070_1520 4th duelⅦ ~十年一剣~
ナージャは交戦が開始された河原から、ほぼ動いていない。
『麻美』が《魔法》を使い、音速突破した石の砲弾や、光の矢を撃ち込んでこようと、周辺に熱量を与えて丸焼けにしようと、彼女は動く必要がない。
時空間制御防御術式《鎧》は、絶対的な鎧だ。実行すれば、どんな攻撃手段も通用しない。
だが『麻美』には、それを破る手段がある。
《魔法》で足元の石を三次元物質操作で棍に変え、紫電の雪をまとわせて、間合いを詰めてきた。
《マナ》の優先使用権とは、相手の《魔法》をキャンセルさせる能力となる。《鎧》はもちろん、ナージャが主戦力とする《魔法》の剣も、触れようとすれば全てかき消される。
昨日はそのせいで、顔が変形し血反吐を吐くほど打ち据えられた。辛うじて退けることができたのは、他の部員の協力があっての話だ。
ナージャひとりでは、『麻美』には勝てない。そのはず。
だが今のナージャは、対抗してみせた。
燐光をまとう棍に漆黒の鎧を剥ぎ取られつつ、手にした刀の峰を、思いきり叩きつける。
すれば獲物は双方が折れた。
『麻美』は構わない。絶対防御を剥ぎ取れば、中身の脆弱な肉体を露になるのだから。
《魔法》の発動阻害能力を止め、肉体に《魔法》の効果を宿し、ナージャを破壊しようとしてきた。
だが先んじて刃が襲う。伸ばされた《魔法回路》を宿す腕は、半ばで鮮やかに断ち切れて宙を舞う。
構わず踏み込み頭部を蹴り割ろうとしても、やはり先んじて蹴り足が切断される。
「チッ……」
『麻美』は軸足一本で下がり、肉体を再生させる。
ナージャは追撃しない。半ばで折れた刀を捨て、背負う刀を新たに抜きつつ、次を待つ。
彼女たちはこんなやり取りを、既に何度も繰り返していた。
(今のタイミングは、ちょっと危なかったですね……視界がないだけでも普段と違うのに……最初で首を落とせなかったのが痛いです)
今日のナージャは、二刀を構えている。
左手には、携帯通信機器型 《魔法使いの杖》から伸びる《黒の剣》を。地面を巻き込んで形成させ、切断能力を持たせている。
右手には、即席で作られた刀を。作刀には文化庁の承認が必要で、それなくして刀剣類を自作するのは銃刀法違反になるが、警察には事前に話を通している。
『麻美』が《マナ》を占有し、ナージャの《魔法》をキャンセルさせても、物質的な刀には影響ない。
小規模複合電子対抗手段を停止させ、『麻美』も《魔法》による白兵戦を仕掛けようとすれば、今度は《魔法》の単分子剣で迎撃する。
ふたつの刃を、彼女は目隠ししたまま振るっている。
(肉や魚を切る感触とは、大違いですね……)
準備したから対抗できるとはいえ、ナージャに余裕はない。
物質的には人体も食料品も変わらない。
だが人を斬る手ごたえは、明らかに違う。単なる刃物でしかない即席の刀ではもちろんのこと、石も鉄も易々と切る単分子剣でも、掌に返ってくる感触はありありとわかる。
初めての、己の意思で命を奪う感触は、とてつもなく気持ちが悪い。
剣士がこれでは駄目だと理解していても、人として失ってはいけない忌避感が、ナージャの心を萎えさせる。
「あなたはさしずめ《ワイト》ってところですか……実体ありますけど、生半可なことじゃ死にませんし、エナジードレインが当たり前ですし」
目隠しせず、おびただしい流血を目にしていれば、早々に敗北していたかもしれない。
「顔色悪そうね」
「えぇ……最悪の気分です。でも、あなたを斬らないわけにはいきません」
敵相手だろうと、無駄口を叩いていたほうがまだ気がまぎれる。少なくともその間、手出ししてくる様子はない。刃を振るうことを遅らせられる。
「そこそこ仲良くやってはいますけど、支援部はお友だちゴッコしていられる、のん気なクラブじゃないんですよ」
己以外の部員たちは、潜在的な敵だ。
これまでの部活で互いを詮索しない暗黙の了解が破れ、部員たちの来歴が判明した今でも、それは変わらない。
ある日突然異能を使って犯罪者に、殺戮兵器になる可能性は、誰もゼロとは否定できないのだから。
そして、もしも誰かが道を誤った時、最悪殺してでも止めるのが、部員たちに課せられた責任だ。
だから戦闘力を拮抗させておかないとならない。殺そうとすれば殺される、最善でも無傷では済まない。互いをそう思わせる抑止力を持つことで、実行を思いとどまらせ、平穏を保つ。
彼女たちの意識はどうであれ、危ういバランスを目に見える形にしておかねば、世間的な扱いが危うくなる。
「ウチの部には今、《ヘミテオス》なんてふざけた人たちが、ふたりもいます」
その能力は垣間見た程度でしかないが、樹里と十路は、《魔法使い》のデタラメさを上回る、不完全な超人たちだ。
普通の《魔法使い》が戦って勝てる相手だろうか。
様々な要因が絡むので、実際にやってみないと結果はわからないが、楽観視などとてもできない。
「なので、いざって時のために、おふたりを殺せる手段を持っておかないとならないんですよ」
それがナージャが、今回の部活動に参戦している理由。
暗がりを恐れ、敵でも人を殺せなかった臆病な雪豹が、心を奮い立たせて爪を振りかざすのは。
「『麻美』さん。わたしが強くなる礎になってください」
《ヘミテオス》を屠る手段を知るために。
己が《ヘミテオス》を倒せるか確かめるために。
今まで同様に、仲間と居場所を守るために、鋒を突きつけた。




