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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の願いごと/イクセス編
495/640

070_1710 5th showdownⅡ ~獅子奮迅~


 クロケルとは、ソロモン七二柱(ゴエティック)の悪霊たち(デーモンズ)序列四九番、四八の軍団を率いる浴槽の公爵だ。

 堕天する前には能天使(パワーズ)であったためか、ソロモン王に使えた悪魔の一柱に数えられるのに、銀髪と猫眼を持つ天使の姿で現れる。


 芸術を好み、幾何学や教養学にも長け、埋もれた才覚を発掘すると言われるが、最も得意な能力は水。温度変化はもとより、河や海を支配し、温泉を見つけるとされる。

 特筆すべきは、手にした氷の剣か。決して溶けることなく、切られると凍傷で腐ると伝えられる。


(そのふざけたデザインのどこに、天使要素がありますのよ……羽根ありゃOKっつーモンでもねーだろ?)


 同名の戦闘形態を取った『麻美(ホレ)』は、伝説を踏襲しながらも、異なる異形だった。


 背から一見羽毛に思える、雪と(しも)の翼を広げているが、移動には用を成していない。体育で二人一組で行う手押し車運動か、動物用車椅子をつけた人間といった風情で、地面に手を突いて移動している。下半身は糸車のような車輪を持つ戦車(チャリオット)と化している。

 しかも人の身は、(わし)鼻、赤く(ただ)れた目、耳まで裂けた口と、魔女然とした巨大な老婆だ。そんなものが木々を凍りつかせながら、なぎ倒して突進する様は、最早ホラーというかモンスターパニックだ。氷でできた弓を構えるネコとブタが乗っているが、リアルな上に人間のマッシブな上半身で、しかも老婆の腰部分から生えているので、メルヘンさなどない。


(そーいやホレおばさんは、零落(れいらく)した女神っつー説がありますわよね。そっちの要素が合体してますの?)


 ゲルマンに伝わる女神ホルダ、北欧神話のフレイヤといった、動物に乗って夜空を騎行する存在(ヘロディアス)に通じるとも言われている。地母神・豊穣神・狩猟の守護者としての側面を持ち、死者を慈しむという共通項もある。


 博識なコゼットは、装飾杖に横座りして低空飛行しながら、そんなことを考えていた。散発的に氷の矢を射掛けられる程度なので、まだ余裕はある。


 彼女は切実な理由で移動していた。

 早々に仕留めるつもりで戦っていたから、《魔法使いの杖(アビスツール)》のバッテリーに余裕がない。更なる人外加減を発揮した『麻美(クロケル)』を(くだ)すには、もうひとつの装備である(ゾシモス)と併せて考えても不安がある。


(確かこの辺に……あった)


 (ゆえ)に電力を現地徴収するために、西宮市側に建つ送電塔を目指していた。


(さすがに電気ドロボーすんのは、ちょっと勇気()りますけど……)


 法や倫理に照らし合わせて気が引けるという意味ではなく、単純に感電死の危険で。その辺りは彼女の性格というか、支援部員共通の思考回路だ。


 コゼットは鉄塔のわずかな足場に降り立つと、早速装飾杖を送電線に接触させる。


 電力を吸い上げて周囲の《マナ》に移動させるのに、時間がかかる。その間に嫌でも周囲の様子が目に入る。

 あちこちで閃光や爆音が発せられている。支援部員たちが、それぞれの敵と戦っている。部長としての責任から戦況は気になるが、気にしてなどいられない。


(――!? どうして!?)


 ついでに背後を見て、息を呑んだ。


 すぐ近くに西宮()(じお)ニュータウンがある。山の中腹からびっしりと並ぶ住宅群の景観もさることながら、(ふもと)のJR西宮名塩駅と斜行エレベーターで接続されるという珍しい開発がなされているため、映画やドラマのロケ地にも選ばれている。


 まだ深夜と呼ぶには早い時間、あちこちの住宅から明かりが漏れていた。


「邪魔」


 不意に気体操作術式(プログラム)《シルフおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Sylph》による圧縮空気砲を上空に放った。


『おわ!?』


 飛来してきた市ヶ谷(いちがや)に命中した。彼は体勢を崩し、送電線に着地せざるをえなかった。槍をバランス(ポール)代わりにして、綱渡りしてみせた。


「なんだ。貴方でしたの」

『確かめもせずぶっ放すか!?』


 そんなことはない。一応は確かめてぶっ放した。致傷性の砲撃ではなかったのが証拠だ。

 協力しているとはいえ得物を(たずさ)えた市ヶ谷がやって来た目的がわからず、しかも接近を許す間柄でもないから、そういう対応をしただけ。

 彼が着地に失敗し、感電死ないし転落死しても、その時の話だと割り切っていた。その程度で死ぬ《魔法使い(ソーサラー)》が支援部の前に何度も姿を見せないだろうという、逆ベクトルの信頼もある。


