080_0130 遠くへ行きたいⅣ~伏魔殿~
「あのねですね、理事長……部活として俺を富士駐屯地に行かせるって、なに考えてるんですか? 俺、殉職したことになってるでしょう?」
同じ頃、私的な旅行が公的な部活動になった理由を、十路が追求していた。スモークサーモンのカルパッチョを突き刺したフォークで指し示して。
やたら酒瓶が豊富なため、雑多な印象を与えるパブ風の店は『allegory』――樹里の実家であり、樹里の姉夫婦が経営しているレストランバーだ。
支援部顧問からの唐突な『お願い』について詳しい説明を求めたが、『話が長くなる?』『外で酒飲みたい』などと長久手つばめによって連行されたため、彼もカウンター席に座ることになった。とはいえ未成年の十路に酒が出るはずもなく、もっぱら食う専門だが。
「んー……キミが書類上死んでる理由は、辻褄合わせと情報かく乱だからねぇ」
「や。実際私が《騎士》くんぶっ殺したけど」
白いカッターシャツに黒いベストの、バーテンダースタイルの悠亜が、カウンターの向こう側から口を挟む。
確かに以前、十路は彼女に殺されたが、殺した張本人からあっけらかんと言われると、すごく微妙な気分になる。ただでさえ悠亜も《管理者No.003》のひとり、羽須美と全く同じ姿形を持っていて、どう接すればいいのか迷う相手なのに。
つばめは『それはどうでもいい』と手を振って続ける。現状生きているからだろうが、十路の命の扱いが軽い。
「だけどもう堤トージって名前は、陸自の《騎士》じゃなくて、支援部員として広まってるし。死んだことになってても意味ないから、顔出しもそこまで気を遣う必要もないんだよね」
「いやいや。俺の経歴とか隠蔽が野党議員にでも知られたら、政権交代待ったなしでしょう?」
十路は《魔法使い》であるが故、物心ついた頃から特別国家公務員だ。将来自衛官になる人員を育成する自衛隊学校の生徒とは違う、最初から兵器になるべくして育てられた兵士だ。その上、秘密裏にあらゆる戦場に派遣され、実戦経験は豊富と来ている。
しかし一八歳未満が軍事に携わるのは、あらゆる国際法で禁止されている。
実際には《魔法使い》の子供を捜して集め、特殊な教育を施し活用しているのは、どこの国でも秘密裏に行われていることだが、英才児教育に類するものとする建前は大事だ。
国家ぐるみの違反と隠蔽が明るみになれば、自衛隊を管轄する防衛大臣の首は確実に吹っ飛ぶ。総理大臣の任命責任が問われるのも確実だ。
「そうなれば支援部の立場だって変わるでしょう? 政府からいろいろ認可受けての社会実験チームなんですし」
「あと一〇年はツッコめないよ。トージくんをネタに糾弾したら、《魔法使い》の扱いを変えなきゃいけなくなる。そしたら明日から日本の防衛とか防諜とかどうすんの? って話」
《魔法使い》は貴重な人的資源で、一般人の目に触れない分野では必要不可欠となりつつある。そして《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらない。
冷戦時代の核兵器と同じように、どこかの国が史上最強の生体万能戦略兵器を配備したなら、対抗するため自国も運用するしかない。
当事者だった《魔法使い》にしてみれば冗談ではないが、国家の視点では、扱いを人道的にすることで国が危機に陥るなら、非人道も認めざるをえない。
きっと、ずっと。常人が《魔法》を扱えるようにでもならない限りは。
「ま。公開しようとしたら、多分その人消されるけどね。国内どころか他所の国のスパイからも」
「そりゃ一回明るみになれば、世界中で『ウチの国どうなんだ?』になりかねないですからね……」
改めて国家の平和とは危ういバランスの上に存在し、綺麗事だけで成り立つものではないとコーラを流し込みながらかみ締めて、十路はアンダーグラウンドな話から本題に変える。店内に他の客はいないが、貸切でも閉店でもないのだから、長々とする話ではない。
「仮に偽装が問題ないとして。なんで俺が模擬戦なんて話に? 今日フォーのデータ取りに付き合いましたけど、それじゃ不十分なんですか?」
「部隊規模の実戦データも取りたいらしいよ」
「キナ臭いですね……」
「支援部を敵する想定はしてるだろうけど、それだけじゃないでしょ。対 《魔法使い》研究は、いくらデータがあっても足りないよ」
