080_1000 夜の巷を機動戦するⅠ ~口喧嘩~
夜。
ジーンズ・革ジャンに着替え、出かける準備を終えて、堤十路は部屋を出る前に自室を改めて眺める。
(ノーパソのロック解除手段は時差メールで連絡した……まぁ、なくてもフォー辺りが強引に解除するだろうけど)
ローテーブルに置かれたままで、目立つノートパソコンに入っている『マニュアル』は、ひとまず完成されている。
帰ってこれたなら、メールの時間指定送信を解除すればいいだけ。
帰ってこられなかったら、これからの支援部の行動指針程度にはなるだろう。十路の『任務』はお役ご免となるくらいの処置はしておいた。
(制服、のほうがいいのかぁ……? いや、今回部活じゃないから、普段着が正しいか)
開かれたままのクローゼットにも目をやる。
荒事があれば着潰してきたので、もう何代目になるか覚えていない、修交館学院高等部推奨学生服がハンガーに掛けられている。
普通の学生たる日常の証にして、支援部員としての非日常の戦闘服。
ワンタッチ式とはいえ、転入当初はネクタイの感触に慣れなかったものだが、いつしか気にせず、学生服のまま戦闘するのも当たり前になってしまった。
もう袖を通す機会はないかもしれないと思うと、残念に感じる程度には、十路も今の生活が気に入っているらしい。
(ま、全部今夜の結果次第か……)
十路は部屋の明かりを消し、玄関でコンバットブーツに足を通し、前もって預け先から引き取った空間制御コンテナを提げる。
そして自室を後にした。
△▼△▼△▼△▼
「イクセス。爆弾とか搭載されたか?」
【自爆用は《使い魔》の標準装備ですけど?】
言われたとおり、木次家の貸しガレージに赴くと、見慣れた赤黒彩色の大型オートバイが出迎えた。
富士山麓で酷使され、整備のためにここに送り込まれたのは、きっと昨日だろう。だが短い時間で整備されていることは、傍目にもわかった。
「警戒しなくても、フツーに整備しただけよ」
「小僧……自惚れンなよ? オレがテメェ如きにンな手段使うと思ってンのか?」
「悠亜さんはともかく、リヒトならわからんと思ってる。想像してみろよ。のん気に《バーゲスト》で走る俺をスイッチひとつで爆散。スッとしないか?」
「…………」
「話振った俺が言うのもなんだけど、『それもアリだな』みたいな顔で黙るなよ」
飾りボタン満載の革ジャンを着た世紀末スタイルのリヒト・ゲイブルズは当然として、その妻たるゲイブルズ木次悠亜まで街乗りライダースタイルに着替えているのは、少々意外だった。
しかもリヒトは、巨大な皮ケースを背負ったままハーレー・ダビッドソンを引き出し、悠亜はシンフォニーブルーの大型スポーツバイク――《コシュタバワー》を路上に出して跨る。
「悠亜さんも淡路島に?」
「えぇ。というか、私だけじゃないわよ」
悠亜が顎をしゃくる先に、徐行運転で近づくMINIクーパーが停車した。
「集まってるなら行くよー」
車から降りずウィンドウを開き、車庫前に集まる一団に、長久手つばめが声をかける。
△▼△▼△▼△▼
二台のオートバイと自動車を追いかけて疾走し始めてから、ヘルメットに仕込まれた無線機を通じて、イクセスが話しかけてくる。
【ところで……なぜトージとリヒトが淡路島で戦闘、なんて事態になっているのか、説明を求めていいですか?】
「唐突ではあるけど、来るべき時が来たってだけの話だ」
支援部は直接触れる立場にあるので、今ひとつ実感は薄いが、《ヘミテオス》に関する情報は超級の機密事項だ。国家元首と一部の者のみしから知らない、公的には黒塗りのわずかな紙資料が残るといったレベルの。
「なし崩しっぽいけど、俺は木次に心臓移植されて《ヘミテオス》になった。リヒトにしてみれば、俺は放置できる存在じゃない」
