090_0210 考えなければならないことが多すぎるⅦ ~それはマズイだろ~
十路は、五月に樹里に心臓移植されたことで《ヘミテオス》となり、九月に管理システムが初めて起動した際に『準管理者No.010』として定義づけられた。
イクセスは《使い魔》のため《ヘミテオス》ではないが、製造時より『準管理者No.009』として定義されており、羽須美が持っていたと思われる、二一番目の《塔》――宇宙に存在する《ダアト》のアクセス権限、《悪魔の欠片》を引き継いでいる。それが判明したのは《ダアト》からダウンロードした戦略攻撃 《魔法》を初めて使った五月よりもずっと後だが。
《塔》のシステムが自動的に定義したその番号は、十路たちが最初ではないことを物語っている。十路のように《ヘミテオス》化までしたか、イクセスのように権限だけ与えられたのかは不明なれど、未来から来てしまった世界の秘密を知る者たちが、他にもいる。
そして常人の目で見れば、『管理者』は当然、『準管理者』も驚異的な存在であろう。
部分的なれど《ヘミテオス》としての超人的能力と、オーバーテクノロジーを自由に使える権限なのだから。
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結局十路も閉店時間まで働かされた。趣味でやっているような店だから、深夜営業していないのが幸いか。
ひとつだけ片付けていないテーブル席を囲み、多国籍な賄い料理を四人で食べながら、開店前の話の続きをリヒトから切り出した。
「なンで『準管理者』を知りたい?」
黒ビールのグラスを持ったまま行儀悪く肘杖を突き、その手首に顎を乗せるリヒトは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。しかし十路を睨め上げる瞳は真剣だ。
「世間的に支援部の扱いがキナ臭いから、用心でな。もしも敵対した時、純粋な戦力としては、生物兵器に変身できる『管理者』が圧倒的に厄介だけど……もし本気になられたら、支援部的にマズいのは、『準管理者』だと思ってる」
「本気に、なァ? じャあその連中はいままで本気出してなかッたてことかァ?」
「本気じゃなかった……って言い方は違うだろうが、俺が思ってる連中が『準管理者』なら、できる・できないだけで言えば、俺たちを殺すことは確実にできたはずだ」
「誰だと思ってやがる? 見当くれェはつけてるだろ?」
「ワールブルグ公国第一公女……いや、そのお付きのメイドのほうか? あとは元ロシア特殊部隊の《騎士》、野依崎じゃないほうの人造 《魔法使い》。それと防衛省関係者と思われる黒尽くめの《使い魔》乗り。あとは見当つかん」
十路がフォークを持ち替え、指折り数えると、樹里がマッシュポテトと羊のパイを取り皿へ取る手を止めて振り返る。
「それって、今までの……」
「あぁ。これまで支援部が戦った、それも部員個人に因縁がある連中だ」
ポトフのウインナーを咀嚼しながら十路は記憶をさらう。そこらの市販品とは大きく違い、肉に独特の風味があり、赤い見た目のとおりスパイシーだ。羊の生腸詰というタイプだろうか。
コゼットの姉であるクロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェと、外国人部隊出身の付き人であるロジェ・カリエール。
ナージャの師匠にして、『熊』と仇名された歴戦の軍人、オレグ・リガチョフ。
野依崎が製造された《ムーンチャイルド》計画で共に生み出され、研究チームの都合でライバル関係にあった《墓場の男爵》ことプロトタイプNo.735。
南十星の時には敵として、それ以外の時には味方としても、何度も支援部に関わってきた詳細不明の《魔法使い》市ヶ谷 (仮名)。
「どうしてそう思うの?」
羊肉の串焼きを宙に止めたまま、悠亜が興味の視線を向けてくる。
「質問に質問で返して申し訳ないですが……蘇金烏って人物は、愛だの絆だの信じるタイプですか?」
世界的企業にして、世界に二社しか存在しない《魔法使いの杖》の部員を扱う会社の片割れ、XEANEトータルシステムの最高経営責任者。
つばめの、ひいては支援部の敵。
総合生活支援部とは、彼の勢力に対抗するために用意された組織なのだから。
