090_0400 普通ではなくても彼女たちのいつもⅠ ~今また再び~
急いだが、それでも到着した頃にはすっかり陽が落ちてしまった。
「警備会社&住宅メーカーあんど家電メーカーの実験施設ねぇ……」
「次世代型スマートハウスの実証実験施設、ですか。人工知能でIoT家電を一元管理ってのが目的みたいですけど、需要あるんですかね?」
レンタルバイクを駆ってやって来た堤南十星とナージャ・クニッペルは、人里離れた山中に作られた施設を前に、好き勝手言い始める。
「海外ドラマであったっけ。核シェルターを改造した、人工知能搭載のハイテクハウスって。しゃべるのは当然、明かりも空調も音楽も全部家主の好みに合わせて操作、閉じ込めてカンキンまでやってたっけ」
学生服に腕章をプラスした南十星は、既に《魔法使いの杖》であるトンファーを挿したベルトを腰に巻いている。
「現実にあったらそんな暴走AI、廃棄確定ですね……まぁ、現状ほぼそのままですけど。実際生活してる実験中のシステムエラーで閉じ込められた人を助けろっていうんですから」
ナージャは学生服ではなく、防刃シャツにタクティカルベストの、裏仕事をする際の黒尽くめだ。本当の裏仕事なら顔や髪を隠すが、今回は正規の依頼なのでそこまでしていない。
《魔法使いの杖》があれば用は足りるはずだが、それでも持ってきた工具や鍵開けツールを確かめながら、ナージャはそちらを見ないまま口を動かす。
「そういえば理由聞いていなかったですけど、なんでナトセさん付いてきたんですか?」
潜入工作ならば元非合法諜報員であるナージャの独壇場だ。ロシア対外諜報局時代、ロクに任務をこなせず、『役立たず』なる不名誉な字が付けられた彼女だが、修得している技術そのものはハイレベルにある。
素人の南十星の出番ではない。ナージャに付いていけるとすれば、野依崎くらいだろう。ヒキコモってパソコンをいじってばかりのイメージからすると意外だが、外部と接続されていない閉鎖システムをハッキングするために、彼女も潜入技術を持っている。
だから元々はナージャひとりの予定だったが、昼休憩につばめから連絡あった際、偶然一緒にいた南十星から同行を申し出た。今は鼻ホジってるくらいリラックスしてるが、その時は珍しく真面目に。
「んー。別にコンキョねーけど。なんとなくそーしたほうがいい気したから」
「まーた野性の勘を発揮したんですか……」
南十星は直情径行にある。脳筋や短絡も間違いなくあるが、半ば超能力じみた直感の場合が多い。他人には理解不能な理屈が彼女の中には存在していて、しかも的中率が馬鹿にできない。けれども信用もしきれないという、なかなか厄介な代物だ。
今回の場合、直感が外れていたところで、南十星の無駄足に終わるだけで済むから、反対もせずリアシートに載せてきた。
「ナージャ姉も、なんか予想してんのとちゃう?」
「なーんか引っかかるんですよね……わたしも全然根拠ない勘ですけど――」
普通ならばこういう時、依頼側の関係者がいて、案内なりなんなりするだろう。
だがナージャは同行を断った。関係者がどうにも気に食わないから。
「依頼者、荒事方面の人に思えて仕方ないんですよねぇ……」
ナージャも勘は信じる性質だ。特にマイナス方面に働く勘、つまり違和感は軽んじることができない。杞憂でなければ、見落としを自分自身が警告しているのだから。
「ま、お仕事はお仕事として、やることやりましょう。渡された資料と全然違いますし、こんな設備なのは想定外ですから、ナトセさんがいてくれて助かりましたよ」
「どーゆーセキュリティなんだか。ゾンビ・アポカリプスでも想定した家なん?」
施設の見た目は、家とは呼び難い。家本体は地下に埋まっていて、ほぼ入り口しか露出していない、
入り口はシャッター……というより、分厚い鉄の壁で封鎖されている。一度動いたら高出力のウィンチでなければ二度と持ち上げられないだろう。ナージャひとりならば、設備を破壊するしかなかった。
《躯砲》のプロトコルのひとつ・接触型重力制御を発揮した南十星が軽々と持ち上げて、部分的に《鎧》を実行したナージャが支えて、その間にふたりして施設の中に入る。支えを外すと再び鉄板が落ちる。
「んでさぁ」
「はいな? なんでしょうか」
