080_1800 神々の詩Ⅰ ~小休止~
本領を発揮した《ヘミテオス》は、使用するエネルギー量が違う。《魔法使いの杖》だけでなく、体からもなんらかの手段で行っているのだろう。《魔法回路》をごく短時間で形成し、通常不可能な速度かつ高出力の《魔法》を連射してくる。
それで魔人は淡路島を削る勢いで蹂躙した。経験した《ヘミテオス》たちとの戦闘と比べても、段違いだった。
《氷撃》一発も大きさが段違い。準備過程ですら、周辺の空気を取り込む量が桁違いに多く、天変地異を予想するほどの暴風が吹き荒れた。撃ち込まれた固体空気の塊に熱量を与えれば、昇華の破壊力は空爆と遜色ない。
重い金属元素までは作成していないため低出力・短射程ながら、荷電粒子砲まで放ってくる。他の攻撃でも同じだが、直撃すれば死体すら残らない即死レベルで、余波だけでも凄まじい。
以前の部活動では、本領を発揮した《ヘミテオス》と交戦し、勝利した。
だから自覚なく、甘い見積もりがあったことは、否定しきれない。
もはや火山噴火に立ち向かうようなものだった。肉体や技量をいくら鍛えようと、人間がなんとかできる領域を優に超えていた。
「けふっ……」
瓦礫というより土砂災害に巻き込まれ、喀血しながら、十路は遅すぎる自省をした。
【トージ……生きてますか……】
「死んだほうがマシ……」
同じくフレームが捻じ曲がり、土砂に埋もれて辛うじて後輪だけが見える《バーゲスト》に、少々息苦しい返しながら、セルフチェック術式を実行する。
(ダメだ……)
右足は骨折、左足と両腕も靭帯損傷や筋断裂、複数の深刻な打撲傷・裂傷・熱傷・凍傷を負ってボロボロ。内臓もかなり損傷を負い、多臓器不全と診断してもいいだろう。
仮に五体満足だとしても、胸まで埋まって身動きできない。
これで継戦能力があると判断を下せたら、頭おかしい。
――最期の最後まで諦めるんじゃないわよ。
上官の声が蘇る。何度も地獄を見せてくれた当人が、倒れ伏す十路を見下ろして、よくそう言っていた。
そうやって限界以上の扱きを繰り返されて、なんとか今日まで戦い抜けた強さを手に入れたが。
(羽須美さん……さすがにこれは無理……)
これまで幾多の命を奪ってきたのだから、のうのうと生き続けられるなど烏滸がましい。とうとう自分の番がやって来ただけ。
空虚な自虐の笑いが洩れる。
「もうちょっと《騎士》くんには期待してたんだけどなぁ……」
《使い魔》を通じては戦っていた、上官と同じ顔の別人が、いつの間にか現れて高台から見下ろしていた。
「身近で、何気なくなってましたけど……《ヘミテオス》に関する機密って、やっぱドデカいんですね……」
「そりゃあ、当然? あなたが命がけでリヒトくんに勝たないといけない程度には」
こうやって蝿蚊のように叩き潰されるほど、物理的にも巨大すぎる秘密。歴代の総理大臣や大統領が口伝していくような、とても凡人には背負いきれない大きな責任。
その一端に触れてしまった。意図しないことではあるが、それをどうこう言っても今更。
《魔法使い》といえど人間だ。人外の異能を使えるからとはいって、精神性まで神のようになるわけではない。
半神半人の名が示す半端さでも同じ。それほどまでに強大。
バベルの塔を築いた人々やイカロスのように、その気がなくとも神に挑むなど、愚行に過ぎない。
『小僧。テメェ、クソつまンねェな』
「バトルジャンキーやりたきゃ、他の相手見つけろ……」
神に挑み、堕ちた『悪魔』の代表格が、ある程度近づいて見下ろしてくる。
凄まじい熱量を放出しているのか、魔人の体は陽炎立って見える。
『こういう時、日本語じャ……役者不足だッたか?』
「だから、凡人に期待するなよ……」
普通ではない自覚はあっても、《ヘミテオス》ほど出鱈目ではない。
遺伝子の疫病神に大当たりしなければ、凡庸な一生を遂げたであろう、中流家庭生まれの一般人だ。
己の意思などなにひとつ関係なく、因果でこんなところまで踏み込んでしまったに過ぎない。
ともかく、終わった。
彼らの御眼鏡に適わないなら、十路は生かしておくのは危険な存在だ。あまりにも《ヘミテオス》を知りすぎ、心臓という物証まで持っている。
抹消するしかない。
事実、魔人は手を掲げ、大きな《魔法回路》を形成した。
仮想の荷電粒子砲だ。戦術核レベルの破壊力で、堤十路が生きたこの世に存在していた証は、跡形もなく吹っ飛ぶ。
(ご大層なことを……)
悪あがきは諦めた。十路はボンヤリと《魔法》の光を見つめ、最期を待った。
その光景が遮られる。射線に巨大ななにかが立ち塞がり、新たな《魔法》の光を放った。
空気がプラズマ化する爆音よりも早く、亜光速で発射された荷電粒子が、身を焼くことはなかった。強烈な磁力によって捻じ曲げられ、いなされた。
夜を塗りつぶすほどの強烈な閃光が、遅れて衝撃波が届く。ただし十路は半分埋まり、更に巨体の影に入っていたため、大した被害はなかった。
魔人も『彼女』の介入に驚いているのか、追撃はなかった。
だから『彼女』は体ごと振り返り、十路を見ろしてくる。
毛皮はあちこち焼き爛れ血で汚れ、ただでさえ歪な外骨格は欠けてもっと歪になり、尻尾はいくつか千切れている。
エネルギーがありさえすれば、無限の再生能力を発揮できるはずなのに。引っかけられた赤い追加収納ケースの無傷さが、場違いに思える有様だった。
『先輩……なんで義兄さんと戦ってるんですか』
満身創痍の雷獣が発した、《魔法》で作られた少女の声は、ひどく不機嫌だった。




