080_1840 神々の詩Ⅴ ~騎士槍~
回避機動を取った戦闘機と魔人は、攻撃から身を守るために《塔》の反対側に回って離れた。遮蔽物として利用しながらも、激突しないがため。
やはり戦闘機らしいというか女性らしいというか。夫みたいなノーガード戦法など妻は選択せず、回避を選んだ。
思惑どおりの距離感が作れた。
ならば今度は、引き離す。
「落下! 最初の、合流した地点に!」
『はい!』
雷獣が《塔》の壁面を蹴り、宙に身を躍らせる。強烈な加速度がなくなり、自由落下でふわりと浮く。
だが下方への電磁加速で、すぐさま強烈なGがかかる。
「拡張装備! ブレード!」
『はい!』
十路はそれに耐えながらも、空間制御コンテナから出てきた巨大な刃を左腕に接続する。《魔法》の光を帯びた刃を小さく分割させながら、チェーンソーのような長円の《魔法回路》を展開する。
そろそろ回避ばかりではないだろう。
だから十路は、左腕を振るう。
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『ヤっバ』
戦闘機たちの前方には《塔》。空中には張り巡らされた仮想の電線。
そんな障害物が張り巡らされている空域で、振るわれた不定形電磁流体カッターが、《塔》を回りこんできた。
それどころか分裂した。樹里の《雷獣烈爪》中に、十路の《鹿撃弾》を重ねがけした。《魔法》をキャンセルしたのとは違い、仮想の刃が爆発したかのように、極超音速で灼熱する破片が飛び散った。
そんな経緯はわからずとも、人間には不可能な知覚速度と思考速度で現象を把握した戦闘機は、急降下する。
『ユーア! 地面ギリギリで陰から出ろ!』
その背で魔人は《魔法回路》を形成する。
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『キツいキツいキツいキツいです!!』
「安心しろ! 俺も滅茶苦茶キツい!」
《雷獣天崩》を維持したまま、術式を実行しているのだ。《ヘミテオス》の能力で拡張された上、リンクによって演算の負担を分散させていても、圧迫する。
「だけどもういい!」
『はい!』
そろそろ痺れを切らせて、力技で突破してくるはず。
樹里に指示せずとも、空間制御コンテナから無反動砲が出現したので、十路は刃の根元を捨てて左腕を叩き込む。
十路は左腕に装着した無反動砲を展開させ、プラズマ球を複数作成。花のように展開していたが元の形状に戻る。
雷獣は落下しながら身をよじり、頭部周辺にプラズマ球を複数作成。大きくのけぞってプラズマ球を吸い込む。
「叩き落とせぇぇぇェッッ!!」
維持していた《魔法》を解除すると同時に、共に《雷獣咆轟》を発射する。
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『読まれた……!?』
これだけ強電磁波が乱れる戦場では、直接視認する以外、戦況を正確に予測する術はないはず。
だが戦闘機が《塔》の陰に入ったまま急降下し、それが建つ先山に墜落する直前に機首を引き上げ、《塔》に掠めるように光学視界に入れる直前、十路たちから砲撃が放たれた。
十路が放った強結合プラズマ砲は完全に外れるが、樹里が吐き出した弾道上に、戦闘機たちは登場してしまった。
確かにこれまで彼らの攻撃によって、悠亜たちは行動を誘導されていたが、ここまでドンピシャなのは予想外だった。《塔》の至近距離左右どちらから登場するか、二択まで絞り込んで、双方を潰す同時攻撃をしてきた。
プラズマ砲は、亜光速の攻撃方法に比べたら段違いの遅さだが、タイミングまで完璧だった。
《ヘミテオス》の肉体も物質である以上、超高温の強結合プラズマが直撃すれば、消滅させられる。
普通の人間ならば、後悔も遺言の余裕なく、そうなる。
『リヒトくん!』
『おゥッ!』
だが《ヘミテオス》たちは違うと、戦闘機は爆弾庫を開く。その背で魔人が腕と《魔法回路》を突き出す。
直後、小型の核兵器でも使われたかのような爆発と閃光が生まれた。
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バッテリーが空になった無反動砲を投棄しながら、十路は舌を打つ。
(散らされた……!)
