085_0020【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅢ~コンパニオン・アニマル~
●コンパニオン・アニマル(companion animal)
直訳すると伴侶動物。
従来の『ペット』であるが、人間と動物の距離感が近い、家族と見なすような場合、こう呼ばれることがある。
『魔法使いサリー』作曲、小林亜星さんのご冥福をお祈りします。
そんなことがあったからといって、不貞腐れるのにイヌに変身する理由はないはずだが、十路からなにもツッコまれなかった。
『う゛~……私もなっちゃんが苦手になってきました……』
「まぁ、なとせは容赦ないからなぁ……」
複雑な事情を持つ家族関係で、主にアホの子言動で頭痛を抱える十路とは違うと思うが、それでも同類扱いしたくなる。
「しかもアイツ、重い……」
ため息混じりの呟きに、樹里は不安になる。
南十星の愛情が重いというなら、樹里も相当重いに違いない。
なにせ《ヘミテオス》という平行世界から来た、半不死の超人類。この世界に生まれ育った普通の人間にとっては、超弩級の機密であるに違いない。
しかも『管理者No.003』は、精神転送に失敗した不完全な存在。そして樹里も、十路がかつて慕っていた死んだ上官も、同じ『管理者No.003』だ。
この時点でメガトン級というのに、更に十路に心臓移植して《ヘミテオス》にしてしまったオマケつき。
――こんな女を側に置きたいと思うだろうか?
考えが暗い方向に向かって沈んでいこうとした時、自分の首筋を撫でていた十路が口を開く。
「……なら木次。ヤるか? ナニを」
『先輩のそーゆーデリカシーないところ嫌いです』
「さすがに俺も獣姦は未知の領域なんだが……」
『だからヤらないですよ!?』
なぜ『なら』でそうなるのか、わざとか素でボケているのか知らないが、とにかく牙を剥き出して大型犬は完全拒否する。百歩譲ってヤるとしても、イヌに変身したままなわけがない。
ボケに毒気を抜かれたわけではないが、暗い考えはひとまずいいかと置く。
十路が受け入れてくれているかはわからないが、こうして膝に乗せて触れてくれる程度には、嫌われてはいないと信じることができる。
あとヤる・ヤらないは本気ではないのはわかっている。そういう意味では彼の誠実さに信を置いている。ほとんど事故でパンツも全裸も複数回見られているし、セクハラ発言も割とする男だが、一線越えることはなぜか信用できる。
『あー……先輩のご飯、温め直しますね』
「イヌに飯の用意されんの、シュールすぎるんだが……」
『や。さすがに戻りますけど』
いつまでもこうしていては駄目だと、十路の足から降りる。
そして四足歩行で十路宅のシステムバスに入ってから、肉体を人間に戻す。不要な細胞が塵と化すので、食べ物に入る場から移動しないとならない。
(…………虚しい)
遠慮なくミニスカートをバサバサして、服の中から塵を落としてから、樹里は全身で肩を落としてため息を吐く。
一体なにをやっているのか。こんな面倒なことになるのだから、最初からイヌに変身するなと彼女自身思ってしまう。
(でも……先輩が触ってくれるなら、悪くないかも)
ともあれエプロンをつけてキッチンで夕食を用意していると、着信音が鳴った。樹里が設定しているマハリクハマリタな魔女っ娘ソングではなく、ロレンス元中佐に向けたメリークリスマス――つまり十路の携帯電話への着信だ。
「はい――」
樹里の鋭敏聴覚ならば会話内容を聞くこともできるが、特に気にせず聞き流す。カレーとサラダだけでは若い男の胃袋では物足りなかろうと、あと十路はカレーを『飲む』のでその防止に、揚げ物の用意もすれば油の爆ぜる音でかき消える。
用意できて運ぶ段になっても、十路の電話はまだ終わってなかった。
「いや、それ、無理ありません? あぁ、丁度手が空いたみたいなんで、代わります」
目が合うと、なぜか十路は携帯電話を差し出した。
「私に?」
「理事長から部活の相談だ」
納得半分不得要領半分で受け取り、樹里は耳につける。
「はい。どうしました?」
『ちょーっとジュリちゃんに裸で徘徊してもらおうかって相談してたんだけど、どう思う?』
「ちょーっとつばめ先生に一億ボルト食らわせようかなって考えてるんですけど、どう思います?」
いきなりなにを言い出すのか、このダメな大人は。
樹里は無意識に瞳を琥珀色に変えながら、いますぐ五階に戻って、物理的に雷を落とすべきか本気で考えた。




