070_1310 flakey ordinaryⅦ ~悪酔強酒~
場をレストハウス前のオープンテラスへと移すことになった。
表沙汰にできない話でも、普通の音量で話している限りは、一般人に聞かれる心配はしなくて済む。聞かれたところで具体性をぼやかせるだけで、内容を理解もできない。怪しい会話は怪しくない場所でするのが一番いい。
「それで、なんの用件ですか? クソババア」
「ババァじゃない……! 見た目変えてるだけってわかるでしょうが……!」
「あなたの稼動年数を正確に知りませんけど、単純に考えて《塔》と同程度の三〇年。対して私の稼動年数はようやく半年。ほらやっぱりババアじゃないですか」
「中身はそうでも、アンタの体は大して変わらないでしょうが……!」
本当に今更だが、イクセスは結構苛烈な性格だった。だから十路は彼女の初起動時、過激と名づけたのだし。
普段は割と礼儀正しく、そこまで声を荒げない。だが反りの合わないコゼットやカーム相手など、キツい言葉を応酬しあっていた。敵と判断した相手には本当に容赦がない。
そしてマトモに相手できるのは、二面性王女サマや変態AIだからだ。
「ちょっと……アンタの《使い魔》、性格悪すぎ」
老婦人が役者不足を認めるように、十路に責任転嫁してくる。
「性格破綻に関しちゃ、アンタの《使い魔》には負けてる」
慇懃無礼なオートバイと、パリピなギャル戦闘機、一般論では果たしてどっちがマシなのか。
『一応今どきの若者でも若者言葉わかんねーよ』な十路基準では、貂蝉のノリについていけるわけないので、考える余地なくイクセスに軍配が上がる。
「だったらもっと性格悪いのが相手しようかしら?」
同じ声だが、中身が入れ替わった しかもテーブルを下から叩いてゴツゴツ音を立てる。人目につかぬよう、悠亜が銃を向けていることをアピールしている。
「まだそっちがマシね……顔馴染みだし」
「こっちは馴染みになんてなりたくなかったし、一刻も早く縁切りたいけどね……」
険悪な視線を向けあった悠亜は、牧場内で飼育している乳牛から絞った一〇〇パーセント生乳を一気にあおる。手の甲で乱暴に口の周りを拭くと、やはり乱暴にコップをテーブルに叩きつける。
「そんなわけで《騎士》くん。神戸ワイン、ボトルで。ここならお土産用に売ってるでしょ」
「飲むにも買うにも制服じゃ無理です」
『飲まなきゃやってられない』みたいな態度が母親の面倒くささを連想したため、問答無用で却下した。いや明らかに未成年者の格好をしていては、法律上の問題で却下する以外にないのだが。
ともあれ一時不満そうにしたものの、悠亜は作り直した真面目な顔を老婦人に向ける。
「あなた、面倒くさいのよ」
更には外見的には同じままだが、再度中身が入れ替わる。
「えぇ。実に面倒です」
交互に同じ口を使って会話を始めだした。
「ね、聞いて聞いて? 鄭に初めて会ったのってね、実は結構最近なのよ。二年ぐらい前かな?」
「あれ? 以前の話では、長年の因縁って雰囲気でしたけど?」
「や。XEANEと秘密裏に戦りあう時には、コイツが黒幕として関わっていたのよ。なかなか尻尾出さないから、あぶりだすのも大変だったのよ」
「そういうポジションに就く者が顔を出すのって、大抵の場合は死亡フラグですよね」
「ややややや。登場が遅いだけで、何度も出てきてその都度撃退される中ボスポジションよ」
「中盤から終盤で退場させられる、決して大物にはなれない小物ですね」
「やー。鄭の目的って蘇金烏だし、大物になろうとか、そんなつもりはないと思うわよ?」
「どういうことです?」
「わたちが麻美なの~♪ パパ~、がんばったから褒めて褒めて~♪」
「うっわー。つまりファザコンなんですね。淡路島のアサミもそんな感じでしたけど、あれはまだ幼児だから容認できましたが、いい歳してそれはキモいです」