由々しき問題に相違ない。悠亜とつばめたちの策略がらみで現状があり、更にリヒトに隠していたため、十路にすれば迷惑で今更な話だが、妥当な判断と行動だ。
勢力図上は同じ陣営に属し、同じ特異な肉体を持ち、秘密を共有したとて、『だから仲間です仲良くしましょう』などとなるはずがない。 最低でも有用性を確かめ、不利益になると断ずれば滅する必要がある。
「まぁ、一種のケジメだよな」
【相手はリヒトだけですか?】
「わからん。理事長はともかく、積極的に悠亜さんが参戦ってことはないと思うが……」
悠亜はリヒトとは違い、十路を一定評価する発言をしていた。
なので普通に考えれば、彼女まで一緒に来る理由は、交戦ではない。審判役くらいか。
【私も参戦する必要ありますか?】
「わからん。状況次第」
だが《コシュタバワー》の存在が、直接ではなくとも悠亜の参戦を否定しきれない。
いい意味でも悪い意味でも特異なあの《使い魔》は、悠亜の分身とも言える。人工知能不在の機体は、彼女の権能で常に接続状態にある。
そして十路が《バーゲスト》を使えば、きっとリヒトも《使い魔》を使うことは、容易に想像できる。
そもそも敵対することと、味方することは、全く違う話だ。
しかも悠亜は甘くはない。十路の存在が邪魔になったら、容赦なく殺しにかかるに違いない。
【わからない尽くしですね……ルールくらい定めておいてくださいよ】
「俺が負ければ死ぬってだけで充分だろ」
【いえ、せめて勝利条件も】
「オッサンの気が済むまで?」
【トージが死ぬまでエンドレスになりそうな気が……】
不穏な軽口を叩いているが、実際そうなる心配はあまりしていない。
病気を発症したリヒトは、たびたび理不尽に十路殺害を目論んでいたが、今は違う。公平性というか、合格ラインはきっとあると踏んでいる。
リヒトを殺す一歩手前まで追い詰める、くらいの非現実な高さだろうが。
そうこうしているうちに車列は、垂水区にある苔谷公園――明石海峡大橋に辿り着いて停まった。
普段バリケードで封鎖されているが、今夜は重機によって道を塞ぐコンクリートブロックが動かされている。やはり普段は高速道路株式会社から委託を受けた警備員が詰めているだけだが、今夜は職員と、どこかの省庁関係者と思われる者がいて、車を止めたつばめと話を始め出した。
通行に関してやり取りをしているだろうその間、十路はなんとなく橋を見渡した。
本州四国連絡橋のひとつ。世界最長の吊り橋としていまだ記録は破られていないが、《塔》の出現を発端として無用の長物と化した巨大建造物だ。一般人が利用できるのは年に一回、淡路島の元島民が、阪神淡路大震災慰霊のために通るくらい。管理会社にしてみればとてつもない負債だが、解体するにも多額の費用がかかるため、最低限の保全のみで問題を先送りしている。
十路が利用するのは二度目となる。秋休みのことなので、そんなに間を置かずに再び利用するのは意外に思う。
あと見てわかる橋の風化で若干の恐怖も。すぐ崩落しないだろうと頭では理解していても、吊り橋が落ちるんじゃないかと思ってしまう独特の思い込みが働く。
MINIクーパーが短くクラクションを鳴らした。十路が視線を戻すと、つばめが先に進むことをジェスチャーしていた。話は通してあるらしい。
もう一度、二九八.三メートルの橋塔をチラリと見上げてから、十路も車列に続くべくアクセルを開いた。
△▼△▼△▼△▼
無人島化したのでインフラ保全は当然放棄されている。よってなかなか危険な道のりだったが、なんとか自動車が進める限界まで、進めるだけ進んだ。
やがて淡路島北東端、かつて岩屋と呼ばれていた地区に止まる。海岸には港、数百メートル離れて丘があり、住宅だった廃墟が密集している。かつては港町として発展していただろう。
