085_0050【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅥ~アフガン・ハウンド~
●アフガン・ハウンド(Afghan Hound)
アフガニスタン原産の大型犬種。狩猟犬、番犬として用いられる。
山岳地帯の寒冷気候に適応し、引きずるほど長い毛が特徴的。
「So...I want to talk about work――(それで、仕事の話をしたいんだが――)」
警備責任者がビジネスを切り出そうとした時、筋肉量からして護衛とは思えない、暑くもないのに額にハンカチを当てるビジネススーツの男がラウンジにやって来た。
護衛チームの一員ではないが、関係者ではあるらしい。ボディチェックが終わると、そのまま護衛のひとりと話し始めた。
「Who is he? (どなたですか?)」
「ah...Bullish Princess's timid servant?(強気なお姫様の気弱な従者、ってところか?」
十路へはアメリカンらしい皮肉的なオーバーアクションを返し、警備責任者は新たに入ってきた男へ近寄る。
「Hey. What kind of difficult task did you say? (今度はどんなムチャ言われたんだい?)」
話を聞いていると、どうやら無理のあるスケジューリングにどう対応するか、気弱そうな男は相談しに来たようだった。
(あー。従者ってそういうこと。あの人、マイリーさんのマネージャかなにか?)
芸能人の社会的構造は、日米でかなり違う。
日本ではアーティストはプロダクションに所属し、活動で発生するマネージメント・プロモーション・法務・財務などは、会社が取り仕切る場合が圧倒的だ。
しかしアメリカでは、アーティストが個人事業主となって弁護士・代理人・マネージャーを雇用し、自身のサポートチームを結成するのが一般的となる。
そもそもマネージャーと代理人の役割が違う。日本の芸能界だと兼ねているが、日々のスケジュール管理をするのがマネージャーで、依頼人に代わって仕事を取ってくるのがエージェントだ。日本人的認識で一緒にすると混乱する。
故に力関係が全く違う。様々なケースで異なるが、日本では会社の意向に沿いつつ二人三脚で動くマネージャーの力が大きいとされ、アメリカではアーティストがYesと言えばYes、Noと言えばNoに決まる。
(ってことは、マイリーさんって相当なんだろうなぁ……)
俳優業をしていた南十星が、以前そんな違いを話していたのを大型犬は思い出し、ケージの中で嘆息吐く。
お姫様に振り回されているのであろう従者は、ひと通りの話が終われば、憂鬱そうなため息を吐いて。
「Who is he? (彼は?)」
ようやく気づいたように、眼鏡越しの視線が十路へ向けられた。
ひと目で学生とわかる者がいれば不審に思うのも当然で、周知されてる警察・消防以外の協力ではままある。
なので十路は顔色ひとつ変えず、また身分証明書を見せて自己紹介する。
「I am To-ji Tsutsumi. Syu-kou-kan comprehensive school, Social influence of Sorcerer field demonstration Team member. Nice to meet you.(修交館学院総合生活支援部、堤十路です。よろしくお願いします)」
「あぁ、あなたが……」
「日本語?」
「改めて初めまして。オリバー・アールズといいます。母方の祖父が日本人なもので、多少ならば話せます」
見た目にアジア人要素は見受けられないマネージャー氏は、握手を交わすと一歩離れ、十路の全身に視線を往復させる。
「……しかしまさか、護衛として高校生が紹介されるとは、思ってもみませんでした」
十路もかなり体を鍛えているが、ボディビルダーのような隆々とした筋肉ではない上、着痩せするので見た目そうは見えない。加えて無気力オーラを放出している。《騎士》の肩書きを知らなければ、やる気なさげな高校生以上に見られない。
