080_0200 ぶらり途中乗車の旅Ⅰ~追善会~
数日後、まだ昼にもなっていない時間。
堤十路と木次樹里の姿は、静岡県浜松市にあった。
巨大倉庫内に何台もオートバイが並んでいる中、案内された先には、ふたりが見慣れた赤黒大型オートバイがあった。
受け取り手続きを終えて外まで運び、それぞれの空間制御コンテナを積載してヘルメットを被った頃合に、イクセスが無線でぼやく。
【まさか、トラック輸送されるとは思ってませんでしたよ……】
「最初は高速乗って来るつもりだったけどな……予定変わったし」
オートバイで二人乗りして高速道路を走るには、二〇歳以上でないとならない。緊急の部活時ならば特例的に無視できるが、それ以外は道路交通法を守らなければ御用される。
さすがに兵庫から静岡まで一般道を走るのは、時間がかかるし疲れる。なので《バーゲスト》は前もってバイク輸送業者に運んでもらい、十路たちは新幹線で移動した。
【しかも、なぜ静岡市ではなく浜松市なんですか?】
「イクセス? バイクの自覚あるか? ここバイクの故郷だぞ」
【《バーゲスト》の擬装はイタリア車なので、故郷はかなり筋違いです】
浜松市は、カワサキ以外の国内バイクメーカー三社創業の地だ。本社があるのは楽器メーカーのヤマハで、バイクメーカーのヤマハ発動機は隣の磐田市だが、本田技研工業とスズキは今も部品工場を置いている。
そんな場所柄、バイク輸送の物流拠点がある。静岡市内で受け取るより、浜松市で途中下車するほうが安上がりで便利よかった。
【物流拠点の事情だけなら、沼津あたりでもよかったのでは? 富士山に近いですし、伊豆方面に走るバイカーも多いでしょう?】
「あの辺、俺には理解できない進化を遂げててコワい」
支援部員はイメトレのためにアニメもよく見ているが、そこまでのめり込んでいない。なのにスクールアイドルの聖地に足を踏み入れるには、ちょっと勇気が必要となる。
【浜松って、バイク的には不穏な場所なんですけど……イエヤスみたいに漏らさないでくださいよ】
「しねーよ」
徳川家康と織田信長が同盟を組んで武田信玄と争った三方ヶ原の戦いで、家康は敗走し浜松城に逃げ戻った。その際馬上でウ●コ漏らしたという逸話があるが、真偽は定かではない。
【それで? 車載されていたから、スケジュール知らないんですけど。今から演習場に?】
「部活は明日だ。今日中に私用を済ませる」
樹里がリアシートに跨り、体を安定させたのを確かめてから、十路はアクセルを開き、航空自衛隊浜松基地の脇を走り始める。
その間も、新幹線の中でも、彼女とは一切会話はなかった。
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ウナギで有名な浜名湖に背を向けて、国道一号線を東に走る。右手にはほぼ常に海が、行く手には富士山が見える。
(うわー……覚悟決めたはいいけど、気まずい……)
十路と共に《バーゲスト》に乗るのは当然初めてではないが、樹里はこれまでにない居心地の悪さを感じていた。いつもなら十路の肩を掴む手も、今日は軽く乗せているだけ。
(抱きついたりしたら、絶対変な目で見られるだろうしなぁ……)
ライダースジャケットの背中を眺めながら、自分で自分の考えを打ち消す。二人乗りに慣れているので、そんな素人丸出しの乗り方はしない……というか、ライダーに完全に頼りきり、束縛してしまう乗り方など、怖くてできなくなっている。
彼からも話しかけてこないため、なすがまま、どこへ行くのか知らずに同乗している。静岡の土地勘などないため、仮に以前のような気安い関係だったとしても、なすがままなのは確実だが。
やがて再び都市部に入る。県庁所在地・静岡市だ。
『ちょっと寄り道するぞ』
「ふぇ?」
駿府城と静岡駅前を過ぎた辺りで、久々に声をかけてきたと思うと、十路はハンドルを切った。細い道を入ったかと思うと、駐車場で停止する。
道すがら、自然と人工物が織り交ざった風景だったが、ここは明らかに違う。鬱蒼と茂る森の入り口に鳥居が建っている。
(神社……?)