知らないのか。回答権を譲ったのか。十路の問いに悠亜は自分で語らず、視線で夫に促す。
かじった肉片を飲み込む間を置いて、ラムチョップを持ったまま、リヒトは端的に断言する。
「ねェな」
十路も同じ意見だ。
かつては――未来の時空に生きたオリジナルは、どうだったか知らない。だが二一世紀の現代で生み出された、『蘇金烏』という存在は、違うだろうと予想する。
でなければ、妻や娘婿と敵対していまい。
「理事長が俺たちみたいな『出来損ない』を集めて支援部を作ったみたいに、敵方もそういう手駒を集めてるだろう」
予想外に二一世紀に来てしまったオリジナル《ヘミテオス》の立場は、右も左もわからない場所に派遣された企業の海外特配員みたいなものだ。《魔法》という神の奇跡のような真似が可能でも、神ならぬ身、しかも秘密裏に目的のために動くには、どうしても人間の柵が付きまとう。
そんな状況で目的のために動くには、どうするか。
現地に暮らす人々と結びつくしかない。積極的に話して情報を集め、協力できる部分は協力し、信頼を勝ち取り、あるいは弱みを握り、自分がやりたいことに協力させる。
「だけどエーカゲンな理事長とは、どう考えても管理方法が違う。支援部員は自己責任で好き勝手やってるけど、蘇金烏は手駒をなにかで束縛してる気がしてならない」
「その方法が、『準管理者』にすること?」
「えぇ。《ヘミテオス》化させていれば、強制的な制御が可能でしょう?」
淡路島で姿を見せない蘇金烏の上位権限によって、生体コンピュータに強制介入されたことがある。勝手にLilith形式プログラムが起動し、稼動を止められた。
『準管理者』の十路とイクセスはともかく、『管理者』であるはずの樹里まで。ただしこれは『管理者』の間でも優劣があるのか、それとも『管理者No.003』が複数存在するイレギュラーのため権限が下がっているのか、判然としない。
ゲームやマンガで、特別で強大な力を持つラスボスが、直近の配下に自分の力を分け与えるなど、よくある展開だ。
秘密を共有し、褒美として与えると同時に首輪を嵌める。非人道的と誹られるやもしれないが、人間心理としてはごく当然。十路と樹里のように、なし崩しでやりとりしてしまったほうが異常だ。
「ここで悠亜さんの質問の答えになりますけど、部員個人に関わりある連中と支援部が戦った経緯、『準管理者』であると考えれば、不自然さはある程度解消するんですよね」
「不自然だと思ってるんだ?」
「まぁ、ありえないことが起こってますよね」
たとえば六月、コゼットの退部騒動の時。
欧州陸軍連合戦闘団と交戦したが、そんな戦力どうやって日本に運び込んだか。いくらクロエが王女でも、一存で国際部隊を動かせるわけはなく、秘密裏に戦闘ヘリや偵察装甲車を持ち込むなど不可能だ。
たとえば七月、南十星と市ヶ谷が交戦した際。
自衛隊の最新潜水艦まで出てきて、防衛省の認可を受けている支援部に攻撃してきた。組織も一枚岩ではなかろうが、実際行動に移すとなると、目標が違えばクーデターを起こすだけの力が働いたということ。
たとえば八月、ナージャの件。
ロシア特殊部隊が堂々と日本で活動というのもなかなかだが、装備が最先端すぎて異常だった。パワードスーツなど大国の軍ならどこでも研究開発してるだろうが、使われたのは公式にはアメリカ軍で研究開発中の代物だった。違う出所から技術か現物が供与されたと考えたほうが自然だろう。
たとえば九月、野依崎の件で神戸防衛戦を行った時。
実験施設に閉じ込められていたプロトタイプNo.735が脱走したまでは、彼個人の意思と能力で為しえたとしても、その後戦闘艦型の《使い魔》を奪取し日本で活動するなど、支援なしでは不可能に違いない。
そこで政界・財界に多大な影響力を持つであろう、蘇金烏のバックアップが考えられる。作戦は彼ら・彼女らから提言したか、蘇金烏の側から発せられたかは、その時々で違うであろうが、対支援部という目的は被っているため協力し合える。
そして協力の度合いは、『準管理者』という権限を与えるレベルのものと推測される。いくら気に入っている相手でも、親切心程度で力を貸すレベルは超えている。
