070_1760 5th showdown Ⅶ ~拳拳服膺~
――《魔法使い》の相手は《魔法使い》にしか務まらないって通説、あれデマだから。
――ややややや。私だけができる特殊例なんかじゃないってば。
そこかしこに砲弾が落下する、戦争映画のワンシーンを連想しながら、十路は駆ける。
――《魔法使い》は無敵の超人なんかじゃない。
――特に《魔法》使ってない時はただの人間よ? 簡単に死ぬから。
吹き飛ばされた石が体を叩くが、大した大きさでなければ構わず耐える。動きを滞らせ、狙いをつけさせるほうが恐ろしい。
――それでも死なない連中がいたら、本物の神サマか悪魔よ。
――さすがにそんなのまでは要求しないけど……《魔法使い》相手に《魔法》なしで倒せるくらいにはなってもらうからね。
合間合間で片手撃ちで連射する。《魔法》を付与してダメージを与えてはいるが、決着に結びつくなど考えていない。注意を惹きつけるには、ただ撃つだけでは駄目だからだ。
――どの程度って……もちろん私に勝つくらい?
無線接続された生体コンピュータの演算能力は、外部から使れ始めた。負荷に顔をしかめながらも、十路は思い出した記憶に苦笑する。
一転、横に大きく跳ぶ。直後、立っていた空間を高出力レーザーが通過した。
アニメと違って現実のレーザー光線は目に見えない。視認できたとしたら眼球に直撃した時だ。しかも物理学上最速の攻撃手段なのだから、察知できたとしても着弾後のことだ。
――相手の観察なんて絶対必要条件でしょ。目と脳で視るのは当然。そのうち見なくても『視える』ようになる。
それでも十路は鄭が形成した《魔法回路》を観察し、幾多の戦闘経験が攻撃を予測し、先読みで回避してみせた。
――自分の呼吸を常に意識の片隅に置くの。乱れた時は、状況や相手に飲まれてるってことよ。
致死性の攻撃を回避できた安堵はない。次がすぐさま襲い来るのだから、その暇もない。
かといって過度の脅威も感じない。
たとえ鄭が半人半蛇から半鳥半獣へと変化していても。
――『なにが起こるか』は思いつかなくても、『なにが起こっても不思議ない』は常に考える。そうすればどんな状況になっても固まることはないわ。
小銃は手放し紐に任せる。提げていた空間制御コンテナは力いっぱい放り投げる。
空けた両手それぞれにポーチの手榴弾を手にし、ピンを抜いて前に放り捨てる。鄭はまだ遠く、届くはずがなく、そしてそのつもりもない。
――相手の動きを読みながら、自分の動きを読ませない。同時にできるようになりなさい。
クジャクの飾り羽の模様は、本当に目玉にしか思えない。獣の体表部分にはフジツボのようなものが大量に生えている。
《ハンス坊ちゃんはりねずみ》の本領発揮、半生体・半機械の発振器から、ハリネズミ顔負けにレーザービームが幾筋も照射される。
――《魔法使い》の戦闘で防御なんて無意味よ。バリアなんてあるわけじゃないし。回避か迎撃かよ。
十路はその隙間に体を割り込ませた。はみ出た小銃の先端が切断された。
先じて投げた手榴弾の爆煙が、不可視のレーザー光線を夜に浮かび上がらせる。その直線上にいたら無意味だったが、無事回避できたことに安堵の息を吐きそうになる。
ただしそれも一時のこと。高出力のレーザー光線を照射したまま、鄭が身じろぎしただけで焼かれてしまう。
――使えるものはなんでも使いなさい。変な遠慮なんてしてたら生き残れないわよ。
その前に、空間制御コンテナが落下して、射線に割り込んだ。
盾にできる頑丈さを持つとはいえ、さすがに高出力レーザーを防ぐほどではない。マイクロ秒くらいは耐えたが、表層が解けて内部にまで浸透し、機能は破壊された。小さな爆発と共に、中に保管していた装備が飛び散る。