十路はハンドルにヘルメットを引っかけ、さっさと降りて鳥居をくぐる。慌てて樹里もヘルメットを脱いで追いかける。
十路の信心など、日本人平均以上とは思えない。神戸市内で行動圏内に神社仏閣があっても、わざわざ寄り道して手を合わせはしないから、意外に思う。
砂利の参道をしばし歩くと、急に開けて広大な境内が広がる。
入り口に社号標があったと思うが、慌てていたので見逃した。案内板に書かれている文字で、神社の名前がようやくわかった。
(靜岡縣護國神社……あぁ、そっか……)
全国各地にある稲荷社や八幡社とは異なり、日本に五二社しかなく身近でないため、知識と記憶をさらう必要があった。
護國神社は、神話に名を記す神様ではなく、国家のために殉難した人々を祀る神社だ。古くは戊辰戦争から、戦没者や戦災犠牲者、公務殉職者を祭神とする。終戦記念日が近づくと話題になる靖国神社とは異なり、その道府県出身者を対象としている。
公務殉職者には、殉職した自衛官も含まれる。十路が参拝する理由はある。
手水舎で手を洗い口を漱ぎ、手順に従い拝殿に参拝する。傍目には十路は普段のままだが、やはり野良犬チックな雰囲気とは違う。
樹里の感覚では、死者の冥福を祈る場所は寺なので、賽銭を放り二礼二拍一礼で行うのは、かなり奇妙に感じてしまう。
(衣川さんが亡くなってるから、ここに来るのもわかるけど……まさかとは思うけど……)
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寄り道はすぐ終え、静岡市を抜けた頃合に、十路は左にハンドルを切って山間部へ向かう。街と呼ぶには小さいが、集落と呼ぶには大きい。そんな中途半端な人家の狭間を通り抜ける。
途中、十路はスピードを落とした。
なにも変哲のない一軒家の前だ。大して広くもない庭の木は手入れされ、駐車スペースに自動車が止まっているため、空き家ではない。
生活圏から遠く離れた赤の他人が暮らす家を確かめる理由は、普通に考えればない。
だが彼は余所見しながら徐行運転し、行き過ぎてしまったら振り切るように加速する。
(もしかして、あそこが堤先輩の実家……?)
考えられる理由は、それくらいだ。
(じゃあ、ここが……先輩が育った場所?)
彼は実家で家族と過ごすよりも、駐屯地の宿舎で暮らした時間が長いと聞く。
だがやはり幼い頃に見た光景に、思うことあるのだろうか。
もちろん樹里の推測にすぎなかったが、ある商店で停車した際に確証に変わる。
スーパーと呼ぶには小さく、コンビニではない。日用品をひと通り揃えられる田舎の雑貨屋だ。決して都会にあるシャレオツなインテリアやアクセサリー用品店などを想像してはならない。
その側にオートバイを停めると、降りてヘルメットを脱いだ彼は、ポケットに入れていたサングラスをかける。そして店先のバケツに生けてあった仏花を手に店内へ足を踏み入れた。
「……とおちゃん?」
愛想のよさげなオバちゃん店員が、差し出された紙幣と小銭を交換し、花束を新聞紙で包んで渡したところで、顔を曇らせた。
「あんた……堤さんトコの、とおちゃん?」
「はい? 堤……? 人違いでは?」
明らかに十路の正体に気付いていたが、彼はサングラスを取って困惑した笑顔を見せる。オバちゃん店員はしばし眉根を寄せていたが、やがて『人違いだった』と破顔した。
不審がられても微塵も動揺を見せず、堂々と嘘で切り抜けるあたり、さすが元特殊工作員と変な関心をしてしまう。
「まだ覚えてるか……夏には……あ、オッサンだったか……」
買った花を樹里に押し付けてヘルメットを被る際、彼が口内だけで呟いたのを、野性動物並の鋭敏聴覚で聞いてしまった。
