070_1780 5th showdown Ⅸ ~愛別離苦~
その効果は、ワープやタイムトラベルの出来損ないとでもなるのだろうか。
通常空間を隔絶して効果範囲を限定させ、内部の四次元世界面に余剰次元方向への重力子を増大させる。
その内部がどうなるのか、観測できないためわからない。膜宇宙を飛び出して平行宇宙や異次元に吹き飛ばされるのか、過去や未来に跳ぶだろうか。
仮に時空間を越えるとしても、宇宙論で語られるような現象を前に、矮小な生物に耐えられるはずはない。重力に引き裂かれ原子レベルの塵と化すのか。絶対零度で凍りつくのか。ホーキング放射を浴びて蒸発してしまうのか。
《魔法回路》の光球を宙で激突させたら、一気に膨れ上がって、一瞬後には消滅する。
地形が球状に抉り取られた。突如空いた大穴に武庫川の水が流れ込み、不自然に削れた渓谷の斜面は崩れ始める。
十路はハンドルグリップを構えたまま固まっていたが、やがて重みに耐えかねたように、ゆっくり下ろして手放す。
あまりにも呆気ない決着で、終わりの実感が持てない。《ヘミテオス》である鄭雅玲と、その《使い魔》たる《窮奇》の最期にしては、静か過ぎた。
「戦闘終了ですか?」
【他の場所も、『麻美』っぽい反応はないみたいだし、部員の子たちと無線で連絡取れる】
「支援部の完勝ってことですか」
【そーね。リヒトくんたちも手伝ったみたいだけど……あ、ほら。来たわ】
悠亜は大きく息を吐いて手を下ろし、半端な状態だった悠亜はキチンと人型に変形する。こちらはちゃんと戦闘終了を自覚し、それでいてなんの感慨も抱いていないだけ。
機械であるイクセスと、歴戦の傭兵である悠亜は、敵の死に心を動かさない、ということか。
「こっちはこっちで大変だったみたいですね」
「ぶちょー。墓場セーダイに掘り返したから、アトシマツよろ」
「同じくゴルフ場の復旧工事をよろしくであります」
「テメェら……そん時ゃコキ使うぞコラ」
ナージャが。南十星が。野依崎が。コゼットが。各所で戦っていた彼女たちも戦闘終了と見たか、あちこちから現れて合流する。全員が盛大に汚れ、着衣が乱れているが、全員が軽傷以下の五体満足だ。ちなみにコゼットは市ヶ谷と、野依崎はリヒトと一緒に現れた。
なぜ彼女たちも、激戦を終えて尚、普段のままなのか。
十路には本気で不思議だった。部員たちの中で最も実戦経験豊富なのだから、おかしいのは彼自身だと、頭の片隅で理解しながらも。
敵を倒しただけ。これまで何度も繰り返したことを、たったひとつ増やしたに過ぎない。
なのに、この喪失感はなんなのか。
抉れただけでなく、石が転がる無事な河原にも、激戦の痕跡がある。大量の薬莢や、爆発物や機体の破片が、いくつも散らばっている。
その中に見覚えあるものがあった。十路は近づいて拾い上げる。
《無銘》の柄だった。悠亜がへし折り、鄭に突き刺して、《魔法》の効果範囲内にあったはずだが、一部が範囲外に転がっていた。
刃は螻蛄首で折れている。太刀打より先が辛うじて残っているだけ。《魔法使いの杖》としての機能は完全破壊されている。《付与術士》に修理を委ねても、完全に新造されるに違いない。
――あぁ。そうか。
「部長。関係各所への連絡と、後始末の指揮をお願いします。俺も後で行きます」
「……怪我、なんとかしなさいよ? 《治癒術士》もいることですし」
いつもと変わらぬ口調で、それだけコゼットに言うのが精一杯だった。
動けそうにない。堤十路は少しだけ特技がある凡人に過ぎず、超人ではないのだから。傷ついた身よりも先に、心が折れそうだった。
幸いにも彼女たちに、気付かれなかったか。いやきっとなにかを察し、後回しにしてくれたのだろう。ナージャなどなにか言いたげな顔をしていたし、南十星など去るのに不安げな顔で何度も振り返りながらだった。気持ちの機微など無視するくせに、他人の心境を言い当てる野依崎も気付かないとは思えない。
それでも彼女たちは十路の意を汲んで、この場を去ってくれた。部員ではない悠亜・リヒト・市ヶ谷も、残る理由はないのだから、彼女たちについて行く。
