080_0510 ぶらり演習場プロレスⅡ ~二回戦~
(やりすぎた……)
十路が慌てて確かめると、叩きつけた自衛官は、ピヨピヨとヒヨコが頭上で盆踊りしてそうな有様だった。演習終了にも関わらず不意打ちしてきた意趣返しにしても、ここまでするつもりはなかった。
自発呼吸はあるが、脳震盪か首が折ってると予想するため、下手に動かせない。
「せんぱーい。こっち終わりましたー」
見上げると、長杖に横座りして浮遊する少女がいた。借り物の戦闘服に身を包んだ樹里だ。
「いいところに来てくれた。コイツ診てやってくれないか」
《治癒術士》が来たなら丁度いい。長杖から飛び降りるようにスタッと着地した樹里に任せる。
「この人、どうしたんですか?」
「八八式鉄帽割れる勢いで脳天叩きつけた」
「殺す気ですか!?」
「いや、偶然クリティカって」
「少しくらい慌てましょうよ!?」
△▼△▼△▼△▼
「いや~、やっぱり先輩には敵わないッスね~」
《魔法》の治療を終えて数分後、目を覚ました自衛官は、すぐに身を起こした。治したとはいえ急に動くのは危険なので、樹里は止めようとしたが、彼女は構わずその場で胡坐をかいてカラカラ笑う。
少女だった。厳密な年上年下は判別できないが、同年代の風貌だ。八八式鉄帽を脱いで見せた、樹里のミディアムボブより短いマニッシュショートに収まる顔は、まだ大人になりきれていない。
彼女は馴れ馴れしい言葉をかけるが、《バーゲスト》に体重を預ける十路は素っ気ない。
「どなたかとお間違えではないでしょうか。自分は山田中半太郎といいます」
「誤魔化さなくったっていいッスから。っていうか、自分にノーザンライトボムかける人なんて、先輩くらいッス」
公然の秘密を隠したところで仕方ないと判断したか。それとも股に手を入れる女性相手にはアレなプロレス技をカマす人間が他にいないのを納得したか。十路はヘルメットとシューティンググラスを取って素顔を見せた。
「それで、どうでした? ボク、少しは強くなってますか?」
「そんなの後でいいから、撤収準備しろ。演習終わったんだし、置いてかれるぞ」
彼はいつもの怠惰さに加え、どこか呆れのようなものを見せているが、ボクっ娘は構わない。地面に転がる《魔法使いの杖》を拾って起き上がり、オートバイを押して歩き始める十路に駆け寄る。
樹里は自分のことを棚にあげて、少女に子犬っぽい印象を抱いた。
とはいえ見てわかる以上の情報は全て不明なため、知っている人物に説明を求めるしかない。
「あの~……先輩? その方は?」
「少しだけ面倒見てた後輩」
過ぎるくらいに簡潔だった。少女は十路を『先輩』と呼んで懐いているのだし、それくらい訊かなくてもわかる。普通名前くらい紹介しないだろうか。
だが少女が国家所属の《魔法使い》であるなら、無理もないと樹里は思い直す。ここで顔を出しているだけでも不都合があるかもしれない、非公式の存在だろう。部外者に身元を明かすような不用意な真似を十路がするはずない。
「それにしても、先輩とまたこうして会えるとは思ってませんでしたよ」
それを曲げてまで、代わりに樹里の疑問に答えてくれるようなこともなく、ボクっ娘は十路相手に自分の話を続ける。
というか、意図的に無視されていないだろうか。治療に対する礼の一言もないどころか、彼女は一度たりとも樹里に顔を向けてもいない。
「先輩が殉職したなんて聞かされて、まさかって思ってたら、今度は神戸で顔出ししてるじゃないッスか! 大丈夫なんスか?」
「お前も立場上、色々あったってわかるだろ……」
足元でじゃれつく子犬を無視できないが、正直鬱陶しい。ゲンナリ顔の十路に構わず少女はまとわりつく。
割って入れる雰囲気ではないし、そこまでする必要性もないので、樹里は黙ってふたりの背中を追うしかない。
「いや~。それにしてもご活躍されてるじゃないッスか。さすが《騎士》ッスね~」
「やめて」
