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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の第六戦
506/640

075_0020 【短編】ファム・ファタールをもう一度Ⅲ ~爆死~


 薄闇が真の闇になった。


 目は見えず、体の自由は効かずとも、意識は保っていたはず。

 だがそれが電源をOFFしたようにプッツリ途切れている。

 首筋になにかが触れ、なにかが侵入する冷たさを感じたのを覚えている。無針注射器で薬剤を注入されたせいか。



 △▼△▼△▼△▼



「――!」


 またも覚醒と同時に、十路(とおじ)は飛び起きる。今度は横になって寝ていた。


 辛うじて視認できるくらいの暗さだが、馴染みの場所なので、ここがどこかはすぐわかった。


(また……? 今度は部室?)


 遅ればせながら身を震わせる。元ガレージの支援部部室は、夕方ともなれば寒くなるが、気温低下だけが原因ではない。


 またも記憶が繋がらない。場所だけでなく時間も。腕時計の液晶表示は夕方の時間だ。ただし時刻を加味してもかなり暗い。その理由が、鋼板屋根を絶え間なく叩く音だろう。これもまた記憶と合致しない。


 ソファから起き上がり、やはり記憶なく脱いでいた靴を履いて入り口側のスイッチを押すと、蛍光灯が灯る。すると見えるのは、ラックに収まる大量のダンボールと、オンボロの家具たち。


(……? なんだ? この違和感?)


 なにかが足りない気がしてならない。記憶の欠落が激しいため、いつの部室を基準に比較すればいいのか判断できない。

 十路ひとりのせいだからか。他の部員たちは、まだ来ていないのか。


 それとも。


 確かめるために十路が電話をかけると、三コールほどで相手は出た。


『はいはい。どうしました?』

「ナージャ、どこにいる?」

『はい? ファミレスですけど?』

「は?」

『友だちと約束があるから、部活休むって言ったじゃないですか』


 やはりまただ。彼女が吐血しながら死んだ事実などない、記憶と違う現実がある。


「他の連中は?」

『わたしに訊かれても。いないんですか? なら書置きとかあるでしょう?』


 ナージャの言葉に首を巡らすと、壁掛けホワイトボードに部員たちの予定が明示されていた。

 大抵の場合、放課後最初に来た部員が、支援部に送られてきた依頼メールを、向き不向きを勘案してメールを転送する。『自分でやれ』系や『ンなこと《魔法使い(ソーサラー)》でもできるか』系の依頼が多いので、面倒くさがって誰もやりたがらないがそれはさておき。

 そうやって依頼が決まれば、当人が書くか、代わりに誰かが書くか。他部員にも一目でわかるよう、スケジュール表に記されている。

 それによると、全員『所用』となっている。個人的な用事があって部活には出て来れない。それも昨日以前からの予定があると。緊急招集がなければアバウトな部活だが、全員一斉に来ないなど珍しい。


 釈然としないながらも、それ以上は追求のしようがない。ナージャの連れに呼ばれたのであろう、誰かの声が洩れ聞こえた後、『それでは』の一言で電話が切れてしまった。


 ともかく現状がまるでわからない。明瞭なのにそう呼んでいいのか疑問だが、記憶が錯乱しているのは間違いない。


「どあぁぁぁぁっ!」


 どうしたものかと考えた矢先、ドアが乱暴に開かれた。なかなか激しい雨音が一時大きくなり、湿気を含んだ冷たい空気と共に、人間が飛び込んでくる。


「あ゛ークソ……部室まで()つと思ってたのに……」


 全身濡れネズミになったコゼット・ドゥ=シャロンジェだった。雨はずっと降り続いているのかと思いきや、どうやら十路が目覚める寸前に降り始めたらしい。でなければ、自衛隊員でもない彼女が雨具を準備せずに強行突破などしないだろう。

