080_1100 夜の巷を機動戦するⅡ ~女子会~
四人で鍋を囲んで食事を終えて。
交代で風呂を使って。
客用布団も用意し、いつでも寝れる準備をして。
パジャマに着替えた四人は、木次樹里の自室で夜のお茶会を開始していた。
「それにしても樹里の部屋って、物ないね」
「そうかな?」
菓子をくわえた井澤結の言葉に、樹里は己の部屋を見渡すが、見慣れた部屋で特に異常はない。
男女で違うとわかっていても、もっと物のない部屋も見知っているから、少ないなどと思わない。
「インテリアとか飾りとか、そういうのないじゃない?」
「そういう意味なら、あんまり置いてないけど」
どうせ埃かぶるだけなのが想像でき、掃除の邪魔になるので。
人を入れる機会もこれまでほとんどなかったので、見せ方を意識する必要もなかった。
「コスメとかアクセサリーとか、あんまり持っていないんだな……わたしでももっと持ってるぞ?」
「やー。匂い嫌いだから使わないし、興味もないし」
月居晶が眺めるサイドテーブルは、ドレッサー代わりと呼ぶには貧弱すぎる。小さな鏡と、いくらばかしか基礎化粧品があるだけ。しかも市販品ではなく香料を抑えた自作品だ。
『雷使い』に金属のアクセサリーはご法度のため皆無で、樹里の鋭敏嗅覚だと市販の化粧品はとても使えない。
「本棚はやたら充実してますね……しかも、この辺りの本屋さんで売ってないような、専門書ばかり……」
「やー。《魔法使い》で《治癒術士》なんてやってると、どうしてもね」
佐古川愛が眺める、頑丈なキャビネットには、大量の書籍が詰め込まれている。
デジタルの時代でも、樹里は実物派だ。なにせ発行部数の少ない専門書はデジタル化してない場合が多いので。
友人たち三人は顔を見合わせて、目でなにか語り合い、代表して結が結論たる疑問をぶつけてくる。
「……女子力低い?」
「うぐ……」
決して低くないと思いたい。昼はいつも自作の弁当なくらい料理できる。ひと通りの家事は常日頃やってる。自分のことだけでなく同居人の分まで。いやこれって女子力というよりオカン力? ってことはイマドキJKらしい女子力に欠けてる? 一説によると女子力とは男受けするバカな女を演じることらしいがンなコト誰がする。男も引くわ。
「でもさぁ……みんなやってる『女子高生らしい』ことなんて、全然興味持てないんだよ……」
そんな自問の結論で、樹里はローテーブルに突っ伏す。
「SNSやってないし、スマフォ向けたら逃げるよね」
「《魔法使い》は機密情報多いから、自分から発信するわけないよ……動画とか写真からなにかがわかるのも怖いし……」
動画も写真も自撮りしない。今やもう数少なくなっているゲームセンターのプリントシール機など入ったこともない。だから映えなど意識しない。
「わたしたち全員がそこまでじゃないが、常に群れてるわけでもないしな」
「トイレ行くのに誰か付き合わせて洗面所で長々おしゃべりなんて、バカみたいじゃない……」
ひとりを好んでいるわけではないが、常に一緒なんて考えもない。教室で友人たちと固まって話すこともあれば、ひとり机で本読んでることもある。あとなにが悲しくて芳香剤とアンモニアの香り漂う場所で他人の迷惑を省みず長々鏡を占有しないとならないのか。
「木次さんがカラオケで歌う曲、結構変わってますよね……」
「イメトレでアニメとか特撮は結構見るから歌えるけど、流行りの曲なんて知らない……カラオケ自体稀だけど」
芸能界なんて興味ない。アイドルグループの顔は見分けつかない。このご時勢にCD購入しないのは普通でも、音楽配信サイトなんてお世話になっていない。そもそも音を出す機械はガラケーと目覚まししか持ってませんけどなにか。そして十八番の曲は坂本●綾・水●奈々・ささ●いさお・水木●郎ですけどなにか。
「樹里のカバンってキッチリしすぎて面白くない」
「や、だって教科書以外の物って、空間制御コンテナに入れるし……」
「だからシー●リーズのフタが中で外れて大惨事、なんてことにもならないのか」
「や。コロンとかに比べたらマシだけど、制汗剤の匂いも苦手だから、使ってないってば」
「いつのかわからない溶けた飴が出てきたり、底でヘヤピンがたまってたり、イヤホンのコードが絡まってる、ってこともないんですね……」
「や!? それって女子高生らしさ!?」
女子高生のカバンあるあるには違いなかろうが、『らしさ』かは甚だ疑問だった。思わずテーブルから身を起こすくらいに。
「恋愛にも興味なし?」
「うぐ……」
