085_0100【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅩⅠ~フィーディング~
●フィーディング(feeding)
給餌、エサやり。
翌朝の、まだ夜明けきらぬ時刻。
護衛チームの一部と共に、関係者のみ特別開場された京セラドームに、十路と大型犬は会場入りした。
「見回りはいいとして……問題は客が会場入りしてからだよな……」
観客だったら絶対に座れない、ステージの端に腰掛け、出発前にコンビニで購入した袋から、十路が紙おしぼりを出して渡してくれた。
『ですね……入場前に金属探知と持ち物チェックするとはいっても、私たちだけで全員はカバーできないですし』
大型犬は両前肢で挟んで受け取る。人間の手ほど器用に動かせないので、こすり合わせて肉球の汚れを落とす。
「どうしたもんか……」
十路はサンドイッチを一切れ咥えたまま、ホットドッグの袋を開けて差し出す。
『地道に片付けていくしかないんじゃないです?』
大型犬は手根間接で挟んで袋ごと受け取り、床に落とさないようハグハグする。
「……変わった食い方するイヌだな」
見ていた警備責任者氏が、近づいて呆れ顔でこぼす。
「というか坊主。イヌにパンなんて食わせるなよ」
普通の大型犬ならば、塩分は多少看過できるとしても、油脂で消化不良や下痢を起こす。なのでペットにパンを与えるとしても、せいぜい食パンの白い部分を少し食べさせる程度に留めるべし。惣菜パンなどもってのほか。
「他ならともかく、コイツなら問題ないんで」
(や……その通りですけどね? 内臓機能も味覚も人間ですし。だけど私、ぞんざいに扱われてる気がするのは、勘違いでしょうか?)
十路に無線を飛ばしてもよかったが、事実は事実だからと、恨み言は内心に留めておく。気を遣われた挙句にペットフードを与えられても、それはそれで困る。
「というかオッサン。責任者が先発隊に混じって、護衛対象から離れていいのかよ」
ハムサンドを飲み込み、新たにツナマヨサンドを口に入れながら十路が問うと、警備責任者は大仰な呆れをジェスチャーする。
「おいおい。一番気を付けなきゃいけないヤツは坊主だぜ」
「違いない」
そしてふたりとも破顔する。お互い喉笛に食らいつきそうな、随分と好戦的な笑い方だったが。
(や? どこが笑いどころ? なに? 軍人ジョーク的なもの?)
大型犬が呆れていると、満足したか警備責任者は去っていく。
途端、十路が小さく舌打ちした。
「ナージャに頼んだ小細工がバレてるな……」
『ふぇ?』
元々十路には、大事な説明でも省く悪癖がある。今回の部活ではそれがあまりにも突飛すぎて、大型犬にはついていけない。
それにナージャは、ベッドルームを使った形跡はあったので同じ部屋に泊まったはずだが、顔を合わせていない。別の寝室で、樹里が起きた時には既に姿を消していたから、十路が頼んだ件の首尾は知らない。
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まだ空が暗いドームの外に出て、外壁回りを歩きながら、大型犬は説明を求めた。とはいえ傍目には、長々と十路がひとりごとを呟く危なさを披露してるので、問いは厳選させざるをえない。
『事の真相がわかってるなら、つばめ先生と相談しないんですか?』
「できなくはないが……したくない」
十路がハンドシグナルで、後方注意を促す。
変身しているので別に振り向いても問題はないが、脳内センサーを集中させると、離れて男が追跡している。顔には覚えがある。護衛チームのひとりだ。
『どういう意味で警戒されてるんでしょう?』
「わからん。犯人サイドの指示なら、計画の邪魔をさせないよう警戒されてる。無関係だとすれば、好き勝手してる俺の動向把握だろう。俺が犯人一味と疑われてるわけだ」
『ここで先輩がつばめ先生に相談したら?』
「向こうはもちろん、その動きを見てる俺たちも混乱する。だから様子見するのが一番」
『そういえば、ナージャ先輩に頼んでた件、どうなったんですか?』
「最低限のことは成功したっぽい。メールが来てた。その後は知らんが」
要所要所で足を止め、匂いで探っているフリをしながら、そんな話をしていると、気になる無線電波を大型犬は感じた。
『先輩。ホテル側でなにかあったみたいです。護衛チーム内の無線がかなり混乱してます』
「俺の支給品には入っていないぞ?」
『チャンネル違いますから』
《魔法》の無線を使う《魔法使い》は、業務用の多人数同時通話型システムとは違う。端末であると同時に基地局や中継局でもあり、電波監視システムや通信傍受システムでもある。だから十路の胸ポケットに入っている無線機に入らない電波も拾える。
『坊主。移動中のマイリーが襲撃された』
他の護衛とはタイミングが違うのも当然、日本語で警備責任者から改めて無線が入った。
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「しびれ切らせて本気になったか」
詰め所に使っている部屋で、警備責任者が見せてくれるタブレットには、移動するマイリーの護衛をしてた者が、現状報告として送信された映像が映っている。
高架道路でトレーラーが横転している。護衛車も別のトレーラーと柵に挟まれて動けなくなっている。
しかしマネージャ氏の運転でマイリーが乗っていた車は、事故現場には存在していない。
護衛の一団は天神橋ジャンクション付近で分断され、マイリーが乗った車は、目的地とは真逆の守口方面へと誘導されたらしい。
「つか、わざわざ高速道路使ったんだな」
大阪中心部のホテルから京セラドーム大阪までは、ほぼ最短経路である中之島通とみなと通を使って、一五分ほどしかかからない。実際大型犬たちも今朝、その経路で移動した。
だから阪神高速線を使うのは、時間的には大差なくとも、かなり遠回りになる。
先発隊に必要ない情報と言われればそれまでだが、この計画を十路たちは聞いていない。そして警備責任者は悪びれもしていない。
「同じ経路なんて、そうそう使わない」
「そりゃそうだろうが、護衛的にはどうなんだ? 塞がれたら逃げ場がない高速道路を選ぶのは、リスキーだと思うが?」
「あぁ。かなり悩んだ。だからこそ、と考えて選んだ」
「裏をかいたつもりでも、犯行グループには完全にバレてた、と。それも行き先はわかりきってるのに、あえて道中を狙われた……」
主犯か協力犯かはわからずとも、内部の人間が関わっているのは確実なのだろう。野良犬のように首筋を撫でる十路の顔を見上げて、大型犬はそう判断した。
「止められた車に犯行グループのヤツが乗り込んで、マイリーとオリバーのスマフォも、道中で捨てられてた……どこに連れ去られたか調べるのに時間かかるぞ……」
「ふーん」
「クールだな……それが《魔法使い》って連中か?」
「いや。居場所わかってるし」
「ハ?」
「つーことでオッサン。ここは部下のスタッフに任せて、急いで車出してくれないか?」
他の護衛スタッフは慌てた様子であちこちと連絡取っているが、十路が平坦にそう返すのも当然。
『聞こえてますかぁぁぁぁっ!? どうすればいいですかぁぁぁぁっ!? 早くぅっ! 早く来てくださいぃぃぃぃっ!! 出るに出れないですぅぅぅぅっ!?』
『聞こえてますから! 堤先輩にも報せてますから! ちょっと待っててください!』
大型犬の脳には、なぜか切羽詰ってるナージャからの無線が届いていて、十路の無線機にも中継しているので、のん気にしていられる。




