085_0070【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅧ~トライアンギュラー・アイ~
●トライアンギュラー・アイ(Triangular eye)
柴犬など日本犬に多く見られる、瞼の外側が三角形に吊りあがって見える目の特徴。
「俺じゃなしに、そっちで問題起こしてどうするんだ……?」
『う゛……問題起こしたのは申し訳ないと思いますが……でも、言い分あります』
「なにが?」
『挨拶代わりにお尻の匂い嗅がれる気持ちがわかるんですか!?』
「全然わからんが……俺が悪かった」
車列の一台、護衛チームが乗り込むワンボックスカー内で、支援部関係者に事態説明している体で、十路は携帯電話に耳をつけながら大型犬の無線に答える。
『納得していただけたところで話を変えますけど。狙撃されるってわかってたんですか?』
「まさか。狙撃の想定は基本だし、そうでなくても姿を曝して位置情報をバラまくなんて、護衛からすればデメリットしかない。対象がその辺り理解せずカーテン開けたから、反射的に怒鳴ったけど……」
危機感から動こうとしただけで、さすがに彼もタイミングよく狙撃されるのは想定外だったらしい。
『狙撃って、どれくらい弾が落ちるものです?』
「状況による、としか言えないが……不審なことでもあるのか?」
『や~……さっきの狙撃、床に着弾したじゃないですか?』
当然だが、発射された弾丸は、重力に従って落下する。狙撃はそれを加味して発射前に修正する。
だがそれが不自然に思える。
『ネットの地図で確認すると、ホテルから向かいのビルまで、直線距離で四〇〇メートルくらいです。で、向かいのビル高さは一七三メートル、私たちがいたホテルの客室はそれより三〇メートルくらい下ですか? 撃ち下ろされるから床に着弾するのは当然ですけど、結構窓に近い位置でしたよね? 弾道計算したら、あのビルから撃たれたにしては、ちょっと急角度な気がするんです』
生体コンピュータで記憶を再生し、ガラスが破砕される瞬間を脳裏に浮かべながら答えると、十路も現場状況を思い出してるのだろう。窓から見える景色へ腕を突き出し指を立てる。
「ミナトという子、一発ヤラせろ……距離四〇〇からの7.62x51mm弾なら、落ちすぎってのもわからなくないな」
『いやその不穏な独り言でどうしてそんな結論に!?』
「ただの語呂合わせ」
遠くにある目標物の大きさ、あるいは距離を、道具を使わず指でミル測定する際の暗記法だ。
「でもなぁ? 仮に狙撃場所が違うとしたら、もっとおかしなことになるぞ?」
『ですよね……』
もっと遠い場所から発砲された銃弾が、梅田スカイビルをすり抜けて届いたか。否。仮に可能だったとしても、ガラス窓に残る弾痕の高さが合わない。
ならば、もっと近い場所の空から撃たれた、ということになってしまう。
「なによりスカイビルの屋上で、証拠品と一緒に容疑者が確保されてる」
『でも、東京の事件と同じく、またコケて気絶してたところを逮捕って……最初はマヌケな三面記事事件だと思いましたけど、『また』は不自然じゃないです? しかも容疑否定、銃不法所持の現行犯逮捕、手から硝煙反応なし、銃からはその人の指紋ベッタリってところまで同じ』
「怪しさ爆発なのは確かなんだが……《魔法》感じたか?」
『や? 《魔法使い》が絡んでる可能性あります?』
「一応聞いてみただけ。そう考えても変だ。マイリー・シチュワートはふたつの勢力から狙われて、敵勢力同士が潰し合って、しかも暗殺ミスってることになる」
『なにより《魔法》の発生を感知してないです』
「なら、こんなムチャな条件クリアできるヤツいな――あ。ひとりいなくもないか? まぁ、ありえないよな」
そんなことを話していたら、ライブ会場である京セラドーム大阪に到着した。オリックス・バッファローズのホームグラウンドにして、大阪最大のイベント会場に。
マイリー・シチュワートの大阪ライブ公演は明日だが、設備の設営は当然行われていて、確認のリハーサルも行う。
護衛チームも当然同行するし、ライブ時の護衛計画確認のため、下見をしなければならない。
よって狙撃事件に関しては警察に全て任せて、一行はここに来ている。後で大阪府警から証言取りがされるかもしないが、容疑者は既に捕まっている。大阪府警警衛警護課の警察官と捜査状況が共有できてる時点で、ひとまずこの件は解決に向けて収束していると見ていい。
ならば次の事件を警戒する。
イベント前日でもセキュリティは既に働いている。関係者出入り口から入場する前に、事前に渡されたスタッフ証を警備員に見せる必要がある。
首から提げたカードを見せて通る他のメンバーと違い、イヌ連れの十路は結局立ち止まって説明する破目になったが。テンプラくん連れのマイリーは完全ノーチェックだったのに。
ともあれ、普通ならば野球のグラウンドであるアリーナに、ステージと客席が設営された光景を見渡すことになった。
「直接の護衛はオッサンたちに任せて、俺たちは遊軍で動く。新参者が入ってチームワーク乱すより、そのほうがいいだろ」
大型犬と会話する無線機も着けているのに、逆の耳に護衛チームの無線機のイヤホンを突っ込みながら、十路は警備責任者に声をかけて離れようとする。元軍関係者同士だからか、すっかり遠慮はなくなっている。
「坊主なら上手く合わせられるだろ」
「やめといたほうが無難。どっちかっつーと壊す専門なんで。守るとすりゃ、集団および先制的自衛権の行使ってヤツ」
「自衛隊のお得意じゃねーか」
「違う」
護衛責任者から十路の出自をカマかけられていないだろうか。傍で聞いてて大型犬は思ったが、当人が気にしていないようなので、なにも言わないことにした。
(先輩って元特殊工作員の割に、結構いい加減なところあるよね……)
替わりに呆れる。
支援部そのものの情報管理はかなり徹底しているが、彼個人の情報だと投げ遣りなくらい杜撰だ。自ら暴露する真似はせずとも、追求されると否定もせず肯定もせず隠しもしないのが、傍で見ていてハラハラしてしまう。
(や。嘘ついてボロが出たら余計面倒になるから、こういう場合どうとでも取れるように答えるのはわかるけど……でも多分、単純に面倒くさいんだろうなぁ)
曖昧な答えなど許さない告白を投げかけている樹里としては、別の意味でも不安になる。
「まぁ、お姫様の機嫌損ねたんで、ちゃんと仕事するためにも、ちょっと距離開けたいってのもある」
「イヌ連れてるなら、怪しいものがないか、ちゃんと確認してくれ」
「明日の直前にやるつもりだ」
「危険物なんて、いつ持ち込まれるかわかったもんじゃない。一般客よりも当然だが、スタッフだけが怪しまれず動ける今は、注意するべきだ」
「ごもっとも」
警備責任者に対して軽く肩をすくめると、十路はリードを軽く引いて歩き出したので、大型犬も並んで歩く。
当日とは比べ物にならないだろうが、今日いるイベント関連会社のスタッフだけでも、かなりの人数が動いている。資材や機材を運ぶ人々とすれ違う。
『先輩。どこへ?』
「やっぱ上を見ておきたい」




