090_0840 招かざる来訪者は二日目来たるⅩⅡ ~GAME OVER?~
二号館で行われている、野依崎と《男爵》、《ムーンチャイルド》たちによるゲーム対戦は、一勝一敗となった。
クジ引きで選ばれた緒戦のスポーツジャンル、サッカーゲームによる対戦は、《男爵》が勝利した。
「Shit……! (クソ!)」
「《女王》ってさ……実際にサッカーをする時、ひとりで離れた場所に突っ立って、ボールが来たらすぐロングパスかロングシュートするだろ……」
「なぜお前が知ってるでありますか?」
「パス回しとか下手すぎるし……」
体育の授業を的確に推測できるほど、野依崎のプレイはぼっち気質全開だった。
二戦目は負けた野依崎がジャンルを選択し、オンライン・カード・ゲームでの対決となった。
「なに課金して追加パック買ってる!? しかも大量!?」
「フ。自分の金をどう使おうが勝手であります。悔しかったらお前も買えばいいであります」
「そんな小遣いあるか!」
「……お前、小遣い制なのでありますか?」
「蘇金烏から一〇ドル……」
「本当に子供の小遣いでありますね……」
野依崎は財力に物を言わせ、大人買いして揃えたカードデッキで、スターターパックの《男爵》を下した。効果的なコンボを組める頭脳はあっても、前提となるカードがなければ勝てはしまい。まったくもって大人気ない。いや野依崎は正真正銘の子供だが。
そして最終戦となる三戦目。《男爵》が選ぶジャンルで勝負し、雌雄を決することになる。
彼は少し考え、意外な選択をした。
「MOBAで」
「……ハ?」
Mltiplayer Online Batlle Arena。日本ではあまり馴染みないゲームジャンルであろう。
RTS、Real Time Strategyならば、まだ理解できよう。リアルタイムで状況が刻々と変化するフィールド内で、プレイヤーはユニットを直接操作するのではなく、指示を出して敵ユニットの撃破や陣地を奪うなどして勝敗を競う戦略ゲーム。日本ではフィールドにマス目や六角マスを敷き、リアルタイムよりもターン制の採用が多いため、ウォー・シミュレーションのサブジャンルと見なされるが、海外では独立ジャンルとして扱われている。
それを多人数参加のチーム戦で行うゲームがMOBAだ。
オンラインであれば、ひとりでも対戦できるが、野依崎と《男爵》が勝負している今は相応しくない。最初のクジの際、格闘同様に抜くべきだったジャンルだ。
「三対三、だけどプレイヤーはひとり。僕たちがそれぞれ三台のパソコンを同時に操ってプレイする」
「You idiot.(お前、馬鹿でありますか?)」
しかも動画投稿のネタと考えるにも少々怪しい、奇怪なプレイ方法を提案してきた。野依崎の顔が呆れに歪む。
「ボクたちなら簡単だろう?」
《男爵》の言葉の、言外の意味は正確に読み取れた。
野依崎は、多数の子機を同時に操る『妖精使い』。《男爵》は、粒子を含んだ気体の《ゴーレム》を大量に操る『死霊使い』。
ふたりとも自分がアクションするよりも、指揮官としてユニットを操ることを得意とする、特殊な遠距離攻撃型の《魔法使い》だ。
なのでMOBAジャンルのゲームで対戦することは、《魔法使い》としての戦闘の縮小版、とも言えなくもない。
同時に、思考で操作する《魔法》や《魔法使いの杖》とは、あまりにも条件が違いすぎる。
「……面倒でありますね」
しかし野依崎は許容した。その方法だと複数アカウントが必要で、ポーズや口癖ではなく本当に面倒くさいのだが、顔をしかめながらもゲームデータの購入手続きを行う。
その最中、手を動かしながら、口も動かす。
「お前は、自分と優劣つけるのが、そんなに大事でありますか?」
野依崎と《男爵》との確執は、違う研究チームによって造られたことにあるが、決定的になったのは、その優劣を競う機会を前に、野依崎が施設を脱走したことにある。
「二ヶ月前に交戦した結果では、満足できないでありますか?」
「オマケが多すぎただろ」
「今さら……あの時、多数対一を納得したのはお前であります」
冗談半分に特撮戦隊ヒーローが怪人相手に集団リンチする是非が問われるが、怪人側も最初は雑兵を引き連れているではないか。
《ゴーレム》使いである《男爵》も似たようなものだから、支援部総出での応戦に文句言われる筋合いはない。
「大体なんでこの間、戦闘艦持ち出してまで、太平洋上で自分たちにちょっかいかけてきたでありますか? その割にアッサリ退いた理由まで含めて、意味不明であります」