「ンで? なぜここに?」

『手伝いだ』

「貴方がお手伝いするなら、クニッペルさんじゃありませんの?」

『その当人から『余所(よそ)行け』って言われたからだ……』


 機械変換された音声が、少し憮然としているような気がする。

 コゼットの対応のせいか。それとも市ヶ谷=ナージャと紐付けされていることか。はたまたナージャに邪魔者扱いされたからか。


 そんな市ヶ谷の心情などどうでもいいと、コゼットは森を驀進(ばくしん)してくる『麻美(クロケル)』を顎で示す。


「ンじゃぁテメェひとりでアレに突貫してこい」

『なんつー横暴で理不尽なお姫様だ……!』

「コンビニもファミレスも深夜営業見直す時代だっつーのに、お(しと)やかな王女サマなんぞ、二四時間営業するわけねーでしょうが」


 王女失格な暴論を吐いたが、為政者を思わせる真剣な顔に作り変え、電力を奪うコゼットは首の動きだけで背後を示す。


『……! ここらは警戒区域指定(ひなんめいれい)が発令されてるはずだぞ!?』


 市ヶ谷もすぐに、ニュータウン内の照明を数え、コゼットと同じ危機感を漏らした。


「単なる明かりの消し忘れか、避難してねー方がいるのか、どっちだと思います?」

『わからない……確かめる暇もないな』

支援部(ウチ)的にはひとりでも一般人(パンピー)の犠牲者が出たらヤベーんですわよ。避難判断は自己責任だっつっても、ウチを気に入らねー連中に情報操作のネタにされるの確実ですもの』

『だから?』

「時間を稼いでくださいな。万一の可能性だとしても、住宅地に被害が出る前に『麻美(アレ)』をぶっ倒すしかねーですわ」

『地形変えるなよ』

「そりゃ無理ですわね。ま、ド派手な爆発は起こしゃしねーですわよ」


 コゼットは語ったとおり、人命尊重よりかは組織防衛を優先して。

 市ヶ谷は、国防精神だろうか。

 動機はともかく目的は同じであれば、危機感を共有できたら話は早い。彼は最低限のやり取りだけで森へ飛び降りた。


 闇と木々に姿を消した彼の働きぶりは、すぐに鉄塔の上から確認できた。

 森の中から巨岩が突き出た。下からかち上げられた『麻美(クロケル)』は、ひっくり返って侵攻を止めた。


 『麻美(クロケル)』の抵抗なのか、見る間に冷気が広がる。小規模な爆発や金属音が響くため、戦闘継続は予想できるが、低温の蒸気が赤外線透過を阻むため、市ヶ谷の様子はコゼットから確認できなくなった。


 彼に『麻美(クロケル)』を倒せるとは思っていない。戦略級の《魔法》で物理的に消滅させることは可能だろうが、使うことはないだろう。

 指示どおりに足止めに(てっ)し、コゼットに任せるつもりらしい。


「巻き添え食らいたくねーなら、必死に逃げなさいよ」


 そろそろいい。

 鉄塔の上から地面にエネルギーと指令を照射し、更に地中を伝って半径一〇〇メートル以上の《魔法回路(EC-Circuit)》形成の準備が整った。


 『悪魔』を滅するには、悪魔を。


「《地獄の辞典/Dictionnaire Infernal》」


 フランスの文筆家コラン・ド・プランシーによって、悪魔・占い・迷信・伝承や、それらに関する者のエピソードなどを、辞書形式でまとめられた本だ。オカルトに詳しい者ならば、この本の挿絵をきっと見たことがある。


 同じファイル名を持つコゼットの《魔法》は、ページをめくることなくそれを再現する。


 一角馬頭の魔人(アムドゥスキアス)が。イヌとワシと人間の頭部を持つ(ブネ)が。双頭の竜にまたがる魔天使(ウォラク)が。剣を手にしてオオカミに(またが)烏天使(アンドラス)が。サーベルを手にした(カイム)が。他にも。他にも。他にも。

 土石を材料に、いずれも『麻美(クロケル)』に負けぬ巨体の悪魔たちが作られ、一斉に襲いかかった。


 コゼットは悪魔の形をした複数の《ゴーレム》を操っているのではない。一体の《ゴーレム》しか操っていない。

 ただし範囲数百メートルの土地すべてという、ケタ違いに巨大な《ゴーレム》を。


 それが広域物質流動化制御術式(プログラム)《地獄の辞典/Dictionnaire Infernal》だ。

 お釈迦(しゃか)様が(てのひら)から出さないだけでなく、指人形で孫悟空を叩きのめしてるような状態だ。こんな非効率な《魔法》、現実の戦場では示威行為くらいにしか用がない。


 だが今回、相手が相手であるため、話が変わる。

 コゼットが無事でバッテリーが続く限り、いくら悪魔たちが傷つこうと構うことはない。肉弾戦における相手の優位をなくし、《ヘミテオス》の不死性とも並び立てば、あとは手数。再生する片っ端から肉を潰し、骨を砕き続け、動かなくなるまで寄って(たか)ってタコ殴りにする。外部から電力供給支援があろうと、《魔法》を帯びた土製の《ゴーレム》ではマイクロ波ビームを阻んでしまう。


 ある意味では丁寧ヤンキー(コゼット)らしいとも言える戦術だった。


 『麻美(ホレ)』が低温物理学に傾向しているのも幸いだった。熱を好んで使う相手だったら、こうはいかない。

 とはいえ、どんな抵抗であろうと、やれるものならやってみろと言いたくなる酷さだが。


『怪獣同士のケンカに巻き込むんじゃねぇ……!?』


 森から脱出し、命からがらといった風情で肩で息する市ヶ谷が、鉄塔を見上げてくる。

 

「よく無事でしたわね」

『巻き込んだアンタがそれ言うか……!?』


 遺憾なく発揮される理不尽っぷりに、ヘルメットの中から感情たっぷりな変換音声が返ってくるが、やはり理不尽なコゼットは気にしない。

 彼が領域から脱出したならばと、脳内で術式(プログラム)に新たなコマンドを入力する。


 巨大な象人(ベヒモス)が出現する。半分肉塊と化した『麻美(クロケル)』を長い鼻で締め上げると、肉も骨も潰される音が鳴る。


 彼女に最早逃れられる(すべ)はない。チェックメイトだ。

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[一言] でも死なないんだろうな。 避難命令出しただけで安心してちゃダメだわなそりゃ
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