070_1720 5th showdownⅢ ~一気通貫~
エリゴスとは、ソロモン七二柱の悪霊たち序列一五番、六〇の軍団を率いる地獄の公爵だ。
端整な騎士の姿で召喚者の前に現れるように、与えられる能力は戦争とカリスマ性。軍事の知識を持ち、未来を予見し、王や偉大な人物からの寵愛をもたらす。
同じ名を持つ第二形態に進化した『麻美』は、騎士らしくはあるかもしれないが、端整さとはかけ離れていた。
とにかく大きい。直立歩行していないため体高は及ばないが、そのぶん長い。淡路島に出現した巨人よりも大きいかもしれない。
端的に説明するなら、動く城塞とでも言おうか。足の生えた石造りの戦艦とでも呼ぼうか。
地面を固めたレンガ造りの『塔』四本が、細長い『城壁』を支えて、浮かしている。その中央で盛り上がっている、艦艇の艦橋のような部分は、かなり不細工だが石造りの鎧をまとう人型に見えなくもない。馬に跨る騎士よりも、奇形の虫といった風情だが。
そんなのが我が物顔でゴルフコースを闊歩している。
(さすがにあんな、古代魔法王国の機動要塞みたいなの、想定外であります……というか、童話の内容からすれば、むしろぶっ壊される側なのでは?)
バンカーを塹壕代わりにして身を潜めた野依崎は、内心でだけ嘆息ついた。
正に機動要塞だった。迂闊に顔を出そうものなら、石造りの体のあちこちから、砲火を浴びせてくるのだから。
童話の大砲や角笛の再現なのかもしれないが、現代兵器の精密性など欠片もない、ネズミ退治に航空爆弾を使うようなデタラメな火力投射が行われた。《ピクシィ》たちを囮にし、着弾に紛れて隠れるのがやっとだった。
《魔法》も不用意には使えない。発生する光や電波を感知して、無闇やたらな砲撃を浴びせてくる。
これでは反撃もできない。内部がどうなってるのか不明だが、反撃できたとしても、あの分厚い守りを突破するのは容易ではない。
(?)
これまでと違う振動をキャッチした。なにかが地中を『泳いで』接近している。速度は大したものではないので、攻撃とも思えないが、意図が読めずにかえって不気味だ。
野依崎は拳を握り肘を引き、強化服の人工筋肉を引き絞って待つ。正体不明の物体を確認したら、モグラ叩きに拳撃を叩き込む。
やがて砂の壁に《魔法》の光が灯り、人相の悪い顔が地中から出てきた。
「苦戦してるみてェだなァ、クソガキ」
「…………」
それがリヒト・ゲイブルズだと認識すると、野依崎はなんとも言えない複雑な顔で止まった。
だが灰色の瞳をすっ、と細めると、やっぱり拳を突き出した。
「Eek!? (ドワッ!?)」
一瞬早くリヒトは地面から抜け出て転がったので、小さな拳は虚しく砂にめり込む。
「テメェ!? フルパワーで殴ろうとしやがッた!?」
「《ヘミテオス》はその程度で死にはしないであります」
「死ぬ・死なねェ以前に殴ンなッつッてンだよ!?」
「ならばワンパン入れたくなる登場をするなでありますーー」
仮初の父娘による軽い口喧嘩は、至近距離の着弾で中断して、揃って頭を低くした。
『麻美』に見つかった。
「お前のせいで……!」
「オレか!? テメェだろ!? つか、どッちでもいい! 息吸え!」
「ちょ――」
リヒトは再び《魔法》の光を放ち、地面を潜り込む。腕を掴まれ引きずりこまれたので、野依崎は慌てて深呼吸する。
口を閉ざしたのとほぼ同時に、全身が地中に飲み込まれた。
樹里がよく患者の体内に直接手を突っ込んでいる、超科学の心霊手術と仕組みは同じだ。三次元物質操作で土の粒子を最低限動かし、粘性の高い液体に潜るように透過する。
「…………!」
壁抜け程度なら少々不快な行為でしかないが、地面を泳ぐとなると、突然深海に放りこまれたくらいの冒険になる。
目を開けることはできないが、日中でも光は届かない。更に地面はほとんど電波を遮断してしまうため、センサー能力はほとんど用を成さない。振動である程度は判断できるが、水中のように音波で代替することもできないため、感知距離はとてつもなく短く、精度は話にならない。
