090_0720 招かざる来訪者は二日目来たるⅤ ~拳の正義~
闇に浮かぶふたりの戦士と相対する。
片割れは、機械の当世具足に身を包み、鞘に収めた太刀を居合いに構える、異形の武士。
もう片割れは、ライダースーツとヘルメットで肌を一切隠し、上鎌十文字槍を右前半身に構える、現代の槍騎兵。
南十星がすり足で前に出ると、槍兵も前に踏み出し、突きを繰り出す。
寸毫の見切りで南十星は避ける。だが槍は攻め立ててくる。穂先一本が槍衾と化したと誤解するほどの連撃だ。弧拳でいなし、避け、最小限の動きで防ぎ続ける。手だけでなく脳でも競り合い、物質分解プロトコルを起動させるが、前もってタイミングよく《魔法回路》が槍の柄を走り、それを許させない。
やがて競り負けた。対応できず上着の袖が切り裂かれたところで、熱力学推進での飛び退こうにも〇.〇二秒も絶望的に遅く、南十星の胸に大穴が穿たれた。
それで終わりではない。今度は交代して武士が前に出る。
否、飛び出すと同時に下段から抜き打ちを仕掛けてきた。初実剣理方一流、刎截。
それを仰け反って避けると同時に、ジャンパースカートの裾を割って足を跳ね上げる。常人には不可能なのでなんと呼ぶのかわからない軌跡の蹴りを兜に繰り出すが、またもや〇.〇三秒ほど決定的に遅い。接触通電プロトコルが実行される前に柄頭で腹を打たれて叩き落され、倒れたところに脳天を串刺しにされた。
瞼を開くと、広々とした板間の空間が目に入る。
ここは二〇号館、第三体育館――通称武道場だ。学院祭の催しとは全く関係なく、賑やかな場所からも少し離れているため、普段ここを使っている剣道部員も薙刀部員は誰もいない。
時折自主練で使わせてもらうので、鍵の在り処は南十星も知っている。とはいえ関係者不在で勝手に使うのも気が引けるので、普段はこんなことしない。大勢の部外者が訪れている日なら尚更だろう。
だが今日、南十星は勝手に鍵を開けて自主練習に使っている。
なんとなく、そのほうがいい気がしたから。例によってなんの根拠もない勘で。
(んー……)
構えと生体コンピュータの駆動を解き、こめかみを揉み解しながら、建物横手の出入り口から外に出る。夏場は開け放たれて、剣道部員や薙刀部員が小休止するスペースだ。
そこでは布を首に巻いたイノシシたちがくつろいでいた。今日は一般人もやって来る支援部部室に出現されると厄介なため、森の中を探して人気のないこちらに誘導させた。
「お。ラウンドとブリスケも来たんかい」
番犬代わりを務めているのは大抵一頭、母親である赤い布を巻いた個体だが、青と黄色の子供たちも不定期にやって来る。あまり栄養がよくなかったのか、夏に初遭遇した時には片手で持てるサイズだったのに、今や瓜のような模様は消えて体格も成獣並みになっている。
置いていたスクールバッグから新たにリンゴとニンジンを出して、子イノシシたちが食べるのを見守りながら、油が染み始めた紙袋も出す。
模擬店ではもの珍しさも手伝って、ワニ肉の串焼きはそこそこ売れたが、さすがにワニの手丸焼きは売れ残りそうだったので、店番交代の際に引き取った。
冷めたそれをかじりながら、南十星はシミュレーションを総括する。
(やっぱ、このままじゃ勝てない)
相手のパラメータをやや上方向に修正しているが、生体コンピュータの演算能力を使ったシミュレーションなので、再現性はかなり高いだろう。以前戦った武士や槍兵はまだ余力があったと思えるので、本気を出されたら瞬殺という未来は、可能性が高い。
南十星は弱い。他者がどう思うか知らないが、彼女自身はそう思っている。
