085_0110【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅩⅡ~キャバリア~
●キャバリア(Cavalier)
正確にはキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル(Cavalier King Charles Spaniel)。
イギリス原産の小型犬種。
長らくイギリス王室ではスパニエル種の愛玩犬が飼われていたが、時代の変化と共に短吻種との交配が進み、キング・チャールス・スパニエルという犬種が流行する。
一九世紀、アメリカの富豪が、チャールズ二世の肖像画に共に描かれていたイヌの復活を望み、懸賞金をかける。そこでキング・チャールス・スパニエルから先祖返りで生まれる個体を固定化された種が、騎士の名を冠される。
名に恥じず飼い主に忠実で、身のこなしが優雅。
ただし先天的に心臓疾患になりやすい悲劇的な特徴を持つ。
元は豚舎か牛舎だったのだろうか。工場よりは倉庫が近い、柱がなく天井の高い大型プレハブの建物に、トヨタ・センチュリーが追いたてられた。
先導するワンボックスカーも中に入ったが、コンテナトラックは入り口に半分入った状態で停車されて退路を塞ぐ。
それぞれの車体から面体を隠し銃を持つ男たちが降りる。
「Get out.(出ろ)」
センチュリーを運転していたのは、やはり面体を隠した男だ。銃を向けて牽制していた男と共に、彼はマネージャー氏とマイリーに言い置いて、先に車外に出る。
気弱さを表に出してマネージャ氏は怯えながら、先に外へ出た。
しかし勝気なマイリーは従わない。
『You should get out. Otherwise you will be killed right now.(出たほうがいいです。でないとすぐに殺されます)』
「?」
どこからか、くぐもった女の声があった。
マイリーがその正体を探ろうとするよりも早く、デザートイーグルを持つ手が再び催促する。
『空耳』の忠告どおりになる未来しか予想できないであろうから、彼女は悔しさで唇を噛みながらも従うより他ない。
「I don't care! (彼女だけは助けてくれ……!)」
マイリーが車外に出ると、マネージャ氏は銃を向ける者たちに、必死に懇願する。
犯行グループのひとりに、スマートフォンで撮影されているのを知ってか知らずしてか、彼はなにか訴えようとした。
だが怠惰な声が止めさせる。
「Is it all right if I speak?(そろそろいいか?)」
トラックが牽引するコンテナに昇る間、誰も気づいていなかったので、消火器を一本抱えて座る十路は、注目を集めるために声を上げる。
「Oliver Earls. The sucky play will be enough.(オリバー・アールズ。猿芝居は充分だろ?)」
否、誰も気づかなかったわけではない。犯人一味は、見張りや警戒をしていた。そこは元特殊作戦要員の面目躍如で、行動不能にさせて接近した。
護衛チームの責任者、ロビー・レイ・サイラスが一緒なのは、果たしてどうなると多少危惧したが、元軍人という経歴はプラスに働いた。
だが今の彼は、戸惑って行動を放棄している。十路の目的が皆目見当つかないからに違いあるまい。
「Do you want to direct a tragic singer? Is it a problem for the stock price of a music company to rise after a new song is announced? or Do you want to crush the talent agency you belong to?(悲劇の歌手を演出したいのか? 新曲を発表されて音楽会社の株価が上がるのが困るのか? それともアンタが所属してるタレント・エージェンジーを潰したいのか?)」