 普段はふわりと波打って軽そうな金髪は、大量の水分を含んで体に貼り付いている。シックな色合いのニットとジャンスカは水滴を(したた)らせている。


 打ちっぱなしのコンクリートに濡れた足跡を残し、彼女はプレハブ小屋隅に向かい、やはり盛大に濡れたトートバッグからアタッシェケース型空間制御コンテナ(アイテムボックス)を取り出す。

 そしてガショッと機械駆動音を響かせて圧縮空間から取り出したのは、小ぶりのバックだ。その中身は十路も知っている。なにせ部活動で荒事すれば凄まじい格好になるため、空間制御コンテナ(アイテムボックス)持ちの部員は全員予備を一式用意している。

 よって彼女がなにをするつもりか予想できる。


「あの? 部長? 男がいるのに、ここで着替えないでもらえません?」

「ア゛!? 今は堤さんの目なんぞどーでもいいわ! パンツん中までグショ濡れなほうが重要だっつーの!」


 タオルでガシガシ頭を拭きながら、雄々しさを見せつけられた。

 毎度のこととはいえ、これで王女サマとは恐れ入る。金髪碧眼(きんぱつ)白皙(はくせき)の美貌という王女像そのままの特徴、本籍地の住所は公宮殿、プリンセスの身位と殿下の敬称を持つ身だというのに、なんでこう中身は男前なのか。神様は彼女を創造した際、ちゃんと最後まで仕事してほしかった。


 ともあれ文句(せっとく)は諦めて、十路はOAデスクに着き、彼女に背を向ける。ここで平然と着替えるクセして、見てしまったら鉄拳制裁と想像できるので。


「んで? 他は? 堤さんおひとりですの?」

「全員私用で休みみたいですけど」


 パソコンを起動させてメールチェックすると、既に依頼が仕分けされた後だった。つまり十路が寝始めるより前に、誰かが部室に来ていたことになる。記憶が飛んでいるのでありえないとは言えないが、納得できない収まりの悪さを覚える。


「『みたい』?」

「さっきまで昼寝してたから、よく知らないからですよ」


 ついでにWebブラウザを立ち上げて、ニュースを軽くチェックするが、特段大きな事件は起きていない。神戸新聞Web版の地域ニュースを見ても平和なもの。

 市内で女子学生が銃殺されたり毒殺されたり、なんて記事はない。SNSを覗いても、やはりそれらしい書き込みはない。

 ナージャの電話で一応得られた納得は、やはり変わりないと考えるしかない。いくら()に落ちずとも。


「よくこんな場所で寝られますわね……」

「部長にだけは言われたくないですけど。たまにここで寝てるじゃないですか」

「気温が大違いだっつーの。つーか火ぃ点けてくださいな。クソ(さみ)ぃですし」


 背後でビシャリと湿った音が。濡れそぼった布が、それもサイズ的に下着が床に投げ出されたんじゃないかと想像する。他の服ならもっと重い音になる気がしてならない。

 『男の前で下着までとか、この人マジか……』と十路は頭痛を覚える。飛びきりの美人が背後で全裸になっていようと、心拍数はなんら変わりない。仮に今後上がるとしたら羞恥や期待によるものでなく、殴られる危機感と緊張だ。

 彼はコゼットを視界に入れないようOAチェアごと移動して、言われたとおりに昔ながらの石油ストーブをライターで点火させる。

 火が(おこ)る音が(きぬ)()れに被さると、多少は気まずさが(まぎ)れてホッとする。季節の上ではまだ秋だが、炎の大きさと共に上昇する温もりにも安堵する。


「はい、どいてどいて」


 そんな彼を押しのけるように、コゼットが濡れた服をソファやテーブルに広げ、ストーブに向ける。マントみたいに毛布を体に巻きつけたまま。

 なんか嫌な予感がした。


「あの、部長? 着替えは?」

「前の部活で着替えて、補充するの忘れてましたわ……」


 ということは、毛布の下は。

 王女サマがそんな姿で、しかも犬用を洗濯してまだ使ってるようなボロボロの毛布に包まってるのはどうなのか。もう少し恥じらいを持ってほしいと、あまり物事に頓着しない十路でも思ってしまう。


