070_1410 4th duelⅡ ~速戦即決~
長崎・熊本方面から突入してきた編隊は、瀬戸内海を沿うように飛行していた。
殲撃一七型戦闘機には、一二のハードポイントのうち一〇に爆装が施されている。戦闘機がどれだけ航続距離を持っていても、さすがにそれだけの大荷物を持っていれば、当然それだけ飛べなくなる。故に東シナ海上空は増槽――追加燃料タンクを装備して飛んできた。
対して《窮奇》は身軽だ。殲撃一七型ほどの航続距離は持っていないため、兵器庫へ格納している分はともかく、機体外部へまでは装備していない。やはり増槽を装備して飛んできたが、使い魔》として大量のバッテリーも搭載しているため、《魔法》の力技で東シナ海往復も不可能ではない。帰りはそうなるだろう。
つまり日中に悠亜が挑発したように、片道切符での襲撃など鄭たちは毛頭考えていない。帰還可能な準備をして日本に乗り込んできた。
機体表面に超小型のレーダー半導体素子を貼り付ける任意形状レーダーは、本体は敵レーダーを潰す能動ステルスを発揮する技術ではない。
通常のレーダーで全天索敵するには、電波ビームを発する機器を回転させなければいけないが、全周に素子を貼り付ければそれが不要、しかも空気抵抗や積載量に影響なく積載できる技術だ。
更に高度な――それこそ既存技術ではまだ不可能なレベルだが、耐えうるデジタル制御技術があればこそ、ジャミングが可能となる。
《窮奇》はそれどころか並行して、編隊を組む僚機には通信してリンクするといった離れ業も行う。
そのコクピットにフライトスーツ姿で収まる鄭は、他の『麻美』たちが乗る殲撃一七型戦闘機とのリンク状態を確認する。
他の機体は《使い魔》ではない。無人飛行も可能だが、それはあくまで既存技術によるもの。
だが改修して出力デバイスを搭載しているため、《窮奇》が仲介することで、《魔法》の入出力装置にすることはできる。パイロットが乗っていればマニュアル操作することも可能だが、僚機は《使い魔》の手足と考えたほうが正しい。
【主。進路になにかいるけど? 近くにいる日本軍の戦闘機は、あたしたち見つけてないのか知らないけど、アレは明らかに違うじゃん?】
国際条約を無視して淡路島上空に入り、《塔》の脇をすり抜けた頃、貂蝉が警告を発して、被る頭部装着ディスプレイに半透明の映像を投影した。電波の目で見た映像であるため朧なものだが、それでもわかる。
全身――特に手足と背後に強電磁波を発する物体を装着し、更に周辺に電波の塊を浮かべた人間が、進路上に浮かんでいる。
「野依崎雫……」
【あれが《妖精の女王》とかいうの?】
目視はできずとも、推測はつく。周辺に浮遊する電波の塊――子機の存在があるのだから。
『無人戦闘機に出力デバイスを搭載した程度で、戦術を広げた気になられては、自分の価値も下がるので困るのでありますよ』
しかも暗号化もかけていない、素の音声を投げかけてくれば、間違いようがない。
「他の連中は?」
【見当たんね】
攻撃目標の最年少がただひとり、空域で待ち構えている理由は、すぐには思いつかない。
強いて挙げるとすれば、道案内か。支援部が戦うのに都合のいい場所におびき寄せるためのエサ。
【乗る?】
貂蝉も同じ結論に至ったか。
「そうね」
鄭は操縦桿を握り直し、スロットルレバーを押し倒して機体を加速させる。僚機たちもアフターバーナーを吹かして先行する。
ジャミングで電波が無秩序に飛び交う空域では、レーダー波の反射を受けて追尾する電波ホーミング誘導が役に立たない。一気に敵を射程内に入れると、赤外線追尾式の霹靂-5短距離空対地ミサイルが順次放たれた。
【え?】
対し敵は、突進してきた。