(駄菓子も売ってるし、先輩が子供の頃、よく来たお店だったんだろうなぁ……爽やかスマイルで別人判定された気するけど)
きっと幼い十路も無愛想だったのだろう。何年経っても記憶に残り、成長しても面影があるほど。
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夏休み、事件のほとぼりを冷ますために、十路は南十星と共に神戸を離れ、当てのない旅をしばらくしていた。
ここに来るのはそれ以来。静岡で生活していた頃よりも、墓参りの頻度が近いのはどういうわけか。
更に山に入った場所にある寺の山門脇に《バーゲスト》を駐車し、自分の空間制御コンテナを提げて門をくぐる。
まずは庫裏というか住居へ。ジャケットの内ポケットに入れていた香典袋を、袱紗に包んだまま郵便受けに入れ、読経が聞こえる本堂に手を合わせて頭を下げる。
永代供養の管理費は既に支払われているが、管理してもらっている気持ちだ。住職とは顔見知りで、直接手渡そうとすれば突っ返されるのがわかっているから、面倒を避けるために声はかけない。
そして墓地に赴こうとすると、樹里は共用の閼伽桶を準備して待っていた。手には既に数珠が絡まっている。
墓が立ち並ぶ通路を先に立って進むと、彼女はなにも言わずに付いてくる。
『堤家之墓』と刻まれた家墓に着くと、軽く合掌礼拝して、持ってきたタオルで軽く墓石を水拭きする。夏に訪れた際、本格的に掃除した上、寺でも管理してくれているため、掃除は簡単に済んだ。
花立に水と仏花を入れ、火を灯した線香を皿に置き、改めて手を合わせる。
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堤家とは完全無関係の樹里が、十路と並んで手を合わせるのも変に思えたので、一歩下がって数珠をかけて死者の冥福を祈る。
たっぷり一〇数えて瞼を開くと、しゃがむ十路はまだ手を合わせていた。
埋葬された人々をなにも知らず、心でなにを語ればいいかわからないため、樹里は所在なく辺りを見渡して。
側に立つ墓誌に目を留めた。一番新しく刻まれた、同じ命日の、ふたつの名前に。
(そういえば、堤先輩のご両親、名前も聞いたことなかったっけ……)
最近は破れがちだが、支援部員は互いの過去を詮索しない暗黙の了解がある。
そうでなくても、把握している十路の経歴からすると、両親の話など簡単には聞けない。
どんな人だったんだろうか。
なぜ亡くなったんだろうか。
「親父とお袋は一緒に死んだ。世間的には交通事故ってことになってる」
かけられた声に肩をビクつかせた。脳内センサーに全く注意を払っていなかった上、礼拝を終えた十路が話しかけてくるとは思っていなかった。
「『世間的には』って……」
「直接的な方法とは限らないし、殺されたんだろう。親父は弁護士だった。《魔法使い》関連の特別法に関しては、うるさい立場だったらしい」
十路の語り口は淡々としている。
なぜそんな話を、そんな口調で話せるのか。
「俺が知る範囲じゃ証拠は残ってないけど……同じように闇討ちもやってたから、なんとなくそう思う」
あぁ。そうだ。彼はこういう自嘲をする人間だった。
親しい者を作らず、遠ざけるために、独り善がりで。
思い至ると、樹里の心で怒りが燻る。
「衣川さんのお墓、ここにあるんですか?」
「は……? いや……」
「そうですか。じゃぁそろそろいい時間ですし、どこかでお昼ご飯食べながら、先輩のご両親のお話を聞かせてください」
一方的に早口に告げると、十路は怯む。いやちょっと怯え入ったように見えた。
若干暴走モード入って目の色が変わっている自覚あるが、人外の暴れっぷりを披露するほどキレてはいない。樹里は十路の腕を引っ張って歩き出した。閼伽桶の回収返却も忘れない。