「早く行けよ……」
残るは樹里と悠亜だけ。だがふたりは動かない。
「ダメですよ……」
ブラウスやリボンタイどころか、靴も履いていない。学生服のジャケットとスカートだけでなんとか体裁を整えた樹里は、治療のために残ったわけでないらしい。提げた空間制御コンテナからは長杖を出さない。
「こんな時に、ひとりでいたら、ダメです」
彼女は察した上で、他の部員とは異なる選択をした。
ずっと隠すことに失敗し、顔や態度に全部出てしまっているのだろうか。
「俺は……」
下らない男の見得で、情けない姿を見せたくなくとも、もう意地を張るのも限界だった。涙を自覚すれば堰は切れてしまった。なにもかもが震えながら溢れ出た。
「今度こそ……羽須美さんを……殺したんだな……」
違う。十路が殺したのは衣川羽須美ではない。《軟剣》も《赤ずきん》も、鄭がデータを利用していただけ。同じ顔、同じ声で、元は『麻美』なるひとりの人間だったとしても、別人だ。
《ヘミテオス》の権能とは、オーバーテクノロジーの一部使用権限に過ぎない。鄭が消えたとしても、別の《ヘミテオス》に引き継がれて、同じことができるのかもしれない。
そんなことはわかっている。
だが、それでも、完全に壊れた《無銘》を見て思った。
死んだ羽須美の残滓すらも、十路自身の手で消してしまった。
一年前、アフリカで彼女を殺したと誤解していた時のことは、よく覚えていない。羽須美に施された記憶封鎖が解かれた今でも、思い出せない。
だがきっと、その時に抱いただろう喪失感よりも、ずっと重い。
「借り物の体ですけど、これくらいは許されるでしょう」
横から石を転がす足音が近づいて、背中に腕が回され、十路の上体が軽く引かれる。装備ベスト越しではあまり感じられないが、柔らかい肉体が密着してくる。
悠亜に抱きしめられた。
「すみません……この程度のことしか、できませんけど」
本当にすまなそうに耳元で囁かれる声。体から香る機械油と硝煙、鼻先の黒髪から届くシャンプーの匂い。羽須美に抱きしめられた時に感じた要素と同じだった。
「う、ぁ……」
だが、やはり違うと知っているし、同一視してはならない。
その理解が喪失感を一層強くする。
辛うじて保っていた力すら体から抜ける。肩から紐がずり落ち、壊れた小銃が音を立てる。
悠亜に縋りつくように、十路は泣いた。
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(どうして……?)
抱き合うというより、崩れそうな十路を悠亜が支えるのを見て、樹里は治療を忘れて固まった。
なぜ、それを自分が行わなかったのか。
なぜ、思いつきもしなかったのか。
なぜ、彼をひとりにさせないだけでなく、もう一歩踏み込まなかったのか。
悠亜が姉の体を借り受けて以降、度々モヤモヤしていたが、今度はそんな曖昧な気持ちではない。
嫉妬とは違う。完全な間違いとも言い切れないが、妬みというよりかは後悔を、不自然にも自然と抱いた。樹里自身が戸惑うほどに。
胸の奥がほの温かくもならず、鼓動が激しくなりもしない。
その感情を自覚なく持っていたことに気付くと、血の気が引いた。
だからそれを恋心などと呼ぶのは相応しくない。
普段からやる気なさげで人相悪く、真面目な顔をしてもせいぜい二枚目半。不潔ではないが、身なりに気を遣いはしない。性格もいろいろ難アリ。不誠実ではないが、いい人止まりの優しさすらなく、時折クリティカルに心を抉ってくる。
なにより、誰も信用しようとしないことに腹が立つ。
十路を異性と見て採点したら、減点要素に事欠かない。なにかの間違いでときめいたとしても、知れば知るほど目立つ粗に不満を抱くこと間違いない。経験豊かな成人女性ならば、『男なんてそんなもの』と妥協するやもしれないが、女子高生程度の人生経験では幻滅する。
それでも尚、共に在ることを望み、慈しみを抱いたならば。
一時的でも一過性でもなかったならば。
(どうしよう……!?)