そして歪曲した空間も伝播し、レンズを置いたように直進するはずのレーザー光線をねじ曲げた。
――いやだから? 拾うの一動作で済ませさいって。止まって屈んで手で拾うとか、隙だらけじゃない。
――十路もジャグリング練習してみる? 戦闘に使うなら、ちゃんと戦術組み立てないと死ねるけど。
安全地帯が消滅するよりもわずか早く、レーザー照射は途切れた。生物の肉体はたった六〇度で変質するタンパク質で構成されているから、いくら機械の特徴を併せ持とうと、そんな強烈なエネルギー放射を長時間続けられるわけはない。
故にまだ宙にある、散らばった装備の大半は破壊されずに無事だった。
その中に、自衛隊員でなくなっても所持し続けている、〇一式軽対戦車誘導弾が手に届く範囲にあった。
十路は即座に紐を掴んで重さに負けじと振り回して、一挙動で肩に担ぐ。
夜間用照準器に鄭の姿はハッキリ映っている。巨体を持つ生物で、しかも猛烈なレーザー放射を行った直後ならば、周囲との熱的差異は明らかで、補足に問題ない。最低安全距離もクリアしている。
ボタンを押し込むと、即座に二重成形炸薬弾頭の対戦車ミサイルが射出される。飛び出してから空中でメインロケットモーターで亜音速まで加速し、鄭へ低伸弾道モードで直撃した。
――当たろうが外れようが、一撃離脱は常識。足を止めずに攻撃中るのが理想。
回避も攻撃も半分動きながらだったが、発射機を放り捨てた十路は本格的な疾走を再開する。
接近を阻止しようと、一撃離脱を繰り返す敵《使い魔》が低空飛行で接近する。
だがこちらの《使い魔》も援護してくれるから、足を止めない。悠亜と悠亜双方からの、対空十字砲火で寄せ付けない。
――《魔法使い》なんて呼ばれる以前に、私たちは兵士。頭じゃなくて体で覚えなさい。
十路が接近する前に、爆煙の中から巨体が飛び出た。河原に降り立ったのは、花を咲かせる樹巨人だった。
またも姿を変えた鄭は、丸太そのままの左腕を突き出すと、上下に枝が張り出す。そして右手を添えて肘を引くと、もう一本太い枝が真っ直ぐ伸びる。
弓だった。ここで原始的な攻撃手段を繰り出す理由は不可解だが、スイッチが入った十路は疑問にも思わない。飛翔速度は音速にも届かない矢が放たれるのをただ見届ける。
――《魔法使い》の想定外なんて、いつも想定内でしょ?
矢が宙で爆発的に体積を増やし、木になっても驚かない。張り出す根で鉄棒し、幹の上を駆け、枝の隙間に体を割り込ませるのが精一杯で、そんな余裕もないのもある。
飛来する大木でアスレチックなど、《魔法使い》でも味わえない貴重な体験は、本命ではないのはわかっている。
だから降り立つ前に、河原を突き破って出てきた攻撃も、対処できる。
――十路は飛べそうにないわね? あったま固いなぁ……とにかく空中機動ができるようにはなってもらわないと。
無線接続した悠亜に演算能力を食われているので、《磁気浮上システム》は使えない。
ならば小銃を明後日の方向に乱射する。
レーザー照射で先端が切断されたが、発射に問題はない。銃の反動など、未経験者が思うほど大きくはないが、体が宙にあり、反動が分散する前に次の反動が来るフルオート射撃だからできる芸当だ。
(これ――!)
きっと鄭が地中に伸ばした『足』なのだろう。反動で着地地点を変えて、鼻先を通過する、蔓を捩り合わせたような『槍』には覚えがあった。
あの時、体の一部を似たような変化をさせていた。
(俺がアフリカで殺した『麻美』の……!)
その瞬間を十路は見ていないが、羽須美が死んだ直接の原因に違いない。
――情報分析ねぇ……? そりゃ能力あるに越したことはないけど、私たちの場合、どちらかというと経験則って言ったほうが正しいし……
――想定訓練と反省会を何度もやって、頭と体に叩き込むしかないんじゃない?
