070_1610 4th duelⅩⅠ ~修羅ノ門~
(失うものが――命も惜しくないから、捨て身になれる)
両手を突き出す前羽の構えが、防御主体の構えであったとしても、対人戦の範囲内でしかない。速度も大きさも暴走ダンプカーのような巨大拳撃を前にすれば、虚しく叩き潰されるに終わる。
南十星もそんなこと、わかりきっている。
故に浮いた。熱力学推進を低出力で運用し、ほんのわずかだけ浮遊する。
(守りたいものが止めてくれるから、ギリギリまでそれができる)
行うのは、中国武術における軽身功の再現。
(アンタの『強さ』は、あたしに一歩足りない)
遠い間合いの『麻美』が突き出した拳が、巨大化しながら伸びてくるが、南十星は動かない。
すれば当然、壁のごとく押し潰さんと迫ってくる。
南十星が突き出した手にそれが触れるが、巨大拳撃を止めることも、いなすことも、できるはずはない。
ならば、己が動く。
「な!?」
あまりの手ごたえのなさに、『麻美』も驚いたか。
南十星が受けた衝撃など、軽くぶつかった程度でしかない。少女の体を粉砕するはずだった運動エネルギーは、彼女が三次元的に回転しながら宙を舞う運動エネルギーに変換された。
「く……!」
続けて拳撃が伸びてくる。
今度はわずか触れるのみ。空気をかきわける拳風に乗って南十星は逃れる。
次の蹴撃も当然。次も。次も。その次も。真っ直ぐ伸びてくるものも、横殴りも振り下ろしも駆け上がりも、全ての攻撃が南十星にクリーンヒットしない。
中身入りのペットボトルを壁にぶつけて破裂させることは、誰でもできる。
ある程度の重量物であれば、空手のビール瓶切りのように、固定されていなくても破壊可能だ。
だが浮く風船を殴り割る者が、どれほどいるだろう。
しかも打撃面を広げるグローブをつけた状態で。
『麻美』が焦って、伸ばした巨腕を真っ直ぐ引き戻した。間断ない攻撃を仕掛けようとしたのだろうが、悪手だ。
その気流は、押せば引き、引けば押す、凶悪な子虎の笑みを浮かべる南十星を引き込む。
「にひっ」
そこで初めて南十星は推進力を発揮する。優れたベクトル解析能力を持っていようと、もう対応できない。
肩に飛び乗り、脚で『麻美』の首を極めることに成功した。
「川原正敏先生に敬意を表して――」
熱力学推進と併せて体をひねり、頚骨をねじ折る。
更に脚で投げ飛ばすように引き倒しながら、『麻美』の眉間に肘を落とす。腕にはやはり熱力学推進の《魔法回路》を形成し、後頭部から地面に倒すと同時に爆発的な推進力で肘撃を打つ。
格闘マンガ、それも超人的な派手さを押し出した作品の技など、現実には絶対に真似できない。
「陸奥圓明流・四門――朱雀ッ!!」
だが南十星は、《魔法》で無理矢理再現してみせた。
彼女が唯一使える術式の名は《躯砲》。拳撃を砲撃へと昇華させる邪法に相応しい破壊力だった。
『その顔殴る』と宣言し、実行してみせた。肘では言葉の適切さにいささか疑問の余地があるが、完全な間違いとも言いにくい。
「手足をでっかくさせない、フツーの格闘技はシュートクしてないわけ?」
『麻美』の顔面は盛大に陥没し、押し出された『中身』が穴という穴から噴出している。
常人は当然、《魔法使い》でも疑う余地なく即死している、見るも無残な体だ。




