080_0100 遠くへ行きたいⅠ~修羅場~
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
故に二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師』と呼ばれる。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《魔法使い》は特殊な生まれ故に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
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明るい神戸の夜光を浴び、リノリウムの床を戦闘靴で叩くたび、タクティカルベストと戦闘ベルトの重みが上下する。
それは慣れた感覚なので構うことなく、ケーブルが接続されたグローブに包まれた左手を突き出す。
堤十路は空気を冷却・圧縮させた《氷撃》を、十一号館――特殊教室棟の廊下へ連射した。
階段から飛び出す人影に命中したが、手ごたえはない。あるはずはない。箒とハンガーに服を着せた案山子なのだから。
それは発射前から脳内センサーでわかっていたこと。故に十路は飛び込んで床を転がる。
直後、指向性を持った衝撃波が、ガラス窓を粉砕した。
(外かよ! いつの間に!)
ほとんど動きを止めずに起き上がり、廊下を駆け抜ける。その直後に衝撃波が次々と襲い来る。
ソフトケースに入れて背負った《八九式小銃・特殊作戦要員型》を使うか少し考えたが、結局降ろさずにスライディングし、屋外側の壁に密着する。
頭上で衝撃波が炸裂するが、さすがにコンクリートまでは粉砕されない。掃射をやり過ごした途端、十路は跳ね起きて窓から飛び出す。
三階からの飛び降りだが、恐れはない。目を瞑りもしない。
だから《魔法回路》を体の各所に形成し、宙に浮く少女の姿をハッキリ捉えた。
トンファーを両手に構える、ジャンパースカートの少女――堤南十星を。
「必殺のぉ~……」
彼女は十路を認めると、衝撃波を噴出して白兵戦を仕掛けてきた。肘を引き、拳を繰り出そうとしている。
十路は足元に《磁気浮上システム》を実行し、仮想的な足場を作る。
「トンファーキック」
トンファー全然関係ない、客観的にはヒドい絵面の前蹴りは読めたので、磁力の反発力を使って上に逃げる。
冗談みたいな攻撃でも、彼女の害意は本物だった。一緒に衝撃波も発射され、破壊音が鳴り響く。
(食らったら内臓ミンチだな……!)
南十星も宙を蹴って、すぐさま追いすがる。生身で遷音速機動を可能とする彼女だ。単純な速度は十路では《魔法》を使っても敵わない。
故に攻める。後ろ腰から異形の銃剣を抜くと、《魔法》を付与して切りつける。
トンファーと銃剣がぶつかり、兄妹の闘争が改めて開始宣言された。
常に移動する。十路は足元に《魔法》を連続実行し、南十星は熱力学推進で追って、校舎の壁を駆けながら、何度も得物で打ち合う。
受け止めはしない。南十星の拳や蹴りは、攻撃の直線状に体を置いたら、直撃せずとも破壊される。十路の《高周波カッター》が付与した刃は、まともに受ければ金属でも切り裂く。
周囲を取り囲むように配置し、《魔法》の弾丸を発射する。だが第六感的脳内センサーをフル活用し、神経速度も動体視力も加速した少女は易々と避けながら攻撃してくる。
四肢を繰り出し、切りつけても頓着しない《狂戦士》相手には、《魔法》と一刀だけでは不利。いつもならば空間制御コンテナを盾に使うが、今はない。
強引でも隙を作るしかない。
「ふお!?」
切りつけると見せかけた銃剣を握る手で、少女の胸元を掴む。左手で装備ポーチに安全ピンが固定された、取り出すと同時に時限信管が着火した手榴弾を、ジャンパースカートの胸元へと放り込む。
自己修復で不死性を発揮する少女だが、さすがに慌てて飛び退きつつ、服の中から手榴弾を放り捨てた。
マイクロ秒単位で進行する《魔法使い》同士の戦闘では、致命的な隙が作られた。それを十路が逃すわけはない。
彼女が構えた時には、磁力の足場を蹴って急接近した十路は、すれ違い様に銃剣を振り切った。
少女の首を簡単に刎ね、中庭のタイルに着地した時、遅れて手榴弾が爆発した。
突風に耐え、勝利を確信して十路は振り仰ぐ。
「ふひ」
「!?」
まだ落下していない南十星の生首が、いつの間にかトンファーの柄を咥えて、不敵に笑っていた。
彼女の《魔法使いの杖》は二本一組。片方を手放しても、もう片方を中継に使って操作することができる。過去にはこれで、上下半身真っ二つになったまま戦闘、生身でのロケットパンチなどという、《魔法使い》でも正気を疑う離れ業を披露した。
それと同じように、首のない南十星の体が、巻き上げられた土煙の中から飛び出した。