学校だった跡地で、十路とリヒトはオートバイを降り、悠亜とつばめは離れる。
「さァて……」
リヒトは背負った皮ケースを地面に落とし、中身を取り出した。
「Zillah also gave birth to Tubal-Cain, the forger of every cutting instrument of brass and iron.(またチラ、トバルカインを生り。彼は銅と鐡の諸の刃物を鍛ふ者なり)」
分厚い金属の板にしか見えないそれは、聖書の一説と共に変形する。収納時の見た目を裏切る量のロボットアームが圧縮空間から溢れ出て、半透明の操作卓とディスプレイがいくつも立ち上がる。
リヒトの《魔法使いの杖》だが、《付与術士》としての作業用で、武装ではない。実際彼は手袋のようなデバイスを装着し、やはり圧縮空間内に収められていた資材が取り出されて、即席で装備を組み上げていく。
その間に十路は遠慮なく、空間制御コンテナから装備を出して、服の上から装着していく。無人島内なので銃刀法を無視したフル装備だ。
ただし奇妙だった。ベストの備え付け固定はともかく、装備ベルトの追加ポーチは全て上下逆にする。蓋部分のマジックテープが剥がれると中身が落ちてしまう状態で弾倉を入れる。本来両手を空けなければならない手榴弾も、安全ピンにワイヤーを通して固定し、取り出すだけで時限信管を着火させる仕組みにする。
更にはホルスターを追加して、普段使わないHK45T自動拳銃もフル装弾で装備する。
(これ、どうする……?)
たった一発だけ、厳重に別保管しているケースの扱いに迷う。
十路の『必殺技』に必須の弾丸だが、決まればの話だ。今回出番があるだろうか。
(使えそうな術式は……《弩》《弾弓》《投げ槍》……? 《騎乗槍》はちょっと時間かかるし、出番はないか)
結局ケースは空間制御コンテナに再び収納させる。
そして小銃に装弾した弾倉を突っ込み、槓桿を引く。
《八九式小銃》は以前の部活で中枢部以外は完全破壊され、予備部品で再生された。つまり実質新品だ。電子機器としての機能は問題ないことを確認しているが、さすがに市内で実弾射撃などできなかったため、三〇年前のジュース缶目がけて発砲する。そんなことをせずとも脳機能接続すれば、正確な弾道予測や照準調整ができるが、精神的な安心感を得るために実弾でズレを調整した。
弾倉を落として消費した弾丸一発を追加して再装填し、セレクターは連射に合わせ、グローブ型の入出力デバイスを接続して、銃口を下にして小銃は紐で背負う。
普段は戦闘中でも空間制御コンテナを提げるが、今日は《バーゲスト》のアタッチメントに乗せたまま離れる。
リヒトの戦闘準備も終わるところだった。作業台を格納してその場に残し、組み上げた端から地面に突き刺していた得物を拾い上げる。
柄は長いけれども、両手剣ほど刀身は長くない、片刃の半片手剣を右手一本で肩に乗せた。
身の丈ほどの長柄に単純な穂先をつけただけの短槍の中ほどを握り、左脇に構えた。
どちらも装飾などなにもない、あり合わせの資材を最低限加工して組み上げただけの、シンプルな得物だ。常人ならば、突撃銃に対抗するには非常識に映る。
だが宝玉にも見える発信器がついていることから、次世代軍事学の産物――《魔法使いの杖》と見てわかる。
(剣と槍の二刀流とか、マジかよ……?)
どちらも両手で構える武器だ。それを片手で同時に構えるなど、ふざけてるとも見える。
だが初源の《魔法使い》のやることだから、とても油断はできない。
「始めッぞ」
リヒトのぶっきらぼうな言葉を号砲として、十路は大地を蹴る。瓦礫が転がる町には不釣合いなほど開けた校庭を駆け、腰の後ろから銃剣を抜いた。




