090_0800 招かざる来訪者は二日目来たるⅧ ~父親~
蘇金烏と長久手つばめ。
これまでに聞いた話だと、相容れぬ首謀者として戦い合っているはずのふたりが、なぜ同じ部屋にいるのか、十路にはわからない。
彼ら、彼女がたびたび顔を合わせていたことなど、支援部員たちは知らない。
「理事長。状況から意図から全部説明してもらえません?」
だから十路が驚きを隠して求めると、つばめは悪びれた様子もなく湯飲みの茶をすすって口を開く。
「学院祭の客として、コイツが押しかけてきた。んでまぁ、キミたちと顔合わせしたいんだってさ」
「俺たちと顔合わせって……」
面識がないとは言い難いが、確かにまともに自己紹介して言葉を交わしたことはない。公の場でも、闘争の場でも。
「堤十路。その様子では燕に聞いていて、自己紹介の必要はなさそうだが、改めて初めまして。蘇金烏だ」
「こちらも説明不要でしょうが。修交館学院総合生活支援部所属、堤十路です」
しかし相手が腰を上げ、にこやかな微笑を投げかけられれば、十路も無視はできない。幸いというべきか、握手までは求めてこなかったので、素っ気ないが社会的に最低限必要であろう言葉を返す。
更に幸いというべきか不幸と呼ぶべきか。蘇金烏は視線だけでなく体もずらし、興味の対象を十路の背後へと移す。
「麻美」
このまま彼女の盾になり続けるべきか、十路は少し考えた。
だが結局、キチンと確かめておきたくて、蘇金烏の視線を阻害しない位置に移動し、振り返って背後を視界に入れる。
「私をそう呼ぶってことは、きっと初対面ではないでしょうけど……初めまして。修交館学院総合生活支援部所属、木次樹里です」
返答する樹里の顔には、なんの表情も浮かんでいなかった。精神状態で物理的に色が変わる虹彩も黒瞳のままだ。
五月、誘拐された犯人を前にしたことへの感慨もない。
自身を『麻美』なる存在だと思っていないから、蘇金烏を父親とも思っていない。
最近は見せなくなったが、感情的になればどう反応するかわからない樹里が安定しているの確かめ、十路は安堵し、向き直る。
「それで、我々を呼び出した用件は? 顔見せだけならば、もういいでしょうか?」
敵対関係であろう、つばめと蘇金烏が話し合いをしていたとしても、実戦部隊員である支援部員にはあまり関係がない。戦いを仕掛けてこないならそれでよし。仕掛けてくるなら戦う。それだけで終わる。
それにオリジナル《ヘミテオス》たちの感情問題など、無視はできずとも興味はないし、深入りするべきでもないと考える。だから十路は話を切り上げようとした。
「燕の言うとおり、覚えていないのか」
しかし蘇金烏に無視された。樹里を相手に話を続ける。
いや、『無視』という表現は正しくない気がする。根拠不明に覚えた違和感に十路は眉を寄せたが、とりあえずは見守る。
「私に『麻美』さんのことを期待してるなら、無駄です」
その分、樹里にとっては不快な時間が続くことになる。怪訝さもあるだろうが、彼女も眉を寄せている。
「ふむ……記憶だけでなく、どうやら本当に変わっていないようだな」
「変わった……?」
「取り込んだだろう。他の『麻美』を」
樹里の眉が歪みながら更に寄る。疑念が深くなったけでなく、嫌悪もプラスされたと見る。
「まさか、私に『麻美』さんのデータを統合させるために、あの人たちを差し向けたんですか……?」
どういう条件なのかはわからないが、分裂した『麻美』たちは人格データの統合ができる。
そしていまの樹里は、五人分のデータと統合している。アサミと名乗る淡路島で出会った少女と、蘇金烏の腹心的立場だった鄭雅玲なる女と共に支援部を襲撃してきた四人の《麻美》と。
詳しく確かめたわけではないが、『麻美』の記憶もそこそこに思い出しているだろう。
だが『木次樹里』という人格に変化は見られない。むしろ《ヘミテオス》の秘密に触れるようになってから、確固たるものになっているように思える。
(木次……いや、『麻美』が、蘇金烏の目的……のひとつ、か)
父親ならば娘を取り戻したいと願うのは、親になった経験のない十路でも理解できる。
(だけど、いくらなんでも短絡的すぎないか?)
