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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の願いごと/イクセス編
493/640

070_1640 4th duelⅩⅣ ~一進一退~


 学生服も肉体も、あちこちが切り裂かれた。その隙間から覗く肌は赤黒く染まっている。


「パンツが血で気持ち(わり)ぃなぁ……!」


 激しく肩を上下させる十路(とおじ)は、そんな下らないことでも口に出して気合を入れないと、崩れ落ちてしまいそうだった。


「ほらほら」


 『羽須美(ヂェン)』が長柄を振るうと、物理的には不可能としか思えない挙動で、《軟剣》の切っ先が伸びてきた。

 リボンのような仮想の刃、その平たい部分を、銃身で押さえこむように防ぐ。


「――!?」


 物質ではないのに確かな反動を覚えた瞬間、十路の体は強制的に浮かされた。


 《軟剣》が恐ろしいのは、動きの変幻自在さだけではない。どういう制御をしているのか、力学系がムチャクチャなところも挙がる。

 剣の腹で打つ打撃が、羽のような軽さにも、ボクサーの重いパンチにもなる。見た目を裏切るこの奇妙さは、何度味わっても慣れることができない。


 十路は《魔法回路(EC-Circuit)》を靴裏と空中に形成させ、浮いた体を磁力で空中制御する。

 更には宙で『魔弾』を、フルオート射撃でばら撒く。まるきりデタラメな方向へ銃口を向けた後に、眼下の『羽須美(ヂェン)』へと直撃弾を放つ。同時並列で周辺に《魔法回路(EC-Circuit)》を形成し、固体窒素の弾丸と、弾切れの銃からレーザービームを放つ。

 《発射後軌道修正弾(EXACTO)》はほぼUターンする勢いで向きを変えた。《氷撃》は扇状に展開して射撃した。


 ほぼ全周からの攻撃だが、『羽須美(ヂェン)』が一回転しながら長柄を振り回すと、なびくように追従した《軟剣》が全て(はば)んだ。


 それどころか宙の十路へと先端を伸ばして来た。

 もう一度磁力で空を蹴って切られるのは避けたが、仮想の帯は足首に絡んできた。


「がは――っ!?」


 まずいと思った時には遅く、十路は引かれて落下し、背中から河原に叩きつけられた。


 《軟剣》を攻略できない。

 攻防一体、《女帝(エンプレス)》のフラグシップスキルに相応しい性能を見せ付ける。


 河原を切断する勢いで振り下ろされた追撃は、起きあがることなく磁力で体を引っ張って回避する。

 そのまま転がり体勢を整えた十路は、血が混じった唾を吐き捨てる。幸いにして『羽須美(ヂェン)』はそれ以上の追撃をかけてこない。油断はできないが、時間をかけて呼吸を整えられる。


(どうすりゃいい……? 《緑の上衣を着た兵士(ベーレンホイター)》が起動したとしても、これじゃ……)


 肉体を腐らせる『英雄(ヘミテオス)殺し』が使えたとしても、『羽須美(ヂェン)』を倒せるイメージが全く湧かない。


(全部吹き飛ばすくらいか考えつかねぇぞ……)


 装備(BDU)ベルトのポーチには、三重水素(トリチウム)封入弾のケースも入っている。

 《騎乗槍(ランス)》――レーザー爆縮核融合式熱放射砲は、現状では十路が使える《魔法》の中で、最大の攻撃力を発揮できる。直撃させることができれば、《ヘミテオス》といえど消滅させられるだろう。

 とはいえ、宝塚市から少しだけ奥まったこの場で使うには、被害が大きすぎる。


(《使い魔》がないと、やっぱり手数が足りない)


 《使い魔(ファミリア)》があれば、もっと違った戦い方ができる。

 とはいえイクセスも悠亜も、彼女たちは彼女たちで戦闘中であるし、悠亜が入った《コシュタバワー》では連携が怪しい。


(他の連中の援護は期待できない)


 部員たちがそれぞれ『麻美』と会敵(かいてき)した報告を最後に、通信は途切れている。様々な反応があちこちからあることから、援護する暇もない戦闘を繰り広げていることは、容易に想像つく。


(せめて――)


 『彼女』がいてくれたなら。


 なにも伝えていないのだし、そもそも十路に望む資格などない。

 でも、考えてしまった。


「!?」


 すれば、彼の願いに応えたかのようなタイミングで、雷光が闇を切り裂いた。

 雷は『羽須美(ヂェン)』に落ちた。進路上に《軟剣》が割り込み、電流を地面に受け流しているので、直撃はしていない。

 だが山から撃ち下ろされた雷は、守りを打ち破ろうとするかのように、《魔法回路(EC-Circuit)》と衝突を続ける。白紫色の高圧電流放電が一秒以上も維持されるなど、自然落雷であるはずがない。


