090_0000 正しい戦争の間違った始め方
『魔法使い』に憧れる? なれるなら、なりたいと思う?
もしもYesと答えたら、二一世紀の《魔法使い》はこう答える。
――やめておけ。そんなにいいものじゃない。
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この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それは神の奇跡か悪魔の策略か。福音なのか災厄なのか。
未来に生きるとある科学者の、自己満足で終わるはずだった。いやきっと彼の認識ではそのとおりで終わっているだろう。
だが、この世界では違う。
送られた様々なデータは、本来存在しない、してはならならい、未来から齎された技術――その亜種として存在してしまった。
仕様が違う。
ナノマシンを大気中に満たす惑星改造システムは、オルガノン症候群発症者――通称 《魔法使い》という想定外の存在を現地人の中に生み出した。
送られてきた者たちが違う。
遺伝子もなにもかも、未来に生きた人々と同じはずではある。しかし自身が当人ではなく、所詮コピーであると知っている。
しかも『悪魔』と化す異形の能力まで手に入れてしまった。
娘が違う。
分割圧縮送信された精神データは、統合することなく複数の存在となって再現され、ひとりの人間が違う複数の存在となった。
それでも彼らは動き始めた。
滅亡の未来を変える、神の如く存在にならんと。
だから彼女らは動き始めた。
存在する現在を変えないために、神に挑む悪魔にならんと。
家族であった者たちが分かれて、暗躍し、この世界で争いを始めた。
それは、二一世紀に生きる、未来のことなど知らぬ人々も、否応なく巻き込む。
神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活する、民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム、総合生活支援部など、その最たるものだ。
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テーブルが円を描く、ドラマで地位がある者が集まるような大会議室には、窓がない。照明を落とせば完全な闇となる。だが複数空間投影されている非実体のモニターが、室内をほの明るく照らしている。
その仮想モニターには、学生たちが映し出されている。二一世紀には似合わぬ、あるいは二一世紀だからこその武器を構え、空間に光の幾何学模様を描き、未来兵器を仮想的に作り出して戦う、常人以上超人未満の戦士たち。テキスト化された彼らの人物評価データも併せて表示されている。
ビジネススーツを着たアジア系の男性が、眼鏡のフレームを押し上げながら見渡す。その目は無感情で、どこか鳥を連想する。
部屋に集まる者たちに統一性はない。年齢も容姿も国籍もバラバラで、母国語も異なる。
「さて……日本語でいいだろうか?」
だから共通言語を使う。英語も共通しているが、外国語習得難易度カテゴリー5+なのに、不思議と日本語に慣れている者が多いため。
「キミたちは、兵器として見た《魔法使い》の強みはなんだと思う?」
この場に集まる者たちを『統一性がない』と称したが、ひとつだけ共通項があった。
彼ら、彼女らは、映像の学生たちと、なにがしか縁を持っている。
「不透明性……想定に限界があり、常人の対応能力を容易く裏切ってくれること、でしょうか?」
「わたしは即応性を挙げます。兵站など不要、個人に対する補給や輸送で活動可能ですから」
金髪碧眼白皙の若い女性と、背後に控えるヴィクトリアン・タイプのメイド服を着たアジア系の女性が、それぞれに答える。
彼女たちの前には、やはり金髪碧眼白皙の若い女性の、人物評価データが提示されている。それを彼女たちは鋭い獅子と鷹の眼差しで見ていた。
特に注目していたのは、やはり金髪碧眼白皙でよく似た顔立ちをしている、ライオンの気迫を放つ女性だった。
「発展性……いや。自己進化、と言うべきか」
クマを連想する巨躯を持つ壮年の男が、太い両腕を組んだまま答える。
彼の目の前に空間投影されている人物評価データは二種類ある。ユキヒョウを連想する白金髪の剣士は当然としても、なぜか子虎のような小柄な拳士も併せて。
『お姫様の答えに似ちゃいるが、機密の保守性だな。どんな隠し玉を持ってるか、わかったもんじゃねぇ』
ただひとり椅子を使わず壁にもたれて立つ、室内でもヘルメットを被るライダースーツの男が、身じろぎする。
変換されて印象が変わる声には、暗い好奇心と喜びが隠しきれていない。まるで飢えたオオカミの舌なめずり。
シェードの効いたシールド越しに見ているのは、壮年の男同様にふたりの学生――《暗殺者》と《狂戦士》だった。
「攻撃力。制圧力だね」
声質はまだ子供だが、日本人の常識では枠を超えた大柄さ。ヨーロッパ系の少年は答えて、タブレットチョコを口に放り込む。ニキビだらけの顔のせいか、咀嚼する様はどこか毒蛙を連想する。
少年が表示しているのは、機械的でもあり幻想的でもある、異形の装束を身にまとう赤髪の少女だった。《妖精の女王》の、野良猫のような怠惰な顔を見て、タブレットチョコを噛み砕いて堪えたのは如何なる感情か。
「なるほど」
『アンタはどう思っているんだい? 兵器としての《魔法使い》の強み』
「そうだな……」
黒尽くめの男に問われ、眼鏡越しの感情のない視線を天井に向けて。
「……不完全さ。転じて、可能性だろうか」
どこか寂しげな、複雑で人間的な表情で呟いた。
歳の頃はせいぜい三〇半ばに見えるが、見掛け以上に老成した雰囲気がかもし出されている。
「さて。では、改めて始めようか」
だがすぐに、その空気はかき消される。一見無表情に見えるが、隠しきれない野心と大志を持つ、実業家のようなものの顔になる。
「――新たな歴史を作り、『悪魔』の未来を救うために」
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同じ頃、『悪魔』の別名を持つ女も、会議していた。
ただしこちらは、料亭と思われるこじんまりとした部屋で、料理と酒を差し挟みつつ、相手はひとりだけと、様相はかなり違う。
「参考人招致があるかもしれない」
中年の域を超え、老年に達したと言ってもいいだろう男性は、女性が差し出す徳利を猪口で受け取めつつ報告する。
「こうなるの織り込み済みで、リヒトくんとあのコを淡路島で戦わせたんだから、全然不思議ないけど……本当に参考人招致? 証人喚問じゃないの?」
「限りなくそれに近いと思ったほうがいいだろう」
「ゴメンね。キミを巻き込んじゃって」
返杯を受けた女性は、舌先を酒で湿らせたが、それだけで卓に置いて背筋を伸ばす。ひょうきん……というよりは、ふざけた態度が目立つ彼女には珍しい、殊勝で真面目な態度だった。
「いいさ。潮時ってだけさ」
だが男は気にしない。娘どころか孫と言っても通用する外見年齢差の女に、同年代相手としか思えない態度を見える。
友人、あるいは仲間。そんな関係に近いのか。
「もういい歳だ。ここらで幕引きしても、政治家のキャリアとしては悪くないだろう?」
「総理大臣にはしてあげれなかったよ?」
「勘弁してくれ……君が大手振ってる時の首相なんて、なにかの罰としか思えない」
「じゃあ、内閣総辞職とか政権交代とかなったら大変だね。今回の件、親中派の野党が言い始めたことでしょ?」
「あぁ。XEANEの息がかかっている連中だ」
「直接的にちょっかいかけてきたか……それも大々的に」
「どうする?」
「どうもこうも、相手するよ」
女性は邪悪に笑う。
そのために今を築き上げたのだから。
「――『悪魔』が創ろうとする未来を、壊すために」