熱力学による推進だけではなく、電磁加速も行っているのだろう。生身でそんな真似をすれば、慣性だけでなく風圧で人体が潰れかねないはず。
瞬く前に、日中ならば視認できる距離まで近づいてきた。
『無人随伴機を攻撃手段としか考えていなのなら、甘すぎであります』
当然それだけミサイルにも接近するが、霹靂-5たちは少女から離れていく。少女の側を追従していた子機が赤外線を発し、囮となってミサイルを引き連れ離脱した。
瞬く間に少女が距離を詰める。固定武装の三〇ミリ機関砲が火を吹くが、射線から易々と避けられる。
当然といえば当然だ。戦闘機という兵器は、生身で戦闘機に負けない速度を発揮する人間と戦うことを念頭に置いて開発されていない。
少女とすれ違う。編隊は散開し、無防備な後方からの攻撃に備えた。
しかしなにも起こらない。
それどころか敵を見失ってしまった。レーダー上からも反応が消えている。
だがこれは、対戦闘機で《魔法使い》が取る戦術のひとつでもあるから、予想もしやすい。
「ライト、レフト、ターン!」
鄭の言葉は足りていなかったが、貂蝉は加味した。編隊を組んでいた殲撃一七型戦闘機が散開し、底面を確認できる飛行姿勢に変える。
うち一機に、野依崎が貼り付いていた。完全に内懐に入り込まれると、レーダーでは探知できないし、武装も使えない。一刻も早く引き剥がさないと、一方的に蹂躙される。
「《背嚢》! 七番! ミサイル発射!」
鄭の指示だけだと火器管制システムがエラーを返すはずだから、乗り込んでいる『麻美』の操作だけではないだろう。指定したミサイルが兵装支持架から外れないまま、ロケットモーターを点火した。
その噴射を浴びせかけようとしたが、少女は慌てたように、風圧に逆らうことなく機体から離脱した。
鄭たちは即座に反転した。それも水平飛行中にでんぐり返しして後ろ向きに飛行するような、非常識な空中機動だ。普通の航空機ならば空中分解、乗員は内臓破裂確実だが、《魔法》を併用し《ヘミテオス》だから可能な方法で、武装の射程圏に収め、次々と赤外線誘導ミサイルが少女に向けて発射される。
『フ』
無視していたレーダー反応が、ここで無視できなくなった。
最初に少女に向けて発射し、囮によって離脱していたミサイルが、戻って射線に割り込んできた。
先発のミサイルは、正確に後発のミサイルの胴体に激突し、連鎖的な大爆発を起こした。
【マジ……?】
「これが《妖精の女王》……」
通常の空戦では起こり得ない。試してみても、よくてミサイル同士がすれ違う。悪ければ後発のミサイルを引き連れて先発のミサイルが突っ込み、野依崎に二倍の攻撃が向かうのではなかろうか。
正確に現状観測し、更に予測し、状況を自在に操る手腕と技術がなければ、こんな非常識は絶対に再現できない。
空中に咲いた爆炎で視界はふさがれた。戦闘機の群は避けて散会する。
その向こう側に、少女の姿はない。
【下!】
遙か下、海面ギリギリを南に飛行し、一気に戦闘空域を離脱しようとしていた。
【どうする?】
想像以上にやる。昨日学院で襲撃した時には見ることができなかった戦術だ。
彼女たちが調べた範囲では、野依崎は支援部内で情報分析官としての役割を担い、ついでに出不精の半ヒキコモリだ。攻勢対航空が得意という情報がまるでなかった。
野依崎が向かったのは南だ。他の戦力がどこにいるか不明だが、神戸市とは逆の方向にいるとは思えない。とはいえ放置すると、挟み撃ちにされる可能性も考えられる。
追いかけるべきかどうか、鄭は迷った。
『いっち、にっの、さーんっ!!』
その逡巡を突くように、またもオープンな無線が――それも野依崎とは違う、能天気な少女の声が届いた。
