表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の新たな日常
553/640

085_0000【短編】 イヌのきもち おとめのきもちⅠ~カーミング・シグナル~

●カーミング・シグナル (calming signal)


 あくび、よそ見、尻尾を振る、体を振る、立ち止まるなど、イヌの仕草の総称。

 特に自身のストレス軽減のための仕草、相手に敵意がないことを示すボディーランゲージをこう呼ぶ。動物行動学的には、非音声だが言語として取り扱う。


 ロックが解除される音に続き、扉が開く音がした。

 靴を脱いでいるであろうゴソゴソした音と、フローリングを踏む足音に、明かりが洩れていることへの不審は感じられない。


 そうして自室に入ってきた(つつみ)十路(とおじ)は。


「…………木次(きすき)。なにやってる?」


 動きを止め、ちょっと(ひる)んだ声をかけてきた。


 当然の反応だろう。部屋の真ん中で学生服を着たドデカいイヌが、グデ~っと伸びて転がっていれば。

 たとえ彼が、木次(きすき)樹里(じゅり)が普通の女子高生ではなく、肉体で既存どころか絶滅種の生物を再現できると知っていても、いきなりこんな姿を見せられたら引くに違いない。


『なんでもないですぅ……ちょっとだけそっとしておいてください……』


 イヌの声帯ではしゃべれないので、《魔法》で音声データを作って出力したが、自然と涙声になってしまった。


 大型犬(じゅり)が首の角度を変えてチラリと見上げると、言葉どおりにすることにしたのか、十路は学生鞄を放って着替え始めた。


 なので『放置するな~。構え~』と長い尻尾で床をペシペシ叩く。男性を困らせ嫌われる、裏腹な女心だとわかっていても。


「で? どうした?」


 本心が伝わったのか、元々そのつもりだったのか。ジャケットとネクタイだけクローゼットにかけた十路は、襟首を掴んで伸びる大型犬(じゅり)をズリズリ引き寄せる。

 ベッドにもたれかかって座り込み、大型犬(じゅり)を抱え上げて足に乗せた。


 完全にイヌ扱いだが、物理的には当然のこと。十路の膝((もも)ではなく)を枕に、遠慮なく胡坐(あぐら)の上でグデ~ンと伸びる。

 人間の時にはせいぜい頭を軽く撫でられた程度だが、イヌの今だと十路は結構遠慮なく触れてくる。服と毛皮の上からとはいえ、体を撫でられる感触は存外に悪くなく、このまま彼の手に身を(ゆだ)ねようかとも思った。


 でも気になる。


『先輩……さっきから胸ガッツリ触ってるんですけど』

「……俺が触ってるのは腹なんだが」

『私の認識でもお腹ですけど……でも、胸です』


 イヌの乳腺(ちくび)は腹部にある。個体差があるので多少上下するが、基本五対一〇個も装備。

 動物が腹を見せるのは友好や信頼の証だが、イヌが腹を撫でられて喜ぶとは限らない。飼い主が喜ぶから甘んじて受け入れているという説が有力だ。

 しかも人間の感覚だと、胸から下腹部にかけて撫でられる、男女関係でなければ訴えられる立派なセクハラ行為だ。


『イヌが触られて喜ぶツボは、大体首周りです』

「今の姿でレクチャーされると、すごく複雑なんだが……」


 置き所に迷った風の十路の手が、大型犬(じゅり)の首の後ろに移動し、耳の付け根から首をくすぐられる。


『やっぱりダメです! ゾワゾワします!』

「どっちだよ」


 (うなじ)は他人に触られることがなく、神経が近くを走っていて敏感なため、女性が男性に触られたくない場所ランキング胸・尻に続く第三位。男性が背後から女性を抱きしめ(うなじ)に唇を這わせたり耳の後ろにキスする、ティーンズラブ作品の表紙に多いっぽい気がするこの構図、現実にやったら肘を叩き込まれるかもしれない。


「んじゃあ、こっちなら?」

『あ゛ー!? そこ絶対ダメです!』


 ミニスカートからはみ出る尻尾に触れられたので振り払う。毛並みに逆らう力が働いたので、それだけで肌がゾワつく。

 本物のイヌでも厳禁だ。下手したら噛まれる。

 常人に置き換えたら、どんな感覚なのかは説明できない。人間には存在しない器官なので。とにかく不快と想像して頂きたい。


「で? どうした?」


 下手な場所に触れるのは止め、迷った末に十路は手を自分の首筋に置いて、そもそもの疑問に戻ってきた。

 胡坐(あぐら)の中に収まってるからいいかと、樹里も説明する。


『さっき、なっちゃんとここでご飯食べてたんですけど――』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