結の挙げるそれは確かに女子高生らしさに含まれるに違いない。一般論として思春期になれば恋のひとつやふたつを経験し、せずとも憧れが生まれるだろう。
でも触れられたくなかった。この集まりはそれ絡みで、逃れられないのはわかっていても。
この間までは『興味なし』と言えたが、今はさすがに無理がある。だから樹里は再びテーブルに突っ伏す。
「や~……なんとなくわかってたんだけどねー……でもハッキリ言われたら効いたなぁ……」
「わかってたの?」
「《魔法使い》の恋愛は、上手く行かないのが相場って言われてるんだよ……」
朝から時間も経たことで、樹里の口から愚痴のようなものがこぼれ出てしまった。幾分はショックから立ち直ったとも言える。
「木次さんのなにかが受け入れられない、とかじゃないんです?」
「理想がものすごく高いとかか?」
「や……それ以前の問題……誰かと付き合う気がない。まぁこれも先輩は前々から言ってたけど、ここまで本気だとは思ってなかった……」
直接の接点がないため、愛や晶は十路の理解が浅い。
「悪い人じゃないとは思うけど……そっかぁ……」
結はふたりに比べたら、ほんの少しだけ付き合いがあるため、多少なりとも十路の人となりを理解しているとはいえ、やはり理解は浅い。
「堤先輩の匂いってどんなの?」
「なにいきなりその質問」
「重要じゃない? それにさっきから匂い気にしてるみたいだし」
「や、そうだけど」
米ペンシルバニア大学の学生を対象に、恋人選びの際、味覚以外の四感のどれを重要視するかという調査が行われたことがある。
それによると、男性は女性を選ぶ際に視覚を重要視する。
だが女性は男性を選ぶ際、嗅覚を重要視する割合が高いという結果が出た。
これはある程度科学的に立証されている。遺伝子の組み合わせだけの話で、性格や趣味が合うかは別問題だが、女性は相性のいい男性の体臭をいい匂いとして感じる。
「堤先輩の匂いねぇ……?」
問われ、樹里は記憶を探る。
記憶に新しいのは今朝。部屋や寝具の匂いが普段と違うことで目が覚めたのだから。
(……イヌっぽい?)
決して十路がケモノ臭いわけではない。野性味がそんな印象を抱かせるだけだ。樹里にとっては『いい匂い』の範疇にある。
だが率直に言ってしまったら、雑巾みたいな生乾き臭と結に誤解させそうな気がする。十路は髪など気を使う性質ではなく、いざとなれば不潔でも頓着しないだろうが、普通に学生してる間は人並み以上に清潔で不快感はないのに。アイロンでパリッとしたカッターシャツを毎日着て、スラックスは折り目正しく、スニーカーも汚れていない。さすが品位を保つ義務を持っていた元自衛官。
「カツオ出汁とポップコーンと干草の匂いが混じったみたいな?」
「それで想像できる人間がこの世にいると思う?」
「じゃあ、ウィスキーオークのチップをスモークしたみたいって言えばわかる? ちょっとエステリーでデリケートなフレーバーとウッディーなスモーキーさが混じったような」
「まず日本語で話して。あと多分和訳されても想像できない」
飲み屋の娘なりに答えて、女子高生に理解を求めるのは、やはり酷か。
「じゃあ、ミントの匂いってことで納得しといて」
「それ全然違わない?」
「体臭じゃないけど、夏場はよくスースーする匂いさせてたし」
ハッカ油スプレーは自衛隊員の必需品だ。虫除け・匂い消し・暑さ対策・眠気対策にと大活躍。演習で忘れたら大変なことになる。ありがとう北見ハッカ通商さん。
「堤先輩ってぶっきらぼうで、怖い印象あるからな……いや、実際それだけじゃないのはわかってるが、樹里はなにがよかったんだ?」
「いつも面倒そうな態度なので、そんな印象全然ないですけど、最近意外とすごい人なんじゃないかって気がしてきましたけど……」
人となりを知ろうとすれば、晶や結みたいに、まず普通そこらから入らないだろうか。いきなり匂いについて訊く結はどこかおかしい。
そのどこかおかしい娘さんは、場を盛り上げようとしているのかもしれないが、一般常識から外れた提案でまとめる。
「じゃ、その辺りの話、冷蔵庫のお酒飲みながら聞こうか」
「飲ませないからね? つばめ先生のだし」
「樹里かたい~」
「私の身元を考えてよ!? いろいろ世間騒がしてるんだよ!? バレたら即ネットで炎上だってば!?」
デジタル・ネイティブ世代なのに、ちょっとしたハメ外しが一生モノの後悔になりうるとわからないのか。これが若さか。
女子高生らしくないため息が、樹里の口から漏れ出た。




