090_0850 招かざる来訪者は二日目来たるⅩⅢ ~Weekend Shuffle~
『学生の皆さんは片付けを行ってください――』
会話が途切れた理事長室に、校内放送が大きく聞こえる。ガラス越しでも遠くで飛ぶヘリのローター音まで聞こえてしまう。
息苦しいほどの沈黙に十路は圧力を覚える。相対する樹里は尚更だろう。
微笑を浮かべえていた蘇金烏は、すっと表情を作り物めいた無表情に移る。
そして、呟いた。
「……《バアル》」
「うっ……!?」
途端、樹里が自身を抱くように体を折り曲げる。
「ぐっ……!」
同時に十路も左腕に灼熱感が宿ったような錯覚を覚え、ずっと提げたままだった追加収納ケースを取り落とす。
《上位権限有者によるアクセス――確認》
《準管理者No.010権限――暫定凍結》
《セフィロトサーバーバックアップ――切り離し》
《緑の上衣を着た兵士.lilith――起動》
《魔法使いの杖》を持っていないのに、脳内でOSが起動し、脳裏にシステムメッセージが表示された。
(これ……! 淡路島の時の……!)
△▼△▼△▼△▼
「!?」
突如、クロエが左目を押さえた。
必死さが感じられる挙動と右目を見開いた驚きの表情に、さすがにコゼットも不審で眉を動かす。
「Votre Altesse! 《Meririm》 est...!(殿下! 《メリリム》が……!)」
更には外から、メイド服の上から左肩を押さえたロジェも、必死の形相で駆け寄ってくる。
「Je sais deja! J'ai aussi 《Sariel》……!
(えぇ……! わたくしも《サリエル》が……!)」
取り繕う余裕もない事態が、突発的に起きたらしいが、コゼットにはなにがなんだか理解できない。
部活で荒事をしていても、コゼットは暴力の素人だ。多少害意を向けられることに慣れているが、知識と《魔法》で戦闘能力を底上げしているだけで、元軍関係者組のような訓練はしていない。
クロエが押さえる手の隙間、ロジェが押さえる服の袖から、青白い光が漏れているのを認識しても、怪訝に思うだけで奇襲への備えには繋がらない。
「え?」
だから、メイド服の袖を突き破って飛来してきた、高速で飛んでくる害意にまるで反応できなかった。
座るクロエの頭上を通過し、コゼットの脳天に突き刺さる――その前に。
射線に後輪走行で持ち上げられたタイヤが割り込む。矢羽はないが、骨で出来たような短矢が、コンクリートの床に叩き落される。
【ボーっとしてるんじゃありません!】
「助かりましたわ、クソAI……!」
屋外展示周辺に一般人が多数いるが、構わず自律行動し声を出したイクセスに返し、遅ればせながら手にしていた《魔法使いの杖》と再度脳機能接続し、戦闘準備を行う。
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「む……!」
動きを止めたオルグが、ビクリと体を震わせたかと思うと、巨躯が更に大きくなったような錯覚を南十星は覚えた。
勘違いだが、結果的には間違いなかった。
オルグを中心に《魔法回路》が発生すると、武道場の床に穴がいくつも空いた。それだけでは不足だとでも言うように、強力な磁力に引かれるように武道場内の金属が引き千切られて集まる。大きな引き戸まで吸い寄せられ、外にいたイノシシたちが驚きの目を向ける。
南十星は巻き込まれぬよう、距離を取って身を低くし、オルグの『変身』を見届ける。
「《バールベリト》か……!」
引き寄せられた構造体が《魔法》で形を変えて巨躯を覆うと、それは鎧となる。ただし彼が以前装備していた当世具足型パワードスーツ『サモセク』とは、意匠が全く違う。
「まーた《ヘミテオス》かよ……なんでこー、人外がゴロゴロしてんだか」
南十星はボヤきながら、腰に提げたままだったトンファーと脳機能接続し、《躯砲》の装填に顔をしかめた。
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視界の隅に《魔法》の光を認めた直後、ナージャは飛び退いた。普段はポヤポヤした緩さが目立ち、非合法諜報員としてはポンコツだったが、一級の戦士としての反射神経がそうさせた。
遅れてナージャが座っていた空間が切り裂かれた。
「《メフィストフェレス》……! 引っ込め……!」
高遠和真……否、乾健人なる人物が、必死の形相で抑える右肩の仕業だった。
学生服の二の腕が切り裂かれ、湾曲の刃のようなものが突き出ている。
「まさか、ここで戦う気ですか……?」
気持ち腰を落とし、スカートのポケットに手を突っ込んだまま、ナージャは問う。
現状が和真の意思に反するものだとしても、彼女に攻撃の意を示したのは純粋な事実だ。
しかも周囲には、無関係な学生やその父兄などが大量にいる。大きな音を立てておらず、変な格好をした者も混じるお祭り騒ぎの場だから、幸いにもまだ注目を集めていない。
だが戦うことになれば、そうも言っていられない。
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「がっ!?」
似たような攻撃を、以前《男爵》が操る肉人形から受けた。
正確な状況予想が《妖精の女王》の持ち味だ。