「でしょー? やー、同じ『麻美』の欠片ってだけで、私もこんなの一緒にされかねないから、勘弁してほしいわー」
悠亜の権能で、彼女たちは距離無制限で脳機能接続を行っているのだから、互いの考えを口に出す必要はまるでない。なにも知らない者が見れば、ひとりで会話しているのだから、不気味ですらある。
彼女たちは鄭を挑発するためだけに、こんなわざとらしいやりとりをしている。事実、老婦人は笑顔のまま拳を震わせている。
十路に止めるつもりはない。というかこの手の陰湿さを発揮し始めたら、男の出る幕ではない。キャットファイト未満な女の争いは、気配を殺して嵐が過ぎ去るのを待つに限る。
「それで、どうしてひとりで《騎士》くんに近づいたのかしら?」
だがすぐ終わる。悠亜が嘲笑を引っ込めて、世間話のような口ぶりで本題に切り込んだ。
「前に彼を呼び出した時、《騎士》くんに興味があるって言ったそうじゃない? 嘘じゃないだろうけど、それだけでもないでしょう?」
『衣川羽須美』が編入してきた理由を考えて、心当たりがありすぎて絞りきれず放棄した件がまだ続くのか。鄭当人の口から理由を一応聞いたが、素直に信じるほど十路も他部員たちも子供ではない。
「当ててみましょうか? 《女帝》が《騎士》くんになにをしたか知りたい……もちろん自衛隊員の上官として彼を育成したことじゃなくて、彼の脳になにをしたか」
「え?」
悠亜の指摘は考えもしなかった。
羽須美の最期、十路は彼女によってなにか操作された。それにより術式の拡張子が変更され、数々の壊れた《魔法》が生み出された。
更に記憶が削られて、羽須美を含む複数の『管理者No.003』たちが入り混じって戦った事実とは違い、十路が羽須美を殺したことになっていた。
その件が今回に結びつくとは、予想すらしていなかった。
しかも鄭の反応はない。肯定も否定もなく、続きを待っている。
悠亜の指摘が事実だと示唆している。
「《騎士》くん? 君も《ヘミテオス》になって、《女帝》の最期を思い出したなら、考えなきゃいけなかったはずよ? 《女帝》が持ってるLilith形式プログラムについて」
悠亜は樹里に戦う術を教えた教官でもある。羽須美に似た、教えを授ける側の物言いに、少し懐かしいものを感じながら、十路は困惑した。
「《赤ずきん》の……権能ですか?」
羽須美が持っていたLilith形式プログラムの名前は《赤ずきん》。戦闘生命体としてバージョンアップした形態名はバルバトス。そこまでは知っている。
だが、普通の《魔法使い》では本来不可能な、《ヘミテオス》個人ごとに与えられた、オーバーテクノロジーの部分的使用権限については知らない。
悠亜は、体内での圧縮空間保持と《使い魔》との接続機能強化。
樹里は、あらゆる動物の肉体情報の保持ないしアクセス権。それで自身の肉体で部分的再現する。
羽須美もそのような特殊能力を持っていて、それで本来スタンドアローンであるはずの十路の脳に介入してきた。
そこまでは考えはしたが、さして重要視もしてなかった。
「羽須美さんが持ってた権能って?」
「それよくないなー? 自分で全然考えずに、人に訊けばいいと思ってるの」
「教官役は結構なんですが……」
『もったいぶらずに早よ説明しろ』の意を込めたが、悠亜には通じなかった。
「想像はできるはずよ? ここで重要なのは、鄭も知らないってこと」
しかし彼女は気にせず、顎で老婦人を示す。
「この女は《つぐみの髭の王様》の権能で、《塔》のサーバー機能にアクセスできる。他の《魔法使い》の肉体情報や、術式もね。それで自分の肉体情報を書き換えて、他人に成りますことができる」
野依崎が予想し、リヒトは遠まわしながら正解だと言っていたが、やはりそうなのか。
「なのに、《女帝》の性能を知らないのよ。多分全部じゃなくて、部分的に把握しきれていない」
