090_0310 いつも通りの変わった彼女Ⅱ ~浮かれた若者ハッピー初デート~
樹里と一緒に遊ぶのに、神戸中心部に行こうとは思わなかった。
なんとなく違う気がするから。人目の多い場所を平日に学生服姿で出歩くと、補導されそうという理由もある。
だから十路は神戸市道夢野白川線を使い、六甲山系を西に迂回して北上するルートを取った。
このまま行けば神戸市北区の中心地、行き過ぎれば隣の三田市に入る。
普段行く用事がない土地のため、デートに丁度よさそうな場所があったかと、十路は運転しながら記憶を探る。
「かねふくめんたいパーク神戸三田か、キリンビール神戸工場か……」
『……はい?』
「すみません。例によって面白くもないジョークです」
その施設になんら問題はない。だが明太子のテーマパークとビール工場見学が、高校生のデートに適当かと考えると、かなり疑問だろう。イントネーションが一段下がった樹里の声に、慌てて独り言をなかったことにする。
(でもこっち方面だと、三田のプレミアム・アウトレットかイオンくらいしか心当たりが……)
イオン=大型ショッピング施設。そして地方部だと他に遊べるところがない。だからイオン=地方の象徴みたいなイメージある。そして地方の学生のデート=イオンみたいな風潮も。(※あくまで個人の見解です)
なので芸がないのもあるが、それ以上に十路も樹里もファッションや流行に疎く、買い物は必要で行うタイプだ。
イオンモール神戸北の向かいにある神戸三田プレミアム・アウトレットも、服飾関連の著名ブランドが多数集まる商店街で、ウィンドウショッピングで遊べるイメージが湧かない。
(ツーリング気分で流して、あそこにでも寄るか……?)
樹里の保護者たちは揃ってバイク乗りなのだし、無免許で、乗ったとしても《使い魔》限定だが、彼女も一応はバイク乗りと言えなくもない。
ならばそういう場所のほうがまだ馴染みあるかと考えて、十路は行き先を定めて運転した。
『ちょっとバイクで走るには寒いですね……』
直線に入ったタイミングで樹里が手を離して、なにかゴソゴソし始めた。
サイドミラーで見ると、アタッチメントに積載した空間制御コンテナからコートを取り出し、袖を通している。
「ツーリングのシーズンはぼつぼつ終わるけど、個人的には気温一ケタまではイケる」
『かなり気合要りません?』
「そこまで行きゃ、わざと体冷やすんだよ」
『風邪でも引きたいんですか?』
「いや。温泉入るために」
『あぁ~』
「まぁ、帰りも寒い中運転するから、結局体の芯から冷えるわけだが」
『意味ないじゃないですか……』
「バイク乗りってのは、わざわざ理不尽・非効率なことやりたがる連中だろ」
あくまで個人の見解です。
だがチョイ出に便利な原付を越える排気量だと、軽自動車と大差ない車体価格で、大型二輪になると自動車よりも高い。それでいて快適性や安全性は比べるべくもない。それでもオートバイを選ぶのだから、変わり者と言われても仕方なかろう。
『ちょっと失礼します』
「お? さんきゅ」
後ろから手が回り、首に布が巻かれた。なにかと思えば大判チェック柄のマフラーだった。
『本当はネックウォーマーのほうがいいんでしょうけど』
「まぁ、ちょっと怖いよな」
マフラーが解ければ風に靡き邪魔になるし、オートバイの駆動部に巻き込まれて首が絞まる事故も起こりうる。だから十路は片手運転で、解けないよう樹里の親切を服の下に押し込んで、首周りに入り込む冷たい風を防ぐ。
『バイク乗りならマフラーって意見もあるかもしれませんが』
「それフリップアップどころかフルフェイスヘルメットもない、かなりレトロな時代のだろ?」
『そうですそうです。シールドないジェット型でゴーグルつけて、みたいな』
「レシプロ飛行機乗りもスカーフかマフラー巻いてるだろ?」
『そういえばそうですね。なにか共通点あるんですか?』
「どっちも寒いから巻いてたんだよ。防寒もだけど、鼻水拭くために。あとパイロットの場合は、着水した時のサメ避けに」
『……夢がないです』
途中で曲がり、唐櫃インターチェンジから県道九五号線を走る。山をふたつ貫く長いトンネルを抜けると料金所が見えるので、そのまま入って六甲北有料道路を走る。