感覚全てがほぼ利かない。敵もどこでなにをしているのかわからない。これで地中貫通爆弾でも食らったら、ひとたまりもない。
ナージャのような暗所恐怖症でなくても恐怖を覚える。否応なく野依崎の体は固くなる。
『落ち着け』
掴まれた腕から有線式に、リヒトからの音声データが脳に届く。普段と強面の印象を裏切る、冷静さに溢れた声だった。
『近づきャ別だが、地中なら『麻美』には勘付かれねェ』
『お前は呼吸不要かもしれないでありますが、自分はせいぜい数分しか隠れられないでありますよ』
『充分だ』
リヒトは目的を持った動きで、野依崎を引っ張って地中を泳ぎ始める。
『麻美』に接近している。
『まさか、このまま近づいて腹の下から攻撃、なんてアホな作戦考えていないでありますよね?』
『違ェ。でも近ェ』
『マジでありますか……』
機動要塞の体を取っているが、あれは《魔法》の産物で、攻撃は体のどこからでも発揮可能なはずだ。フィクションで登場する巨大兵器のように、砲身や発射口よりも接近すれば無事、なんてことは期待できない。
『具体的な作戦は?』
『オレに任せろ』
リヒトの装備は、不恰好な槍だけだ。彼本来の装備である万能作業台で、あり合わせの材料で急遽作り上げたような無造作さだ。偏見だが、強硬手段が取れる準備には見えない。
『具体的な行動計画をレポート三枚以内で提出するであります』
『ンなヒマあッか』
あと野依崎は基本、リヒトを信用していない。
教官や技術者としての知識経験はまだしも、人格面や人間性については全く。
『大体、なぜお前がここにいるでありますか? 樹里は放置でありますか?』
地中だから声に出さずに会話しているが、自然と唇を尖らせてしまう。
リヒトにとっての優先順位上位存在――『娘』はそちらだろうと。
『そのジュリが、他の支援に行けッつーから、仕方なくだ』
『やはりそんな経緯でありますか……』
期待などしていない。製造責任者としてなら『製品』にかける愛情などそんなもので、『父親』としては期待してはいけない存在なのに。
それでも野依崎は、内心で軽く失望のため息を吐いた。
『まァ、任せとけ。オレは唯一、ソロモンに抗ッた『悪魔』だぜ?』
濫読の気がある読書家で博識なコゼットとは違い、専門外の知識は必要に応じて調べる野依崎は引き出しが少ないので、比喩が意味するところを理解できない。
『……指示に従ってやるでありますから、とっとと終わらせるであります』
とはいえ、野依崎は音声データにため息のニュアンスを含めて了承した。
リヒトを信用はできずとも、有言実行の人間なのは間違いないので、勝算はあるのだろう。少なくとも彼女ひとりで戦うよりは、手っ取り早く片付けられそうに思える。単に効率を優先させた。
『ヨシ。状況は潜水艦の対艦戦術と変わらねェ。テメェは弾道ミサイルになれ』
掴んだ腕を離して、リヒトが肩を押しやる。彼は実行していた物質透過の範囲外に出たので、野依崎も慌てて自分で《魔法》を実行する。
『お前が囮になっている間に、自分が別方向に突撃しろと? 『麻美』は同時対応が可能だと思うでありますよ?』
『できねェよ』
『タイミングは?』
『嫌でもわからァ』
『相手のどこをどういう風に破壊しろと?』
『テメェで考えろ』
『…………』
わずかでも信用したのが間違いだった。野依崎は閉じた瞼越しに『やっぱコイツ役に立たねー』的な視線をリヒトに向ける。
とはいえ、それ以上は無駄なのは明らかので、野依崎は離れて地中を泳ぐ。飛ぶどころか歩くにも劣る速度での移動はじれったい。
(相手の装甲強度はさほどでもない……ただし柔でもない。自然環境を利用した戦闘陣地くらいの防御力は保有。更に再生能力も保有)
考える。彼女の主戦力は《魔法》ではない。情報だ。
(一撃で機能不全を起こす破壊力は絶対必要……ん? 必要でありますか?)
考える。いつしか泳ぎを止めて、地中に漂う。
(確認している相手の攻撃方法……サンダージェネレーターや石弾投射……否。そんなの、関係あるでありますか?)