とはいえ、さすがに予想外だったため、野依崎の反応は遅れ、吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「またお前は……!」
強かに叩かれた衝撃は、セーラーワンピースの下に着た《ハベトロット》の防御機能が受け止めた。叩きつけられる際、咄嗟にむき出しの頭部は腕で守れたので、壁の構造用合板が割れる衝撃にも負傷はない。
学院祭の終了が放送された直後なのだから、まだ教室には無関係な一般人もいる。
だから野依崎は、《魔法使い》の交戦にまた民間人を巻き込むことに、《男爵》へ声を上げた。
「Damn! 《Rahab》...!(畜生……《ラハブ》が……!)」
だが《男爵》の様子がおかしい。現状は彼の意思に反していると知れる。
彼の右手は、魚類の尻尾のように変形していた。と言っても尾ヒレがよく見る三角形や二又ではない。尖った丸型の、古生魚類に見られる原正尾だ。それで野依崎は強か叩かれた。
《男爵》が《ヘミテオス》であると無関係な市民に知られるのは、野依崎にとってはどうでもいい。
だが《ヘミテオス》は敵方だけでなく、支援部内にも存在する。だから《ヘミテオス》の情報を広めること自体が悪手になりうる。
「《PIXY》!」
今日は子機は全基、学院敷地内にある。だから召集をかければすぐにやってくる。
活動させる時にはなんらかの迷彩をほどこしているが、今は飛行のための《魔法回路》をまとっているだけ。金属製飛行機模型のような物体は、窓ガラスを、しかも壁一面全てを突き破って突入させる。
派手に飛び散るガラス片に新たな悲鳴が上がり、学生や父兄たちは頭や体を庇う。この異常事態が見られてしまうのを、少しばかり邪魔できた。
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「こんなところでやめてよ」
つばめが声を上げたと同時に、十路の生体コンピュータを侵食していた何かは消えた。勝手に駆動していた脳内OSが通常終了し、感覚も元に戻る。
「……?」
樹里も同様らしく、脳内の暴虐が過ぎ去ったのが信じられないような顔で、折り曲げていた体をゆっくり戻す。
(コイツは厄介だ……!)
能力効果は当然、蘇金烏という人物についても。十路は内心舌を打つ。
彼にとって大事でも、樹里が父親を否定したことで、なんのためらいもなく操ろうとした。
静かだが、子供の癇癪みたいな反応だ。しかも無条件従属を求めている。まともな話し合いができる手合いとは思えない。
(ここで戦うつもりかよ……!)
身構えた十路の耳に、学院上空を飛んでいるのだろう、ヘリの音が先ほどよりも大きく聞こえた。
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「さて。どういうつもりですかしら?」
一般人たちはなにが起きているのか理解していないに違いない。だが危険を察して離れるでもなく、遠巻きに見ている。
無関係の民間人の注目を集めているのは、コゼットもわかっている。
けれども《ガルガンチュワ物語/La vie tres horrifique du grand Gargantua》による石の腕と、《光輝の書/Zohar》による仮想のレーザー砲を逸らすことはできない。
《バーゲスト》も少し離れた場所で、無人のまま直立静止し、身構えている。
クロエとロジェの主従から漏れていた《魔法》の光は、今は消えている。
だがコゼットは警戒を解かない。いつでもふたりを殺傷し、行動不能にできるよう、攻撃手段を向け続ける。
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《魔法》の光が消え、オルグを内包していた鎧が崩れた。
驚きを隠そうとするかのように、歯を食いしばって息を漏らす彼の姿が露になる。
なにが起きているのか、南十星では具体的にはわからない。
だが人気のない武道場なので、学院祭で人が多い今日でも、特に困ることはない。あるのはイノシシ三頭の目だけ
。しかも屋根まで穴が空いている被害も、気づかれるのに時間がかかるに違いあるまい。
トンファーを両手に構え、南十星は警戒したまま待った。
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和真を名乗っていた青年の体から《魔法》の光は消え、刃も引っ込んだ。
だがナージャは、レッグホルスターから取り出した《魔法使いの杖》を出して電源を入れ、切断能力のない《黒の剣》を実行し、正眼に構えた。
全く光を反射しない真黒の剣とて、さすがにこの場で出して目立たないわけはない。臨戦態勢のナージャを目にし、徐々に周囲にいた人々の注目が集まっていく。
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「ぐ……」
《男爵》の腕から光が消え、異形と化していた手も元に戻った。
だが体勢を整えた野依崎は、周辺に子機と《魔法回路》を浮かべたまま、すぐさま攻撃できる態勢を保つ。
派手に飛び散ったガラス片で傷ついた者もいるみたいだが、いずれも少し皮膚を切った程度と確かめられたので、野依崎は無視する。
野依崎と《男爵》の一触即発――いや、なにも知らず見れば、《魔法使い》が一般市民に殺意を向けている図だ。ざわめきながらも見守れているが、その視線も無視する。