田畑やゴルフコースを眺めながら、山間のなだからな道を走っていると、突然左手に施設が見えてくる。ただし有料道路からは入れないので、二〇〇メートルほど行き過ぎて大沢IC料金所で降りて戻ることになる。
すれば田畑広がる風景に不釣合いな入場ゲートが登場する。
道の駅 神戸フルーツ・フラワーパーク大沢。
『道の駅』というと、国道沿いに建つ、地元の特産物が販売され、食事もできる休憩施設といったイメージだろうが、ここは西日本最大級の複合型だ。元々小規模なテーマパークとして開園したため、敷地内にはバーベキュー場、果樹園、プール、ミニ遊園地、パターゴルフ場、ホテルまで揃っていて、ちょっとした観光施設となっている。
だから平日にも関わらず、駐車場に停まる車も結構多い。
「来たことは?」
「ないですね。こっち方面に来る用事ないですし」
二輪用駐車スペースに《バーゲスト》を停車させ、脱いだヘルメットはホルダーに引っかけロックする。
そして歩き始める。十路は割と早足で歩くが、樹里と一緒の時は足を緩めるのは、意識せずとも行うようになった。
初めて会った五月から半年ほど。時間の長さよりも密度の問題かもしれないが、足取りを合わせられる程度に、彼女との付き合いも長くなってきた。
並んでいるわけでもなく、後ろを歩くわけでもなく、彼女も半歩遅れて付いてくる。これもいつもの距離感だ。
「えいっ」
だが樹里が左手を握ってきた。普段しない行動に十路が驚き振り返ると、樹里は上目遣いの、心持ち不安そうな瞳で見上げてきた。
「ダメですか?」
「いや……いいけど」
やはりいざという時を考えるので、十路は荷物で手を塞がれるのを嫌う。少なくとも片手は絶対に空ける。
だがデートなのだし、左手が塞がれる分には問題ないと許可すると、彼女は破顔した。
(なんで嬉しそうな顔するかね……)
決して不快ではない。むしろ心地いい。
だが十路には、後ろめたさのようなものを抱き、なんだか居心地悪く感じてしまう。
「もうすぐ冬だってのに、まだ果樹園やってるもんなんだな」
「ハウスじゃなくても十一月ならまだいけますよ。ミカンなんて十二月に収穫して年末売ってるんですし」
園内案内の地図を見て、行き先をふたりで相談する。
道の駅の機能を考えれば利用するのは年齢問わない大人だが、遊ぶ施設はファミリー向け、それも幼い子供連れをターゲットとしているので、高校生が利用するには気後れする。
「事前予約制で、乗るのは無理か……」
十路が気になったのは、最奥と呼んでいい場所にある『ホースランド みついの杜牧場』だった。観光牧場でよくある乗馬体験だけでなく、ウマの餌やりやブラッシングまで体験できる施設のようなので、当日対応はないらしい。
「なにかありました?」
「木次も《使い魔》乗りなら、ウマ乗れるだろ?」
「あ。やっぱり先輩も近代馬術訓練してるんですね」
「アレを馬術と呼ぶのは抵抗あるが、とりあえずウマには散々乗せられた」
自動二輪車型 《使い魔》は自律行動時、暴れ馬顔負けの激しい機動をしうるのだから、《使い魔》乗りに乗馬技術は必須だ。
樹里との共通点であり、『デート』と称するにはそういう選択のほうがいいかと思ったが、施設の都合で不可能なら諦めるしかない。
「なら、野性のハイイログマにも乗せられましたよね?」
「去勢してない暴れ馬と、ロデオの暴れ牛だけだ……」
十路も数々の非常識経験をしてきた自負があるが、縋るような目の樹里には勝てない経験も多い。クマに跨りおウマの稽古した彼女にはさすがに引く。
「や~……あの時は死んだと思いましたね。かじられないよう必死に背中にしがみついてたら、地面転がって三〇〇キロで押し潰されて……」
「それは俺も経験ある」
「ホントですか!?」
光の消えた瞳を遠くに向けていたのに、満面の笑みで樹里が振り返る。そんなにクマに潰された仲間が嬉しいのか。
羽須美と一緒の『校外実習』で、たまたま遭遇したヒグマ相手に強要された突発的訓練だった。ナイフ一本だけで放り出され、棹立ちになった時に仕留めて、倒れ掛かってきて潰された。
微妙に方向性が違うだけで、結局十路の非常識さは樹里に全然負けていない。そしてふたりの教官役は『どっちもヒデェ』としか評せない。
それはさておき。特に行きたい場所もなかったので、ふたりしてブラつくことにした。
その間、手は繋がれたままだった。