「ごへ!?」
ならばと銃剣を投げつけた。過たず生首の額に突き刺さる。更に左手を突き出し、少女の顔が形を留めぬまで、《魔法》の弾丸を連射する。
さすがに生体コンピュータを破壊すれば、南十星の体は《魔法》をまとう拳を繰り出す前に、力を失って地面に倒れた。
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「のぉぉぉぉっ!?」
接続を切って瞼を開くと、頭を抱えた南十星がソファでのたうち回っていた。もちろん首は繋がっているし、額に穴は空いていない。
そもそもここは、学院内ではあっても校舎ではない。プレハブのガレージにオンボロの家具を詰め込んだ、総合生活支援部の部室だ。一〇月も半ばを過ぎるとすっかり肌寒さを感じるため、シャッターは締め切られてストーブを焚いている。
「兄貴ヒデェ!? 妹相手にヨーシャなさすぎる!?」
「なとせが人間辞めるからだろうが……でなきゃ、一撃で優しく殺してる」
「あれくらいしないと兄貴に通用しないっしょ」
「さすがにビビったぞ……タイミング違ったら負けてたかも」
兄妹が戦っていたのは仮想空間だ。とはいえフィクションで描かれるフルダイブ型仮想現実ゲームといったものとは少し異なる。現実と全く同じ条件の物理演算エンジンに、データで忠実再現した自分自身を置いて、思考で動かし戦わせる、《魔法使い》にしかプレイ不可能な高度なシミュレーターだ。
常人には理解できない《魔法使い》独特の感覚なので表現は難しいが、動作もダメージも自分のものと錯覚はしない。だから南十星がのたうち回るのは変なのだが、アホの子の理解は早々に投げ出す。
「フォー。スプラッタな絵面になったけど、あれで大丈夫なのか?」
小さな背中を向けてOAデスクに着く、自身の術式を参考にしてこのシミュレーターを作った者に問う。
「あー……こっちで編集して、資料にするであります」
彼女もやりすぎとは思っているらしい。やる気ないアルトボイスで返事するだけで、振り返ることなくキーボードを叩き続けている。
「それで? そろそろ説明してくれないか? なんでこんな模擬戦プログラムを用意してまで、俺たちを戦わせた?」
「説明したはずでありますが? 日本政府から自分たちの詳細データ提出を求められたからでありますが?」
確かにそのとおりではある。関係省庁経由で正式に依頼が出されている。
依頼という名目になっているが、命令と言い換えても差し支えはない。《魔法使い》が普通の学生生活を送るためには、引き換えに様々な義務が課せられている。超法規的な組織とはいえ、無視できない柵が存在する。
《魔法使い》にとって情報は秘匿するのが当たり前なのに、生体万能戦略兵器としての部員たちのスペック詳細など、自分たちから提供したくなくても、求められれば出さざるをえない。
「それだけじゃないだろ?」
とはいえ納得できない。映像記録が必要でもそれだけならば、《魔法》を使用している場面や現実での模擬戦で充分だろう。
仮想の戦場をわざわざ用意し、部員同士で殺し合いをさせるなど、明らかに要求以上だ。
十路が念を押すと細い指が止まり、振り返って面倒くさそうな顔を見せる。この少女はいつもそんな顔をしているが、それはさておき。
土器色肌に薄くソバカスの浮いた顔を歪める野依崎雫は、いつも被るフェルト製ネコミミ帽を脱いで、赤髪頭をかきながら部室内を見回す。
止まった視線の先には、外国人女性ふたりが、ソファでぐったりしている。
「どうにも気になったので、確かめたかったのであります……先日の戦闘で、自分たちは正真正銘の殺し合いを経験したでありますから」
支援部は、小さいながらも確かな変化を遂げた。口にはしないが十路も危惧している。
「あの時は気になりませんでしたけど、落ち着くと色々考えちゃいますねー……」
長い白金髪を背もたれに掛けダラリと垂れ下げ、口を空けて天井を見上げるナージャ・クニッペルは、静かになった。テンション高く騒がしいのは相変わらずだが、ふとした時にアンニュイな顔で黙り込む。
「自分が人間兵器だっつーのは、重々承知してたつもりですけど……《魔法》を使って、自分の意思でぶっ殺そうって思ったのは、あれが初めてですからね……」
王女サマの威厳など捨て置き、ソファの肘掛けで頬杖を突いて斜め四五度になったコゼット・ドゥ=シャロンジェも、気の抜けた息を吐く。
部長としての責任感からか、あまり面に出さないようにしているが、やはり時折難しい顔で考え込み、金髪頭をかきむしっている。
支援部はこれまで幾多の戦いを潜り抜けてきた。相手は当然部員たちを殺すつもりなのだから、殺し合いが初体験というのは語弊がある。
しかし支援部には偽善がある。
彼らは学生。行うのは部活動。殺さなければならない立場でも、戦争をやる義務もない。
それは普通の人間社会に溶け込み、学生生活を送るために必要な制限でもある。