まぁ、そうだろう。護衛対象を助けもせず、余裕の態度で注目を集めれば、なにがしたいのかと思われても仕方ない。
「Whatever the reason, your attempt is a failure.(ま、理由はどうであれ、アンタの企みは失敗だ)」
だがちゃんと理由あってのことだ。
「How did you get here...? (なぜここに……)」
「説明してもいいけど、長くなるから日本語に切り替えるぞ。他の連中とも情報共有したいなら、アンタが訳せ」
面体を隠した男のひとりが疑問を発したが、十路は無視してマネージャー氏にだけ語りかける。
なにせ十路の英語は地道に勉強したものではなく、訓練や戦場で培われたもので、下品な言葉やスラングが並ぶ。長時間の説明には耐えられない。
「安心しろ。警察はまだここに辿り着いちゃいない。答え合わせする時間はある」
それをどう受け取ったのか。マネージャー氏は被害者の仮面を脱ぎ捨て、翻訳を始めながら十路の説明に耳を傾けた。
「だからといって俺たち殺せば逃げられるなんて、虫のいいこと考えるなよ。こんな裏仕事にデザートイーグル選ぶような素人、すぐ終わるぞ」
拳銃としては最高クラスの破壊力を持つ大成功の『商品』だが、デカい・高い・重い・威力強すぎ・弾少ない・メンテ面倒と『武器』としては失敗作。個人の私物として所持するのはともかく、警察機構や軍隊はどこも制式採用していない事実を見れば、実用性の怪しさは証明されている。
マネージャー氏の翻訳に、その銃を持つ者が気色ばんだようだが、面体を隠しているのでわからない。十路も気にせず続ける。
「まず、アンタらの企みはずーっと前から察知されてた」
つばめがどうやって察知したかはわからない。まぁ色々と伝手がある人物の上、今更の話だからツッコまない。
あと実行犯をぶちのめして、支援部関係者が事件を代行してたと明かすと面倒になるので、そこらはぼかす。
「俺たちはマイリー・シチュワートに近い人物に、犯人グループの一味がいると推測した。だけど誰を怪しめばいいか、対象が多くてわからなかったから、絞って仕掛けをした」
マネージャーのオリバー・アールズ。
警備責任者のロビー・レイ・サイラス。
世界の歌姫マイリー・シチュワートを支えるチーム内で影響力が強く、立場上近しいであろう人物たち。
「マイリーの動きを、いざって時に強制的に動かせる立場の人間が引っかかれば、そいつが主犯格。一連事件の筋書きを書いたヤツだ」
個人的な怨恨が犯行動機とは考えにくい。迂遠過ぎる。
ならば別の『旨味』があって、犯行を企てたと考えるしかない。
そして主犯格でなければ、事を起こす旨味が薄い。
その旨味を味わえる立場と疑われた警備責任者が振り向かぬ十路の背中にため息を吐く。
「だからオレのスマートフォンに、変なアプリ仕込みやがったのか」
「位置情報発信アプリを入れても、なかなか気づかない人間多いんだがな」
「その気がなくても利用されるかもしれないし、ママに心配されるガキじゃないんでな。チェックしてるぜ」
「つまり恋人か奥さんに浮気対策で仕込まれた経験があると」
「…………」
図星らしい。
もっとも警備責任者はすぐ気を取り直したが。元軍人ならばやはりメンタルも鍛えられているからか。
「でも、他にもスタッフはいるだろう?」
「あぁ。小金で裏切る協力者ポジションも考えられた。だから仕掛けをする時点じゃ、少ないリソースを賭けで振り分けた。でもその可能性は、高速道路で車ごと拉致された時点でなくなった」
「どうして?」
「道中の安全を考えて、急遽行程を変えたけど襲撃された。これだけなら協力者からの情報で犯行グループが対応したって考えられる。だけどなんで手口まで変えて拉致に? 都合三回、銃で直接殺そうとしてたのに」
「それは……」
高速道路で護衛車の排除に成功しているのだから、殺害は容易だったはず。
