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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の正念場/樹里編
522/640

080_0500 ぶらり演習場プロレスⅠ ~一回戦~


 富士の裾野だが県境を(また)いだ山梨県になる、北富士演習場は緊張に包まれていた。

 もちろん隊員たちは日頃から緊張感を持って訓練しているが、今回はワケが違う。


 相対しているのは生身の少女、たったひとりなのだから。

 部隊区分としては中隊と呼ばれる限界の規模で、三〇〇人近い人間と兵器を相手に、戦闘(めいさい)服を着て長杖を持っているだけの少女が、距離を挟んで対峙している。


 緊張を孕む理由は、ふたつある。

 まずは当然、少女が《魔法使い(ソーサラー)》であること。ただし訓練であるため、こちらはあまり重要視されていない。


 問題は事故の可能性だ。

 本物の弾薬ではないにせよ、演習弾や縮射弾といった訓練用弾薬が使われる。爆発せずとも、生身の人間に直撃したら間違いなく死ぬ代物だ。こんなこと普段なら絶対にやらない。


 現代軍事の常識として、たったひとりを相手に機甲部隊を差し向けるなど、まずありえない。

 だが《魔法使い(ソーサラー)》はその先、次世代軍事を扱う超人、史上最強の生体万能戦略兵器だ。

 仮にどこかの《魔法使い(ソーサラー)》が街中で暴れたなんて事件が起きたら、全力で阻止しなければならない。『そんな馬鹿な』と一笑に伏したら国が吹っ飛びかねない、想定できる状況なのだから、この訓練には充分すぎる意義がある。


 『それは理解できるけど……』といった、どこか本気になりきれない空気が漂う中、演習は開始された。


「え」


 指揮観測する高台で。九〇式戦車内で。誰かが声を上げた。知識で知っていても、実際にその現象を()の当たりにすれば、誰もが目を疑う。


 予想された砲撃戦は省かれ、電磁加速で新幹線並の移動をし、いきなり展開している部隊の横から襲いかかってくるなど、とてもではないが対応できない。



 △▼△▼△▼△▼



 砲声と雷鳴は、離れている十路(とおじ)とイクセスにも伝わってくる。

 ちなみに本日の《バーゲスト》は、いつもの赤黒ではない。電位変色性塗料の状態を変化させて、軍用車輌らしいオリーブドラブ色になっている。


【ジュリ、派手にやってますねぇ……】

「演習とはいえ、相手、アメコミヒーロー映画に出て来る軍隊の気分だろうな……」


 悪役(ヴィラン)の強大さを印象づけるために、勝つどころか一矢(いっし)(むく)いることすら許されない噛ませ犬役。自衛隊永遠のライバル・巨大怪獣よりも、サイズ的にそちらの印象が強いだろう。


 自衛隊の部隊と演習を行うこれが、今回十路たちに課せられた部活動だ。


【こちらの相手も来たみたいですよ】


 樹里が行っている想定訓練は、合戦のような真っ向勝負だ。現代戦では起こり得ないと思われるかもしれないが、《魔法使い(ソーサラー)》の場合、意外と起こりえる。


 十路はまた違う想定の訓練を行う。警戒進行中の部隊に強襲をかける。

 その相手が、隠れた草むらの中から見えた。八七式偵察警戒車(RCV)軽装甲機動車(LAV)、偵察用オートバイが編隊を組んで接近している。


「あれ? 評価支援隊じゃない……? 偵察隊(レコン)なんていないはずだし、迷彩も標準だし……」


 評価支援隊とは要するに、訓練相手を務める専門部隊だ。弱くては話にならないので最精強の隊員が集められる上、北富士演習場を知り尽くした地の利を持っている。演習においては創設以来不敗神話が築かれていたほど錬度は高い。

 敵役(アグレッサー)と一目でわかるよう、隊員が着る戦闘服は迷彩パターンが異なり、戦車や装甲車は黒い塗装が施されている。


 部活の相手はその部隊だと聞いていたが、明らかに異なる。しかし油断ならない相手であることは変わりない。


【相手が誰だろうと、やることは同じでしょう? トージ的にはヌルいですか?】

「どっちにしろ《魔法》なしの実戦ならフツーに死ねるわ」


 偵察部隊にはプチレンジャーという通称がある。厳密にはその教育課程に対するもので、本物と比べればまだ(ぬる)いが、目的や内容がレンジャー過程訓練と似ているためだ。

 情報収集のため先陣を切るだけでも危険が伴うのに、場合によっては故意に戦闘を仕掛けて威力偵察するため、偵察隊には戦闘部隊で最も優秀な者が集められる。充分に精鋭と呼べる。