今更とも言える野依崎の質問に、《男爵》は鼻を鳴らす。
「面白くないだろ」
「面白さを求めて、巻き添え度外視でケンカを吹っかけられるのは、迷惑以外のなにものでもないであります」
「巻き添え? 蘇金烏が雇った連中のこと?」
やはり野依崎とコゼットが救出した、カタギではない船員たちは、蘇金烏の差し金だったか。
「あんなヤツら、別に構わないだろ?」
支援部が警察や海上保安庁の業務委託を受けている以上、警察官職務執行法や海上保安庁法に従って業務を遂行しなければならない。たとえ犯罪者でも、別の犯罪に巻き込まれるなら、守らなければいけない義務が課せられる。
そうでなくても、普通の人間を虫ケラと同義に認識しているなど、ズレていると言われる彼女でも眉をひそめる。野依崎にも兵器である自覚はあるが、《男爵》には負ける。
(やはりコイツとは関わりたくないであります……)
もしかすれば、彼が自分と同じ『人間』と認識しているのは、同じ《ムーンチャイルド》である野依崎だけなのかもしれない。
そして研究所から離れても、《男爵》はいまだ篭の鳥なのかもしれない。だからニワトリのように、同族間で優先順位をつけようと勝負を吹っかけてくる。
人付き合いの狭い野依崎ですら、哀れみさえ覚えてしまうほど狭い世界観に生きているのではなかろか。
結局は《男爵》が仕掛けてきた理由は知れなかったが、野依崎はどうでもいいと流して対戦の準備を進める。
これまでの対戦ではなんとも思われていないかったが、パソコンを寄せて無理矢理にでもマルチ化させていれば、さすがに注目を集める。
だがふたりとも衆目を無視し、それぞれ三台のパソコンでゲームを起動させ、マッチングさせて、試合を開始する。
ふたりとも、同時に三台のパソコンを操るとなれば、さすがに会話の余裕などない。無言でマウスでユニットを操作して、事前に登録したスキルをキーボードで放つ。相手ユニットを撃破しながら相手領域に進行し、逆に侵攻を妨害する。
対戦ゲームの多くは数分の試合時間だが、MOBAは長丁場の時間設定になっている。一〇分程度は当たり前、長いものになると四〇分以上、本物のサッカー並になる。
常に全力ではないとはいえ、そんな長時間、三人分の平行作業を続けていられない。合間合間のぶつかり合いは膠着してたいたが、一気に攻められ一度崩れれば早かった。瞬く間に野依崎は押され、立て直そうとしても敵わず、押し切られてしまった。
「Gotcha!(やったぜ!)」
「……アホくさいであります」
不健康そうな顔だからか、痩せてもやはり印象は変わらない。毒蛙の歓喜を浮かべる《男爵》に、野依崎は負け惜しみではなく本心から感想を述べた。
「今の勝因・敗因は、自分たちの性能差というより体格差であります。お前の図体ならば、自分よりも複数のマウスやキーボードを使うのに有利に決まってるであります」
野依崎は手を伸ばして見せる。
同年代平均よりも小柄な少女と、同年代平均よりも立派な体格の少年では、手を伸ばせる範囲はかなり違う。椅子ごと体ごと動かないとならない野依崎では、三人分の操作が遅れるのは、致し方ないことだろう。
「まさかとは思うでありますが、こんな隠し芸で自分に勝ったつもりでありますか?」
しかも、思考で操作する《魔法》とは違いすぎるのは当然、平行作業の概念が根本的に違う。
指揮とは基本、単体作業だ。同時並列的に複数の事象に対応しないとならないから、平行作業と見なすかもしれないが、それはミクロ視点での考え方だ。マクロ視点で全体を俯瞰し、優先順位をつけて、個別に問題を解決していくほうが効率がいい。もちろん言うが易しで、実行はなかなか難しいが。
二本の腕で別のユニットを操作できることは、話のタネにはいいかもしれないが、実用的とは言い難い。
野依崎としては、ただの事実指摘でしかない。
しかし《男爵》は勝利に水を注されたとでも思ったか。鼻白んで憎々しげに毒蛙の毒を吐き出す。
「a recluse.(ヒキコモリが)」
「あまりこういうこと言うと、部長あたりからゲンコツ食らうのでありますがね……」
対し野依崎は、いつもの眠そうな無表情で受け流すのかと思いきや、一転。顔を歪めて野良猫の牙を見せつける。
「You noisy brat.(うるさいクソガキ)」
『――年度学院祭は、これにて終了します』
そこで、終わりを告げる校内放送が鳴り響く。




