080_1810 神々の詩Ⅱ ~戦争鳥~
(ヤベ……)
獣の金眼では感情は読み解けずとも、ぶれのない低いトーンの音声データで、彼女が本気で怒っているのは嫌でもわかる。牙をはみ出させた巨獣に見下ろされる構図も相まって、魔人と相対した時にも出なかった、恐怖の冷や汗が流れる。
なぜ、樹里がここに。それも変身し、明らかに交戦してまで。
二重の意味で更なる冷や汗が流れる。
『結たちはマンション、先輩が差し向けた皆は寝てもらいました』
考えを読んだような雷獣の言葉に、ひとまずは安堵する。
足止めの本命は彼女の友人トリオ。部員たちに邪魔を依頼したのは、あくまで保険だった。交戦の可能性も当然考慮したが、相当な低確率と見積もっていた。
それにしても、《ヘミテオス》との交戦経験がある《魔法使い》四人がかりでも、樹里を止められないとは。しかも殺すことなく無力化する余裕まであるとは。
更にその上で、リヒトとの戦闘を介入してくるとは。
木次樹里を、舐めていた。
『それで』
雷獣が威圧を止めて、十路の体に圧しかかる瓦礫を犬パンチ(?)で払い落とし、また体ごと振り返る。
『この戦い、やっぱり私が先輩に心臓を移植しちゃったせい?』
「んー……それだけでもないかな。それが一番の理由だけど」
いつの間にか変形して停車する《コシュタバワー》に体重を預ける悠亜が答える。ツーリングの休憩中のような態度のまま、雲の上の思考回路を披露する。
「《騎士》くんは元々、樹里ちゃんに普通の学生生活を送るらせるために用意された、セーフティネットみたいなもの。リヒトくんにバレるまでは様子見してたけど、どこかで『使えるか』『使えないか』の見極めは必要だった」
『《ヘミテオス》の都合に先輩を巻き込んで……ずいぶんと勝手だね』
「えぇ。そう思うわ。だけど文句はつばめにお願いね。私も渋々事後承諾してばかりだし」
雷獣が十路の立場で代弁し憤るが、当の十路は、他人の都合で翻弄されることをもう諦めている。
人は生まれながらにして不平等なものだ。遺伝子レベルで運命が決められている《魔法使い》など、全力で頑張ってもせいぜい微々たる軌道修正した生き方をするのが限界だ。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
それが《魔法使い》の生き方で、足掻いたところで変えようがない。
だから樹里が抱く純真さは、疎ましくもあり、羨ましくもある。
「《騎士》くんは頑張ってくれたと思う。だけど……ここが限界みたいね」
『《ヘミテオス》同士のいざこざは、なにも解決してない。だけどここで先輩を捨てるってこと?』
「ケジメ。私はどっちでもいいけど、リヒトくんにしてみれば、このままなし崩しに、ってわけにもいかないでしょ」
妻と交代し、夫が新たに《魔法》の光を宿しながら、言葉を引き継ぐ。
『つーことだ。ジュリ。そこをどけ』
『最後に……先輩を、殺すつもりなんだ?』
魔人が装填しているのは、またも荷電粒子砲だ。十路に対する完璧な殺意と共に、先ほど同様雷獣は捻じ曲げられることから、義妹に対する手加減を感じさせる。
この戦い、樹里は関係ない。
それに彼女が選ぶべき道でもない。
十路はそう思っている。
『あぁ』
『じゃあ、殺すよ? 私が、義兄さんとお姉ちゃんを』
だが改めて、あっけなく彼女は違う選択を行った。これ以上ない明確な意思と共に、家族でも敵となることを――否、十路を選んだ。
さすがにここまでの強い選択は、誰にとっても予想外だった。しばらく風の音が支配し、遠くの海から船の汽笛が聞こえるくらいに。
「…………ぶっ」
吹き出した悠亜が沈黙を破った。
十路にも無意味な戯言にしか聞こえなかった。
魔人の強さは体感した。
そして樹里を鍛えたのは悠亜とも聞き、彼女の強さは垣間見ている。上官の影武者のようなことまでしたと聞くから、少なくとも彼女に匹敵する強さを持つ。
戦闘生命体としての全能を解放しても、樹里が敵うとは思えない。
「面白……」
大爆笑こそ堪えたものの、腹を抱えて体を折り曲げて、笑いの息をひとしきり吐き出して、一転。
「やれるものならやってみなさい」
悠亜は邪悪に嗤った。
そして寄りかかっていたオートバイから立ち上がり、己に命じる。
「《ガラス瓶の中の化け物》――モード・ハルファス、起動」
風が渦巻き、巻き上げられた砂塵が悠亜の身を隠す。
ハルファスとは、ソロモン七二柱の悪霊たち序列三八番、二六個軍団を配下に置く地獄の伯爵だ。
砦を建造し、武器庫を満たし、軍勢をテレポートさせるなど、戦争に特化した能力を持つ。
ヒメモリバト・コウノトリといった鳥の姿で現れるとされ、人を驚かせるようなインパクトはない。
また召喚の代償を一切求めず、積極的な肩入れをすることから、人間に近しいと感じるかもしれない。
だが、やはり人間とは異質で、危険な存在だ。
代償を求めないのもある種当然。この悪魔の加護を欲するのは、戦争を起こす人間なのだから。悪魔は屍山血河を見るために、先払いで加護を与えるに過ぎない。
更には次席――ソロモン七二柱の悪霊たち序列三九番、四〇個軍団を支配する地獄の大総裁マルファスも、やはり戦争の加護を持っている。名前も似ていることから、同一存在とも見なされる。
双方とも加護を得た陣営同士の戦争は、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り、共倒れになる。さぞ邪悪な悪魔を歓喜させるに違いない。
『いいわ。そこまで言うなら、あなたも試してあげる――《千匹皮》』
旋風が力を失う。低出力のジェット推進音を響かせ浮遊しているので、風は完全には収まらないが、その姿が露になる。
他の『管理者No.003』たちは、化け物とはいえ生き物だった。
だが戦闘生命体となった悠亜には、生物的要素は一切ない。非現実さの方向性が、流麗と評することもできる。
オートバイの部品を内包した、ガラス製の戦闘機とでも評そうか
戦闘機としては小型の、素材不明の透けた機体に、半端に変形した《コシュタバワー》を内部に取り込んでいる。悠亜の《魔法使いの杖》である対戦車ライフルが、機首に向かって底部にマウントされている。更に爆弾庫代わりのように、空間制御コンテナも底部にある。
『気まぐれで『麻美』を拾って育てたけど……『麻美』たちは本来、敵同士だものね』