彼女たちも閉じ込められたが、すんなり入れたので危機感はまるでない。長身とはいえ男と比べたら低い、ナージャの身長でも結構ギリギリな狭い通路を歩きながら世間話する余裕もある。
「兄貴、がっこーサボってデートしてたらしいじゃん?」
「らしいですね。ゲテモノ食べてお腹でも壊したのかと思いきや、木次さんまでサボって、バイクごと行方不明になってたらしいですし」
「ボディソープとうがい薬の匂いさせて帰ってきたら、じゅりちゃんシメるか」
「うがい薬は風俗帰りの匂いで、ちょっと違うんじゃ……? しかもシメようにも、返り討ちにされる未来がビンビンなんですけど」
そんなことを話していたら、すぐに広い空間に出た。
「あー。実験施設って、こういうことですか」
「中に建ってんのね」
地下であることを加味すれば広大と呼んでいい、ちょっとした雑居ビルなどスッポリ収まる空間の天井近くだった。
その空間の中に家が建ち、ライトアップされていた。
対象が風雨に曝される家屋で、これが正しいのは素人考えでは疑問だが、外気の影響を受けない環境下で大型対象物を観察をしたい際には、こうなるだろうという図だ。
「ナージャ姉」
「ナトセさん」
建築現場で見かける枠組み足場が組まれて、その内部に階段も設置されている。
だが視線を合わせたふたりは使わずに、その身を宙に投げ出した。ナージャは落下途中に時間を静止させた足場を出現させて安全に、南十星は一気に飛び降りて最後に熱力学推進を発揮して荒々しく、下へと着地した。
「これ、罠だよね?」
「ですね。要救助者なんて存在しません」
家が安っぽすぎる。遠目にはわからずとも、近づけば舞台のセットかと見まがう安普請とわかる。
杜撰な気密性なら《魔法使い》のセンサー能力で、内部の状態までわかる。中に人間はいない。代わりに電子機器と機械の駆動を感知する。
事前に聞いていた状況とは、あまりにも違いすぎる。
そして、この地下空間は人間が出入りするためのスペースは組み立て足場で確保されているが、それだけ。
大型設備を搬入する車輌が入れる出入り口がない。これではまともな設備設置もできないはず。
「どーする?」
「乗ってあげますか? どこの誰がなんの目的で呼び出したのか、わかりませんし」
「いやでも、これ多分、あたしらのデータ取りに用意してるっしょ」
「でしょうね。だけどわたしたちのデータなんて、既に散々取られてるでしょう?」
「ちげーねー」
ナージャが言外に『それ以上をやるな』と指示すると、南十星はトンファーを両手に構えた。
すれば応えるように家屋を突き破り、二丁拳銃を構えた人影が飛び出した。
「うぉ! すげぇ! 人型!?」
「この手のロボットは軍事に向かないって聞きますけど」
そういう意味では特異な日本以外の宗教観では忌避感が生まれ、人間と同じ設備が使える以外に特徴がない。だから宇宙空間や極環境の作業用として研究開発はまだしも、現実の軍事用ロボットは大抵は人から大きく外れた形状をしている。
なのに、二足歩行のロボットが、得物を持って襲いかかる。
しかしまともに相手などしないし、する必要もない。
銃撃を避けて散開すると、ナージャは即座に《魔法》を展開。《加速》と《鎧》、《黒の剣》の三重実行で肉薄し、カメラに捉えられないよう背後から縦に真っ二つにする。
南十星は熱力学推進で地面スレスレを飛行し、直前で地面にトンファーを突き立てる。すれば慣性で脚から跳ね上がる。
「おりゃ!」
人間ならば視界外から伸びてくる浴びせ蹴りは、一瞬人型機械は対応しようとした。だが防御されたところで、常人では出せない衝撃が強化プラスチックの外装を叩き割り、まとう紫電が内部に入り込んだため、電子機器が焼かれて各坐する。
人型ロボットにいかほどの戦闘能力があるものか不明だが、不具合を考慮しなくて済む短時間の戦闘かつ、機械の反応速度ならば、とても対応できないだろう。
なんの参考にもならないであろう速攻で、一撃で沈めてしまった。
それで終わりではない。新たにいくつもの羽音が重なって届く。
「お次はドローン?」
南十星が言うようにドローンではあるが、しかし市販されているものとは違う。逆回転するプロペラ二枚で飛行する本体は、ひどく簡素で無骨だ。
それが数十基浮かび、広大な地下空間内でナージャたちを取り囲む。
