090_0500 一日目はまだ平穏と呼んでいいⅠ ~忘れたいのに~
堤十路は頬杖を突いて、窓の外を見下ろした。
考えるのは――
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夜の事件で、二人一組で分かれて活動していた部員たちは、ほぼ同じタイミングでそれぞれに襲撃され、それぞれに後始末をつけたため、詳しい情報共有ができたのは翌日の放課後になった。
「それで。昨日それぞれ襲われたみたいだったけど、どうだった?」
東京に長期出張と聞いていたが、その時には神戸にいた長久手つばめの音頭で、緊急の部会が開かれた。
と言っても、支援部に捜査権限はなく、その土地の都道府県警や海上保安庁が行うことなので、事後報告でしかない。
「戦いはしましたけど、すぐに撤退していきましたから、本気で襲われたワケじゃないですけど」
「そーそー。対《魔法使い》戦術とゆーか、あたしらに有効な戦り方テストしたみたいなカンジ」
「それ言やぁ、クロエ共も本気じゃありませんでしたわ」
「《トントン・マクート》二番艦のテスト目的もあったかもしれないでありますが、戦闘行為は挨拶程度でありましたし」
ナージャ・クニッペルと堤南十星、コゼット・ドゥ=シャロンジェと野依崎雫は、それぞれ縁がある者たちとの再会を端的に評した。小規模の戦闘には発展したが、どちらも本格的な戦いになる前に、相手が退いたと。
「加えて師匠は、ただの人間じゃなくなってると思います」
十路は漠然と想定していたが、他の部員たちは表情を変える程度には驚くべき事実をナージャと野依崎が報告した。
「わたしが斬ったはずの腕が生えて、若返ってましたし……だからわたしたちと戦ったのは、師匠自身の肩慣らしもあったんじゃないかと」
「《男爵》もであります。超法規的に刑務所に収監されて、また超法規的に出てきたみたいでありますが……二ヶ月前とは別人レベルに痩せてたであります」
「オルグのオッサンはともかく、《男爵》はニュートラローフでも食ってただけじゃないか……?」
軍事経験者の十路は『激マズ戦闘糧食採用した国だしなぁ……』と思ってしまう程度だが、アメリカの留置所や刑務所の食事もヒドく、入所一週間で一〇キロ近く痩せる囚人も珍しくないのだとか。
特にニュートラローフ、プリズンローフなどと呼ばれる料理は悪名高い。野菜・果物・肉・穀類を混ぜて焼き固めた完全栄養食なのだが、それを食べるのが懲罰になり、人権問題として議論するほどマズいらしい。
それはともかく。
やはり過去の部活で関わった者が、『準管理者』である推測は当たったと十路は判断した。肉体はまださほど衰えておらず、精神や技量面ではピークの年齢になっていたというオルグは確定だ。
「俺と木次が担当した部活は罠とかじゃなくて、戦ったのも《使い魔》乗りひとりだけだった」
「高出力の《魔法》がなかったから、私たちを本気でどうこうするつもりじゃなかったとは思いますけど……でも白兵戦はかなり本気でした。やっぱり試しだったんですかね?」
十路と木次樹里も報告したが。
「学校サボってデートなんてしてたから、ケチついたんじゃねーです?」
「ケッ。いいご身分ですなぁ~?」
「あはは~。ウソついたバチが当たったんですよ~」
「いい気味とも言えるであります」
「「…………」」
大事にならなかったから言えることだが、ネコ系女子たちから冷やかなお言葉をいただいた。イヌ系男子&女子はちょっと泣けた。
とはいえ口ごもっていても仕方ないから、十路が無理矢理話を進めた。
「あー……例によって黒尽くめだったから、最初は市ヶ谷がまたちょっかいかけに来たのかと思ったんだけどな」
「市ヶ谷のおにーさんは、あたしらんトコ来てた。例によってカオ出しなし、しかも全然しゃべらなかったけど、間違いないよ。時間的にも距離的にも兄貴んトコまで行くのは無理っしょ」
いつものことながら、南十星はよくそれで断定できると思うが、交戦までしたなら、ノー根拠オンリー野性の勘でもなかろう。