 ぶり返す気まずさに、十路は小さくため息をついて、やはり彼女を視界に入れないためにパソコンのディスプレイに向き直る。

 とはいえ、なにかやるわけでもない。彼女の服が乾くまでの時間を潰そうにも、どうしたものかと考えしまう。仕方ないのでデスクに転がっていたボール三個でジャグリングを始めてみる。このぐらいなら一時間くらい平気で続けていられるので、十路はボヘ~としながら手を動かす。


「……貴方のその気ぃ抜けたツラ、なんとかなりませんの?」


 コゼットが見ているのは十路の後頭部のはずなのに、なぜかそんな注文がつけられた。


「放っといてくださいよ……いつもこんな(ツラ)でしょうが」

「いつもどおりと言えばそうですけど、いつもと違うというか」


 彼女なりの気遣いから出た言葉だったらしい。心当たりは充分ある。


「変な夢見たせいで、ちょっとボケてますね……」


 跳ね上げるボールと一緒に、覇気のない吐息が立ち上る。背もたれに体を預け、やや上を見る視界には、同じタイミングでボールが入って消える。


(なんかケツの収まり悪いな……?)


 部員たちが死んだ記憶は今更で、別の、物理的な違和感を覚えるため、集中できない。


 十路は部室のパソコンをあまり使わない。いつも他の部員が占有しているため、この椅子にあまり座らない。座り慣れないから居心地の悪さなのだろうか。

 否。それもあるだろうが、もっと他に慣れた感触が、この部室にはあったような。


(俺、部室だといつもどこに座るっけ? だいたいソファに座るけど、全員集合すると席がないから――)


 そこまで考えた十路は、ハッとして振り返った。受け損ねたボールが転がったが、どうでもいい。

 だが見たい光景は見えなかった。


「堤さんが気が滅入(めい)るような夢なら、よっぽどみたいですわね」


 毛布を巻きつけたコゼットが、すぐ側に立っていたから。ここに置きっぱなしの毛布の埃臭さと雨の匂いが混じると、獣臭に似た野性味ある匂いが鼻に届いた。本物と違って不快ではないが、普段彼女は紅茶の香りをまとっているが、さすがにずぶ濡れでは異なる。

 ストッキングも靴下もショートブーツも脱ぎ、どこにあったのか素足にサンダルを突っかけている。女子大生らしい普段着は露出度を抑えているため、膝から先でも白い足を見せているのは珍しい。


 体裁としては今の彼女は、風呂あがりと大差ない。(ゆえ)に十路は顔どころか椅子ごと再度背を向ける。気恥ずかしさとかではなく、やはり殴られる危機感で。


 だが襲ってきた感触には、さすがに心臓が跳ね上がった。コゼットが背後からしなだれかかってきた。


「どうしたんですか……?」


 問う声も上()りそうになったが、十路は意図して普段どおりの平坦さに押さえる。

 背中に押し付けられる肉感。頬をくすぐる吐息。胸前に回され、視界に入る白く細い腕。

 いくら美人だろうと普段ほとんど意識しない、彼女の女らしさを嫌でも意識する。


 やはり『らしくない』と思ってしまう行動だが、平然と抱きついてくるナージャや南十星(なとせ)ほどではなくとも、コゼットも十路に体を寄せてくる。(もた)れかかったり、肘置きにしたりだが、

 それは信頼されてる証だろうが、親愛以上があるとは思っていない。男前な地を重々承知しているからか、曲がりなりにも王女の看板を背負うからか、はたまた部内年長者や当人のプライドからか、恋愛に関しては臆病なほど慎重だと見ている。