ならば樹巨人が持つ権能も、おおよそ知れる。半不死の彼女が、ただの人間のように死んだのだから。あの時の真相を思い出した後、十路は何度も考えた。
生体コンピュータそのものへの介入ではないだろう。羽須美は致命傷を負った後にも、十路へ《魔法》を使ったのだから。
ならば《なでしこ》の権能は、ヘミテオス管理システムか、医療用ナノマシン含全能性無幹細胞の機能停止のどちらかだ。
《ヘミテオス》として出来損ないの十路が、その影響を受けて、どの程度の効果があるのか。
チラリと疑問に思いはするものの、次々と生えて殺到してくる『根』を前にして、気にする余裕も試すつもりもない。
――連射スピードは自分でコントロールする。三点射モードに頼らず、フルオートでも指切りで単射する。
銃撃で正確に正面から迎撃する。生木の槍の穂先から突入する弾頭は、繊維の隙間を押し広げて、細かくバラバラに割いてしまう。
それも根一本に対して一発で。《魔法》支援はなくても、生体コンピュータの基本能力だけでも、これくらいの離れ業はできる。
「……!」
だが違和感ある反動に、迎撃の手を止めざるをえない。
動作に問題なかったが、やはりレーザー溶断されたのだ。生まれたバリや変形はわずかでも、連射を繰り返せば影響を大きくする。全て迎撃する前に弾詰まりを起こしてしまった。
――弾切れした銃でも鈍器にできるし、ナイフでも素手でも倒せる。
――銃撃戦の最中に格闘戦にもつれ込むこともあるから、銃撃にこだわったら死ねるわよ。
腰から銃剣を抜く余裕はない。抜いても槍となるほどの太い根を簡単に切れはしない。
十路は咄嗟に左手刀で、根を横から殴って軌道をずらす。
次の槍は小銃を打撃武器に使って逸らす。
その次は駄目だった。引っ込める前の半端な位置にある右手が、タクティカルグローブと手の平を貫通した。
権能による異常は感じない。生体コンピュータは正常に駆動している。
ただ痛いだけ。銃創の熱さとは比較にならない。
そして右手を固定されて、動かすことができないだけ。
――生体コンピュータが攻撃前に戦果判定を予測したら止まるの、十路の悪いクセねー。
――ちょっとしたことで簡単に覆るんだから、最期の最後まで諦めるんじゃないわよ。
まだ無事な他の根も、槍となって殺到してくる。
生体コンピュータがなけなしの演算能力ではじき出した被害予測では、〇.四五秒後に左太ももを貫かれて機動力が封じられ、更に〇.〇三秒後に右脇腹と左胸に着弾して致命傷を負うと報じている。
――一緒の任務なら、私がフォローできるけど……
――私がいない時、ピンチになったらどうする気?
あの頃の、五月までの十路なら、こんな時どうしていただろう。さすがに殺害数秒前の絶体絶命は、そうなる前に回避できていたから、よくわからない。
諦めて死を受け入れていただろうか。それとも抗っていただろうか。
――強くなりなさい。
――いつまでも、私が守ってあげられるわけじゃないから。
あの頃の、生きてた頃の羽須美が今の彼を見たら、なんと言うだろう。
――十路には妹ちゃんのことがあるから、戦い続けなきゃいけないってのは、わかるんだけどね……
あの時には持ち得なかった『力』を、彼女はどう評するだろう。
――無茶しがちな十路が、おねーさんとしてはちょーっと心配かなー?
小型のエンジン音と銃声と共に、被害予測が上書きされる。殺到する根が到達前に勢いを失う。
「やはりトージは、私がいないとダメですね」
今度は刃部分のみを体外に出しているのではない、左手一本で振るわれたレスキュー用チェンソーが、切るというより馬鹿力でへし折った。
更に足りない分は、紐で肩掛けしたM60機関銃の乱射で補った。
「あなたは私が守ります」
いつの間にか、二本の棒を背負った悠亜が、いつの間にか追いすがっていた。




