080_1700 夜の巷を機動戦するⅧ ~雷狂獣~
路面一部が剥ぎ取られ、アスファルト製の杭が大量に降り注ぐ。とはいえまだコゼットの全力ではなく、対処できる密度だ。
「こんなこと、してる場合じゃないでしょう!?」
樹里は長杖で打ち払って叫ぶ。
そこを、範囲攻撃による自滅をものともせずに、《鎧》をまとうナージャが突進してきた。
『十路くんを止めるのが先決、と。木次さんはそうおっしゃりたいわけですね』
樹里は長杖の柄を両手で突き出し、受け止めるために踏ん張る。
「く……!」
だが、たたら踏んだ。打撃であろうという無意識の予想外に、《黒の剣》は凄まじい切れ味を発揮した。気づいて弾くには遅く、《魔法使いの杖》は両断された。
後悔する暇もなく挽回のために、右足を上げながら細胞構造を変換。ソックスとローファーを宙に残し、巨大タコの触腕に分裂させて、《鎧》の上からナージャを拘束する。
ナージャの超加速は、常人の動きを《魔法》で倍増させたもの。初速すら許さない質量と力で動きで完全に止めれば、機動力を発揮できない。
更に無敵の防御力をいいことに、側転でナージャを引っこ抜き、頭から路面に叩きつける。
「化け物全開でやる気じゃん!」
「違――!」
飛び込んできた南十星の、亜音速の拳撃は、握ったままだった《魔法使いの杖》の残骸で逸らす。
ナージャを拘束しているため、足を使うことができない。正面からの連撃はなんとか凌いだが、回し蹴りは防御できず脇腹に食らった。
「かは――!?」
一発食らえば、テンポと体勢を崩す。石をぶつけられたようなジャブを数発もらったところに、トンファーを突き込まれ内臓破裂を起こした。
更なる追撃は、服を突き破って飛び出た、巨大なカニの鉗脚で南十星の胴を挟んで拘束して防ぐ。
即座に彼女は左手のトンファーをベルトに挿した。また上下半身真っ二つになることも構わず、拘束から抜け出るつもりか。
「がっ!?」
だが横から飛来した《ピクシィ》が、建て直しも対策を許してくれない。動物では最も固いといされるサイの皮膚に変換してたが、直接原子間開裂を行う《B.mcpq(線状物質形状操作)》の前に固さなど関係ない。ただ《妖精》が宿した剣が短かったから致命傷にならなかっただけ。
更にはカニの鉗脚とタコの触腕も切断され、ナージャと南十星の束縛は排除された。
再拘束するにも、体が蓄えているカロリーでは、継戦能力を失う可能性が高い。
(セフィロトNo.9iに支援要請! 電力転送!)
よって樹里は外部供給を受けようとしたが、《ピクシィ》がその射線上に割り込み、《魔法回路》を展開してマイクロ波給電を妨害した。
周囲に《魔法回路》が灯ったと思う間もなく、逆に拘束される。等身大の鳥篭のような『追い剥ぎの棺桶』に閉じ込められた。
拘束を逃れた南十星とナージャが橋の前後を挟み、宙にはコゼットと野依崎が取り囲む、戦闘前と同じような包囲網が作られる。違うのは、更に周囲には《ピクシィ》が飛びまわり、いつでも《塔》からの支援を邪魔する体制を作っていることか。
「邪魔しないでください……!」
まだ手段はある。《付与術士》のコゼットなら想定している可能性もあるが、そこは賭け。賭けなくて済むならそれがいい。
拘束されたことで戦闘が一時停止したために、再度呼びかけるが。
「止めたところで、堤さんが止まるわけねーでしょうが……」
コゼットからは憂鬱そうな。
「リヒトと戦うとしても、十路ならば、簡単にやられるわけないであります」
野依崎からは怠惰な返事があっただけ。
「今のわたしにとっては、こちらが必要なことですから」
ナージャに至っては、別の意味を見出している。
駄目だ。十路の危険を理解した上で、彼女たちは樹里の邪魔をしている。説得できる段階にない。
それが彼への信頼なのか。
ならば、淡路島に突入しようとする樹里は、十路を信じていないことにならないか。
弱気の芽が出そうになるが、一縷の望みをかける。
狂気的な家族愛を持つこの少女ならば。
「……なっちゃんは、なんでここにいるの?」
「邪魔が入らないよう、兄貴に頼まれたから」
いくら十路からの命令でも、南十星なら絶対に無視して交戦の邪魔をしに行く。彼女の行動原理は兄ではなく、兄の無事なのだから。
「クビ突っ込んだら兄貴に怒られるだろうけどさ、あたしも行きたいんだよ」
ならば何故。それは。
「だからさ、お願い。諦めて引き返すか――」
樹里の介入阻止が優先事項だから。
「とっとと死ね」
アスファルトが踏み砕かれる。古びた吊り下げロープが何本か音を立てて千切れる。あまりにも強い少女の踏み込みが巨橋を揺らした。
熱力学推進の加速で飛び込み、格子の隙間から両掌で樹里の胸を押す。
「――!?」
直後、樹里は吹き飛んだ。アスファルトで作られた『追い剥ぎの棺桶』を背中で破壊して尚吹っ飛ぶ、超人アクションマンガめいた後退だった。
路面に落下しても転がり、橋の半ばを大きく越え、何回転もしてようやく止まる。
「がふ……! ぉ゛ぇ゛ぇぇぇ……!」
嘔吐感より前に、吐血どころか千切れた肉片が溢れ出てきた。
八極拳・心意六合拳・武術太極拳・形意拳。数々の中国武術で共通して存在する型・虎撲。
ただ両手で押すだけに見え、事実単体の技としてはまず用を成さないが、達人が行えば洒落にならない。奥義のような扱いをされがちな、発勁・寸勁の練習技なのだから。
南十星が《魔法》を用いて放てば、掌底は肋骨をへし折り、肺と心臓をメチャクチャに破壊した。
体を折り曲げひとしきり吐き、自己再生を確かめながら、樹里は改めて戦慄する。
(本気……!)