車が防弾仕様でも追い抜きざま、至近距離から大口径高速ライフル弾の連射を浴びせれば、きっと仕留められる。
極論じみているが、ロケットランチャーや自動車爆弾を突っ込ませることもできたはず。既にこの事件で何丁もの銃を押収しているのだから、重火器や爆発物も持ち込むこともできたと思える。
現場は高架上の道路、しかも川沿いだ。工夫が必要だが、道路から飛び出させることができれば、事故死に見せかけることも可能だったはず。
「ここまで大きな変更は、主犯でなければ判断下せないだろ」
なのに高速道路上での殺害は、意図的に避けられた。
「なら主犯の目的は、マイリー殺害じゃなくなった? 失敗続きで諦めたって言われたほうがまだ納得できる。でも車ごと拉致してるから、それも言えない」
日本国内で三度もナージャが阻止している。しかも二度目・三度目に至っては同日に。それだけ犯人には、マイリーの殺害に執着する理由がある。
なのに別目的の誘拐に切り変えたなど、考えにくい。
「だったら答えはひとつ。主犯がマイリーと一緒に車乗ってて、しかも直接手を下すのは不可能だったからだ」
殺害の動機が怨恨ならば、自滅覚悟もありえるが、違うならば共倒れなど選ぶはずない。
身内と呼べるスタッフ相手でも、護衛チームは身体検査をしていた。爆発物などが仕掛けられていないか、自動車もチェックする。なら武器を持ち込んで車内でマイリーを害するのは難しい。
潜り抜けて武器を持ち込み、犯行に及んだとしても、犯人はすぐ特定される。
だから護衛を振り切って連れ去り、衆目のつかない場所で殺害し、逃亡する予定に変えた。
オリバー・アールズが、マイリー・シチュワート殺害未遂事件の主犯であると断じられる。証明完了。
「で。俺たちがここにいる理由だけど……GPSを追いかけただけだ」
十路の説明に、マネージャ氏だけでなく、警備責任者も顔色を変えた。
「スマートフォンは捨てた……!」
「出発前にその手の電波もチェックしてるぞ?」
「あぁ。だから安心して、GPS発信器が車に仕掛けられてるなんて、考えもしなかっただろ? しかも生きた発信器が」
意味不明さに顔色を変える暇もなかった。途端、センチュリーのトランクが勢いよく開き、誰もが振り返る。
「もういいですよね……?」
少し間を置いて、紫の目が焦点合っていない、やつれて見える学生服のロシア人女性がのそりと身を起こす。
「狭いし暗いし……こんな手段、二度と御免です……」
「苦労は同情するが、文句は受け付けないからな。車のトランクに忍び込んだのは、ナージャの判断だろ」
他に方法を思いつかなかったのだろうが、暗所恐怖症の彼女には、さぞツラい時間だったろう。いつの間にかパニクった無線もなくなったので、心配していたところだった。
「というか、どうやってトランクに潜り込んだ? 護衛対象が乗る前にチェックするだろ?」
「チェックした直後に潜り込んだに決まってますよ……」
衝撃波を発することなく超音速機動が可能な彼女なら、護衛チームの誰かがトランクルームを確かめて、扉を閉める直前に脇から飛び込むことも不可能ではあるまい。
でも先に荷物が入っていたり、マイリーが乗る際にトランクに荷物を詰め込んでいたら、アウトだったのではなかろうか。幸いそうはならなかったみたいだが。
「絶賛不調中なので、お片づけはお任せします……」
荒事は手伝わずとも最低限これだけはやると、トランクからのっそり出てきたナージャは、《魔法使いの杖》を操作する。
その身が白に、そして黒く染まると、超速度でマイリーに接近して抱えあげ、上へ駆け上がる。《加速》《鎧》《階段》の三重使用で、マイリーを金属の梁まで引き上げた。
「よっこいせ……」
戸惑うマイリーに構わず、《魔法》を解除したナージャは鉄骨に腰かけ、高みの見物体勢になる。
安全圏まで退避したわけではない。物理的に手の届かない距離まで離れたが、柱を伝って降りない限り逃げ場はない。しかも犯行グループは銃を持っている。