ただし全面協力ではないと予想する。コゼットの件で戦った際、相手側が握っている十路や樹里の情報が、不完全と思える節があったからだ。敵方サイド内で騙し合いが行われているとは思えないが、情報を全共有していないなど、関係性に首を傾げる部分がある。
ちょうど支援部内の顧問と部員たちのような、信用はできるが信頼まではできない、利用し合ってる関係が一番イメージに近いだろうか。
「部員個人に関わりある連中と蘇金烏との間に、どういうやり取りがあったかは、想像つきませんけどね。単純に優秀な連中を手駒にって考えるには偏ってますし」
「あー、簡単に言えば、つばめと蘇金烏の駒取り合戦の結果って感じ?」
箸で羊肉と大根の炒め煮を口に運びながら、悠亜が説明してくれる。
「つばめだけでなく私たちの考えは、やっぱりオリジナル《ヘミテオス》は、この世界の異物なわけ。世界征服しようって勢いの蘇金烏の目的阻止には、二一世紀の人間を使わないとどうしようもなくなったけど、気の進まない方法なわけなのよ」
顧問が発するのは命令ではなくあくまで『お願い』。《魔法使いの杖》の外部セキュリティはかけられていない。
だからこそ、支援部は部員たちの判断に委ねられている部分が大きいのかもしれないと、十路はふと思う。
「そこでつばめにお眼鏡に適ったのは、既存の社会構造だと異物扱いされる、あなたたちみたいな『出来損ない』……だけどそれって、相当なハードルって想像できる?」
「でしょうね」
有能であれど有用に扱われていない者など、普通に考えればそれだけで候補者がゴッソリ減る条件だろう。
更に、高潔さまでは求めずとも、妬み嫉みに染まっていたら使いものにならない。力に溺れる浅ましさは要らない。
そこまで絞り込んだら、ただ探して見つけるのはほぼ不可能に違いない。
「だからつばめは、ずっと前から色々やってたわけ」
種を蒔き、多少手を入れた。
コゼットと南十星は、ずっと以前からつばめと交流がある。
野依崎とてつばめに与するリヒトに創られ、育てられた。
ナージャも非合法諜報員になる前に、空間制御特化型 《魔法使いの杖》なんて物を渡されている。ソースコードにつばめと思われる署名が入った代物を。
十路と樹里も、つばめに賛意した側の『麻美』によって戦闘能力を育まれた。
完全な育成栽培で『出来損ない』となったわけではない。そして彼女が望む『出来損ない』にならなかったら、つばめはきっと手を引いていただろう。
だが結果として支援部員たちは、つばめの策略により、なるべくして今の立場にあるとも言える。
「で。そんなことやってれば、当然蘇金烏たちも気づく。対抗するために手を出してくる。なんやかんや色々あって、支援部のコたちと関わりある人間が《ヘミテオス》なわけ」
端折られたが、なんとなくわからなくもない。
それにようやくハッキリとした正解を答えてくれた。それもずっと戦い続けてきたであろう《ヘミテオス》に。
「俺たちは支援部に関わるずっと前から、理事長の策略に巻き込まれてたわけですか……」
十路は羊肉を使った炊き込みご飯を頬張る。事実を再確認しただけで特に感慨はない。
「不服か?」
だがリヒトは、違う解釈したらしい。皿を差し出しながら問うてくる。
「オレたちは自分たちの目的のため、小僧たちの人生を捻じ曲げた。いや、オレが《魔法》を公表したから、世界全部の《魔法使い》を捻じ曲げたとも言えるが」
以前にもリヒトから問われた。確か別の『麻美』と学校で交戦した際、夜の部室で時間つぶしていたところに現れた時だったか。
「別に」
十路は、差し出された皿をリヒトに押し返す。
「アンタが『初源の《魔法使い》』でなかったとしても、別の誰かがそうなってただけだ」
リヒトによって立てられた計画で、リヒトの手により生まれた存在だから、野依崎は現状を割と腹を立てていた。とはいえ同時に『喚いたところで現実は変わらない』と受け入れてもいる。せいぜい彼を足蹴にして腹立ちをまぎらわせる程度だ。
他の部員に至っては、確率によって自然発生した《魔法使い》だ。文句を言う相手は神しかいない。
もしも、つばめの息が全くかかっていない人生を送ったと仮定したら。
羽須美以外の誰かに《魔法使い》としての訓練を受けていたとしたら。
幸せな人生を送っていただろうか?