他の部員はまだ手加減があるが、南十星は確実に違う。
同様の攻撃で脳を破壊されれば《ヘミテオス》といえど死ぬ。もっと高出力の衝撃波を撃ち込まれたら体が四散する。
次は確実にそれを仕掛けてくる。この一撃は、《ヘミテオス》の不死性まで加味された、最終警告に違いない。
もちろん彼女たちを舐めていたつもりはない。だが樹里が甘く考えていたのは否定できない。
なぜ仲間同士で戦わなければならないのか。
漠然とした能天気な疑問は、木っ端微塵に吹き飛んだ。
(そっか……そうだった……)
総合生活支援部は、お友だちごっこをしていられる、仲良し子好な部活動ではない。友情や絆の存在まで否定しないが、なにかが違えば殺伐とする関係にある。
(そういうことなんだね……)
今の樹里は彼女たちにとって。
今の彼女たちは樹里にとって。
(敵、なんだ)
震える膝を叱咤し、立ち上がる。
そしてずっと手放さなかった、破壊された《魔法使いの杖》内部から配線を引き出し、ソケットの電池を外す。
「部長……」
彼女は強い。
その源は、多様性と物量。並の《魔法使い》には追従できない、幅広い戦術運用を可能とする。
「野依崎さん……」
彼女は強い。
その源は、正確性と意外性。完璧に動きを予測し、予想外の攻撃を叩き込んでくる。
「ナージャ先輩……」
彼女は強い。
その源は、非常識。圧倒的な防御とスピードは、多少の小細工では止められない。
「なっちゃん……」
彼女は強い。
その源は、狂気。目的のためならば、己をも破壊しながら敵を破壊する。
「わかった……私も退く気ないから、全力でやる……だから――」
ならば覚悟を決めなければ――強くあらねば、勝てない。
完全に狂気の金に変色し、縦に割れた獣の瞳で見据え、樹里も最後の警告を行う。
「死なないでね」
――《千匹皮》 モード・アモン、起動。
《魔法使いの杖》に搭載されているバッテリーは、既存科学では巨大な施設となってしまう、オーバーテクノロジーの産物だ。乾電池みたいに両端に導線を貼り付ければ豆電球が灯る、なんて単純な代物ではない。エネルギーを取り出すにも、やはりオーバーテクノロジーの専用ソケットが必要となる。
だがオリジナル《ヘミテオス》たる樹里は、反物質電池の端子を右手親指と左手の平に押し付けるだけで、莫大なエネルギーをその身に流した。
「ああああぁぁぁぁっっ!!」
流入量が莫大すぎて、体全体が《魔法》の光で輝くだけではない。受け止められず洩れ出たエネルギーが、雷光となって辺りに荒れ狂う。
骨格が変形しながら成長し、人間の構造から外れていく。筋肉も爆発したかのように膨れ上がり、学生服を内側から押し上げて引き千切る。直立歩行が不可能になり、自然と地面に手を突く。
巨大化だけに留まらない。四足獣として完成していきながら、毛皮は部分部分で異なる色や模様に変化していく。肉体を突き破り、鎧のように歪な外骨格が形成されていく。飛び出すように複数の尾が生えて、各々別の生物の特徴を備える。
「あたし、やりすぎた……?」
「みたいであります……」
「追い詰めすぎましたわね……」
「全力で終了な予感がします……」
支援部員たちの足は、無意識の風情で後ずさった。
彼女たちは本領を発揮した《ヘミテオス》を知っている。戦って勝利もした。
だがこれは違うのか。原始的な恐怖で顔を引き攣らせる。
彼の童話では、望まぬ婚姻を婉曲に断るために、姫は父王に無理な要求をした。輝やかんばかりの三種のドレスと共に、一〇〇〇種の毛皮で作ったコートを。
それは豊かさの象徴であると同時に、醜さの象徴。望み叶わず出奔した姫は、そのコートで美しさを隠し蔑まれる異形と化した。
彼の悪魔は、ソロモン七二柱の悪霊たち序列七番、四〇個軍団を配下に置く炎の公爵。
ルシファーの友で、彼が神に反逆する際に義勇軍を率いて参戦し、共に地獄に落ちたと伝えられる。だからか悪魔で最も強靭であるとされ、高い戦闘能力を持つ。
姿は文献で異なる。ヘビの尾を持ち炎を吐くオオカミ。牙を生やす鳥頭の男性。フクロウの頭とオオカミの上半身、ヘビの下半身を持つ怪物など。いずれも合成獣の怪物然とした姿で描かれる。
その双方を具現化した『悪魔』が、巨大な吊り橋の上で完成した。
千匹とまでは言わずとも、数多くの動物の特徴を併せ持つ。雷に彩られるその姿は、機能面では美しくもあり、出鱈目さが醜悪でもある。
戦闘生命体となった雷獣は、産声にして改めて開戦を知らせる咆哮を発した。