 加えて『また』の疑念が湧き上がる。

 次はなにが起こるのか。彼女がどんな死を迎えるのか。


 また、誰かを守れないのではないか。


 悪い想像しかできず、(うぶ)()が緊張と恐怖で逆立つ。


「大丈夫です」


 しなだれかかる彼女の意図は確かめない。知ってしまえばこれまでの関係を続けていられない。

 南十星やナージャの死因からすると、関係ない可能性も充分考えられるが、どちらも十路の目前という共通点がまず思い浮かぶ。何者かの仕業だとすれば、やはり恨みを方々(ほうぼう)で買っている十路への闇討ちに巻き込まれたと考えるのが自然だ。

 十路が近くに居さえしなければ、ああはならないのではないか。


「あ……」


 (ゆえ)に十路は、コゼットの腕を退()かし、立ち上がる。

 彼女を傷つける可能性は頭に()ぎったが、それよりもここに留まり流されるのが怖くて仕方ない。好意はもちろん、彼女の死に様を見るのがなによりも。


 扉を開くと冷気を全身を浴びた。構わずに十路は外に踏み出すと、今後は水滴を全身で浴びる。

 結構な降りだったが、十路は構わず雨の中に踏み出す。元陸自隊員の習性で傘など使わないし、仮に誰かに差し出されれたとしても、今はわずかたりとも足を止めたくない。


 ずぶ濡れになり泥を跳ね上げ、五〇メートルばかり離れてから、十路は足を止めた。大した距離でもないのに息が荒くなった。


 振り返る部室に変化はない。雨曇りの暗さの中、小さな窓から明かりを漏らしているだけ。

 あの格好では無理だろうが、コゼットが追いかけてくるどこか、顔を出すといったこともない。


 安堵か後悔かわからない息が白く立ち上った。神戸は年中温暖な気候とはいえ、秋の雨空ではかなり冷えている。


「なにやってんだ俺……」


 ズブ濡れになって頭が冷えた。


 ナージャが死んだのは現実ではなかった。電話をかければすぐに応対した。南十星もそうだった。

 あれは現実ではないのに、なにを恐れているのか。

 コゼットがいきなり迫るような真似したから、混乱したのだろうか。


(そうに違いない――)


 でも、足元に。

 また、黒い子犬が。


 足にじゃれつこうとしてきたので、飛びずさる。十路らしからぬ、かなり怯えが入った下がり方になった。

 この子犬を見た直後、南十星とナージャの死を見たのだから。


「――!?」


 直後、爆風に吹き飛ばされた。頭の隅で『やっぱり』という納得と、新たな恐怖を感じながら、十路は地面を転がされる。


 部室が爆発した。プレハブ小屋は壁も天井もシャッターも軽々と吹き飛び、炎と黒煙が渦巻いている。


 爆薬による固体相爆発ではない。気化した液体燃料と思える気体相爆発。それもドラム缶クラスの相当量。だがそんなものが仕掛けられていたなら、いくらなんでも気付いたはず。


 経験と知識の(ささや)きにウンザリしながら、十路は痛みを無視して立ち上がる。部活で使うことが多いため部室にあった、爆風と一緒に転がってきた消火器を手に炎に近づく。


 爆心地は部室だ。なら、そこにいたコゼットはどうなったか。

 結論はわかっているが、それでも十路は消火剤を振りまき、炎を消し飛ばす。


「あ……」


 可燃物のほとんどは吹き飛んだからか、炎はすぐに小さくなった。

 コゼットの安否も確かめることができた。


 否、すぐにはわからなかった。猛烈な爆轟の中心にいた彼女は、元型すら留めていなかった。衝撃波で血肉の塊と化し、更に炎で(あぶ)られ、消火剤で白くなったそれを、遺体とすぐにわかる人間が果たしてどれほどいるか。


「……っ」


 十路が区別ついたのは、手首から先が辛うじて無事だったから。なにか特徴があるわけではないが、指先や爪まで手入れの行き届いた、嫌味なほどに無傷な指先は、彼女の手だとわかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか心に来るスタートですね… 黒い犬は、ヘルハウンドとか…? 楽しみです
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