樹里が恐怖したのは、愛情と呼ぶべき感情ではないか。
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中乃華夏人民軍空軍所属早期警戒管制機、空警二〇〇〇。NATOコードネーム・メインリング。
詳細非公開の最新鋭機で、更に従来型の早期警戒管制機でも資料など限られているが、加味してもその内部は最新鋭過ぎて、大きくかけ離れていると窺える。
オフィスのように十数名の乗組員が操作卓について、レーダー監視や情報分析、担当部隊の指揮管制を行うはずだが、警戒・管制作業要員は実質いない。設備はSF映画の宇宙船のようだった。物理的な計器やスイッチ類を排除し、まだ実用化されていないはずの空中投影まで当たり前に利用された、ゴーグルや操作デバイス不要の複合現実インターフェースだ。
ただひとり、スーツ姿の男が操作卓についているが、眼鏡に反射していた映像は、機体の役割とは異なるものだった。
「趣味の悪い覗き見は終わった?」
ミッション・コントロール区画の通路反対側で、憂鬱げに操作卓に体重を預けていた者が姿勢を正した。
レディーススーツ姿でも童顔では、就職活動中の女子大生にも思える女性――長久手つばめだった。
今回の戦闘に際し、政府関係者と話し合いが必要、東京に行くと話していた彼女が、日本海上の中国空軍機に。
「こんな《使い魔》もどき作ってまで、やることがそれ?」
「副次的な使い方だ」
しかも、経済界では充分すぎるくらい『若い』と評されるだろう相手の名は、蘇金烏という。
片や、世界規模の巨大企業最高経営責任者。
片や、学生数や職員数は大規模とはいえ、比べればしがない学校法人の理事長。
互いを敵と定めているはずのふたりが、同じ機内にあった。
「しかも『娘』を見殺しにして、確かめなきゃならないことなわけ?」
問われたつばめに、蘇は振り返り、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「鄭は違う」
レンズ越しの瞳には、なんの感情も浮かんでいない。ただでさえ鳥の瞳から感情は読めないのに、全身黒の烏ともなれば尚更。
声も冷徹そのもの。機体機能で接続を増強させ、XEANEサイドに属していた『管理者No.003』たちの消滅を確認しても。強がりではなく、なんの感慨も持っていない。
「それとも、予定どおり? ジュリちゃんが他の『管理者No.003』を回収したのも」
だが重ねられた問いに、ハッキリと蘇は表情を変える。
嗤った。つばめの推測を肯定するだけでなく、鄭たちを娘と思っていないことを強調した。
「なんにせよ、燕の手駒の上限が見定められたのは大きい。何度も戦っているというのに、どうにも不完全なデータしか集まらなかったから」
だが彼は、それ以上の吐露を避けて、話題を変えた。
「まー確かに、部員たち個人の強さは、今回がほぼ限界だろうね?」
対して彼女は、言葉を信用しきれない緩い笑顔を浮かべる。
「でもあのコたちは《ヘミテオス》も倒せる。そんじょそこらの《魔法使い》をぶつけても、敵いやしないよ? どうする気?」
「白々しい。君のことだから、対抗策も対々抗策も織り込み済みだろう」
「ってことは、まだやる気なんだ?」
つばめが笑顔を消すと、蘇も鼻白む。感情発露の少ない男だが、まとう空気が明らかに変わった。
「君たちが邪魔をしなければ済む話ではないか?」
「邪魔するに決まってるじゃない」
つばめは邪悪な笑顔を浮かべ、その名を口にする。
「わたしは《リリス》。神サマを拒み、アダムとイブを唆したヘビだよ? 神サマになろうとするアンタの邪魔するに決まってるじゃない」
「このままでは未来はないと知っていながら、どうして邪魔をするのか……」
「この世界にとって、別の時間から来たわたしたちは異物。わたしたちは技術的に上位存在になっちゃうけど、イキるのも大概にしなよ」
蘇が『話にならない』と小さく首を振る。実際、彼らは散々話し合った末に、今のような関係にある。
「やはり、決着をつけなければならないか……」
「金が諦めない限り、わたしは続けるよ」