なにせ《魔法》を扱うようになってから三ヶ月ほど。他の部員たちは入部前から《魔法》を扱っているので、部内ではぶっちぎりの新米だ。相応に身体能力と戦闘技術は磨いていたが、アクション俳優の技術でしかなく、しかも脳機能と環境操作技術を併用した次世代軍事学戦術は模索中にある。ついでに唯一修得している《魔法》が、自爆デフォルトの狂気仕様ともなれば。
武装した常人程度なら易々と勝つが、《魔法使い》ならば勝てない。事実、模擬戦では他部員たちに遅れを取り、兄に至ってはろくに《魔法》を使わせないままいなされる。敵として立ち塞がった《魔法使い》たちには、死ぬ一歩手前まで追い詰められた。
脅威度では《魔法使い》を上回るであろう、本領発揮したオリジナル《ヘミテオス》に勝利しているが、強さの証明になるとは思っていない。あれは最早災害の類で、『勝った』というより『乗り切った』という感覚が強い。
(前から脳ミソがなんかやってっけど、全然進まないし、なんなのかわからんし……)
《魔法使いの杖》と接続した際に脳裏に浮かぶインターフェース画面隅で、進捗状況が半端なところで止まっている。彼女の脳内にあるOSが自動作業を行っているようだが、正体がまるでわからない。
完了すればなにか変わるかもしれないが、進展しないなら無視するしかない。
(勝つために、今のあたしにできること……)
骨付きのローストチキンみたいにワニの手を骨にしながら、南十星は思考を巡らせる。
(……やっぱ気弾を出せるようになるべき?)
なんかアホの子思考が炸裂しはじめた。
(さすがにそれは無理として……フォームチェンジならまだ現実的?)
特撮ヒーローのそれは、確かに戦い方に合わせて機能特化するような設定だが、実際ドラマ上ではあまり反映されない気がしなくもない。特に水中戦仕様とか全体でも一度くらいしか見せ場がないような。(※あくまで個人の見解です)
(でもなー? 戦い方は普段から変えてるけどなー? 飛び足技・速手技・立ち足技からの投げ技とか。それで対応できないから悩んでるわけで。象形拳もそーゆーのとはちょっち違うし)
象形拳とは中国武術の中で、なにかの動きを模したとされる拳法だ。蟷螂拳・鷹爪拳・白鶴拳といった動物の名が入る拳法、あるいは動物の名が入る技や形を持つ拳法を指すことが多いが、それに限ってはいない。
たとえば酔八仙拳、いわゆる酔拳も象形拳だ。誤解されがちだが、酔っ払いの動きを取り入れているだけで、本当に泥酔するわけではない。
(しかもあたしの場合、形意拳くらいしかねーしなー)
形意拳もその名のとおり、形のひとつひとつに意を持つ象形拳だ。基本技に木火土金水にちなんだ五行拳、応用技に動物の名を冠した十ニ形拳を持つ。
中国武術の代表的流派だが、日本ではマイナーと言わざるをえない。同じ内家系拳法でも、知名度は太極拳とは比較にならない。
地味なのだ。ただでさえ動きがシンプルで小さい短打の拳法で、目を惹く大技がない。画面映えしないため、アクション映画や格闘ゲームで使い手が登場するのは稀で、知名度が広まらない。実際の形意拳の使い手は、八極拳・心意六合拳など別の拳法と組み合わせている場合が多く、そちらの拳法の使い手と思われるため、これまた知名度が広まらない。
ただし形意拳が弱いからそのような扱いなどと思うのは大間違いだ。武術の専門誌では、シンプルであるがゆえ修練が如実に反映されるため、むしろ高い攻撃力を誇り実戦的とされている。達人ともなれば打突一撃で敵を沈める。
アクション俳優として活動していた南十星らしい拳法ではない。
ただ外家拳――鍛えぬいた肉体を前提とする拳法は小柄な少女には不向きで、内家拳の特徴である勁力の練習に適していたため、訓練所でひと通り修めている。
(ま、久々にやってみっか)
後で捨てるため骨だけになったワニの手を紙袋に戻して放り、指を舐めた南十星は道場に戻り、構える。足を前後に開き、前足と同じ側の掌を緩やかに突き出し、逆の手は丹田の前に置く。