「なぜそう思うのかしら?」
「《騎士》くんから《女帝》の話を聞いたから」
推測なれど『知らない』ことを『知っている』。そう言われて老婦人はようやくリアクションすると、悠亜は挑戦的に鼻を鳴らし、十路に顔を向けた。
「《騎士》くんは、《女帝》の術式圧縮形式、知ってる?」
「いいえ」
《魔法使い》は秘密が多い。支援部員たちは明かして互いに承知しているが、術式の圧縮形式など教えるものではない。
術式は《魔法使い》個人専用に定められた圧縮形式で脳内に保存され、鍵のひとつとして機能している。仮に教えたところで、データ解析ができるようなものではないが、それでも明かさないのが常識だ。
「DTC――《空想的理想主義者の十誡》よ」
「え?」
それは、あの日を境に変化した十路の圧縮形式だ。
「ここまで言えば、わかる?」
「えぇ……」
彼女が《ヘミテオス》としての権能なんらかの操作を行い、十路の拡張子が変化したのでなければ、それまでなかった高々出力の戦略級術式が生み出された件も話が変わってくる。
(俺の《魔法》は元々、羽須美さんの《魔法》……?)
十路の脳に、羽須美のデータが上書きされている、ということにならないか。
拡張子変更と共に、記憶も一部封鎖された。《赤ずきん》の持つ権能が、他の《魔法使い》の脳へのダイレクトアクセスだと考えるのが自然だ。
それもどういうわけか、きっと《塔》にバックアップがないデータなのだ。でなければ、サーバーへのアクセス権限を持つ鄭が動く理由にはなりえない。
更に目当ては《魔法》の術式ではない。
大量殺戮兵器にまつわるいざこざなど、アクション映画ではお馴染みだが、《魔法》はデータでしかない。核兵器を持ちえる個人は存在せずとも、核兵器の原理を知る者は何万人もいる。
そして物理的にはムチャなことでも、素粒子力学や量子力学的に問題がなければ、仮想的には原理さえわかっていれば力技でなんとかなる。
だから十路が持つ戦略級術式が、なんとしても手に入れなければならない、彼だけが持ちえる力だとは思えない。
知らずに受け継いだ、別の『なにか』が目的と考えたほうが自然だ。
悠亜の黒瞳が老婦人に向き直り、十路の推測を肯定する。
「ズバリ。狙いは『ダアト』でしょ?」
該当するキーワードは、十路の中にない。記憶している脳内のデータにも、羽須美の言動の中にも。
「アレは《女帝》が権限を持ってた。死んだ今はどうなってるのか知らないけど……《つぐみの髭の王様》を通じた嘘アカウントじゃ、上手くいかないんじゃない?」
「…………」
老婦人の不機嫌が色濃くなった。図星ということか。
「俺も聞いて問題ないなら、聞きたいんですが? 『ダアト』ってのは?」
オリジナル《ヘミテオス》が通じ合ってるやり取りに焦れて問うと、意外にも老婦人が面倒くさそうに回答する。
「《塔》は何本?」
「二〇本」
「もうひとつ存在するのよ……大きさも形も《塔》って感じじゃないし、地球近傍小惑星として公転してるけど」
「宇宙に?」
「ダイソン球の一部……この時代の人間なら、発電衛星って説明するのが一番手っ取り早いかしら」
宇宙空間に太陽光発電パネルを浮かべる宇宙発電と、スペースコロニーの究極系。太陽から発せられる熱や光を最大限利用するために、周囲に発電パネルの殻を作り、人工惑星の中に収めてしまう。
それがダイソン球と呼ばれる。完全に人工の殻内に収めるのはSF設定だが、元はアメリカの物理学者フリーマン・J・ダイソンが提唱した、宇宙文明に実現しうる可能性だ。
老婦人の曖昧な言い方から察するに、『ダアト』なるものは単なる発電パネルではなく、《塔》同様、工場やサーバー機能を有するのかもしれない。
更には《塔》ほど大きくはない。巨大でも運搬が可能なサイズではないか。