不思議な手だ。彼女は長杖を振り回してるだから、普通なら肉刺ができて皮膚が固くなる。なのに《治癒術士》だからか《ヘミテオス》だからか、どこも柔らかい。自身のゴツくなってしまった手を意識すると、その違いがより大きく感じられる。
なにより小さい。簡単に握りつぶしてしまいそうな危機感を覚える、華奢な『女の子』の手だ。
実際のところ、力比べをしたら逆に握りつぶされかねない握力を発揮する手なのだが、そんな風にはとても思えない。
木次樹里は決して弱くない。それどころか本気で戦えば簡単に殺されるほど、歴然とした戦闘能力の差がある。
だが十路の認識では、知って尚、彼女は守るべき対象側にあるらしい。
温室に入ってみたり、きっと梅雨の季節なら綺麗なのだろうアジサイが植えられた小径を歩いてみたりして、時間を潰して。
「私たち、すごーく若者らしくないです?」
セレクトショップで買ったソフトクリームを舐めながら、フォームサーカスヤードに設置された足湯に靴を脱いで足を突っ込んでいたら、樹里がそんなこと言い出した。
「行き先を俺に任せると、こんな風になるぞ?」
「や。別に不満があるわけじゃないですけど」
「そもそも普通の高校生って、どんなデートするんだ?」
「私もよくは知らないですけど……財布と相談で、カラオケとか映画とか遊園地とかRO●ND1とか? あとペアルックも?」
「ペアルックって……今時やりたがるのがいるのかよ?」
「や~? 意外といるらしいですよ? SNSに写真上げるために」
「俺はヤだぞ? ペアルックもSNSも」
「私もSNSやる気ないので、他人に見せたがる心理わからないですけど……」
「ま、ここまでは単純計算で全国の高校生カップルの半分は、そんなもんだとしよう。誰もが熱に浮かされて見せびらかすなんてことないだろうし。だけど俺たちの場合、もっと他に深刻な問題がある」
「なんですか?」
「木次はアクション映画、素直に楽しめるか?」
「あー……素直にはちょっと。殺陣が遅く見えるんですよね。あと私なら~とか《魔法》使えば~とか考えますし」
「次。遊園地。俺でもなんとなくわかるから無理なのに、木次だったらお化け屋敷で怖がることできないだろ?」
「無理ですね。暗くても見えますし、脅かしポイント察知できますし」
「絶叫マシーンは?」
「ジェットコースターって遅いですよね。《使い魔》の亜音速走行と比べたら。フリーフォールって大したことないですよね。生身で大気圏再突入に比べたら」
「ゲームは?」
「フレームをハッキリ認識できますから、格闘ゲームとリズムゲームなら、初プレイでもなんとかできると思います。先輩ならガンシューティングとかどうなんです?」
「物理法則が違うからヘタクソになる。致命傷を与えたつもりでも反撃されるし、横移動の動体目標は絶対外す」
戦闘に耐えられる心身なのだから、スリリングさを売りにする娯楽など、彼らにとっては退屈でしかない。
「まったり過ごすのが、私たちには一番お似合いってことですかね」
足元は鉄分豊富な大沢温泉の源泉、背中には小春日和の日差しと、秋深い屋外でも温かい。
温もりに緩んだように、樹里は目を細めて口元を綻ばせる。
「嬉しそうだな……」
「ふぇ? 嬉しいですよ?」
元々割と感情を素直に出す少女だったが、愛想笑いで悪感情を誤魔化す程度は普通にやっていた。
それがこのところ全部見せる。昨日のように苛烈なところだけでなく、こんな警戒心ゼロ、信頼度一〇〇パーセントの、へにゃっとした子犬の笑顔まで。
内弁慶で身内には全部見せていたが、それ以外には相応に心を鎧った対応をしていた。身内ならば悪感情を出しても少々だらしなくても許容してくれるが、赤の他人に甘えは許されないから少し距離を取って礼儀正しく。
意識しているとは思えないが、彼女の中で、十路も『身内』の距離に入ってしまっているらしい。
樹里のことを『好き』と言っていいのか、まだわからない。
だが、好意がどうこうではなく、絆されている、と称するのが正しいだろう。
「先輩。アイス」
「あ」
会話に気をやっていたので、十路が持つソフトクリームが垂れかけていた。
彼がなんとかする前に、樹里が身を乗り出してかぶりつく。
「えへ」
――守りたい。
白くなった口の周りを舌で舐め取る、無邪気な笑顔を見て、願ってしまった。
一度経験してしまったら、失うことを考えてしまい、守りたいものを定めるのは嫌だったはずなのに。




