085_0120【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅩⅢ~ミックスド・ブリード~
●ミックス犬(mixed breed)
二種以上の異なる犬種が交配して生まれたイヌ。
チワワとプードルから生まれたチワプー、シーズとマルチーズから生まれたマルシーズなどがこれに当たる。
雑種(mutt)と混同しがちだが、意図的・不図的の違い、また親の犬種が明確・不明確と、差がある。
嵌合体・キメラ (chimera) の意味は全く含んでいない。
「ふぅ……」
建物裏手で辛うじてまだ生きていた水道で、毛皮を白く染めた消火剤を洗い流し、樹里は人間に戻る。空間制御コンテナに突っ込んでいるタオルで簡単に体を拭く。
そして常に用意してある下着と学生服を、急いで身につける。なにせパトカーのサイレンも近づいているし、倉庫裏手で全裸になっているのだから。
「もういいか?」
「大丈夫です」
まだ完全に着付けできていないが、見られても問題なくなった時点で返事すると、十路が現れた。
彼も頭から水を被り、消火剤を洗い落とす。学生服は白く汚れたままなのを構わず、乱雑に水滴を払った髪を撫でつけながら、後始末に向かって動く。
「動いた直後に悪いが、もうひと働き頼む。今度は人間のままで」
「はーい……」
今度はなにをされるのかと不安になりながら、髪の水気を強引に電気分解させて、急ぎ靴下とローファーを履くと、ジャケットに袖を通しながら十路を追って現場に戻る。
「あ。木次さんも応援に来てたんですか」
梁で高みの見物をしていたふたりも、地上に降りてきている。ナージャは涼しい顔だが、さすがにマイリーは顔色を悪くしていた。暗所恐怖症から調子が戻ってきた顔と、殺意と非常識を目の当たりにして調子を崩した顔、対比が激しい。
「えぇ。まぁ」
ナージャも樹里=大型犬の否定に協力してくれてるので、素直に乗る。
十路はコンテナトレーラーの脇から屋内に入るので、樹里も続く。
そこでは犯行グループの者たちは、既に結束バンドで拘束されていた。四肢の一本くらいは骨折してても、命に別状ないので心配はない。下手に治すと暴れるかもしれないので放置する。
「……? 誰だ?」
警備責任者が気づき、拘束作業の手を止める。
「ふぇ? ……あ。総合生活支援部部員、木次樹里です」
イヌとしてずっと顔を会わせていたのに身元を問われたため、納得する時間が必要だったが、なんとか返事できた。
「Oh...White magical girl.(あぁ。白魔道士の)」
「白い魔法少女?」
「知らないのか? あと雷の巫女なんてのもあったな」
遅れて納得された。中二な二つ名つきで。支援部も世界的に有名になってしまったので、この状況で身元を問われること自体が意外に思ってしまった。
やはり地味顔のせいなのか。いや樹里自身、有名人でも外国人の顔が見分けつくかと問われたら怪しいから、仕方ないのか。
「で。コイツ、大丈夫なのか?」
彼だけは拘束されていない、倒れているマネージャー氏を、十路は顎で示す。
毒による浮腫が、既に治っている傷口周囲から急速に広がり、苦痛に悶えていた。
「大丈夫ではないですけど、大丈夫です。複数種類のディフェンシン類似タンパク質が注入されて、一時的にカルシウムイオン濃度が高くなって、中枢性痛覚過敏を発症しています」
「素人にもわかる説明を頼む」
「死にはしませんが、しばらく痛みでのたうち回ります」
「あー……対処は?」
「抗毒血清も解毒剤も存在しませんし、鎮痛剤も効かないそうです。アルツハイマー治療薬のNMDA受容体拮抗薬なら効果あるかもしれません」
「そうか……」
『コイツ、やっぱキレさせたらヤベェ……』みたいな顔で口元をひくつかせたが、十路はそれ以上触れなかった。《魔法》での治療も言及ない。トラブル回避本能が発揮されたか。
『もうひと仕事』は彼の治療ではないらしい。気を取り直した十路は、まだ顔色が戻っていないマイリーを首の動きで示す。
「後始末は俺とナージャで片付けるから、木次は緊急飛行でマイリーを京セラドームに送ってってくれ」
「や? 一般の方はものすごく怖いと思いますけど……?」
「歌手が歌番組ハシゴするのにヘリ移動なんて当たり前だったんじゃないのか? あとライブパフォーマンスで、ワイヤーアクションとか空中ゴンドラも当たり前だろ?」
「や~……マイリーさんにその経験があるのか知らないですけど、間違いなく重力制御で飛ぶのとは違うかと」
イメージトレーニングで映画やアニメを見ると、樹里は思う。
箒や絨毯やマントや頭につけたプロペラで飛ぶ人たちは、支えも安全装置もないのによく平気で飛べると。
ワイヤー宙吊りは当然、滑空するだけのハンググライダーやウィングスーツ、手足に小型ジェットエンジンをつけて飛ぶジェットスーツは、なにがしかの力で体が支えられていると感じられる。それでも慣れないと怖いだろうに、反力なしだとメチャクチャ怖い気するのだが。特に頭を引っ張られて飛ぶはずなのにそうじゃないっぽい某青ネコロボットの世界に生きる人々。
「She sends you. Hurry back to get ready for the live.(この娘がアンタを送る。急いでライブの準備に戻ってくれ)」
それはさておき。樹里の心配は余所に、十路はさっさと話を進めてしまう。
イヌとしてこの現場まで来たのに、いなくなっても問題ないのかとも思うが、彼が指示する以上は『まぁいいか』と流す。
「I don't think I can sing because of that...!(あんなことあって、歌えるわけないでしょうが……!)」
「OK, forget it.(あっそ)」
マイリーは悪い顔色のまま毒づかれると、十路は一八〇度向きを変える。
「木次。もうひと働きはやっぱいいみたいだ。オッサン。マイリーのサポートチームは解散になりそうだが、生活大丈夫なのか?」
