070_1510 4th duelⅤ ~百折不撓~
南十星もまた逃げていた。
ただ逃走しているのではなく、敵を森に引き込む目的を持っての退却だ。
(そーいやぁ、昔見た妖怪図鑑かなんかで、《手長足長》ってあったねぇ。さしずめアイツはアレ?)
ある程度入り込んだところで、振り返って地面に両手を突く。延長三次元物質操作プロトコルにより、《魔法回路》が発光した目前の地面から、土塊の巨腕が生えて伸びる。
それが轟音と共に四散した。
南十星は構わず、次々と土の拳を生み出し、土煙の向こう側へと次々と突きを放つも、次々と同様に迎撃される。
立ち木は根元から掘り返されて倒れ、あるいは激突に挟まれてへし折れる。たった十数秒で森の一部が変形し、斜面が土砂崩れを起こしても不思議ない有様へと変貌する。
(足!?)
脳内センサーの反応も、濃すぎる土煙で遮られる。なので察知する根拠は乏しいのだが、南十星はそれでも変化を察した。
伸ばす一対の巨腕を横合いから蹴られて、同時に破壊された。無理矢理作られた間隙を縫って、土煙の中から巨大な拳が迫り来る。避けられるタイミングではない。
ピンボールのように、木の幹にぶつかって進行方向を変えながら、女子中学生の体は軽々と吹っ飛んだ。
(やっぱ、あたしよかベクトル解析能力が上か……! しかもパンチを伸ばす段階で軌跡を変えられる……フルボッコにされたワケだ)
へしゃげた肉体の修復を待ちながら、南十星は舌を打つ。
吹き飛ばされて間合いが開いたためか、幸いにして追撃はなかった。飛び散る土砂がひとしきり降り終わると、やがて夜陰と土煙を通して、その姿を確認できるようになる。
《糸くり》と呼ばれている『麻美』が。
ゆっくりと立ち上がり、南十星は拳を握り締める。ただし構えは作らない。
「あたしさぁ、『麻美』のツラ、大っ嫌いなんだよ」
それは十路の手前、隠していた本音だ。南十星が今回、部活動に参戦している理由は、本気で怪獣大戦争に燃えているわけがない。
衣川羽須美は到底敵う存在ではなかった。今よりも未熟だった南十星では、何度突っかかっても軽々と遇われた。
ゲイブルズ木次悠亜に苦い思いを抱いても、羽須美とは全くの、しかも協力関係にある別人だ。
だが今、同じ顔を持つ女性が、敵として立ち塞がっている。
「今まで殴れなかったそのツラ、思っきしブン殴れると思うと、ワクワク止まんねぇ」
八つ当たりに過ぎないが、自然と子虎の狂笑が漏れてしまう。
「できると思うわけ?」
フライトスーツの袖は、先ほどの何度もの激突で、既に肩の部分から千切れてなくなっている。
折りたたみナイフを取り出し、太もも部分から切断してホットパンツ状態にしながら、『麻美』は呆れを漏らす。
「昨日みたいに他の学生を守らずに済むから、今度は私に勝てるって言いたいわけ?」
「チと違う。一般人守らずに済むから、全力出せるってのは確かだけどさ」
南十星は力まず肘をやや曲げて、開いた諸手を突き出した。
「なー。人間ってさ、『失うものがない時』と『守るものがある時』、ホントに強いのはどっちだって思う?」
ジャンパースカートのスリットから足が覗いてはいない。つまり武術の構えらしく、足を開いて腰を落としているわけでもない。
一見突っ立っているだけだが、歴とした空手の構えだ。
「アンタの強さは、どっち?」
失うものがなければ、失敗を恐れず、思い切った行動ができる。
失うものがあれば、失敗を恐れるがために、必死の行動になる。
ただの優劣であっても議論される事柄だが、常人を超えた《魔法使い》ならば、果たしてどちらの覚悟は必要となるのか。
「失うものがない、のほうかしらね」
ブーツを乱暴に脱ぎ捨て、『麻美』は裸足になる。
「私たちには目的がある。だけど負けた後はない。なら前に進むだけ。おままごとに固執してる子供にはわからないでしょうけど」
「構え見てンなことしか言えないなら、あたしが勝つよ?」
突き出された両掌はプレッシャーを与える。伸ばした腕は間合いを狂わせる。上体への攻撃にその手は自在に動く。
前羽の構えは、防御やカウンター攻撃を目的としている。
狂気の自爆拳法を操り、先ほど子虎の牙を見せた《狂戦士》らしい構えではない。
「負けたら後がないってっても、小娘相手に負けるなんて、ありえないけどね」
言葉と構えを無視するように、『麻美』は大地を踏みしめ、拳を握り締めた。