上鎌十文字槍も二郎刀も、三又の刃を持つ長柄武器だが、和式の槍と中国器械の大刀では使い方がかなり変わる。それから十路も南十星も違うと判断するなら、間違いなかろう。
「それなんですけど……襲ってきた人、春に私を誘拐した人じゃないかって気がするんです」
襲撃直後に言わなかった報告を、樹里はその時になって初めて語った。
十路が樹里と初めて会ったあの日、彼女は誘拐された。
とある企業の非合法部門による犯行だが、《魔法使い》と思われる人物も関わっていた。
十路が見たのは一瞬のこと。正気を失い暴走した樹里が、走る列車から放り投げたのを見ただけだから、同一人物か皆目見当つかない。
「根拠は?」
「匂いです。でも、走るバイクの上で打ち合いながら、一瞬嗅いだだけですからね……」
風上に立っていたので匂いが流れるのは当然、《魔法》使用時に発生するオゾンやアンモニアで上書きされる。いくら野生動物並の嗅覚を持っていようと、報告を遅らせるほど確信できないのも無理はあるまい。
「蘇金鳥だね」
なのにつばめは断言した。
「首謀者が直接出てきたと?」
「アイツなら不思議ないよ。五月の件で出てきたのがアイツなのは、わたしも確認してるし。ジュリちゃんがそう言うなら昨日も間違いないだろうね」
先日、樹里の実家に押しかけて、蘇金鳥の人となりを確かめた。社会的立場があれば時間的に束縛され容易くはないであろうが、他人を信用する性質ではないなら、自ら行動しても不思議はないと思い直した。
他部員たちがあれこれ話すのを聞き流し、《バーゲスト》に体重を預けたまま十路は考えた。
部活帰りに蘇金鳥が襲い掛かってきた理由が見当つかない。
支援部は、敵対するつばめたちが作った準軍事組織だ。それだけでも理由になりそうなのに、彼によって送り込まれてきたであろう刺客を退けてきた。彼の目的を邪魔してきた。その中で彼の娘たちも手に掛けた。
心当たりが多過ぎる。納得するだけならひっくるめて『全部』でもいいのだが、対抗策を考えるには軍事心理学的な絞り込みが必要になる。
(……そういや、あれが蘇金鳥の仕業ってなら、体育祭で木次を誘拐した理由、結局なんだったんだ?)
事件当時、樹里を奪還するために十路が追いかけていた時も、その疑問はずっと脳裏にあった。
その時は、樹里の異常性、《ヘミテオス》の異能を目の当たりにしたため、それが理由だと勝手に納得していた。
しかし様々な事情を知った今、改めて考えるとおかしい。《ヘミテオス》というだけでなく、『管理者No.003』が『麻美』という一個人が分裂した存在であるなら、その一部でしかない『木次樹里』個人に固執した理由が必ずあるはずだが、見当つかない。
(リヒト絡みもあるし、こっちサイドの戦力中核である悠亜さんに対する人質……んー。判断つかん。あとは……情報が錯綜してんのか? 連中にとっては武器庫みたいな《ダアト》のアクセス権がこっち側にあるけど、それを木次が持ってると誤解してるとか……いや、この件で誤解されるなら俺だな。前の権限所有者は羽須美さんだったみたいだし、死ぬ間際に術式をコピーされて記憶いじられてるし。鄭雅玲も誤解してた節あったしな――)
「トージくん、聞いてる?」
「はい?」
つばめに声をかけられて、十路は完全に話が素通りするほど考えに没頭していたのに気づき、顔を上げた。
「罰ゲーム、裸踊りに決定したから。トージくん脱いで」
「テキトー言わないでください」
聞いていなくても、そんな話が一言も出ていないのはわかりきっている。
【まとまった戦力による襲撃が予想されるのは、先日ここで話していたので予想の範囲内ですが、その前段階が行われると?】
一見十路を無視してるようにも思うが、それとなくなんの話をしていたか知れるよう、体重を預けているイクセスが、存在しない口を開く。
「うん。それは確実。近々国会が開催されるけど、そこで野党から支援部のことがツッコまれる」
【とうとう来たかという感じもしますけどね】
警察庁・消防庁・防衛省の認可を得ているとはいえ、一般人視点で見れば、支援部はやりすぎている。『暴虐』はマスコミでも散々報道されているため、既存兵器でも作り出せない破壊を、一市民が発揮できるなど危険と考えるだろう。