プラズマ砲弾に荷電粒子をぶつけ崩された上、反衝撃波システムでも使われたか。
さすがに無傷とは思えないが、継戦能力を奪うまでは至っていないと判断した。
だが十路は構わない。正確にして必殺可能でも、決したなら儲けもの、牽制のつもりで放った攻撃なのだから。
「《バーゲスト》を!」
『はい!!』
雷獣は着地するなり尾の一本、目のない大蛇を礫の隙間に突っ込ませる。
「イクセス! 起きてるか!」
【私自身には問題ありません!】
機体に牙を立てられ、大型オートバイが引きずり出される。
フレームから変形し、走行は不可能だろうが、電子機器が生きているなら問題ない。
「堤十路の権限において許可する! 《使い魔》《バーゲスト》の機能制限を解除せよ!」
激戦で途切れた脳機能接続を、再び繋ぎ直す。
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『痛たたた……』
《塔》の麓に墜落した戦闘機が傷みに呻く。透明だった機体は焼け、煤け、人間に置き換えれば死亡相当の大火傷を負っていそうな有様だった。
悠亜たちがしくじったというより、樹里たちが一枚上手だった、という評するべきか。
決定的な隙が作られた以上、とどめとなる追撃があるのは間違いない。
悠亜が持つ権能――《使い魔》への制限解除で、それを感知した。
『《バーゲスト》と《騎士》くんが接続した……!』
『空間隔絶無差別跳躍か……!』
指定範囲の空間ごと目標を抉り取る、彼らが取れる中で最強の攻撃手段。
イクセスの権能、地球上に存在しない二一番目の《塔》から一時的にダウンロードされる術式――《光を避ける者は拒絶し星食す》。
『……違う!』
だが、あれは主ふたりで管制しないとならない。
なのに雷獣は《使い魔》と接続することなく、時間稼ぎと牽制のレーザー誘起プラズマチャネルを撃って来た。
『へ……!』
魔人が妻を庇うように前に出て、雷撃をその身で受けた。《塔》からの安全かつ確実な電力補給など『まどろこっしい』でも言わん態度で、その電力を受けて更なる進化を行う。
『来やがれ小僧ォッ!』
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「もういい! 手出しするな!」
『先輩……またですか?』
「単なるひとり善がりじゃない」
へしゃげたオートバイの積載した、空間制御コンテナから放出されたのは、戦闘前に迷った末に取り出さなかった、手の平サイズのケース。
たった一発だけしか入らない、なのに収容物に見合わない大きさの、弾薬ケース。
それを手にした十路は、伏せた雷獣の背中から降りる。その途端に体が悲鳴を上げたが、耐える。
「封印解錠……『己の魂以外、己のものとなすなかれ。現在の自分を愛さず、将来の自分を愛せ』」
パスワードで解放されて現れたのは、放射能標識が打刻された弾丸。
それを銃と化した左腕の、排莢口から直接装填する。
「俺がケジメつけないといけないだろ」
【その割に私は利用するわけですね】
「悪いが早撃ちのために、道具扱いさせてもらう」
この距離ならば。この状況ならば。最も効果的な超弩級の破壊。あまりにも強力で、その後の影響も大きすぎるため、使った過去は片手で数えられる。なのに堤十路を《騎士》たらしめた、フラグシップと呼べる術式。
《騎士》という字をつけられた者がなぜ、軍事力としての《魔法使い》の象徴なのか。
単純明快な証明を行うべく、脳内でEnterキーを押す。
「DTC術式《騎乗槍》解凍展開!」
【Synchronized ready!(同期実行準備完了)】
《使い魔》の発信出力とも合わせているので、《魔法使いの杖》一基だけとは比較にならない速度で、空間に巨大な騎乗槍が描かれる。
照準が重ねられた十路の視界に、巨大な影が蠢く。
広げられたコウモリの翼手。ヘビのよう長い首と尾。そして鱗と角の備えた爬虫類の頭部。
きっとリヒトの、本来の姿なのだろう。《魔法》の光を全身に帯びるその姿は、神々しささえ抱くのかもしれない。
だが十路はしかと確かめることなく。なにかする余裕も与えず。
『受け止められるなら受け止めてみろ』と、脳内で引金を引く。
レーザー爆縮核融合式熱放射砲。指向性を持たせた純粋水素爆弾。
愚かにして偉大なる騎士が、構えて風車へ突撃した槍。
その名を――
「《揺るがざる信念》実行!」
【《Unshakeable faith》run!】
銃弾として装填された燃料ペレットが炉内に撃ち込まれると同時に、エネルギードライバーから高強度レーザーが複数方向から照射される。ペレット表面が急速加熱されプラズマ膨張し、中心部の三重水素は爆縮されてヘリウムと化す。その際に起こる超高温・超高圧の核融合反応は維持せず、閉じ込めもしない。流れを調整する仮想の砲身から外部へ放出される。
太陽フレアが地表を舐めたようなものだ。火焔と呼ぶのもおこがましい極光は、物質を融解・蒸発させるより早くプラズマ化させる。その膨張がすさまじい衝撃波と化す。コロナ質量放出と同じ現象で荷電粒子が叩きつけられる。致死量のα線・β線・γ線・中性子線が襲いかかる。
淡路島を盛大に抉り、夜空の彼方へ伸びる。魔竜など、一瞬で飲み込まれて消えた。