警察官の発砲でも明らかではないか。いくら手順を踏んだ正当な使用でも世論は騒ぎ、犯人を射殺しようものなら上層部の首が挿げ替えられかねない。その善し悪しは別として、日本とはそういう国だ。
《魔法使い》の危険性は発砲事件の比ではない。現状でも充分危ないのに、自衛以上の結果を生み出すと、普通の人間は恐れて排斥に動き出す。
しかし先日の部活動では、部の偽善を除外して戦う必要があった。
相手は出来損ないの神――生物の進化を無視した半不死の純戦闘生命体へ変形する、《魔法使い》以上の人外。殺すつもりで戦わなければ、確実に殺される相手だった。
結局のところ彼女たちは、自らの手では《ヘミテオス》たちを殺してはいない。あと一手のところで横槍が入った。
それでも思い知ったはず。十路も過去に経験したから想像つく。
ナージャは元ロシアの非合法諜報員、野依崎はアメリカ国防総省に遺伝子工学的に生み出された秘密兵器、つまり軍事関係者だったが、ふたりとも誰かを殺した経験がない。王女として生まれ育ったコゼットは言わずもがな。
敵とはいえ殺せないのは、軍事心理学では当然とされるが、《魔法使い》はそれを越えることを要求される。
自分がマトモな人間と思っていたのに、禁忌を易々と踏み越えられる人種と自覚してしまい、自身が恐ろしくなる。
「攻撃時の正確性や反応速度が、軒並み低下しているであります……自分も同様なので、言えた義理ではないでありますが……」
野依崎が見せるタブレットには、数値やグラフが表示されている。それが可視化された迷いや戸惑いなのだろう。
心的外傷後ストレス障害の深刻さも問題だが、それ以上に戦力として不安要素を抱えてしまったのが問題だ。支援部は相変わらず命や身柄を狙われる立場なので、警戒し続ける必要がある。
彼女たちの悩み考慮外な冷淡な心配やもしれないが、確実に命を失う危険性を先に考えてしまう。彼女たちも十路と同じ、血みどろの兵器になることを望みはしないが、戦えないのは論外だ。
非常に難しいところで、十路もどうすればいいのかわからず口を出せない。
「クニッペルさんの場合は、違う要因もありそうですけど?」
「ほえ?」
コゼットがウェービーロングの金髪を揺らして気だるく身を起こし、隣のナージャを覗き込む。
「ほら。貴女のスタイルじゃない、ヘンな戦い方してたじゃねーですのよ」
対戦した彼女の指摘は、十路も気になっていた。遠距離攻撃に傾向したコゼット相手に、ほぼ白兵戦専門のナージャが、後の後を取る戦いをしていた。
ナージャは《魔法使い》としても破格の戦闘能力を持つ。不壊の鎧に身を包み、超音速で移動し、切れぬものなどない剣を振るう。
しかしディスプレイに表示された仮想の彼女は違った。《鎧》は四肢だけ部分的に展開し、加速はしない。それに剣はいつも切っ先をダラリと提げた無形に構えるのに、今回は居合を取った。彼女の必殺技とも言える《白の剣》の発射体勢かと思いきや、振るうのは単分子剣の《黒の剣》だった。
おかげで怒涛の攻めに耐え切れず、石の槍衾に磔にされて敗北した。
「あぁ~……いい機会なので、新しい戦い方に挑戦してました」
「ハ? なんでまた?」
「この間の戦闘で、初見殺しの必殺技をふたつも披露しちゃいましたからね……わたし的にはこっちが解決するべき問題なんです」
つまり彼女は、変化に戸惑いながらも戦意を失うことなく、新たな技を編み出そうとしている。
人里離れた場所を戦場としたが、使った以上は初見殺しは通用しないと考える辺り、腐っても情報の重要さを熟知した非合法諜報員だった。
それに彼女は元々、人を殺せない《暗殺者》だった。どうせ殺せないのだからと、今の心境は時間が解決すると割り切っているのかもしれない。
「……わたくしも、ちょっと考えねーとならねーですわね」
ナージャの決意を垣間見て、コゼットは金髪を一房指に巻き始める。
彼女の戦闘もまた持ち味の、予測による正確性に欠いていた。ネコミミ帽を被り直し、幼い顔を歪める野依崎も同様か。
だがすぐに考えを変えたように、立ち直った南十星に振り向く。
「ミス・ナトセも反応速度が低下しているでありますが……これは相手が十路だったからでありますか?」
「最初から兄貴に勝てると思ってなかったから、それはあんまし? どんだけ通用するのか、胸借りるつもりで本気出したし。それよか思考だけで戦うとワンテンポ遅れる」
「原因は脳筋でありますか……」
同じ経験をしても、変わらずあっけらかんとしている南十星は、別の意味で不安になる。『コイツこの調子で殺コロしちまうんじゃなかろうか』と。自衛官時代、そんな吹っ切れた人間兵器にさせないために、兄として色々と頑張っていたのに。
野依崎もアホの子の理解は早々に放棄し、振り返る。
「逆に意外なのが、ミス・キスキでありますね」
「ふぇ?」




