090_0020 考えなければならないことが多すぎるⅡ ~覚醒! ジュウオウジャー!~
――テレレレッテッテッテ~♪
――木次樹里のワンコ度がアップした!
放課後。
十路が支援部部室に行くと、まだ誰も誰も来ていなかった。ナージャは用事があると言っていたからともかくとして、他のメンバーまでいないのは少々珍しい。
パソコンを立ち上げて、部のメールアドレスに届いた依頼をざっと見て、『自分でやれ』か『《魔法使い》でもできるか』と言いたくなる内容ばかりなのを確かめて、テンプレートの断りメールを送っても、まだ誰も来ない。
「お疲れ様でーす……あれ? 他に誰も来てないんですか?」
参考書を出して受験勉強を始めてしばらく、学生鞄と赤い追加収納ケースを提げる樹里がやって来た。
「他は知らんが、ナージャは部長に呼び出されたらしい。なんかやってんだろ」
樹里はスクリーンセイバーが起動したパソコンを動かして、メールチェックが終わってるのを確かめると、樹里はミニキッチンでお茶を淹れ始めた。
やがて漂い始めた匂いは、焦げた豆の匂いだった。魂に刻まれたレベルの紅茶党がふたりいるので、部室で出される茶は紅茶がほとんどだ。なのでコーヒーは珍しい。
「さんきゅ」
十路好みの加糖ブラックが注がれた金属マグカップを受け取り、一口飲んで、立てた片膝を机に参考書の数学例題に向き直る。行儀悪いが、テーブルを勉強机にするには低いので。
立ったままミルク多めのカフェオレを一口すすった樹里は、カップをテーブルに置くと、十路の隣に座る。
「お?」
と思いきや、樹里はコロンと転がり、十路の脚に頭を乗せた。
「……何事?」
「理由がないとダメです?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「他に誰もいないからいいじゃないですか~」
【私がいますけど?】
一般人もいた昼とは違って大型オートバイ――《使い魔》《バーゲスト》のAI・イクセスが異論するが、機械はカウント対象外なのか。樹里は気にせず離れない。
(女心わかんねー……)
合鍵があっても十路の了解がなければ部屋に上がらない。
先輩の教室だからか、声はかけても入ってこない。
告白しても了承がないため、一線を引いてるかと思いきや、こうして甘えてくる。
ネコほど気まぐれではないが、安心感を求めて体をすり寄せてくるイヌみたいだ。
でも樹里は鼻を鳴らし、すぐ身を起こして顔を近づける。迫力を覚える勢いに加え、ミルクの臭いを感じる至近距離だったため、十路は思わず仰け反る。
「先輩の体って、なんでいつもナージャ先輩と南十星の匂いがするんですか?」
「その瞳孔開いた目ヤメロ」
地味にコワい。
「なんでって言われてもなぁ……アイツらがよく抱きついてくるから、としか」
ナージャは行動を促すのに腕を絡めてきたり、椅子に座っていると背後から抱きついたりしてくる。
南十星は今日、教室移動で校舎の外に出た際に偶然出会い、背後から腰にタックルしてきた。
なにも悪くないはずだ。まだ樹里とは付き合っていないのだから、浮気とかではない。
なのに十路の言い訳には、後ろめたさが乗ってしまう。
「なんですかその自称イケメン発言」
「うん。言った後に自分でもイタいって思った」
後ろめたさではなかった。勘違い野郎のセリフを吐く違和感だった。彼女たちがよく接触してくるのは純然たる事実だが、十路は『女が俺を放っといてくれない』などと思えるナルシストではない。
「う゛~……」
「マーキングすな……!」
枕にするどころか、樹里は十路の脚にべったり乗って寝そべり、腹や背を擦りつけてくる。位置的に股間まで刺激してくるので、少し慌ててしまう。
子供のように性的に無頓着なのとは違う。男女のようになにか含みがあって体を寄せてくるのでもない。
信頼、だろうか。家族ならば無条件に存在し、他人ならばなかなか得るのが難しい、裏切れば一生モノの深い根が張るとても深いレベルの。
樹里にそこまで信頼されていること自体は、悪い気はしない。だがやはり、好むと好まざるとに関わらず、裏切ってしまう可能性を考えると、素直に受け取れない。