だが、楽しそうな少女の言葉に、思わず口を挟んでしまった。
固い声に、十路と少女も足を止めて振り返る。少女が不審を浮かべるのは当然として、十路まで軽く驚いている。樹里自身もらしくないと思うが、止めることなく続けてしまった。
「その字で堤先輩を呼ばないで」
《騎士》という通称を賞賛のつもりで使う少女に苛立つ。
樹里も全てを知るわけではないし、きっと少女は知らないのだろう。だが彼がそう呼ばれる経緯を知ってしまえば、無神経だと思ってしまう。それなりの付き合いがあれば、十路がそう呼ばれるのを嫌っているのはきっと知っているだろうに、謙遜かなにかだと勘違いしている。
南十星が抱く狂気は、こういった感情が進化したものだろう。最近攻撃性を垣間見せるようになったが、なにも知らず十路に踏み込んでしまった樹里に、苛立っているであろうことも予想できる。
「なんスか」
それは鼻白む少女も似た感覚なのであろう。彼女から見れば樹里は、自分が知らない間に十路に近しくなっている、得体の知れない女だ。なぜ指示されなければならないのかと、反感を抱くに違いない。
「木次樹里……でしたっけ。アンタにとやかく言われたくないっスね」
支援部の情報は世間に広まっている。それに少女も《魔法使い》ならば、多少なりとも機密に触れる立場だろうから、樹里を知っていてもなんら不思議なない。
樹里と少女双方が不快感を露にする。
そんな後輩同士の睨み合いに、十路が重々しいため息を吐いて口を挟む。
「猛犬はそれくらいにしろ」
まさかそれが少女の名ではなかろうから、あだ名だろう。
狂犬ではない。獰猛でも懐いた相手限定の従順さを持ち合わせている。ただし一度や二度ではなく、過去にもマウンティングが問題になったことがある。
そんな過去が窺える。だから野良犬には尻尾を振り、小生意気な子犬には牙を剥く。
「木次は俺より強いぞ」
「堤先輩……? それ、嗾けてません……?」
「事実を言っただけのつもりだけど?」
「模擬戦でマトモに勝てたことない先輩に言われたら、嫌味にしか聞こえないですけど……」
制止の言葉をかけるということは、そちら側に非がある。樹里ではなく少女を止めたのがちょっと嬉しかったのに、結局十路は十路だった。
「先輩。どうせなら、ちょっと模擬戦やらせてくださいよ」
現に少女は、直線構成の西洋長巻の穂先を持ち上げて、なにやらやる気を見せ始めた。
失敗を反省しているのか。それとも単に面倒くさがってるだけか。十路はしばし首筋をなでていたが、怠惰な顔のまま少女に振り向く。
「上官、二藤部さんのままか? 今日来てるのか?」
「はい!」
「ちょっと待ってろ」
十路は半端に《バーゲスト》に跨り、徐行運転で先を行く八七式偵察警戒車に追いつき、ハンドサインを送る。すると静止し、上部ハッチを開けて隊員が顔を出す。
その隊員に十路は身振り手振りを交えて伝える。どうやら事態の説明を行い、隊員から説明させるつもりらしい。《バーゲスト》から直接無線で本部に伺いを立てられるが、別組織の人間として現場責任者から順次の対応を行っているらしい。
自衛官だけでは話にならなかったのか。しばしの後、結局十路は《バーゲスト》の無線機で話し始める。
いくら樹里の聴覚でも、ディーゼルエンジンの駆動音に負けて声は聞こえないが、生体コンピュータで読唇することはできる。『お久しぶりです……えぇ、まぁ、はい、色々ありまして』といった近況報告に続き、『アイツ、普段どうなんです?』『猛犬っぷりは相変わらずですか……』と情報収集し、『鼻ッ柱へし折ったほうがいいですか?』と不穏なセリフへと続く。
「許可出たぞ」
やがて、十路がまた《バーゲスト》に半端に跨って戻ってくる。
「特別に演習継続。タイマンしてみろ。使用術式の制限は、即死レベルの攻撃じゃなければ、なにやってもいい」
「え゛」
樹里は正気を疑ったが、少女は荒い鼻息でやる気を示した。