「なのに戦るのが俺ですか? 所属してたんだから、散々データあるのに」
「誰を寄越せって指定されてないし。だったら他のコ派遣して、進んで情報開示する必要ないじゃない。キミが静岡行くなら丁度いいかと思ったんだけど……」
言葉を切り、つばめはグラスをあおる。黒ビールの泡を幾分沈ませてカウンターに置き、大きく息を吐いた。
「まさかジュリちゃんまでとはね」
彼女の申し出は、この策略家も予想外だったらしい。
「ん? 来たみたいよ」
他に客はいないので、自分で入れたビールを飲んでいた悠亜が、白いチョビ髭をつけた顔を入り口に向けた。
直後、カウベルの音を鳴らして扉が開き、私服の樹里が入ってきた。
「お姉――うぇぇっ!?」
振り向いた十路と目が合うと、変なポーズで固まった。『また? 俺がここにいるのが予想外でも、なにそのリアクション?』と思うが、考えても想像つかない。
「どしたの? 今日はヘルプ頼んでないけど?」
「あ、や、えと……荷物、取りに。旅行、足りない。ドロボー違うから、顔出し」
「はいはい。勝手になさい。あ。長時間バイクに乗るみたいだし、ジャケット、プロテクター入りの持って行きなさい。私のパクっていいから」
そんな十路の心情は関係なく、姉妹の会話が繰り広げられる。樹里の不審言動は絶賛継続中だが、悠亜はツッコまない。
「義兄さんは?」
樹里がキッチンを仕切るカーテンを不思議そうに見やったことで、十路も遅ればせながら不思議に思う。
悠亜の夫で樹里の義兄であるリヒト・ゲイブルズを見ていない。病気全開で、十路の顔を見れば襲い掛かってきたのに。十路相手に出てこないのは百歩譲って理解したとしても、愛すべき義妹が来ても顔を出さないのはおかしい。
「リヒトくん? いないわよ」
「あ、そう。じゃあ家、勝手に上がって漁るから」
樹里はそそくさと店を出た。面倒ごとなくて丁度いいと言わんばかりに。リヒトが知ったら泣きそうな光景だった。
「……あれ? リヒトいないなら、じゃあキッチンには誰が?」
悠亜はほぼずっとカウンター内にいるのに、十路が注文した料理が出てきた。
一応は支援部協力者であるリヒトがキッチンにいるものと思って、遠慮なくアンダーグラウンドな話をしていたが、関係ない民間人がいるなら問題大アリだ。
「パートさん。耳の遠いお婆ちゃん、窪田ヨネさん九一歳」
「ご老体をこの時間まで働かせるのは止めましょうよ……」
悠亜の返事に『え? コレがそのヨネさん作?』とスプーンでまじまじと眺め、十路はペスカトーレ・リゾットを口に運ぶ。昭和初期生まれがイタリアンを作れない理屈はないが、お粥でも雑炊でもなく、魚介とトマトの旨味が生きる米粒アルデンテな一品は意外すぎる。
「それで、《騎士》くん。リヒトくんがいない理由なんだけど」
悠亜に話を向けられたので、やはりヨネさん作が意外な牛テール煮込みを口に運びながら、目だけで先を促した。
「あなたと本気で戦う準備してる。多分、来週あたりじゃない?」
「…………」
笑顔のままだが、視線だけ鋭さを帯びた言葉に、十路はとろける肉の食感を舌に感じながら、なんと反応すべきか迷う。
重症患者から見た義妹との距離感は差し引いても、やはり十路も《ヘミテオス》になってしまったことは、リヒトにとっては看過できないか。
「……リヒト・ゲイブルズと《デュラハン》は、どちらが強いですか?」
十路も詳しくは知らない、傭兵としての字で問うと、悠亜は肩を竦める。
「《騎士》くんと樹里ちゃん、どっち強い? 私とリヒトくんじゃ逆になっちゃうけど、同じくらいの実力差だと思うわ」
模擬戦なら十路が、一〇〇パーセントに近い確率で勝てる。
だが制限のない殺し合いなら、きっと樹里が勝つ。仮想空間内で野依崎を相手取ったように、遠慮の欠片もない攻撃を繰り広げられれば、万全の彼でも相当厳しい。更に《ヘミテオス》の本領発揮を考慮したら、勝つための戦術ではなく逃げる方法を考える。
リヒト・ゲイブルズは科学者として知られた人物だ。人間兵器として如何ほどか量れない。
とはいえ彼もまた《ヘミテオス》だ。強さに関係あるか不明だが、これまで戦った『管理者No.003』とは違い、データ分裂を起こしていない、完全オリジナルの。
とてもではないが、本気になった『初源の《魔法使い》』との戦闘は、楽観できない。