こうして不審がられるだけでなく、侮られるのはよくあることなので、彼は気にしない。
「ご心配なく。これでもプロ……とは言えませんが、それに近い裏の人間です」
支援部の活動はあくまで学校教育の一環で、世間では金銭が発生する専門技術を行使してもボランティア扱いとなる。だからプロとは呼べない。
実際のところ依頼者と学院との間に様々なやり取りがあり、部員たちには奨学金という名目で給料が支給されているが、建前上は。
今回の場合、依頼主は警察になると思っていたが、マネージャーたる彼が依頼主のような口ぶりだ。学生たちでは契約関係がどうなっているのか知らず、また知らずとも仕事はやる。
だが相手にしてみれば、言葉だけで納得するのは無理だろう。
ケージで完全には見えないが、誰かが十路の背後を取ろうとしているのはセンサー能力でわかる。マネージャーと警備責任者が気を惹いているところに、足元が絨毯とはいえ気取られぬよう、意図的な忍び足で。
そもそも警備責任者が目配せしたのを確かめている。
「わふ」『先輩。後ろを』
短く吼えるのと一緒に無線を飛ばすと、『わかってる』とでも言うようにケージの天井が指先でノックされた。
直後にふたりの人間が動き、素早くなにかが連続して衝突する。大型犬の脳裏には、十路ともうひとりがアクション映画さながらの攻防を繰り広げる様が描かれる。
「Are you satisfied now? Mr.MCMAP. (気は済んだか? 海兵隊上がりさんよ)」
互いに痛撃を与えないまま十路から距離を開くと、皮肉げにテスト終了を提案した。相手も手を広げ肩をすくめて賛同し、口笛で十路の戦闘能力と洞察力を賞賛する。
「Dog teach you? (イヌが教えてくれたのか?)」
「That's about it.(そんなところ)」
無線だけでなく吼えたのがよかったらしい。大型犬も護衛としての性能を評価された。
マネージャー氏も輸送用ケージに目を留め、しゃがんで大型犬を覗き込む。
「聞いてはいましたが、本当にイヌも連れて来たんですね」
「彼女は賢いですよ。数学もできます」
「それはもういいから」
十路がウケないジョークを天丼しようとするのは、意外な言葉で警備責任者が止めた。
「こっちも日本語?」
「嘉手納に一〇年いた。ジャパニーズ相手のビジネスにゃ、英語のほうが便利なんでな」
「こっちは空軍上がりかよ」
「坊主こそ何モンだ? 生まれはアフガンかよ?」
「そこは触れないのが吉」
「おぉ怖い怖い。まぁ、深入りするモンじゃねぇな」
試されたからか、軍経験者同士ならば気遣い無用なのか。十路の言葉から丁寧さが消えたが、おどけた警備責任者は気にせず手を差し出す。
「自己紹介まだだったな。ロビー・レイ・サイラスだ。一緒に仕事できて光栄だぜ、《魔法使い》」
「こちらもできる限りの協力を約束する」
《魔法使い》に対する偏見も、過度な畏怖もなさそうな態度だった。護衛対象が難敵と予想されるところに、こういった人物と一緒なのは、支援部サイドにとってもありがたい。
「そういや、イヌの名前は?」
警備責任者氏にはるか頭上から指を指されたので、先じて無線を飛ばしておく。
『キングジョージ五世はやめてくださいね』
以前つばめによって名づけられそうになった偽名を禁止したが、ある意味それがよくなかった。
「ジュリ」
「!?」
素っ気ない十路の紹介に、思わず全身でビクッと震えてしまう。
(ビックリしたぁ……!)
いつも名字呼び捨てなので、名前呼びに心臓が跳ね上がってしまった。
「ジュリ……? 確か、あなた方のチームに、そういう名前の少女がいませんでしたか?」
「単なる偶然です。そもそも我々が飼っている警備犬ではありません。飼い主と交流があり、訓練して今回借り受けることになりました」
多少なりとも支援部を調べれば、それくらいは知れる。マネージャー氏に問われたが、十路が素っ気なく嘘八百を並べ立てると、それ以上の追求はなかった。
そのメンバーがイヌに変身してるなど、常人はもとより《魔法使い》でも普通は想定しない……というか、できない。