まぁ仮に十路が信頼裏切って襲いかかっても、樹里が本気になれば返り討ちにされるだけだが。だからこその信頼と言えるかもしれない。殺すつもりで襲う意味ならまだ善戦できる自信あるが、性的に襲う場合は再起不能にされる未来しか見えない。反撃どころか去勢・性転換まで。
匂いの上書きに満足したか、樹里はまた再び膝枕に移行する。
「……いつまで、こうしていられるんでしょうね」
そしてポツリと呟く。
彼女の態度は、心配や不安も絡んでいたか。
「さぁな……」
十路も陰鬱な気持ちで、不明さを口にするしかない。
もう勉強にならない。樹里に両脚を占有されてしまったから、片膝で書き物もできないし、そういう気分でもなくなった。
シャーペンを投げ出して空けた手を、樹里の頭に乗せる。サラサラの髪を弄ぶように指を動かすと、彼女はくすぐったそうに目を瞑って微かに身をよじる。でも嫌がりはしない。
――ずっとこのまま『普通』の暮らしができたら。本当に。
叶わぬ願いを考えていたら、大型オートバイがおずおずと声をかけてくる。
【あのー……? イチャつくのは勝手ですけど、まさか、気づいていないんですか?】
「木次はどうやら、な」
こうしている間に部室の扉が開き、部員が来たことなど、十路は当然認識している。紅茶の香りと日向の匂いも鼻に届くので、すぐ近くに顔が寄せられていること予想できる。
「?」
推測どおり樹里は全然気づいていなかったっぽい。脳内センサーが常時稼動している《ヘミテオス》なのに、やはり抜けている。
寝返って天井を向き、十路の顔を下から見上げてくれば、一緒に見えているだろう。
ソファの背もたれと十路の肩越しに、覗き込んでる人物がふたりいることに。
「…………」
「「…………」」
彼女たちはしばらく見詰め合っていたが。
「~~~~!」
一般的にははしたないとされる現状だけでなく、ずっと見られていたことを認識すると、顔を紅潮させた樹里は飛び起きて十路から離れた。
「いやまぁ、それくらい別に構やーしねーですけど? 部内恋愛禁止っつーワケでもねーですし」
「や、そうかもしれませんけど……」
本日のファッションはロングTシャツに細身のデニムという無造作な格好。その上から作業着の上着を羽織り、作業用エプロンをタオルのように肩にかける。
大学部理工学科二回生にして支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェが、心底興味なさそうに金髪頭をガリガリかきながら姿勢を正す。
「十路にはよく、ミス・ナージャやミス・ナトセが絡みついてるであります。やる人間が増えたところでなにを今更」
「や、そうかもしれないですけど……絡みつくって」
本日もファッションは初等部推奨標準服冬季仕様の濃紺セーラーワンピースにネコミミフェルト帽。
初等部五年生、野依崎雫もまた、心底興味なさそうに土器色肌のソバカス顔に眠そうな無表情を宿したまま、ランドセルを下ろす。
タブレット端末を手に、野依崎が小さな体を利して、座る十路の膝に上がってくる。
彼女が十路を座椅子にするのは今に始まったことではないので、振り払うような真似はしない。だがセーラーワンピースの下に着ている強化服の装甲が食い込んで地味に痛いので、抱え上げて位置を調整する。
「あーそうそう。堤さん。ちょっくら相談あんですけど」
コゼットが再び背もたれ越しに身を乗り出し、十路の頭を片腕を置き、手にしたスマフォを見せてくる。すれば後頭部から首筋にかけて温かく柔らかいものまで触れてしまう。
彼女がこうして体を触れるのも、今に始まったことではない。肘置きにされるのは不快だが、我慢してスマホに表示されたなにがしかの画像データを覗き込む。
彼女たちもまた、十路に絡みつく女性だった。
「…………」
一度は離れた樹里が不満を露にし、再びツカツカと十路に近寄る。
「お?」
細腕で野依崎の襟首を掴み上げ、十路の膝から下ろす。
「あら?」
コゼットは肩を押して強引に引かせる。
「ん!」
そうしてスペースを空けさせると、樹里は所有権を主張するように、十路の膝に横座りして首に抱きつく。
(ホント、変わったな……善くも悪くも)