「群体戦術ってヤツですね。さすがになにも見せずに対処、ってわけにはいかないですかね」
偵察機であると同時に、自爆で被害も与える攻撃機。しかも各ドローンが自己判断し、仲間同士で連携までする。
真正面から戦闘できる火力はない。しかし対処しようにも、小さく多数存在するため実弾兵器では難しい。それでいて致命傷を与えられずとも、艦艇や基地の目を潰し、兵器を使用不能にさせるくらいはできる。それも安物のドローン+手榴弾くらいの値段で。
エンターテイメント用としてはおおよそ技術は確立し、通信の問題が解決すれば軍事転用も容易で安価。しかし国際法の問題で正規には使えないかもしれない作戦と兵器だ。
ナージャの戦術は基本一対一、剣の一振り、当て身の一撃で、一体の敵を屠ることしかできない。群の対処は相当に骨だ。
「だいじょぶだって。それよか、ちょっち足場になって」
「足場?」
「ナージャ姉なら巻き添え食らわないだろうけど、陰になるからさ」
だが南十星がまとう《魔法回路》を変形させて、身長ほども跳ぶ。また部分的に《鎧》を展開させたナージャの肩に、ポーズを取って立つ。
全身の熱力学推進機関がかなりの気体量を吸入しているので、既にドローンたちは姿勢を崩し、自動制御プログラムで必死に編隊を維持しようとしている。
「見せたことはねーけど、これできるっつーのはわかるっしょ」
言うなり南十星は、全方位に衝撃波を吐き出す。亜音速の暴風に叩かれたドローンは全て、コンクリ拭きつけの壁に叩きつけられ破壊した。
そして爆発した。次々と爆ぜて地下室の壁を粉砕して土煙へと変える。
安全地帯の上から飛び降りながら、南十星は目を丸くする。
『爆弾って、フッ飛ばした程度で爆発すんの?』
『そんなわけありませんよ。最初から自爆装置モドキが埋め込まれてたんでしょう』
『わーお。そんじゃ、あたしたち生き埋め?』
『ですね』
一発一発は小規模だが、ビルの爆破解体のように、複数個所で次々と炸裂する。南十星が吹っ飛ばしたドローンが届いていない高さまで。
天井までもが崩れても、声がかき消され近距離でも無線を使って会話するほど、ふたりとも落ち着いていた。
△▼△▼△▼△▼
山野の一角が地響きと砂煙を立てて陥没した。
その様は、どこから短時間で持ち込まれたのか、工事用LED照明によって照らし出されていた。
これまたどこに隠れていたのか。明らかに『カタギ』ではないのは共通しているが、持つ得物も国籍も様々な者たちは、様々な声を上げる。安堵半分、失望半分といったところか。
だが、それを裏切るくぐもった日本語が響く。
『生き埋めは、いい判断でしたよ』
無敵と思える防御力を発揮するナージャの《魔法》だが、完璧ではない。
綻びのひとつは持続時間だ。《魔法使いの杖》はバッテリー駆動していて、《魔法》を無限には使い続けることはできない。
だから圧倒的質量……たとえば生き埋めにすれば、その瞬間の衝撃には耐えられても、バッテリー切れと同時に凄まじい圧力が襲い掛かる。《魔法》起動状態の《暗殺者》を仕留められる、数少ない有効手段のひとつだ。
だが今回は、野性の勘の賜物で、《狂戦士》が共にいるから通用しない。
『でも、ナトセさんと一緒にやっちゃったのは、大失敗です』
ナージャの《魔法》は、時空間の制御に特化されている。硬くなり、速く動くことしかできない、白兵戦に特化した能力だ。
しかし、同じく白兵戦特化型でも、南十星が使う《魔法》は汎用型で、制御力学まで特化されていない。
特に、限定的ながら物質流動体制御を扱えるところなど。
組み合わせれた二本の巨腕が、陥没した地中から伸び上がる。
取り囲む者たちがどういう現象であるかを理解するよりも早く、延長三次元物質操作プロトコルによる石でできた手が開かれると、そこをシェルターにして生き埋めを逃れた南十星とナージャが飛び出す。
そして二色の彗星となって暴虐する。
「にはははははっ!」
青が拳を繰り出すと、亜音速の噴流が放射されて、まとめて吹き飛ばされる。
「HAHAHAHAHA!」
黒が駆け抜けると、剣で打たれた者たちが、バラバラに吹き飛ばされる。
武器を持とうとただの人間など相手にならないと、死なない程度の爆傷と打撲を与えられ、無様に蹴散らされた。