相手が使うのは、《魔法》という一種類の攻撃のみ。肉弾戦となれば体躯の質量もあるが、除外して考えられる。
気付けば早いものだった。問題を自分で複雑化させていた。
その解決方法も、単純明快。
『ドクター』
『アン? テメェ違ェところに行けッつッたろ』
反転して追いかけてリヒトの足を掴み、いつも『お前』呼びなので久しぶりに使う呼び方で留める。
『否。自分の考えた方法ならば、むしろ一緒でないと意味ないであります』
『なに考えやがった?』
『簡単であります』
『オ?』
リヒトの体を手繰り寄せるようにして泳ぎ、彼の腰に背後から抱きつく。
そして浮上する。背部のランドセルユニットを推進機関として本格稼動させて、リヒトをぶら下げて飛行する。
向かう先は当然、フェアウェイを闊歩する『麻美』だ。しかも身を隠すことなく真正面から接近する。
「突撃あるのみ、であります」
「アホかァァァァッ!?」
「お前にだけは言われたくないであります」
もちろん野依崎に、ただ特攻するだけのつもりはない。だから散らばった《ピクシィ》たちと機能接続し、集合をかける。
『麻美』も当然、彼女たちの接近に気付いて、《魔法回路》を形成する。人間形態で敗北した時の、意趣返しのつもりか。その形状は見慣れた自由電子レーザー砲だ。
だがそこに、横合いから飛来してきた《ピクシィ》を割り込ませる。
エネルギー伝導に介入する、最も原始的かつ効果的な《魔法》の阻害だ。
ただし強烈なエネルギーの奔流に放り込まれた《ピクシィ》は、機体表面が灼熱化している。人体でもできることなので一瞬ならば大した問題ではないが、戦車ですら一撃で穴を空ける高出力レーザー砲を阻害し続ければいずれ故障する。
「テメェ……ムチャやりやがるな」
「お前の教育であります」
『麻美』の攻撃は、自由電子レーザーだけではない。パルス・デトネーションエンジンを束ねたような高エネルギー衝撃砲が形成される。石弾を投射する石の砲台が城塞のあちこちから生える。
それも《ピクシィ》たちが妨害した。《魔法》はやはり《魔法回路》形成を妨害し、大砲に飛び込んで暴発を起こさせる。
なにせ野依崎が操る《ピクシィ》は一六基。従来型のイージスシステムもこれくらいの同時対処能力を持っているのだから、物理的にも性能的にも可能な技だ。
それでも、特に石弾を発射する大砲は、手が足りなかったが、野依崎自身が迎撃した。四基あるランドセルユニットのデバイスのうち、ふたつに剣を宿して、砲弾を切り裂いた。
「そしてお前が」
「ブチ抜けってことかよォ!」
その隙に『麻美』本体に急接近する。槍を構えたリヒトをぶら下げたまま、対艦ミサイルの気分で突っ込む。
彼は一体なにをしたのか。《魔法回路》が浮かぶ穂先が触れたと同時に、『麻美』の先端部分が轟音と共に消し飛んだ。
「作戦変更!」
「元を知るかァ!?」
本当ならば、艦橋のような上部構造物を破壊するつもりだった。
だが予定を変えた。『麻美』内部は空洞があった。石造りの建物に這い回る蔦の代わりに、神経や血管や内臓を張り巡らせば、こんな雰囲気になるのだろうか。建造物と生物が入り混じった、《魔法》の青白い光が脈動する空間を確認した瞬間、こちらを破壊するほうがダメージが大きいと判断した。
「オペレーション・一寸法師!」
「オーケィ!」
刀代わりの針で突くどころではないのだから、その即席作戦名は大きく違っている。
リヒトの槍は隔壁をぶち抜き、進路を切り開く。野依崎が彼を運びながら、伸ばした光翅で周囲を焼く。おまけに盲滅法《魔法》を放つ。
ある壁をぶち抜いた際、一際大きな空間に心臓部っぽい重要そうなナニカがあった気がしたが、すぐに貫通して通過してしまったので定かではない。
ある壁を破壊すると、屋外に出た。船首部分から船尾部分まで貫通してしまった。
そのまま離れながら大きく反転すると、『麻美』は擱座するところだった。盛大に中身を破壊されたことで自重を支えきれなくなったか、ビルの爆破解体を連想する姿に、再攻撃の必要性は感じない。
再生する素振りはない。脳内センサーで捉えている各反応も、急速に衰えている。
「つーかテメェ、グリム童話は知らねェのに、一寸法師は知ッてるのな」
リヒトも関係ないことを言い出すくらいなのだから、終わったのだろう。
「『まんが日本昔ばなし』は見てたであります。グループ・●ック……惜しい会社がなくなったであります」
『麻美』を破壊したと判断を下し、野依崎は大きく息を吐いた。