状況が意味するところが咄嗟には理解できない。いやレーダーでは、陸地からの小型物体の接近を伝えているのだが、音速を超える兵器の接近速度ではない。ミサイルやロケットは当然、砲弾にも劣る。少し進路を変えると追尾もしない。射撃統制システムによる未来位置修正角算定も加味されているとは思えない。また《魔法使い》当人がやって来たにしては、《魔法》発生による電磁波は皆無と呼べるほどで違うと見るしかない。
しかも接近が停止した。戦闘機が飛ぶ高度まで届くことなく失速してしまっている。
一体なんなのかと、首を傾げる。
「な……!?」
正体がわかったのは、飛翔体からではない電波を感知してから。
併せて空中静止したはずのレーダー反応が、突如として急接近する。明らかに攻撃意思を持つ動きだ。
【どぉぉぉぉっ!?】
《窮奇》は囮を放出し、ほぼ真下から襲い来る〇四式空対空誘導弾から必死に逃げる。
ダミー熱源の赤外線を捉えたミサイルが爆発した。衝撃波と破片が翼をかすめるギリギリでかわした。
【なに今の!?】
どう考えても戦闘機やランチャーから発射された挙動ではない。それに発射元も特定できない。
ありえるとすれば。
「発射後追尾できるミサイルを投げて、時間差をつけて攻撃してきた……?」
【はぁ!? 投げてって……!】
「堤南十星……?」
遠距離攻撃手段をほとんど持たない《魔法使い》のはずなのに、榴弾砲のような投射能力を持つ敵がいる。自衛隊からのミサイル提供ありきだが、あまりにも非常識すぎる。
「連中はどこに――」
見下ろす神戸市の夜景から北にやや外れた暗い場所で、《魔法》の青白い光が見えた。大阪湾上空からでも肉眼で見えるということは、かなり大規模な《魔法》の行使だ。
当然攻撃を警戒する。実体弾兵器とは段違いの速度を持つ光学兵器や粒子線兵器を警戒した回避機動を取った。どのようや手段で補足されたか、センサー類に注視する。
だが、なにもない。またしても。
更にまたも時間差で襲い来た。しかし今度は赤外線誘導という正確さではなく、段違いの物量で。
任意形状レーダーを稼動する《窮奇》は、大量のサーチライトをつけて飛んでいるようなものだ。接近する物体はいち早く、幾条もの光の柱によって発見する。
だがその柱の群を潜り抜けるほど、小さな物体相手なら。
光の中に入ったとしても、一瞬で通過してしまう高速物体なら。
レーダーで捉えても、錯覚だと思ってしまう。
【がっ!?】
一番近いのは雹だろうか。硬く小さいものが機体を幾度も叩き、キャノピーの強化ガラスにも罅を入れた。
『近いもの』であって、明らかに自然現象ではない。その証拠に強化ガラスを貫通しかけ、先端を覗かせているのは、材質が石の釘のような物体だ。
「矢弾……!?」
任意形状レーダーの破損状況から察するに、機体上部全面には、機関砲弾よりも小さい対人散弾が剣山のごとく突き刺さっている。随伴している殲撃一七型たちも同じ有様になっているに違いあるまい。
幸いにして飛行に影響はない。機体に突き刺さっても貫通まではいたらず、その内部にまでは損傷を与えていない。武装は下部だから戦闘にも問題ない。
『チ。やっぱあの程度じゃ墜ちゃしねーか』
「コゼット・ドゥ=シャロンジェ……」
『石使い』である銀鈴のドス声の持ち主が苛烈なのは知っていたが、ここまでだとは思いもしていなかった。市街地に降り注げば、ハリネズミと化した民間人の犠牲者が大量に出ているのに、なんという思い切りのよさだ。
放物線を描く先が無人島と海だから可能な、回避不可能な面制圧攻撃だ。
「どうやら連中、学校じゃない場所で待ち構えてるようね……」
【やってくれたわぁ……】
貂蝉のギャル声が低くなる。機嫌の悪さを示すように、鄭が操縦せずとも宝塚市の山間部に向けて降下する。