「さーてさてさて。今度はどこの誰だろー?」
「アッサリ吐いてくださると、こちらも大変助かるんですけど」
「安心しなよ。殺しゃしないから」
「お願いされてもしませんよ」
今から『殺してくれ』と懇願する目に遭わせる。
日本語が通用するのかは感知せず、言外にそう宣言してる残虐な笑みを、子虎と雪豹が浮かべる。
「Monster...(化け物が)」
長い白金髪のほうはまだ大人扱いできるものの、長めのショートヘアをワンサイドアップで束ねた少女など明らかに子供だ。
そんな少女たち相手に、裏社会にドップリ浸かりこんでいるだろう強面の大人たちが、ハッキリと恐怖する。
常人には決死の戦いも、《魔法使い》は遊び半分でいなせる。見た目は同じ人間でも、『史上最強の生体万能戦略兵器』には隔絶した差がある。
「怯えなくても大丈夫ですよー。『襲われたので捕まえました』って皆さんのステキな姿をSNSにアップするだけですからー」
「セーケーでもしねー限り、裏でショーバイできねーだろうけど、これを期に足洗ってカタギになったら?」
確かに命の保障はされているが、ある意味拷問などより性質が悪い。デジタル・タトゥを刻んでカタギになっても後ろ暗い生き方を強要させる辺り、デジタル・ネイティブ世代に生まれたモンスターのやり方とも言える。少女たちが緩い笑顔に切り替えても、ネコ科猛獣の印象は全く覆らない。
「「!!」」
それが一変して別の、残虐性とも気まぐれさとも違う、ネコ科猛獣の勇猛さを露にする。
熱力学推進で高さはなくとも距離を稼いで跳んだ南十星は、飛来してきた物体の側面を手加減して蹴り飛ばす。ロケット推進弾頭は迷走し、森中に落ちて爆発し、炎を上げた。一発どころか四連射されたが、全て蹴り返す。
ナージャが全身に《鎧》をまとって高速接近する間にも、何発もの銃弾が命中し、潰れた弾頭が地面に落ちる。
射撃手の挙動ですぐに外されるはずだが、正確に弾道を読んで射線に割り込み、掃射の全てを世界最硬の鎧で受け止める。
硝煙と火炎の匂いが当たりに満ちる。新たに現れた攻撃手たちと、先に叩きのめした者たちとの中間地点に降り立ち、《魔法》を起動待機状態にして少女たちは身構える。
武器を持とうと常人相手では話にならない。ふざけ半分でも対処できる。
だから子虎が背中の毛を逆立てるように、南十星が明確な敵意と戦意を見せるということは。
「アンタら今……ここにいる全員を殺そうとしたね?」
フィクションで出てくる際には榴弾砲か対戦車兵器のような描写がされるが、実際には焼夷ロケット弾やサーモバリック弾を発射する火炎放射器の代用品だ。M202多連装ロケットランチャーの発射機が投げ捨てられる。
代わりに刃が横から小さく突き出た、上鎌十文字槍を構える。
フルフェイスヘルメットもライダースーツも黒で、肌を一切露出していない、その男が。生身を見せていないなら人違いも考えられるはずだが、漏れ出る餓狼のような戦意に違う可能性は全く考えられない。
「市ヶ谷のおにーさんよ」
ナージャもまた携帯通信機器を刀の柄のように腰に構え、いつでも操作できるよう画面に指を添え、雪豹の戦意を静かに発露する。
「おかしいですね……なぜ、わたしが斬った左腕が生えてるんでしょう? しかもなんだか若返ってません?」
紐とキャリングハンドルで支えて腰だめで、箱型弾倉が空になるまで乱射したPKP汎用機関銃は投げ捨てられる。機関銃としては軽いとはいえ、充分重い音を地面に立て去れると、長剣を鞘ごと持って腰に構える。
ロシア軍人愛用ボーダーシャツを膨らませる肉体は、全く衰えを感じさせない、その男が。以前の戦いで彼女自身が隻腕にしたはずなのに、その記憶は間違いかと疑う健全ぶりを見せている。隠すであろう甲冑を身につけるのが、クマのような男の本懐のはずだが、付けていないのはどういうことか。
そして彼女の記憶にあるのは、髪や髭がロマンスグレーに染まり、皺が刻まれた人物だ。低く見積もっても二〇歳は違うのはなぜなのか。
「師匠」
オレグ・サノスケヴィチ・リガチョフ。現役時代は特殊部隊に属し、そしてやはり特殊部隊を率いて支援部と相対した、《騎士》に数えられる戦人。
それぞれに縁があり、かつて戦った男たちが、得物を携えまた敵になると現れた。