【ジュリは主に対機甲戦闘で、こちらは対人戦闘って感じですけど、ペイント弾(シムニッション)使わないのですか?】

「弾自体が高いし、専用キットを銃に組み込む必要がある。特殊部隊ならまだしも一般隊員がってなると、よっぽど金ある軍隊でないと無理だろ」


 なのでレーザー光線で命中判定を行う交戦訓練教材(バトラー)を使ってると、十路は体に付けた受光機(ディテクター)を示す。


【それにしても、トージも銃を使うのですね。問題ないのですか?】

「当然関係者以外非公開。一応俺も匿名で演習に参加してるし、八八式鉄帽(テッパチ)シューティンググラス(ゴーグル)で顔わからんだろ」

【いえ、それもですが、どちらかというと、その旧式ライフルで問題ないのかと】

「確かに64式小銃(ロクヨン)使うの久々だけど」

【相手の装備、最新の20式小銃(フタマル)みたいですよ。そっち使わせてもらえなかったんですか?】

俺の装備(ハチキュー)に近いのはこっちだから、最初からロクヨン選んだ。まぁ、実弾撃つわけじゃないし」


 予備としてまだ配備されているが、第一線は退(しりぞ)いた古いアサルトライフル。レーザー発射機(プロジェクター)が装着されてゼロ点規正も行ったそれを、十路は背負い直す。


「というか、ヤな言い方になるけど、(コレ)ってぶっちゃけハンデだからな。不意打ちで《魔法》使えば一発で終わるし」

【さすがにそれでは訓練になりませんよね……】

「かといって、完全除外でも訓練にならないわけで」


 障害物に隠れたまま、寝かせていた《バーゲスト》を起こして(またが)り、《使い魔(ファミリア)》と機能接続準備を行う。接続した途端に電磁波を感知される可能性を考えて、ギリギリまで待つ。


 そうしてタイミングを計り、機能接続を行いながら一気にアクセルを開き、わずかな斜面をジャンプ台にして飛び出した。


 眼下と呼ぶには低くギリギリの高さだが、想定どおりの位置に八七式偵察警戒車(RCV)がある。

 十路は空中で《バーゲスト》の右ハンドルを分離させ、照準線ビームライティングシステムを構える。

 交戦訓練教材(バトラー)は子供のオモチャではない。使用機器ごとに破壊力や弾数が設定されているので、小銃で装甲車輌を破壊なんて判定は出ない。

 なので《使い魔(ファミリア)》で対戦車攻撃を放ったという想定で、乗員ごとご退場願うつもりだった。


「!?」


 だが阻止された。引金(クラッチ)を引く前に、車列を外れたオートバイが跳んできた。十路の隠れる場所だけでなく、攻撃タイミングまで察知されていたとしか考えられない。

 

 攻撃を諦めた十路はわざとバランスを崩し、タイヤでその突進を受け止める。二台のオートバイは空中で弾かれて着地する。

 そしてすぐさまハンドルバーを戻して離脱する。停車した八七式偵察警戒車(RCV)が装備する機関砲(エリコンKB)が回転砲塔で旋回したからだ。射線に入れば、《使い魔(ファミリア)》でも撃破判定が下される。

 更に停車した軽装甲機動車(LAV)は、降車と同時に上部ハッチを開いて、乗員が戦闘態勢を整えた。


 問題のオートバイは、着地からの立ち直りに手間取っていた。ダボついた戦闘服では体つきは判断しにくいが、身長は高くない。南十星や野依崎より高いが、日本人女性平均の樹里よりは低い、そんな小柄さだ。


「アイツかよ……」

【トージがご存知の方みたいですが、まさか】

「そのまさかだ。だから話が違うのか……他を先に片付けるぞ」


 負けるわけにはいかない。訓練なので死にはしないし、十路個人の問題だけならどうでもいいが、支援部が軽んじられると危険に繋がりかねない。自衛隊とは南十星(なとせ)の件で秘密裏に敵対した過去があるのだから。


 草を掻き分けながら進んでいたが、頃合を見てターンし偵察隊が使っていた道に出る。

 その、舗装もされていない道を、可能な限りの高速で駆ける。《バーゲスト》はオンロードが得意だが、走破性は高い。それに《魔法》でオフロードタイヤに作り変えている。

 あっという間に襲撃地点、偵察部隊が展開している場所へと戻ってくる。


「ハンドル任せた」

【了解】


 十路は小銃の(スリング)をハンドルに引っかけ、片側のステップに体重を預けて小さくなる。正面からの被弾面積を狭めた上、イクセスが細かく回避機動を取るので、隊員たちの迎撃は当たらない。ちなみにレーザー光線は視認できないが、生体コンピュータが認識している。