初めて会った頃には危うさしか覚えず、愛想笑いが多く主張の弱かった子犬も成長したものだと、かすかな感動を覚えてしまう。
「ハッ。なんか小娘がイキってますわね」
「さっそく正妻気取りでありますか」
「生意気言ってすみませんでしたぁぁぁぁっ!?」
でも所詮は犬コロだった。ゴゴゴとか効果音つきそうな猛獣オーラを全開したライオンと野良猫の相手にならない。キャインキャインと尻尾を丸めて竦みあがる。
現状の体勢だと、十路の顔面に胸が押しつけられるのだが。スレンダーで一部から貧乳扱いされているが、学生服越しだと小さく見える上に堪能できるほど柔らかさは感じられないが、それでもCカップのブツをお持ちなのだ。
「部長もフォーも……これくらいで目くじら立てんでも」
樹里との間に腕を入れてスペースを作り、胸から顔を引き剥がした十路は、猛獣たちを制止する。特に深く考えず。
しかし高貴な女子大生と寝ぼけた小学生女児らしかぬ、丁寧ヤンキー王女と半ヒキコモリ問題児らしくある、聞こえよがしの舌打ちを重ねた。なにか失敗したっぽい。
「取っ組み合ゃぁまだしも、堤さんって絶対、女の争いに首突っ込むタイプじゃねーですわよね」
「是。嵐が通り過ぎるのを待つタイプであります。しかしここでミス・キスキの肩を持つということは」
「小娘が女の武器の使い方を覚えやがりましたかしら……」
「ワン娘の分際で小癪であります……」
こういう場合、女の敵は、邪魔する男ではない。同じ女なのだ。
戦意がより漲るネコ科猛獣二頭の視線で射竦められた樹里は、首に抱きついたままガクブルし始めた。
先日、彼女たちは本気で戦った。十路が仕組んだようなものだが、樹里と他支援部女子は想定以上の激戦を行ったらしく、命のやり取りにまで発展した。
そのことを彼女たちは引きずっている様子はない。確信できるし、結構なのだが。
あと、別に男を取り合ってるとか、コゼットや野依崎が牽制するほど積極的なわけでもないのだが。
なんか部内の人間関係がすごく不穏で、十路は冷や汗を流す。
いまこの場面に全く関係ない豆知識が、なぜか脳裏に蘇る。獲物を横取り、死肉をあさるなど、ダーティーなイメージがあるハイエナのことを。
(そーいやぁ見た目イヌっぽいし、群れて生活するけど、ハイエナって生物学的にはネコに近いんだっけ……)
コゼットも野依崎も、マイペースで気分屋なネコ系女子だからとはいえ、なんら関係ない。きっと。恐らく。多分。
止めるのは諦めた。だから逸らす方針へシフト。十路は樹里の腕を外させて膝からも下ろさせてから、コゼットに問う。
「そういや、ナージャが部長に呼び出されたとか言ってましたけど?」
「実習工場にこもって《魔法使いの杖》の仮復旧を終わらせたから、呼び出したんですわよ。あとナトセさんも。ンで動作試験しに行くとか言ってましたけど、どこへ行ったのやら」
なんか物質化しかかってたような気がしなくもない猛獣オーラを霧散させて、コゼットが普通に答えてくれた。
だから単なる愚痴であり、嫌味やイビリではないだろう。
「いやもう、ホント……二度と勘弁してほしいですわ。支援部全員の装備が全損とか」
「うぐ……」
そうなったのは先日の戦闘で、樹里の仕業だから、彼女は気まずい顔をする。
しかし謝りはしない。これまでの彼女ならば、謝罪しそうなものだが、言葉を詰まらせただけ。
譲れないから、曲げられないから、戦いに発展した末の結果であり、謝罪するのは筋違いと理解しているのだろうか。
コゼットも理解しているのか、愚痴るだけで嫌味ったらしく追い詰めるような真似はしない。
「部長。『仮』復旧って?」
「外装は3Dプリンター出力のABS樹脂だからですわよ」
「すぐに壊れません?」
「荒事ありゃ壊れるでしょうね。ただ今後を考えると、元の設計図のまま復元すりゃいいのかって気もしましてね? どうすっか相談したいんですわよ。なので全員集まったら――」
『部会する』とでも言いたかったのか。
だが外から響いた爆発音で、コゼットの言葉はかき消された。
「……これ、なとせとナージャの仕業ですよね?」
「他に考えられなくもねーですけど、筆頭はそのふたりですわね……」
「学校内でド派手な試験するなよ……」