「天使と意味が振り分けられた生命の樹と、悪魔と悪徳が振り分けられた邪悪の樹の球は、合計二〇。だけど生命の樹にはもうひとつ、十一個目の球――ダアトってのがあるの。知恵とか神の真意って意味ね」
西洋魔術における、一〇の球と二二の小径からなる体系図。占星術やタロットカードはそこから生み出され、ファンタジー色の強いゲームや物語でも使われる概念だ。
「アレは《塔》とは性質が違うし、放置もできないから、《女帝》が宇宙に隠したみたいだけど」
オカルト設定な名前とは無関係に、《ダアト》なるオーバーテクノロジーは、悠亜の話から察するにヤバい代物らしい。
(その《ダアト》とやらを動かす権限が、俺にあるんじゃないかって疑われているのか……)
納得はできたが、困る。そもそも十路の『ヘミテオス管理システム』は、自分の意思で起動したことがない。そんな《ヘミテオス》由来の権能があるかないか確認したことすらない。
脳に入っているデータの全開示などできない。
自分で管理システムが起動できないという情報を、みすみす鄭に与えるわけにもいかない。
権限を持っていることにすればいいのか。持っていないことにしたらいいのか。話の主導権を握っているのが悠亜なので、それすら判断つかない。
(……ん? 宇宙空間に、《塔》に匹敵するオーバーテクノロジー?)
不意に思い出した。
十路の空間制御コンテナには、光渦自由空間光通信システム――まだ実用化されていない次世代超高速レーザー通信器が、知らぬ間に搭載されている。
一度だけ、それを使ったことがある。
まだ十路が支援部員でなかった五月、大量の爆薬が仕込まれた貨物列車を処理するために、イクセスの指示に従って実行した原理不明の大規模破壊 《魔法》を使用した。
その術式の使用するための処理か、あるいは術式そのものをダウンロードする必要があったのか。その際、イクセスはどこかと通信していた。一番近い淡路島の《塔》へではなく上へ向けて。
電話は、電話を持っていない相手と話すことはできない。通信手段は発信側と受信側、二台の機械が存在しないと成り立たない。
オーバーテクノロジーの受信側が空に存在したという事実を、思い出してしまった。
(《ダアト》ってのは、あの時の通信先じゃないのか!? だったら権限持ってるのってイクセスか!?)
イクセスは特異な肉体を持つ《ヘミテオス》ではないが、オーバーテクノロジーの一部使用権限を有した『準管理者』ではある。
他の《使い魔》にはない、《バーゲスト》だけが持つ機能、《悪魔の欠片》がそれではないか。
しかもルキフグスの正式な名前は、ルキフゲ・ロフォカレ。
地獄の支配者の一柱・ルシファーに命じられて、世界中の富と宝物を管理する悪魔だ。
羽須美が持っていた権限が、なぜイクセスに移っているかは、十路が自覚ないまま持っているよりも不自然ではある。
だが羽須美の死亡により、上位管理者に移管されたり空白だったが、秘密裏にイクセスに再委譲された可能性も否定できない。
(理事長の仕業だとすれば、むしろ他を考えられない……!)
十路が神戸市に足を踏み入れるギリギリまで、つばめが《バーゲスト》を弄っていたと聞く。《ダアト》なるものがそれだけ大事なのだとすれば、十路と樹里ふたりが主という悪意を感じた設定だけに留まらず、そんな細工が加えられている可能性も充分に考えられる。
仮に五月の事件が知れたとしても、あの場でのやり取りを知らなければ、《使い魔》が権限を持っているよりも、十路が《使い魔》を通じて権限を使ったと普通は考える。《使い魔》は《魔法使い》の道具なのだから。
老婦人に悟られぬよう、顔にも態度にも出さずに悠亜に視線を送ると、十路が気付いたことに気付いてるようにウィンクを返された。
この場は彼女に任せるよりほかない。事態を把握しきれていない十路が不用意に動くとボロを見せかねない。