 『彼女』が主戦力とする、レーザー(L)誘起(I)プラズマ(P)チャネル(C)だ。


 視界を焼く凄まじい閃光を、十路は腕で防ぐ。脳内センサーはまき散らされる強烈な電磁波(FMP)で役に立たない。そして不用意に近づけばとばっちりを受ける。

 標的を直接確認しないまま、片手撃ちの腰だめで、直前の位置目がけてありったけの銃弾を叩き込む。


 十路の主観ではかなりの長時間だったが、実経過時間は脳内時計で三秒と計測している。

 不意に閃光と電磁波(EMP)が収まった。

 (くら)んだ目はつむったまま、弾倉(マガジン)を交換しながら、十路は脳内センサーで確かめる。


 『羽須美(ヂェン)』の《軟剣》が消滅している。

 彼女が手にした《無銘》の反応も消滅している。高圧電流か銃弾か、どちらが原因か不明だが、《魔法使いの杖(アビスツール)》の機能不全を起こさせることに成功した。


 更なる追撃が、無防備となった『羽須美(ヂェン)』の頭上から襲い来る。先ほどレーザー(L)誘起(I)プラズマ(P)チャネル(C)が発射された地点から、カタパルトで射出されたような勢いで。


 体がまだ宙にあるうちから悠亜(イクセス)は、乱射を『羽須美(ヂェン)』に浴びせる。鹿撃ち用の00(ダブルオー)B(バック)だろう、百を超える散弾が肉体に叩き込まれる。


 そのまま悠亜(イクセス)は、かかと落としを敢行した。足に沿って回転する刃が出現したチェーンソーのオマケつきで。

 さすがに羽須美(ヂェン)も黙って切削されることなく、長柄を頭上に掲げて防御する。

 一瞬だけ騒音と火花を散らしたが、チェンソーはすぐに格納されて、別の工具に交換される。

 《無銘》の柄を、油圧カッターの刃で挟み込んだ。手動式とは比較にならない速度で刃は狭まり、ガッチリ噛むと抵抗で動きが止まり、一瞬拮抗する。

 だが、わずかな時間で鉄筋も切断するレスキュー用工具の前には、外装の頑丈さも無駄だった。


 《無銘》の柄を、真っ二つにへし折った。


 その間に悠亜(イクセス)は獣の身のこなしで着地すると、次々と足技を繰り出す。悠亜の動きを流用しているのだろうが、とても元がオートバイとは思えない、流麗な格闘術だった。


 しかも合間合間に、体のあちこちから圧縮空間の出口を作り、銃口を覗かせてそのまま発砲する。蹴りの最中に()足の膝から散弾銃を撃ち、突き出される掌底から身を引いても更にライフル弾が飛び出す。

 人体の構造を完全無視した、接近戦(インファイト)での銃撃戦(ガンファイト)という異質な戦いに、『羽須美(ヂェン)』はたまらず間合いを開く。


 そこを狙って、視力が回復した十路は、『羽須美(ヂェン)』を銃撃する。

 更に別方向から小銃とは比較にならない、大口径の銃弾が連射される。


 偶然にも成立した十字砲火から羽須美(ヂェン)は下がり続け、逃れるが、悠亜(イクセス)が発射したRPG-7のロケット弾からは逃れられなかった。

 

 対戦車兵器としては至近距離だが、安全装置が解除される距離はオーバーしているため、正確に命中した榴弾は爆発した。


 《無銘》が――羽須美の装備が破壊された。

 機能不全が一時的なものか不明であり、奪われて敵に使わ続けるくらいならいっそ望ましいことだと、理性では理解している。


 だが真っ二つになり、爆発で吹き飛び闇に消えた柄を見て、十路は一瞬だけ息を呑んだ。


「戦闘機を追い回してたんじゃないのか?」


 その動揺を(おもて)に出すことなく、側にやって来て空薬莢をあちこちから排出する悠亜(イクセス)と、木々とかき分けて姿を現した悠亜(コシュタバワー)に声をかける。


「機動戦が面倒くさくなりました」

【作戦変更。(マスター)叩いておびき寄せたほうが早いと思って】


 先ほどのレーザー(L)誘起(I)プラズマ(P)チャネル(C)は、『彼女』のものではなく、対戦車ライフルを持つ悠亜(コシュタバワー)の援護だったらしい。青白い《魔法》の光を放つ銃口を爆煙に向けている。イクセスと人格を交換している常時接続状態だから、《使い魔(ファミリア)》単体でも《魔法》が使えるのだろう。