考えても詮無いifを考えても、《魔法使い》であるだけで相応の目に遭ってる以外に考えられない。現状よりも悪い可能性だって充分想定できる。
「それならいいけどよ……で? テメェが知ってる連中が《ヘミテオス》で『準管理者』だって知ったら、どうすンだ?」
考えている間に再び丸い料理が乗った皿が押しつけられたので、十路もやはりリヒトへ皿を押しつける。
「別にどうもしない。というか、支援部は基本専守防衛でしか動けないから、どうしようもない。準備をして、警戒続けるだけだ」
皿が返ってくる。
「ケッ。難儀な連中だぜ」
皿をまた押し付ける。
「仕方ないだろ。完全アングラじゃない、世俗の柵がある組織なんだし」
言葉のたびに十路とリヒトの間で皿が行き来する。
乗っているのは、拳ほどの大きさをした、なんだか毒々しい色合いの物体だった。ぶっちゃけ、巨大生物のキ●タマとか言われても納得できる。
皿の行き交いが幾度目か。先に十路の我慢が切れた。
「さっきからハギス押し付けんな!? つかアンタ設定上ドイツ系アメリカ人だろうが!? ゲテモノイギリス料理並べんなよ!?」
「テメェに食わせるためにわざわざ用意してやッたンだよォ!? 感謝して食いやがれ!?」
ハギスとは、羊の内臓をミンチにしてハーブやスパイスを混ぜ、胃袋に詰めて茹でた、スコットランドの伝統料理だ。個性的な匂いと味は素材の質や好みもあるためまだ弁護の余地あるが、未確認生物扱いされる奇怪な見た目は否定しようがない。メシマズとイジられるイギリス料理の中でも、ウナギのゼリー寄せと並んでトップクラスに悪名高い。味ではなく内臓部位の衛生問題だが、アメリカでは輸入・販売が禁止されている違法食品だ。
改めて見れば、テーブルに並んでいるのは、なぜか羊肉が使われた料理ばかりだ。十路の来店を予期できたはずないが、仕入れの段階から嫌がらせを作る気だったかと疑う。
「オッサン、今度こそ消し飛ばしてやろうか?」
「小僧、アレでオレを本気にさせた気になるなよ?」
先日の、淡路島での決闘は、一応は十路が勝利した。しかし樹里や悠亜が乱入したり、十路が手加減して逃げ場を作ったりと、単純明快な決着ではない。
だからふたり揃って半ば腰を浮かせて、額をぶつけるほどの至近距離でメンチ切る。
「そーいやァテメェの部屋にジュリが入り浸ッてるそうじャねェか」
「今まで忘れてたなら大したことじゃないだろ」
「殺スぞ」
「まだ付き合ってないし、なにも起きてない」
「ア゛ァン? ジュリになンか不服あンのか? 殺スぞ」
「付き合うなって言ってんのか? 付き合えって言ってんのか? どっちだ?」
だが言い争いは強制的に止められた。リヒトは衝突実験用ダミー人形みたいに吹っ飛んで。十路は全身に奔った激痛で床に崩れて。双方とも悲鳴のひとつも上げられなかった。
「食事中にうるさい」
拳をリヒトの顔面にめり込ませた悠亜は、手についた血を布巾で拭いながらビールを飲む。
「食べ物で遊んでケンカなんて……いい加減にしてください」
触れた手に《雷陣》を宿らせ十路を感電させた樹里は、ため息を吐きながらラムチョップに手を伸ばす。
野郎どもは揃って、この姉妹に頭が上がらない。彼女たちの遠慮がなくなれば、物理的かつ強制的に這い蹲される。
だからかハギスの処理も、仲良く男ふたりで仰せつかった。
泣いた。




