、見る限り全員が同一人物としか判断できない。
十数名の『長久手つばめ』が、銃を携えて突入してきた。
「理事長も、木次と同じ……?」
「違うよ」
管理者No.003たちのように、意図せず分裂した存在ではないのならば。
意図的に複数人の『長久手つばめ』が存在している、ということか。
「これが、《塔》が管理者No.001に与えた権限、《リリス》」
旧約聖書にも描かれる夜の魔女。その起源は古く、最古の物語『ギルガメシュ叙事詩』にも描かれているとされる、人類史上最古参の悪魔。
そして最初の女。神によって土から作られた二番目の人間とも言われる。アダムとイヴとしているのが一般的に知られた創世神話だが、近代以降の文献によってはリリスこそが最初の女としている。アダムとの交わりによって悪霊たちを生み出したとも伝わり、ユダヤの伝承では新生児、特に男児を害するとされる。
カバラにおいては悪霊たちの女王とされ、邪悪の樹で不安定を司る。
そして《魔法使い》が《魔法》を使う際に解凍展開する通常の術式とは違う、《ヘミテオス》が肉体を変化させ人外の能力を発揮する際に実行するものは、『Lilith形式プログラム』と呼ばれている。
他にも、ナージャの時空間制御特化 《魔法使いの杖》《П6》のプログラムソースに、製作者を示す『product by Lilith』の署名が残されていた。
きっと、この世界に存在する《魔法》システムの根幹は、彼女によって作られた。
彼女は一度もそれを肯定したことも、それらしさを見せたこともなかったが、ここに来て見せた。
管理者No.001、オリジナル《ヘミテオス》、現地登録名称・長久手つばめ。
与えられた権能 《リリス》は、分身の複数製造許可。遺伝子的には同じでも個々に自我を持つ『管理者No.003』との最大の違いは、なんらかの形でネットワーク化されて同一の意識を持つため、全員が分身であり本物。
複数の自分を操ることで並行的に社会活動を行い、学校責任者をやりながら政界・財界にも食い込み、支援部員となりえる《魔法使い》を探し出し、超法規的に《魔法使い》の実験チームなんてものを作り上げられた。社会的地位を築き上げている蘇金烏相手に対抗できたのは、この能力があったからに違いあるまい。
「理事長」
樹里も立ち上がったのを認めた十路は、唐突に《ヘミテオス》の本領を発揮しだしたつばめの意図と、これからの行動を短い言葉で問う。
すれば彼女は、樹里の腕を掴んで駆け出す。
「逃げるよ!」
他の武装した『つばめ』たちと蘇金烏を放置し、理事長室を飛び出した。
十路もそれを追いかけて、つばめに並んで走る。
「いまここで戦うのはまずいし、わたしじゃ蘇金烏に勝てない。なら逃げるしかない」
皆無であるはずなかろうが、つばめに戦闘力は期待できまい。でなければ、悠亜や羽須美といった本職が近くにいる必要はなく、武装した分身や支援部も不要だろう。
ならばと十路は、ずっとつけたままの無線機に怒鳴る。
「全員バラバラに撤退! 今すぐ学校から離れろ!」
△▼△▼△▼△▼
「了解!」
コゼットはすぐさま、空間制御コンテナの取っ手を掴み、誰も支えていないのにバランスを保つ《バーゲスト》のドライバーシートに飛び乗る。
「クッソ、こうなりゃ仕方ねーですわね……!」
【本当に、こうなれば仕方ありませんね……】
きっとコゼットは無免許運転扱いになることを。イクセスは『クソAI』呼ばわりする彼女をドライバーシートに乗せることを、妥協したのだろう。
クロエとロジェの身になにがあったのか。疑問には思ったものの具体的な行動に移す前に、《バーゲスト》は土煙を上げて衆目がある支援部部室前から逃亡した。
△▼△▼△▼△▼
「おっけ」
兄の指示があれば速かった。跪くオルグに構うことなく、南十星は武道場の外に飛び出してバッグを掴んで、警戒しているイノシシの一頭の背に飛び乗る。
「リブ! GO!」
理解できてないであろうが、意を受けた母イノシシは、子イノシシ二頭を従えて駆け出した。
△▼△▼△▼△▼
「了解です」
ナージャは《黒の剣》をキャンセルし、《魔法使いの杖》をスカートのポケットに戻すと、踵を返す。
スタスタと。早足ではあるが、駆け出すほどでもない歩調で。
「……おい。どこ行くんだよ」
「商売道具を取りに帰って、そのまま消息不明になろうかと」
背中に男の声が投げかけれたが、簡単に答えるだけで足は止めない。怪訝な周囲の視線も気にせず、ナージャは中庭を後にした。
△▼△▼△▼△▼
「了解であります」
無線を受けた野依崎は、即座に割れた窓から飛び出し、空を飛んで二号館を逃れた。
突然の事態に驚きの目を向ける父兄や学生は元より、《男爵》へも一顧だすることなく。
自身に全く興味を見せないことに、苛立ちの表情を浮かべたことも知らないまま。
△▼△▼△▼△▼
一号館の外に出れば、学院祭終了直後なので模擬店は片付けられておらず、一般客もまだまだいる。
丁度その時、建物の中から一斉射撃の凄まじい銃声が背を押すが、次々と減る。
(やっぱ理事長じゃ、蘇金烏相手には足止めにもならないのか……!)
常人ならばミンチになってるだろう銃撃を、どのようにして耐えて、反撃しているのか。戦わなければならない相手なら、その戦術を知りたいと十路が思っても、今は叶わない。
壮絶な連続炸裂音に客たちが立ち止まり、首を巡らす中、三人は校門の外に出る。
「以降連絡は全面封鎖! 『打ち上げ』の時間と場所に集合!」
「いつどこ?」
追加の無線指示に、走りながらつばめが振り返る。
昨日、彼女がいない緊急部会でした話なので、知らないのも当然だろう。
「理事長は俺と一緒に来てください! 面倒くさい!」
「を゛!」
仕方ないので、つばめの襟首を掴む。
「っていうか、今日は車、どこにあるんですか!?」
「学校のすぐ外!」
校門から入ったすぐの正面ロータリーは、普段ならば職員・来客駐車場だが、学院祭で店舗スペースとなっている今日は車はない。
だから麓から学院に至るまでの坂に路上駐車されている。
比較的出てすぐのところに、見慣れたMINIクーパーが停車している。つばめがキーを取り出し乗り込む。
「木次は飛んで逃げろ。俺は理事長の車で逃げる」
四人乗りだがスリードアなので、三人で乗るには時間がかかる。それに追撃された場合、分散させないと一網打尽も考えうる。
助手席ドアに手を課かけたまま十路が指示すると、樹里は空間制御コンテナから長杖を出す。
「気をつけてください」
車に乗り込むために身をかがめていたので、一五センチの身長差は意味を成さない。
樹里の顔が近づき、吐息にミルクの匂いを感じたと思った瞬間には、唇に柔らかいものが触れた。
またすぐ離れて、樹里は《魔法》で飛んでいったので、十路がなにか反応する暇もなかった。
「色男! 早く!」
「はいはい」
つばめに急かされたので、小さな車体に体を押し込むより他なかった。