だから支援部にとってははた迷惑な、『正義』を執行するための準備が行われる。
その結果、支援部解散では終わらない。いや、世間的にはそれで終わらせることも不可能ではあるまいが、武装解除させられた部員たちへの獲得競争や暗殺が激化するのは簡単に想像できる。《魔法使いの杖》を手放したからといって、《魔法使い》が真の意味で一般市民になれるわけはない。そして散々世間にも知られているので、デジタル・タトゥが貼られているのと同じだ。
それは想定内だから、不安そうな面持ちは見えるものの、部員たちはなにも言わなかった。
支援部はいつもそうだ。誰かがなにか仕掛けた時に、初めて対処療法的に対抗することができるようになる。
もちろんその時のために備えはできるし、怠らない。
「わたし自身は前もって動くけど、どうもね……学院祭とカチ合いそう。一日目は平日じゃない?」
【証人喚問と違って、参考人招致ならば、拒否可能でしょう?】
「拒否って良いことなにもないだろうから、予定どおりにするつもり」
【ならばなんですか? 私たちはそれに合わせてクーデターする準備でもしておけばいいんですか?】
「国家転覆するなら占領とかせず、全部更地にしてイチから作り上げたほうが早くない?」
「「やめてください」」
本気でなくてもヤバげな、イクセスとつばめの冗談はさておき。
「……理事長。現金どのくらい持ってます?」
「二〇〇〇円くらい」
「いや、理事長の財布じゃなくて……っていうか、カードとかあるにせよ、今日日小学生にも負ける中身って……」
「今日日の小学生に勝てる大人なんて、そうそういないと思うけどなぁ……」
「誰が金銭面でフォーを基準にしますか」
つばめに手で示されて無表情なのに得意げにVサインを見せた、巨大兵器を運用する資金を持つ今日日の小学生もさておき。
「そんなヤバげなら、いざって時用に、部の金を現金で用意しといてほしいんですよ。銀行にも現金なんてなくて強盗が無理なご時勢ですから、必要な時にすぐ用意できないでしょう?」
「高飛び用? ならドルのほうがいい?」
「使い道はまだ不明確なので、円で結構です」
それからは、何事もなく時間が過ぎてしまった。襲撃の心構えをしながら学生生活に勤しんでいた。
気が休まらない日々であるはずだが、その程度で磨耗するような神経の持ち主は、支援部にはいない。いつものことなので慣れているとも言える。
コゼットだけは唯一の例外と言える。《付与術士》の彼女は、学業と平行して《魔法使いの杖》の改修準備を行っていたので、忙しい日々を送っていた。
情報を担うナージャと野依崎もなにか裏で動いていた様子はあったが、秘密主義&面倒くさがりな彼女たちはそれを知らせず、必要あれば言うだろうと他部員たちも詮索しなかった。
なによりも学院祭の準備が本格化してしまったため、大事とはいえ他のことに感ける余裕がなくなった。
それこそ普通の学生のように過ごしていた。
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そして本日、学院祭一日目。
平日のため一般開放されておらず、催しを行う学生自身が楽しめる時間となっている。
高等部三年B組の教室も、普段の無機質さとは一転し、飾り付けられている。当番の学生が早くに登校して開店準備を行った。
店舗としてセッティングされているため、席はない。いつもと違ってダラダラとした空気の中、担任が出欠確認して諸注意を行えば、あとは自由時間みたいなものだった。
十路は模擬店の当番なので消えるわけにも行かず、準備がまだ完了していない教室から出て、廊下から賑やかな校内を眺めていた。
そこへナージャが満面の笑みで近づいてくる。
「はーい。十路くぅ~ん? お化粧とお着替えの時間ですよ~?」
「忘れたい現実を思い出させんじゃねぇぇぇぇっ!?」
「忘れても現実は変わりませんよ?」
「わかってても忘れたいんだよ!」
十路が茫洋としていたのは、支援部について、これまでやこれからを考えていたわけではない。単に女装しなければならない現実から逃避していただけだ。