後回しにしても問題ないと判断したか。《魔法使い》の出方を見守ることにしたのか。直接的な邪魔を排除するのが先と考えたか。犯行グループの者たちは、車上の十路たちに視線を向けた。
「坊主。オレたちふたりでコレ、どうするんだ?」
「ご心配なく。支援部の応援はひとりだけじゃない。だからオッサンは若いのに任せて高みの見物しててくれ」
怯みながらも身構える警備責任者とは対照的な態度で、十路はレバーを引いて結束バンドで固定し、消火器を投げ捨てた。
「こういう時、使い切りじゃないのは不便だな……加圧消火器が製造中止になったのが痛い」
十路がぼやく眼下で、みるみるうちに消火剤が広がる。犯人たちには煙幕となり、視界を白く濁らせる。
物陰から様子を窺っていた樹里は、その中に飛び込んだ。うろたえる犯行グループの者たちを、片っ端から《魔法》で強化した身体能力で叩きのめしていく。
「? なにやってる?」
十路も白煙の中に飛び込み、拳銃を明後日に向けて殴り飛ばす。
樹里は使用術式が電磁力学に傾向している『雷使い』だ。いつものならば電撃を使って無力化するところだから、戦い方に十路は不審を覚えたのだろう。
「や。ちょっと……《雷陣》とかだと都合悪そうなので」
「消火剤で粉塵爆発なんて起きるわけないだろ?」
「や。そうじゃなくて――」
樹里は大蛇と化した下半身で足元を薙ぎ払いながら、小声で叫ぶ。
「煙幕が不十分なんです……! 上のマイリーさんから見られちゃいます……!」
「やっぱ即席だと無理あるな……」
煙ではないのだから、消火剤の粉末はそう高くは上らない。
霞がかってはいるだろうが、相手に電流使うイヌが見られたら、誤魔化すのが難しい。
ならば人間の身で戦えばいいのだが、この場にイヌの姿で来たため整合性が合わなくなるのと、素っ裸で戦う勇気はさすがにない。
よって樹里は、その中間を採用した。低姿勢で移動しながら格闘戦を行える形態に変化している。
上半身人間、下半身ヘビの、いわゆるラミアーと同じ姿だ。
ちなみにイヌ用ハーネスがちょうどベストのような形で、重要部分は辛うじて隠している。
「煙幕薄くなってるな……」
両手足を鳥のものに、いわゆるハーピーのような形態へと変化する。十路の注意に従い、翼を打ちおろし、床に下りた消火剤を再び巻き上げる。
更にそのまま鳥の趾で男の首筋に爪を立て、増幅させた生体電流を直接流し込む。呼吸器系の機能を一瞬阻害し失神させる。
脳内センサーが左右同時に動きを感知。樹里の姿は見えていないだろうが、わざわざしっかり見せる必要もない。
両手を人間に、下半身を巨大な蜘蛛に。いわゆるアラクネに変身する。
足を広げた状態で姿勢を低くし、左右それぞれ一本、足を伸ばす。先端で触れ、またも電流を流して意識を刈り取る。
スキュラへと変貌する。元のギリシャ神話では下半身は魚で、腹部にイヌの頭部が六つ生えているとされる。昨今のサブカルチャーでは、なぜかタコの触手となる。
樹里の変身はどちらでもなく、六頭分のイヌの上半身が花弁のように集う形態だ。
(今回の部活、この人のせいってことだよね……)
大型犬に変身し恥ずかしい思いをしなければならなかった、とてつもない面倒ごとを作ってくれた張本人を前にし、温厚な樹里とて怒りが湧いた。
「Think about what you have done.(反省してください)」
ただでさえ哺乳類でありながら卵生で嘴を持ち、変わった生物として有名なカモノハシ。
特異性はそれだけではない。ほとんど存在しない毒持ちの哺乳類だ。それも小動物ならば短時間で死に至らしめるほど強力な。
下半身の前脚や牙にそれを再現させ、注射針の役割を果たす爪牙を足に突き立てる。すれば毒腺から体内に注入される。
抜くと同時に治療して傷を塞ぎ、消火剤の煙幕が晴れる前に、樹里は再度大型犬に変身しながら脱出した。