スポーツ化された武術は当然、日本の古式武術とも違う。中国武術の中でも動きが激しい拳法ならば、重心を気持ち後ろに置く構えなど作らない。
形意拳の基本姿勢、三体式。三体とは天・地・人で、これも既に意を含んでいる。最重要とも言われるため、昔の道場では入門から次の段階に進むまで、この姿勢を保つだけを数年費やしたとも言われる。
なにをするか。最初はやはり基本どおり五行拳をなぞるべきか。
南十星が動こうとした矢先、武道場の扉が開いたため、姿勢を変えないまま首だけで振り返る。
「よぉ。おっちゃん」
迷彩柄のカーゴパンツに、Tシャツ・N-1デッキジャケットという、ザ・プライベートの軍人といったファッションの男が入ってきた。厚みも肩幅もある体躯のせいか、全体的に四角っぽい印象の、その人物。
旧赤軍参謀本部情報総局、特殊偵察班長、オレグ・リガチョフ。
彼と南十星が初めて出会ったのもここ、武道場だった。
「来んならナージャ姉んトコじゃねーの?」
南十星は首の向きを戻し、五行拳の動作を五回区切りで順に繰り返す。敵対すべき相手の登場でも、特に警戒をした態度を見せない。学院祭に一般客と同じようにして来た理由にも触れない。
「教室を覗いてみたが、見当たらなかったのでな。探すついでに久しぶりに道場に来て見れば、汝がおった」
「ツラ出して校内歩き回ってていいんかい」
オルグは長瀬源水の名で、剣道部の外部コーチとして修交館学院に潜入していたことがある。
遅れに遅れて、十路たちがそれを察知し、彼は姿を消した。なにも知らない者から見れば、突如コーチを辞任したように思うだろう。
それだけならば、辞めた職場に懐かしさで寄ったと見れるが、オルグの場合はそうもいかない。
見た目が若返っているのだから。元々体が鍛えられて実年齢と比較すれば若々しかったので、『髪を染めた』程度で誤魔化せそうな気がしなくもないが、万全にするなら『歳の離れた弟』くらいの言い訳が必要なほどには違う。
オルグはそのことには触れず、拳撃を繰り返す南十星を指導者の目で見る。
「面白い格闘術だとは思ったが、中国武術も取り込んでおるのか」
「所詮は真似事。なんでもありの外道拳だよ」
靴履き猫が作り上げた、単体では役に立たないガラクタの寄せ集め。磨き上げることで使い物になるのかは、まだ誰にもわからない。武術としてはともかく、武道としてはありえない。
「《魔法使いの杖》も元に戻ったようだな」
以前、山中で再会した時は、まだオモチャみたいな仮ボディだった。それから時間も経っているので、腰のトンファーは完全復元されている。
「なに? 戦んの?」
南十星は動きを止めて振り返る。
オルグの言葉を戦意の確認と捉えた。元特殊部隊ならば、卑怯も上等と汚いこともやらなければならなかっただろうが、同時に武士道精神を持ち合わせているこの男ならば、正々堂々たる衝突を望むであろうと。
しかも彼は《ヘミテオス》だ。彼自身はなにも言っていないが、斬られた腕が生えて若返っていれば、そう判断するより他ない。ならば得物なしでも次世代戦術で戦うこともできるはず。
「本気ではないぞ」
オルグはバリトンボイスで答えならがらジャケットを脱ぎ、Tシャツから覗く筋肉を見せつける。
他の人間ならば言葉どおりには受け取らないだろうが、何度か彼の稽古を受けている南十星ならばわかる。殺し合いではなく、本気で手合わせするだけのつもりらしい。もちろん例によって根拠のない勘だが。
「んじゃ、ロシア軍隊格闘術はナージャ姉で散々体験してっから、旧ロシア軍隊格闘術見せてよ」
トンファーは外さないまでも《魔法》を起動させることなく、南十星も肩肘を張らず力を抜いて、普段どおりに拳を構えた。