「ふぇ?」
「は?」
なんかアッサリ言い出したので、樹里と警備責任者だけではない。日本語だから理解できていないだろうが、マイリーも雰囲気で察して眉を寄せた。
「Are you planning to quit "Diva of the World"?(『世界の歌姫』辞めるつもりなんだろ?)」」
(うっわー……この人、また余計な喧嘩を……)
マイリーの顔が怒りに染まるが、十路は気にも留めない。樹里は呆れつつも見守るしかない。
「We've done our part, somewhat .(一応、護衛の仕事は果たしたぞ)」
「Not at all!? I was brought to a place like this! (どこが!? こんな場所に連れて来られてるのに!)」
「We protected you. Cut of yours anxiety of the future. No need to give throwing good money after bad. It has nothing to be desired.(身を守っただけでなく、後顧の憂いも断った。しかも迷惑かけられた相手には契約金払う必要もなくなった。なんてサービス満載だ俺)」
十路はこういう人間だ。付き合いがある樹里から見れば、親切というか面倒見がいいのだが、決して甘くはないし冷淡に見える。
これまでどおりチヤホヤしてくれる。
悪感情をぶつけても受け止めてくれる。
それが根拠もなく未来永劫続くと考えている。
そんな甘えにどっぷり浸かった者など、容赦なく切り捨てる。
「If you do it yourself, don't involve others.(勝手やりたきゃ、他人を巻き込まずにやれ)」
当人は『俺が言いたいから言った』とでも理由づけるだろうが、忠告するのはまだマシな部類だ。
ほぼ間違いなく言われた側は忠告と受け取らないが、自業自得とも思うから、樹里も呆れつつも口を挟まない。
変わらない人間は、それまでだと彼女も思うから。
納得してるとは到底思えないがマイリーが口をつぐんだため、警備責任者が話しかけてくる。
「最初からこのつもりだったから、オレ以外のチームメンバーは置いてきたのか……」
「そーゆーことだ」
拉致されたマイリーの奪還と犯行グループ逮捕は、支援部員だけで十分できた。
ただ今回の部活は大阪で、移動手段が限られているので、現場まで車を動かす大人が必要だっただけ。
「ナージャは記憶をちゃんとした資料にしてくれ。俺たちの勝手がわかってる兵庫県警相手じゃないから、ちょっと面倒なことになるぞ」
「もうやってますよー」
《魔法使いの杖》をポチポチしながらナージャが返す。スマートフォンではなく割とゴツめの携帯通信機器だが、態度そのものはそこらの女子高生と変わらない。
十路も携帯電話を出して警察に連絡する。警備責任者もスタッフへ連絡し、英語で状況確認と指示を出し始めた。
意図か不図か誰もマイリーを放置し、それぞれの役割をこなし始める。
「Do you wanna do it or what?(どうするんですか?)」
樹里も役目を果たすべく、空間制御コンテナから長杖を出し、《魔法回路》で空中に浮かべる。
マイリーは苦々しく、心底仕方なそうに、近寄ってきた。
「...I'll just do it, Are you satisfied?(……行けばいいんでしょ、行けば)」
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「That idiot! (なんなの、あの男……!)」
同乗者様は飛行中も怒り心頭だった。罵詈雑言を並べても収まらないのか、多少変化がありつつもリピートしている。現在三週目。
恐怖でパニックになられるよりはマシだが、樹里には気が散る迷惑事に変わりない。これまでイヌとして直接関わる必要なかったので、苛立ちも一入だ。
十路のケンカ押し売りバッサリ対応が一番な気もしてきた。
「Why did you think that you wanted to become a singer?(あなたは何のために歌い始めたんですか?)」
なので肩に手を置いて背後に座るマイリーに問う。
「I've always liked singing...(昔から歌うことが好きだったからだけど……)」
「I'm so jealous. You can decide your own way of life.(羨ましいです。生き方を自分で決められて)」
樹里には珍しい、皮肉めいた言い方になってしまう。
苛立ちが、普段見せない牙を剥き出しにする。
「《Sorcerer》 don't have freedom. There is no choice but to live as a human weapon. So, for those who don't live the way they choose, there are a lot of things to think about.(《魔法使い》にそんな自由はありません。人間兵器として生きるしかありません。だから、自分で選んだ生き方を全うしない人には、色々と思うことがあります)」
誤解されやすい人物というか、十路自身が意図的に誤解させようとしてるとかしか思えないから、理解までは求めない。『感謝しろ』などと言うつもりはない。でも十路の働きを無駄にされるのは腹立たしい。
あと、なによりも、樹里自身も大変な苦労したのを無駄にされるのは我慢しがたい。素っ裸(イヌ毛皮あり)で奔走したというのに。
というか、ここで歌わなかったなら、なんのために日本に来たのだと思ってしまう。東京公演は取り止めているのだし。
女は共感の生き物とも称される。だからきっと樹里を『味方』だと思っていたのではなかろうか。
言葉でバッサリ振り払うと、マイリーは無言になった。