 そのまま軽装甲機動車(LAV)の脇を通過すると同時に、今度は十路が小隊にレーザーを連射する。不安定で移動しながらでも、至近距離なら外しはしない。次々と被弾を知らせるブザーが鳴る。


 更に回転砲塔の旋回よりも早く、射角よりも内側を、八七式偵察警戒車(RCV)の脇を走る。

 そして《バーゲスト》は後輪を跳ね上げながら急停止。その勢いに乗って十路は体勢を直し、シートに(またが)り直す。この程度の連携、イクセスに指示する必要もない。


 停まったのは八七式偵察警戒車(RCV)の真正面だった。ハンドルバーを引き抜いてクラッチレバーを引くと、今度こそ撃破判定が下った。


 だからといってまだ終わりではない。十路は地に足をつけて、急制動で前輪を持ち上げる。


 八七式偵察警戒車(RCV)の上を駆けて、置いてきたオートバイの偵察隊員が上から襲ってきた。

 その手には得物がある。二メートル近くあるが、刀身と柄の長さがほぼ同じのため、長柄武器(ポールウェポン)と呼ぶのも語弊がある。刃物らしい鋭利さがない、直線構成の金属板を片刃の刀剣と見なすならば、西洋長巻(ロンパイヤ)に分類するべきか。


 この場面に、自衛隊制式装備ではない代物が持ち出されたなら、それは《魔法使いの杖(アビスツール)》で、偵察隊員は《魔法使い(ソーサラー)》しか考えられない。事実、通常 《マナ》とやり取りするための通信機能をそのまま(もち)いて、十路にレーザーを照射してきた。

 

 もっとも十路は、それを読んで《バーゲスト》の前輪を射線に入れていたが。

 阻まれたと見るや否や、《魔法使い(ソーサラー)》自衛官は、周囲に《魔法回路(EC-Circuit)》を形成しながら、上から飛びかかってくる。周囲からのレーザー光線による撃破判定と、近接白兵戦による降参を同時に狙ってきた。

 

 今度は《バーゲスト》が勝手に動いた。後輪を動かし股下から脱し、前輪を地につけながら十路の周りを一周する。


【耐えてください】

「ぐ……!」


 ハンドルを持ち変えて、機能接続を保ったまま手がひねり上げられえるのを避けながら、十路は離さない。車体が宙に浮いた一瞬、体重差で引きずられたが、すっぽ抜けるのはなんとか耐えた。

 フィギュアスケート・ペアのデススパイラル……というよりは、オートバイをフルスイングした、と説明するのが正確な様か。手加減されているとはいえ、リーチの長い二〇〇キロオーバーの鈍器だ。相手は切っ先を届かせるよりも早く、リア部分で(したた)か打たれて吹っ飛んだ。


 草むらに転がった隊員は、丁度体の前面を見せて停まった。十路は小銃を構え直し、胸元の受光機(ディテクター)を狙って引金を引く。

 ブザーが鳴り、撃破と戦闘終了を知らせた。


「これで終わりか?」

八七式偵察警戒車(RCV)は乗車中に対戦車攻撃を受けたため、全員戦死と見なされました。軽装甲機動車(LAV)の乗員は、よくまぁ撃ち漏らしませんでしたね】

「そのために姿さらして強行突破したんだから、当たり前だ」


 ハンドルを手放した際に《バーゲスト》との機能接続は解除された。十路は小銃を背負って戦闘態勢を完全に解除し、直立を保つ《バーゲスト》に再度(またが)ろうとする。


 つまり、最後に倒した《魔法使い(ソーサラー)》自衛官に、無防備に背を向けた。それが固い戦闘靴で土を蹴る音が鳴ることになる。


「読んでるっての」


 十路は慌てず騒がずピボットターンで向き直る。

 さすがに《魔法使いの杖(アビスツール)》はマズいと思ったか、相対した自衛官は模擬戦用の模造ナイフを手にしていた。十路に飛びかかって押し倒し、白兵戦で勝利をもぎ取ろうとしたのだろうが、その手は虚しく空を切る。

 逆に十路が、ちょうどいい位置に来た自衛官の頭を脇に抱えた。そして反対の手を相手の股に通し、小柄な体を持ち上げる。


(あ。やべ)


 相手の勢いもあり、かつてないほどクリティカルに技が決まる予感を覚えた。だが既に重心を後ろに崩してしまったので、手加減しようにも遅かった。


 そのまま上下反対に持ち上げた《魔法使い(ソーサラー)》自衛官をを、倒れこみながら脳天から地面に叩き落してしまった。


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