しかし、なぜ樹里なのかとも疑問に思う。
十路たちが滅してしまったが、彼には父と慕う『麻美』たちがいた。なのに、彼女たちを蘇金烏は娘だとは認識していなかったような内容を聞いた。
しかも衣川羽須美、ゲイブルス木次悠亜という、つばめの側についた敵対勢力の実例がある。
悠亜に育てられ、つばめを母親と思っていない樹里に、『娘』を期待するのは無理筋ではなかろうか。
「前に話した……あぁ。あの時はトージくんもジュリちゃんもいなかったっけ」
ふたりの眉で疑問を察したか。つばめが口を挟んでくる。
突発的に樹里が家出し、十路が夜の神戸を探していた時、つばめが他部員たち相手に話した内容など、知るはずもない。
「『麻美』の件に関しては、金はちょっとおかしくなってる、って思ったほうがいい」
「鄭雅玲と『麻美』が違って、木次を『麻美』だって思うくらいに?」
「『麻美』に関することで、マトモな判断は期待できないくらいに」
十路はもちろん、オリジナルの『麻美』がどういう人物だったのか知らない。
しかし性格の共通性を考えれば、羽須美や悠亜のような人物像が近いと漠然と思うので、樹里と『麻美』はかけ離れている気がしてならない。
だが蘇金烏にとってはそうではないのだろう。彼個人にしかわからない理解だ。
(あぁ……コイツは――)
違和感の正体がわかった。蘇金烏の目だ。
鳥を思わせる瞳で感情がわからない、というだけではない。話し相手を見ていても別のものを見ている。完全部外者の十路はもちろん、オリジナル《ヘミテオス》である樹里相手でも違う。
彼が見ているのは、この世界には存在せず失われた、本物の『麻美』なのだろう。現在を見ずに過去を見ている故の違和感だ。
(小物なんだな……)
それが悪いとは思わない。大半の人々はそうだ。特異にならざるをえない《魔法使い》からしてみれば、羨ましいくらいだ。
本来の彼、平行世界の未来時空に生きる蘇金烏の元となった人物は、ごく普通の男だったのだろう。家族や、大きくても店や小さな会社といった社会を守り、日々の幸せを享受する人生で満足できたのだろう。
それが使命を持ってデータとして平行宇宙を渡り、この世界でコピーとして、蘇金烏として生まれたことで、変わってしまった。変わらざるをえなかった。
外見は同じなのに中身は違う『麻美』たちがいたことも、よくなかったのかもしれない。出来損ないのような、中途半端な『娘』たちがいたことで、諦めて進むことができない。
だからどこかコワれている。コワれないと耐えられなかった。
それだけを見れば、哀れみすら覚える境遇だ。
「遺伝子的には血縁関係にあるんでしょうけど……」
だが、こちらが哀れな『父親』に合わせる必要は皆無だ。同情心で話を合わせたところで誰もが不幸になるだけだし、関係性から考えてもできない。
それを樹里当人が、容赦なく叩きつける。
「私はあなたの娘ではありません」
窓から差し込む秋の陽はだいぶ傾き、赤味を帯びている。話し合いは短くとも、そんな時間になっている。
『――年度学院祭は、これにて終了します』
だから、学院祭の終了を告げる校内放送が鳴り響く。
修交館学院の学院祭は、前夜祭や後夜祭といった、学生主体のイベントはない。初等部はともかく中等部以上は、本祭で充分学生主体のはっちゃけ具合を披露してるだろうと。
だから片付けをして、このまま終わりとなる。