 あれで(ヂェン)が死んだとは、誰も考えていない。十路も同様に銃口を向け、悠亜(イクセス)も油断ない目と掌を向けている。


――モード・グシオン、起動。


 健在を証明するように、声と共に爆煙が散った。


 その名は、ソロモン七二柱(ゴエティック)の悪霊たち(デーモンズ)序列十一番、四〇の軍団を率いる地獄の大公爵。

 神秘学的な悪魔の中でも最も謎めいており、『ゴエティア』『悪魔の偽王国』といった魔術書(グリモワール)に召喚時の姿が記載されているが、意味不明の言葉が使われていて、その姿は不明とされている。


 (ヂェン)が取った形態は、後の解釈によって作られたひとつ、紫のローブをまとった巨漢だ。その下の肉体は隠され、フードの奥で光る目以外、なにひとつ確かめることができない。

 粗末なローブ姿の見た目は、彼女が名を冠する『童話』の物乞いも連想する。剥ぎ取れば立派な騎士や、『つぐみの髭の王様』が現れるのではないかと思わせる、得体の知れなさも漂う。


 身長も非常識な大きさではない。見た目だけならば、これまで見てきた『悪魔』たちとは違い、随分と大人しい変化だ。

 (ゆえ)にかえって不気味だった。


「悠亜さん……(アイツ)の第二形態を知ってますか?」

【私も初めてだから知らない……だけど、想像できるでしょ?】

「まさか……」


 甲高い駆動音が(こだま)しながら近づいてくる。いくらもしないうちに、山の狭間から姿を現す。

 十路が記憶する姿からは、随分と損傷して様変わりしているが、《窮奇(チョンジー)》だ。機体各所に《魔法》の輝きを貼りつけた敵戦闘機は、垂直離着陸(VTOL)機能をフル活用し、低空で空中制止する。

 墜落に(あらが)う突風にあおられたように、(グシオン)が身にまとうローブが飛んだ。


 その下から現れた姿は、縮尺が合っていない。

 狩人の身なりをした二足歩行の人狼だ。右手に(たずさ)えるのは水平二連式散弾銃と剣鉈を合体させたような、奇妙で巨大な火器。左手には、剣と称しても構わない刃渡りの狩猟ナイフ。

 腹から胸までめり込むような形で、両手それぞれに異形の火器を携えた、女の体が生えている。


「《赤ずきん(ロートケップヒェン)》……モード・バルバトス……」


 十路も一度だけ見た、ずっと忘れていた、羽須美の第二形態だ。


 他の《魔法使い(ソーサラー)》や『麻美』のデータを利用できる(ヂェン)は、他の『麻美』のLilith形式プログラムも使えることが証明された。



 △▼△▼△▼△▼



 同様に、他の戦場でも。


――モード・クロケル、起動。


 『麻美(ホレ)』を火葬する一瞬前に、石製の『ファラリスの雄牛』が小爆発した。


「チッ……!」


 広げられた翼の羽ばたきに吹き飛ばされたかのように、コゼットは重力を操り、人外の跳躍力でその場を離れる。


「やっぱ冷静に人間を殺すなんぞ、簡単にできるもんじゃねーですわね……!」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・ブエル、起動。


 死体となったはずの『麻美(スピンナ)』も、変形しながら爆発的にその体積を増やした。


「ハートマン軍曹なら、『I didn't know they stacked shit that high!(まるでそびえ立つクソだ!)』とか言う場面だよね?」


 見上げる首をコキコキ鳴らし、南十星(なとせ)は腰のベルトを確かめる。


「あれでも復活するなら、もうミンチにするっきゃないじゃん」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・ビフロンス、起動。


 『麻美(ブラウアー)』の首もまた、稼働中の《マナ》が激しく(またた)き、その姿を隠しながら巨大化する。


「あーらら……やっちゃいましたね」


 距離を取ったナージャは嘆息ついて、《魔法使いの杖(アビスツール)》のバッテリー残量を確かめる。


「正直、変身されたほうが楽なんですけど……対人戦の範囲で《ヘミテオス》に勝つ方法を悩んでたわけですし」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・エリゴス、起動。


 下半身を失った『麻美(ランツェン)』も同様に、地面を巻き込んで巨大化する。


「Goddamn.(ちっくしょー)」


 上空に逃れた野依崎は、やる気の欠片もない罵声を上げた。


「面倒でありますね……」



 『童話』の名を冠した《出来損ないの神(ヘミテオス)》たちが『悪魔』と化し、第二ラウンドが強制的に開始された。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに来たか。やっぱヘミテオス戦はこうなるわな
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