支援部への攻撃の可能性も否定はできない。なのでコゼットも樹里も空間制御コンテナから自身の《魔法使いの杖》を取り出す。
樹里の長杖 《NEWS》は、義兄である『初源の《魔法使い》』の手で、完璧に修復されている。
しかしコゼットの装飾杖 《ヘルメス・トリスメギストス》は、安っぽい樹脂に置き換わっている。これも『仮復旧』ということか。
野依崎はセーラーワンピースのままなので、その下に着込んだ強化服 《ハベトロット》がどういう状態かはわからない。
十路が先頭に立って部室の外に出ると、部室前から少し離れた地面にナージャが転がっていた。長い髪を土塗れにし、どこからか吹っ飛んできた痕跡を残している。
「え?」
一瞬のことだったから、十路は見間違いか判断できない。
「いったぁ~……!」
顔を盛大にしかめるナージャが、青白い《魔法回路》を身にまとっていたように見えた。
通常、未来技術を仮想再現させる《魔法回路》が形成されると、エネルギーを受けた《マナ》は青白い励起光を放つ。
だが時空間制御に特化しているナージャが《魔法》を使うと、時間の流れの変化が光スペクトルにも影響するのか、白か黒の《魔法回路》を形成する。
彼女の全身が青白く光る、なんてことは起こらないはず。
「ナージャ先輩、大丈夫ですか?」
「《魔法使いの杖》に不具合ありましたの?」
《治癒術士》も《付与術士》も、不審を抱いた様子はない。それぞれの役目を果たすべく、倒れたまま動けないナージャに駆け寄る。
「?」
野依崎に振り返ったが、ボンヤリ眼差しが返ってきただけ。十路が見た理由は当然、異常な光景も関知していない。
(見間違い、か?)
仮に十路が見た光景が事実だったとしても、元ロシア対外情報局所属の非合法諜報員だったナージャが、易々と明かすとは思えない。明らかに秘密に類することだ。
「ちょ!? いったいなにしたんですか!?」
診察した樹里が、血相を変えて医療用の《魔法》を展開する。
法的にはグレーゾーンであるため、彼女は普段、《魔法》での治療を使わない。よほどの緊急事態か、なにか理由がない限りは。
顔色を変えて《魔法》で治療するなら、ナージャは見た目以上の、かなりの重傷を負っていることになる。
「動作試験も兼ねて、ナトセさんと戦り合って、しくじりました……」
まだ苦しそうな返答も信じられない。《魔法使い》としてのナージャは強い。正面切って戦って勝てる者など、果たして世界でも何人いるかと真面目に考えるレベルだ。
堤南十星も決して弱くはない。事実、ロシア軍隊格闘術を使うナージャと、互角の組手をよくやっている。
ナージャの本領は剣での白兵戦であり、格闘ではない。だが戦闘能力の差は歴然で、とても軍事訓練も受けているナージャを吹っ飛ばせると思えない。
「ナージャ姉ー。大丈夫ー?」
部室北側の切り立つ擁壁上の森から声がかけられる。
防弾繊維製改造ジャンパースカートの上に同種の上着を着込み、腰にはベルトを巻いてトンファーを挿す。小柄な体躯だけなくワンサイドアップの髪が幼い印象をより強くする。
その南十星が登場した。首に赤いスカーフを巻いた、立派な体格のイノシシに乗って。割とマヌケな図のはずだが、なぜか妙な威厳を感じてしまう。
「なぜイノシシ?」
「そこで会ったから」
急角度のコンクリブロックをイノシシがズササッと滑り降りて、部員たちの前に止まる。手綱のようなものでコントロールしているわけでもなく、しかも小柄な少女とはいえ人間が乗っているにも関わらず、イノシシの足取りは確かだった。
イノシシの登場は今更だ。神戸の六甲山系内にある修交館学院は、夜ともなれば野生動物が敷地内に頻出する。そうして出てきて突進して来たイノシシを南十星が返り討ちにし、エサを与えて構い、ペットどころか使役獣のように支配下に置いているのも、支援部員にとっては見慣れた光景だ。
「で。ナージャとなにやった?」
「新必殺技の練習。だけどダメだね、こりゃ」
「?」
ナージャを倒す結果を出して失敗とは、どういうことなのか。
「レポートにどう書く気だ?」
「あ」
十路は疑問に思ったものの、それよりも重要であろう事柄――こんな生活圏真っ只中で《魔法》を使ったことを、どう報告するのかを問うた。




